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苔生す残照

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卒業記念に描いたものです。
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2018年4月の記事一覧

《苔生す残照⑻》

《苔生す残照⑻》

 校舎から出て、裏に向かうと、門馬朱音が梯子に登って何やら作業をしていた。校舎裏の壁全体を使って、ペンキで塗りたくっている。彼女がいま取り組んでいるのは、波の先端だった。
「葛飾北斎、だっけか……?」
 集中していた朱音は驚いてひとたびアルミ製の梯子を軋ませてから、章二の方を見た。
「知ってるんだ」
「見たことあるよ、日本人ならわかる」
「神奈川沖波裏っていう木版画で、葛飾北斎の連作富嶽三十六景の

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《苔生す残照⑺》

《苔生す残照⑺》

 門馬朱音は優秀な上に、柔和で、人当たりも良かった。だから誰もが彼女の噂を許可されているかのように、話題に出ることは度々あった。ピアノのコンクールに出て入賞した。書道で優秀賞を得た。成績抜群で一番の出来だったらしい等々、事欠かない。
 章二は門馬と言葉を交わした記憶はないが、間接的にでも彼女のことを良く知れた。それは表面的なものでしかないかもしれないが、それこそが章二の中の門馬朱音という女性に他な

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《苔生す残照⑹》

《苔生す残照⑹》

 額縁に入っているが埃で薄汚れていた。よくよく見てみれば、地区の合唱コンクールの賞状だった。××年度、最優秀賞と書いてある。そういえばこれに参加したのも章二の転入してきたばかりのクラスだった。クラスの担任が音楽に造詣が深いせいか妙に熱が入った指導をして、なぜか乗り気になった女子と、いまいち乗り切れない男子たちが、それでも授業外の練習にも参加して勝ち取った評価だった。この賞をもらったときは特に興味は

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