「オペラ」ではなく「お祭り」ができるわけ〜三河市民オペラ「アンドレア・シェニエ」


 昨日は三河市民オペラ、ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」へ。日本の「市民オペラ」がとても盛んなことは、昨年出た石田麻子先生の著書「市民オペラ」に詳しく触れられていますが、そこでも大きく扱われているこの団体は、地元の実業家の方々が中心になって立ち上げており、とてもユニークな存在です。
 まず、定期的にやらない。今回の公演は(コロナ禍があったのもありますが)なんと6年ぶり。前回は2017年「イル・トロヴァトーレ」でしたが、私はその時初めてお邪魔して、すごく感銘を受けたのでした。何しろ日本第一線のソリストと指揮者とプロのオーケストラ、演出ももちろんプロ、そこに市民の合唱団などが加わるのですが、舞台の出来栄えも素晴らしかったし、何しろ舞台と客席の一体感がすごかったのです。
 今回も、「待っていました」という熱気を客席に感じましたし、舞台の集中力も素晴らしく高いものでした。要は「機が熟する」までやらない、のですね。まずここの基本路線が、三河市民オペラをユニークでレベルの高いものにしている第一の要因だと感じます。ルーティンにならないんですね。それは大きい。
 制作委員長の鈴木伊能勢さん曰く「(オペラではなく)情熱を傾けられるものを作っている」。

 演目やキャストの選び方もユニークです。まず演目は、演出家の高岸未朝さんが、何作か候補作を出してくるものから選ぶ。今回も8作の候補があったそうです。そしてキャストは公開オーディション!!!これ、なかなかできないですよ。公の劇場やカンパニーではむり。市民オペラだからできるんですね。でも本当はこれが理想じゃないでしょうか。審査員?は指揮者と演出家ですが、180人の一般の方々も参加したそうです。そしてそのオーディションに挑むのが日本を代表する歌手の皆さん。そして徹底していることに、制作委員会のメンバーは加わらない。これ、すごいです。情実の入り込む隙がないわけです。
 挑む方もすごい。私が拝見した初日組は、タイトルロールが樋口達哉さん、相手役が森谷真理さん、敵役が上江隼人さん、皆さん日本を代表する歌手ばかりです。その方々が公開オーディションで役を勝ち取るのですから。合唱団は地元の方々ですが、一緒になって盛り上がるのもわかります。
 
 今回の公演も、三河市民オペラここにあり、と感銘を受けるものでした。客席と舞台がだんだん一体になってゆき、最後は共に熱気に包まれるフィナーレを迎えたからです。後半にかけて盛り上がっていく本作の魅力もあったと思いますが、「待ってました」の高揚感というのが、これほど強い会場もなかなかないのではないでしょうか。
 
 高岸さんの演出はとてもわかりやすいもの。「アンドレア・シェニエ」はフランス革命の恐怖政治で断頭台に消えた実在の詩人を扱ったオペラで、年代としてはバスチーユ襲撃目前の1789年冬から恐怖政治の終わり頃までにまたがります。この間の経緯を、各幕が始まる前に緞帳に投影して説明。ルイ16世夫妻の処刑や、ロベスピエールの台頭も、きちんと説明してありました。革命が起こった後の第2幕では、セリフで出てきますが人物として舞台に登場することはあまりないロベスピエールも黙役で登場。わかりやすい。
 革命を前にしてまだ舞踏会に熱中している貴族の邸宅が舞台の第1幕では、倒れかかった柱が貴族社会の崩壊を暗示。背景にはルイ16世の肖像が投影され、それが次第に血まみれになっていく。わかりやすいし、その手前で踊る貴族たちの哀れさが際立ちました。
 タイトルロールの樋口達哉さん、熱演。「この役は自分しかいない」(プログラムより)と思われてオーディションを受けられたそうで、なるほど納得の役作り。声がムラなく綺麗に通るし、佇まいも美しい。この役は各幕にアリアがあり、特に第3幕後半から第4幕は出ずっぱりでアリア2曲を歌わなければならないハードな役ですが、ペース配分もよく考えられ、最後のクライマックスまで美声をよくコントロールされていました。舞台上での存在感もさすが「王子」。若返られたのでは?
 相手役マッダレーナの森谷真理さん。うまいです。前半はちょっと声が飛んできませんでしたが、後半、第3幕のアリア「母もなく」では、革命による没落で絶望していた自分がシェニエとの愛によって蘇ったという曲に込められたドラマを十二分に表現。この日の白眉となりました。第4幕の最後の二重唱でも輝かしい声を実にうまく、豊かに響かせて圧巻でした。第1幕の無垢な?少女から、後半の、人生の没落と悲哀を知ってしまった一人の女性への変化を表現する演技力も素晴らしい。
 ジェラール役上江隼人さんもうまいです。決して張り上げることのないスタイリッシュな声はより濃密になり、感情表現もより説得力のあるものになりました。この役も革命によって変わる役柄で、そのあたりの葛藤もよく伝わる演技力。第3幕のアリア「祖国の敵」は熱唱でした。
 他のキャストも、注目のメゾソプラノ山下裕賀さんはじめ粒揃い。個人的にはテノールの糸賀修平さん、聴くたびに感心します。今回も密偵という小さな役ですが、とにかく声が綺麗。イタリア語が綺麗。響きも綺麗。彼が出てくると声でわかる。滅多にいないのですよ、そういう方。演技力もある(目力強し)。もっともっと活躍して欲しいです。
 園田隆一郎マエストロの指揮は丁寧で、音楽の流れがよくわかり、オーケストラがドラマに参加していることがよく伝わる好演でした。オーケストラはセントラル愛知交響楽団。プロのオーケストラがピット、というのも贅沢です。
終演後はキャスト一同がホワイエに出て、お客様にご挨拶。地元のテレビカメラ?らしきクルーも。本当に「お祭り」ですね。オペラ公演を「お祭り」にしてしまう制作委員会、本当にユニークです。


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