「ヴェルディの父」の刻印〜「二人のフォスカリ」「ルイザ・ミラー」、日本での稀な上演で考えたこと

「ヴェルディの父」の刻印〜ヴェルディ初期2作、「二人のフォスカリ」「ルイザ・ミラー」、日本での稀な上演で考えたこと

 ヴェルディの「初期」オペラは、不当に冷遇されていると思っています。

 まず、どこまでが「初期」なのかという問題もあるのですが、私は初期は「レニャーノの戦い」まで、「ルイザ・ミラー」(1849)から「椿姫」(1853)までが「中期」だと思っています。いわゆる愛国的(本当はそうでもないんですが)な合唱が中心の勇ましいオペラ(全部がそうでもないんですが)とは一線を画して、個人劇、心理劇の方に明らかに舵を切っているからです。よく、「ルイザ」、その次の「スティッフェーリオ」(1850)、の次の「リゴレット」(1851)から「中期」に分類されていますが、違うと思う。「スティッフェーリオ」だって心理劇ですかね。「リゴレット」の先駆みたいなところがあります。(詳しくは、拙著「ヴェルディ」(平凡社新書)をご覧いただければ幸いです)

 それはさておき、いわゆる「初期」として括られる作品は、量産期というか、3作目の「ナブッコ」(1842)でヒットをとばして売れっ子になり、夢中になって注文を受けて書いていた時の作品で、年に2作、下手をすれば3作書いており、後年、自分で「(あの時は)ガレー船(=苦役、と訳されます)の年月みたいだった」と振り返っているので、それもあって雑だとか、書き飛ばしているとか、単純だとか言われてしまうんですね。だから、今「初期」作品で、日本で時々でも上演されるのは「ナブッコ」と「マクベス」(1847)くらいでしょうか。

 けれど決してそういうわけではなく、よく見れば1作1作にちゃんと個性はあるんです。

 今回、藤原歌劇団で上演された「二人のフォスカリ」(1844)、そしてアーリドラーテ歌劇団で上演された「ルイザ・ミラー」を見て、改めてヴェルディ初期作品の力を感じました(繰り返しですが「ルイザ」は中期ですが、初期に分類されることが多いので)

 「二人のフォスカリ」はローマのために書かれた作品。原作はバイロン(他にも、初期稿ではマレンコの「フォスカリ一家」などが参考にされています)の同名のドラマです。フォスカリはヴェネツィア共和国の名門貴族で、15世紀、共和国の全盛期にフランチェスコ・フォスカリが共和国のトップである総督に就任。34年と歴代最長の在位記録を残しました。しかし晩年は息子ヤコポが反逆罪で流刑になる悲劇に見舞われ、息子の流刑と前後して解任、死亡しています。

 このフランチェスコとヤコポのフォスカリ親子の物語は19世紀前半の人気題材の一つで、繰り返し絵画やドラマに描かれています。バイロンの戯曲もその一つでした。ヴェルディはそれに基づいて作曲しているので、息子も父も憤死する結末があまりにも暗いと言われてしまうのですが、原作がそうなのと、史実もほぼそうなので、それはしょうがないのですが。。。。

 けれど、ヴェルディ、特に初期のエネルギッシュで旋律が湧きに湧いていたヴェルディの手にかかると、物語は暗いながら音楽は明るいんですね。そこが面白い。そしてその旋律が「持って帰れる」ものである、ということがヴェルディの特徴だと思う。例えばロッシーニのメロデイは酔わせてくれるけど、口ずさむのはちょっと難しい。ドニぜッティはかなり持って帰れる(口ずさめる)。そしてヴェルディはもっと「持って帰れる」。持って帰れる明るい旋律と暗いドラマ、その究極は(中期ですが)「イル・トロヴァトーレ」でしょう(1853)。「トロヴァトーレ」のあらすじを読むと暗くてとても聴く気がしなくなるのですが、いざ聴いてみたらこれが楽しくて、口ずさめる旋律がどんどん出てくるというタイプです。同じ時期の「椿姫」や「リゴレット」は、ドラマと音楽が合致しているので、そこがちょっと「トロヴァトーレ」とは違います。

