美しくダイナミックな演出と極上のキャストが炙り出す「ヴェルディ・マジック」〜metライブビューイング「リゴレット」

 ヴェルディの「リゴレット」は、名作のわりに、作品が生きる上演が難しいオペラのような気がします。


 一つの理由は、少なくとも一部のオペラファンには「暗い」と敬遠されがちなこと。ストーリーが救いようのない悲劇であり、音楽とドラマが連動しているためでしょうが、「辛くなってしまう」と言われたこともあります。「音楽はいいけど、話がね〜」という声を聞いたことも。
 とはいえ、暗い話の割に、音楽は明るいんじゃないでしょうか。有名な「女心の歌」がいい例です。他にも、有名な「リゴレットの四重唱」にしろ、明るいといえば明るい。そういう意味では、話が暗い割に、暗い音楽ってほとんどないのです。話が暗くて音楽も暗い、と言ったら、ベルクの「ヴォツェック」なんて最たるもの。それに比べたら「リゴレット」は遥かに能天気?です。

 もう一つ、「リゴレット」がもし息苦しさを感じさせるとしたら、緊張感に富んでいるところでしょうか。特に第2幕後半から第3幕にかけては一気呵成にドラマが進みます。巻き込まれてしまう。そして最後まで行ってみたらとんでもない悲劇なので、うわー、と思ってしまうのかもしれません。

 とはいえ、「リゴレット」はとてもヴェルディらしい作品です。屈折した、バリトンの主人公(ヴェルディのバリトン好みは有名です)。輝かしい旋律。ヴェルディ好みの父と娘の愛。コントラストに富んだドラマと人物。道化師リゴレットは愛に溢れた父(やや一方的ではありますが)と、人を笑わせるためにどぎついことも厭わない悪党の仮面の両方を見せなければなりません。女性的な「椿姫」はヴェルディの中では例外です。その「椿姫」がヴェルディオペラの中で一番人気なのは、ヴェルディアンとしては実はちょっと複雑な気持ちでもあるのです。

 今回、幕間のインタビューで指揮のルスティオーニが、「ヴェルディは「リゴレット」が自分の作品の中で一番好きだと言っていた」と言っていたのを聞いて、ああそうだったと思い出したのですが、ヴェルディはたしか、「一番愛されるのは「椿姫」だろう」とも言っていたのです。さすがヴェルディ翁、自作のことをよくわかっていますね。要は、「リゴレット」という作品は、一部で思われているほど?暗くもないし、もっと音楽や「歌」として楽しめるオペラなのです。 
 

 先日、新国立劇場のシーズンラインナップ発表会があり、来年5月に「リゴレット」が新制作されることが発表されたのですが、その時大野和士芸術監督が「ベルカントシリーズの流れで「リゴレット」を取り上げる」と言っていました。つまり「リゴレット」は、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニらの「ベルカント」オペラの延長線上にあると。なるほど、と思ったのですが、「リゴレット」は暗くてドラマティックなオペラ、と思い込んでいると、「え、ベルカントオペラなの?」と不思議に思うかもしれません。でも、確かに、歌の魅力とベルカントのテクニックを備えたオペラでもあるのです。
  

 今、METライブビューイングで上映されている「リゴレット」は、この作品のベルカント的な面とドラマティックな面の両方を堪能できる、極めて優れた上演です。歌手も指揮も、「ベルカント」的な面をよく弁えていますし、時代を1920年代のドイツに設定した演出も、人物の輪郭をよくよく掘り下げて、共感の持てるものにしています。
 

 音楽的な功績の第一は、指揮のダニエレ・ルスティオーニにあると思います。マリオッティ、バッティストーニと共に、イタリア人若手指揮者「三羽烏」として日本でも注目されている俊英。すでにロイヤルオペラやMETの常連であり、フランスのリヨン歌劇場の首席指揮者を務めるなど大活躍です。幕間のインタビューにも登場してくれましたが、これがまたすごく良かった。ヴェルディはもう18作指揮しているとのことですが、自分にとって「オペラの父」であると。楽譜を見ていると「ヴェルディが夜中、部屋の中を歩き回りながら作曲している姿が思い浮かぶ」そうです(そう、ヴェルディはピアノもほとんど使わないで頭の中で作曲していたんですよ。彼の家に行くと書斎があって、その様子が想像できる)。重要なのは「パローラ・シェニカ palora scenica (「演劇的なセリフ」といった意味合い)」を発明したということ。そして「一つ一つの音に色がある」という話もあり、そこまで読めるというのはさすがだと思いました。そして前述の「「リゴレット」はヴェルディ最愛の作品。そんな傑作をMETで振れるのは幸せ」と。
 それを聞いて、ルスティオーニの音楽づくりの理由も少しわかった気がしました。確かに一つ一つの音に色があり、表情がある。音楽が全体的に柔らかくしなやかで、色合いが豊かで(ヴェルディのシンプルな音楽から「色」を引き出すのは誰にでもできることではない。ヴェルディの音楽が「色彩的」だと思える指揮者はそんなにいないと思います)リズムは弾力に富み、劇的な場面でもピタッと「歌」につけている。要は、ベルカント的なのです。ルスティオーニはペーザロのロッシーニフェスティバルでも活躍していて、ベルカントオペラもよく知っている。さすがです。
 

