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苔生す残照

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卒業記念に描いたものです。
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2018年3月の記事一覧

《苔生す残照⑸》

《苔生す残照⑸》

 単なる好奇心から立ち寄っただけだというのに、どうしてここまで重労働をしなくてはならないのだろう。先程の校門ではトランクに傷をつける始末だった。すべては大司の責だ。今度おごらせてやらないと気がすまない。そのためにここに来た以上はただで帰るよりも、せめて何かしらの答えを得ておかなければ。
 トランクを唯一無事な教壇の上に置いて、腕まくりをした。好都合なことに机はひとつひとつが小学生六人ずつ座れるくら

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《苔生す残照⑷》

《苔生す残照⑷》

君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いわおとなりて
こけのむすまで

 言わずもがな日本の国歌である『君が代』である。小学生がこの歌を覚えている必要などなく耳に入れる回数ですら少ないこの歌を、なぜタイムカプセルの在りかと共に大司が写真に書き添えたのか、見当もつかなかった。尋ねれば良かったが、荒木田はタイムカプセルのこととなると意味深にフッフッフとわざとらしく笑うだけで答えてはくれなかったのである

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《苔生す残照⑶》

《苔生す残照⑶》

 あ、やっぱりそうだ、と言った彼女が嬉しそうに歩み寄ってくる。
「どうしたの、こんなところで。帰ってきてたんだね。同窓会にも来ないから、顔忘れちゃったかと思ってたけどそうでもないんだねえ。変わってないなあ」
 矢継ぎ早に言われて困惑する。記憶を掘り起こそうにも、思い出せない。幼いころの章二は内向的で、あまり交友関係は広くなかった。友人といったら、よく裏山で遊んだ荒木田大司やその友人くらいだ。大司は

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《苔生す残照⑵》

《苔生す残照⑵》

 石畳には苔が生えていた。バスを降りて徒歩一時間は行った、国道の脇だった。まさかこんなにかかるとは。歩道のない道路から、やっと見つけた目的地に至る、最後の試練を見つけた。
 じめじめとまとわりつく空気と、熱気のある風のせいで暑さから逃れることはできない。そびえ立つ階段の高さに目眩をしそうになりながら、青沼章二は一息ついた。
 山の辺を沿うように作られた階段の両端にも、石が積まれている。石垣に縁取り

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《苔生す残照⑴》

《苔生す残照⑴》

 腕捲りをして苔むした石階段を登る。
 この百メートルもあろうかという長い階段は、まるで立ちはだかるように山の辺に沿って四十五度の急こう配でそびえていた。この階段を見る度に自分も置いてきぼりにされている感覚に陥る。自分自身も、まるで過去の遺物、朽ち果てるのを待つだけの侘しい、棄て置かれる存在のように思えてしまう。自分の行動そのものがそんな気分を誘発する原因となっているのだから、もしそれが嫌ならば、

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