 まあいわゆるベルカントオペラは、物語が悲劇でも音楽は基本的に明るい。ロッシーニの「オテッロ」だって、ドニゼッティの「ルチア」だってそうです。そこがいいんです。ここでドラマに合わせて音楽が暗かったら救いようがありません(一部の20世紀以降のオペラのように)。それこそ滅入ってしまいます。

 でも、そういう、暗い場面で突然明るい音楽、それもヴェルディの場合は、繰り返しですが持って帰れるメロディが飛び出してくる、というのは、初期(〜中期)ヴェルディを聴く醍醐味でもあるのです。シリアスな内容なのに明るく威勢のいいカバレッタ(アリア後半の急速な部分)は、ヴェルディの一種のサービス精神なのだとも思います。

 びわ湖ホールが初代芸術監督の若杉弘先生時代に、ヴェルディオペラの「日本初演」をシリーズでやったことは、今では結構忘れられているようです。その後の沼尻さんのワーグナーシリーズの存在も強烈でしたから。とはいえ私のようなヴェルディ好きには、あのシリーズは忘れ難いものでした。1998年の開館時に「ドン・カルロ」イタリア語5幕版。今ではイタリア語5幕版は結構上演されていますが、あの時が日本初演です。そして「群盗」「ジョヴァンナ・ダルコ」、「エルナーニ」、「海賊」、「シチリアの夕べの祈り」「スティッフェーリオ」「第一次十字軍のロンバルディア人」「アッティラ」。このうち「アッティラ」「エルナーニ」「シチリア島」などは海外ではそこそこ上演されているように思います(前の二作はイタリア中心ですが)。

 今回の「二人のフォスカリ」や「ルイザ・ミラー」も、海外ではそこそこ上演があります。「フォスカリ」は流石にイタリアがほとんどですが(パルマ、モデナ、パレルモで見ました)、「ルイザ」はあちこちで結構見ました。チューリヒではフリットリとヌッチの顔合わせで見たし、スカラ座ではノセダの指揮で、やはりヌッチやモシュク、バルチェッローナが出ていた豪華版でした。パルマで聴いた時もすごかった。チェドリンス、アルバレス(テノールの方)、そしてヌッチ。アルバレスが第3幕の名アリア「穏やかな夜」を歌った時は「ビス!」(アンコール!)の大洪水になり、劇場が沸きにわきました。それは作品の力でもあると思う。なので、「ルイザ」は私の中ではマイナー作品という意識はありません。正直傑作だと思います。音楽が素晴らしい。ストーリーが、ちょっと21世紀の今だと大時代的だと感じてしまいますが。

 今回の2つの公演は、それぞれ主催者の熱量が感じられた、聴きごたえのあるものだったと思います。

 「二人のフォスカリ」は、日本では以前東京オペラプロデュースが初演して以来。藤原歌劇団ではもちろん初演です。

 ヴェルディ初期は、歌手の負担がかなり大きいと思います。ヴェルディのドラマ志向の力強くカンタービレな旋律と、前に挙げたサービス精神満点、そしてベルカントの時代だからかなり技巧的なパッセージを含むカバレッタ、両方歌えなければならないからです。ヴェルディを歌うにはある種の熱気が必要なので、ある意味強さが求められますが、いわゆる強い声だとベルカント的な柔軟なパッセージは難しい。その両方をこなせる歌手は結構稀で、初期作品の上演機会が少ないのはそのせいもあるでしょう。びわ湖の時も、歌手の負担の大きさは痛感しました。