 歌手たちも、ベルカントの基礎があり、テクニックが高水準なので、がなったりあて歌いしたりということが一切なく、極めてレベルが高い。そしてやはり本作のベルカント的な、滑らかで自然な歌の美しさ、というものを、劇的なシーンであっても十二分に引き出してくれていたと思います。
 前から評判になっていたジルダ役のローザ・フェオラは、イタリアで最も注目されるリリックソプラノの一人。コロラトゥーラなどの超絶技巧が得意なことでも知られます。しっとりとした深みのある音色、滑らかなレガート、澄んで情感豊かな高音。美しい弱音と凛とした響き。演劇的には、女性として自立しかかっているジルダの自負心と愛をはっきりと表現していました。
 絶好調だったのは公爵役のピョートル・ベチャワ。インタビューでも語っていましたし、私も彼から直接聞いたことがありますが、そもそもMETデビューがこの役(2006年)。それから16年経って、役柄もかなりスピント系にシフトしてきて、今リリカルなこの役はどうかな?とちょっと思っていたのですが、予想はいい方に見事に外れました。やや厚みを増して豊かになった声は一方で軽快さもベルカントの技術も失わず(彼も随分ベルカントのレパートリーを歌いました)、明るさも輝かしさもあり、高音も豊かに張れて(「女心の歌」の最高音も!)まさに今この役、歌いざかりではないか!とまで思わせてくれました。大歌手ですね。素晴らしいの一言です。
 フェオラとベチャワによる第1幕の愛の二重唱では、前半の最後でカデンツァがかなり長ーく歌われて(こんなに長いカデンツァを(映像とはいえ)舞台で聴いたのは初めて)まさにベルカントオペラの醍醐味を堪能できました。 
 ベチャワ、インタビューでは「この役を歌うのは楽しい」と語っており、本当に楽しんで歌っている様子がよくわかりました。マントヴア公爵って、悪人といえばそうなんですが、天然なので憎めないんです。本当に天然だと思う。同じプレイボーイでも、そこがドンジョヴァンニとは違うし、もっと弱いキャラのピンカートンとも違う。イタリアの、明るいドンジョヴァンニですね。
 リゴレット役のクイン・ケルシーは、悩める善人のリゴレット。大袈裟になることなく、悩みと葛藤を歌と演技にのせていました。語りがうまいバリトンです。
 特筆すべきはスパラフチーレ役のアンドレア・マストローニで、びろうどのようなソフトさと響きの良さを兼ね備え、特に低音の柔らかな鳴りは絶品。第1幕のリゴレットとの二重唱の最後の低音には、思わず拍手が飛んでいました。
 

 バートレット・シャーの演出は、舞台を1920年代、ヴァイマール共和国時代のドイツに設定。ベルリン国立歌劇場との共同政策であることから思いついたらしいのですが、要はファシズム前夜の、専制政治の予感のある時代にしたかったということのよう。舞台はとても美しい。回転舞台を活用して大装置を作り、公爵の館やリゴレットの家やスパラフチーレの酒場を回転させて見せます。この装置を活用してドラマの間隙を見せることも度々あり、第2幕でジルダが公爵の寝室に入る前に夜着を着せられるところなども視覚化していました。うーん、よくわかる。
  

 面白かったのは女性キャラクターがみんな活発で、自立していること。ジルダは「少女」から「女」へ脱皮する、自我を発揮する過程という位置づけで、父リゴレットに従順なだけではない女性です。マッダレーナもとても積極的。そして傑作だったのは、第1幕で公爵に口説かれるチェプラーノ伯爵夫人。なんと夫婦仲は最悪で、公爵に口説かれると嬉々とし、夫を拒むのです。最高!爆笑!
 そんなコミカルなシーンがあるおかげで、悲劇の色彩が強調されず、展開を楽しむことができました。
 

 幕間のインタビューもとても充実し、新制作とあって演出家も、ゲルブ総裁との対談という形で登場。普段ライブビューイングではなかなかインタビューに出てくれない指揮者も、今回は前述のようによく話してくれ、主役3人も装置や衣装のデザイナーも出て、みんなして作品やら演出やらのことを語ってくれたので、作品のことや今回のコンセプトがとてもよくわかりました。bravi tutti!インタビュー見るだけでももう1回行きたいくらいです。
 

 そういえばルスティオーニは、いっとき二期会の招聘で日本でプッチーニオペラを振ったりしていて、その頃はバッティストーニが二期会でヴェルディを振っていたのですが、今はバッティストーニは二期会でもっぱらプッチーニなので、今度はルスティオーニに日本でヴェルディを振ってほしいなあ。ルスティオーニが今のリヨンのポストを得たのも、「シモン・ボッカネグラ」の指揮が素晴らしかったからだと、彼の前のリヨンのシェフである大野和士さんが言ってました。二期会さんどうでしょう?あ、勿論新国立劇場でも。
 

 それにしてもこのプロダクション、現地で見たかったな。
 

 「リゴレット」、今週木曜日までですが、東劇では来月7日まで上演です。本気で、もう1回行きたいと目論んでいます。

https://www.shochiku.co.jp/met/program/3766/


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