 今回の歌手の皆さんはそれぞれ健闘していたと思います。際立ったのは、まずダブルキャストの初日組で主役のフランチェスコを歌った上江隼人さん。上江さんは声の柔軟さ、温かみと深み、格調、イタリア語の発声の美しさなどで、日本を代表するヴェルディ・バリトンですが、今回もその実力を遺憾なく発揮してくれました。唯一の女声であるルクレツィアを歌った佐藤亜希子さんも大健闘。ハリのある綺麗な声、滑らかなフレージングは聴き応えがあります。翌日のルクレツィア役西本真子さんも適役。西本さんはやはり声が柔軟で、ベルカントの技術が高く安定しており、声に綺麗な情感があります。決して大きな声ではないのですが、十分通ります。この役は相当なドラマテックソプラノ(アビガイッレやマクベス夫人を歌う人)にあてられることが多いのですが(初演のソプラノも、のちにマクベス夫人でヴェルディに絶賛される人)、西本さんのケースは、極端に強い声でなくても十分に共感の持てるキャラクターを作れることを教えてくれました。フランチェスコ役の押川浩士さんも大熱演。

 田中祐子マエストロ指揮の東京フィルもエレガントでシンフォニック。初期ヴェルディは、個人的には「臆面もなく」やることが肝要だと思うのですが、こういう指揮もいいなと思わされました。アレッサンドロのクラリネットソロ(ヤコポ・フォスカリのテーマで活躍)も素晴らしかった。繊細で哀しくて、ヤコポの心そのままでした。

 伊香修吾さんの演出は、恐縮ですがやや単調で、正直何かもう少しあっても良かったかなとは思いました。ドラマが単調になる傾向があるので、演出にもう一工夫欲しかった。お金がないのはわかるのですが、、、

 「ルイザ・ミラー」を上演した「アーリドラーテ歌劇団」は、弁護士として国際的に活躍する山島達夫さんが、ヴェルディオペラの全作品上演を目指して立ち上げている楽団。これまで9作上演しています。弁護士としての収入をつぎ込んでいる、まさに山島さんの生きがい(こちらが本業だそうです)。ネッロ・サンティの薫陶を受けたり、東京音大で指揮の勉強をしたりと、プロの腕と知識を持っている方です。批判校訂版ももちろん研究していて、今回の「ルイザ・ミラー」でも、普通ならカットされる第3幕のロドルフォのアリアのカバレッタもちゃんと演奏していました。すごいことです。

 私がこの団体の演奏を聴くのは三回目ですが、一回ごとに前進していると感じます。「マクベス」「オテロ」ときて、今回が一番良かった。

 まず歌手が素晴らしい。山島さんが声かけされているのか(オーディション?)と思いますが、主役の二人、敵役などまさに適役でした(ダブルキャストの初日を見ました)し、大体、今の日本の第一線の歌手が揃っているのです。相当贅沢なキャストです。

 「フォスカリ」は歴史物ですが、「ルイザ」は世話物。村娘ルイザと領主の息子ロドルフォの身分違いの恋(オペラの定番)に、ロドルフォの父ヴァルター伯爵、その部下のウルムの前伯爵殺し、ウルムのルイザへの横恋慕などが絡んで、最後は主役二人がほぼ心中するという悲劇です。原作はシラーの「たくらみと恋」。

 物語としては、「フォスカリ」より大時代的な感じがするかもしれません。身分違いの恋とか、娘の恋人が領主の息子とわかって、弄ばれているのではないかと名誉心をたぎらせるミラーの心模様とか、ルイザに裏切られたと勘違いして憤激して彼女を殺そうとしてしまうロドルフォの激情とか、なかなか今の時代には分かりにくい。その点、権力をめぐる悲劇(父性愛もテーマですが)であるフォスカリの方が、まだ今の時代にわかりやすいかもしれません。

 とはいえ、「ルイザ」は名作なんです。繰り返しですが音楽素晴らしい。ドイツ音楽っぽい序曲からしてよくできていますし、音楽も、持って帰れるメロデイでありながら、「フォスカリ」よりかなりドラマに沿うようになってきています。「ルイザ」は「フォスカリ」より5年後ですが、確実にドラマティスト・ヴェルディは成長している。それを確認できたのも今回の収穫でした。

 歌手ですが、まずロドルフォ役村上敏明さん。ご存知の通り日本を代表するテノールです。失礼ながら、あまりベルカントを歌われる印象がなかったのですが、どうして、すごい熱演でした。とにかく声を飛ばしてもフォームが崩れないし、情熱的だし、支えもしっかりしている。あまりにも熱演なので最後まで持つのかと心配してしまいましたが(失礼)さすが第一線で活躍している実力で、最後の最後でちょっとふらついたくらいで、あとは充実した声できちんとペース配分ができる。力を見せつけられました。情熱的な恋人ロドルフォにまさにぴったりでした。

 相手役ルイザの石上朋美さんはなんと2週間前に代役でジャンプイン。非常によく響く美しい声の持ち主で、フレージングも広がりがあって惹きつけます。これも情熱的な悲恋のヒロインにぴったりでした。悪役ヴルムの北川辰彦さんも充実したバスの声、豊かな響き、そしてワルとしての感情表現が魅力的。伯爵役東原貞彦さんはノーブルでちょっと気が弱い伯爵を好演。

 そして敵役のヒロインとして、今まさに旬のメッゾ、中島郁子さんが登場というのは本当に贅沢です。ついこの間も岡山の劇場ハレノワのオープニング「メデア」で侍女役を好演。あの時の誠実な女性とはかなり違う、貴族の誇り高い、それでいて嫉妬深い(まさにアムネリスの前身!)を表現力豊かに聴かせました。深く彫琢のある声は魅力的です。本当に素晴らしい歌い手ですね。

 この手の団体のネックはオーケストラなのですが(ごめんなさい!とはいえそれはオペラの現場をたくさん経験している東フィルとは違うので)山島さんの指揮は、最初のうちは緊張もあって?ややおっかなびっくりだったオーケストラをうまくドライブし、どんどん一体感を盛り上げていく見事なものでした。人物の感情がひしひしと伝わったのは、オーケストラの熱量も関係していたと思います。合唱もうまかった。指揮の渡辺祐介さんの力は大きいと想像します。

 ご自身もダンサーで、ダンスを多用した木澤譲さんの演出もダイナミックで変化があり、楽しめました。

 両作を見ていて、後のヴェルディ作品に繋がる色々な要素が見られるのも面白いのですが、やはり「父」ですね。ポイントは。

 「フォスカリ」の父性愛は以前から指摘されますが、今回、フランチェスコのヤコポに対するそれにくわえ、ヤコポの二人の子供に対する父性愛も感じましたし、「ルイザ」でも、ルイザと父ミラーの愛はよく指摘されますが、ヴァルター伯爵と息子ロドルフォの葛藤もよくわかりました。これは父と息子の対立関係ですが、「ドン・カルロ」のフィリッポとカルロのようです。

 以前、ヴェルディバリトンとして世界的な名声を誇ったレオ・ヌッチが、「ヴェルディは父になりたかったのです」と語っていたのを思い出しました。

 考えてみれば、初期作品でも、やはり歌手としては「父」的な存在が重要です。この2作の上演機会が少ないのは、父役の歌手が少ないというのもあるかもしれません。

 考えてみればこれまで見たこの2作のほとんどで「父」を歌っていたのがレオ・ヌッチなのでした。「二人のフォスカリ」のモデナでの公演など、最後のアリアをアンコール!それはそれはすごかった。劇場が燃えました。まさに歌舞伎ですね。彼以後、そういう歌手はいないですから。

ヌッチがフランチェスコ・フォスカリを歌っている「二人のフォスカリ」@ナポリの動画を貼り付けておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=ZdfCYqUx_WA

2008年に見て大感動したパルマでの「ルイザ・ミラー」の動画もネットで見られます。ヌッチ、チェドリンス、アルバレス。レンゼッティ指揮。

https://www.youtube.com/watch?v=kRSKWI9fHFY

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