リアル人生縛りゲーム実践編(片付けの向こう側)

インテリアは諦めた身の上とはいえ、明らかにヤバい状態の人様の家が、リフォームなしにキレイになっていく様は我が事のように爽快だ。上記のサイトでは、片づけることで得た「何か」を「片付けの向こう側」へ行く、と呼んでいるらしい。言い得て妙。と言えるのは、私も昔、片付けの向こう側とやらを自力で覗き込んだようなのだ。

自分の家じゃないし

幼い頃の家の写真には、家具調のテレビ、レトロな花柄のポットや炊飯器、電話機やドアノブに謎のカバー全盛期。バブルな時期の少し前だっただろうか。幼いころに戦争を体験した父、戦後生まれとはいえ影響を受けた母、両親が結婚してからはオイルショックも高度経済成長期もあった。私が生まれてからも2回ほど引っ越ししているが、家に物が多いのは当然だった。

物は多くても何の問題もなく楽しくのんきに幸せに過ごしてきたが、10歳から持病持ちになった私は将来をずっと考えていた。おそらく今後、生活できる一定の収入を得る仕事も、結婚する可能性も確実に低い。兄弟が家を出た後も、この家(賃貸)に住み続け、年の離れた末っ子の私は、そう遠くない内に両親を看取るだろう。でもその後は…?親は決してそんなことは思っていないのに、娘の私は「住まわせてもらっている居候」という感覚が抜けなかった。

誰が掃除した家に住むの?

大学を卒業して下宿から家に戻った私はすすんで掃除を担当していた。しかし一度家を出て戻ってみると、あの棚なくしたら楽なのにな~これ多すぎるし減らしたらいいのに~この押入れは湿気でカビるから使えないな~と家の粗ばかりが見えて仕方がない。できるアイデアは全て試してかなり快適な家になってはいたが、住まわせてもらっている私は触るべきではないような感覚が抜けないので、妥協や中途半端な状態がしていた。

そんなある日、押入れのホコリを掃除しながら「キレイにすると両親が喜んでくれるから嬉しい。でも物がなかったら掃除しなくてよいのに、なんで私だけが他の人も住んでる家の掃除で苦労してるんだろう」と思った。……思った……思った。ん?他の人も住んでる家の掃除?私だけが、他人の家の掃除?

何かが弾けた

あれ???私もこの家に住んでる。掃除したいのは私。私が掃除しなかったら誰がするの??両親が望んでるわけでもないのに?達成したいことを人のせいにして回避してるのは私だ。うわ、ダサい。

私、この家にある全てのものを、触り、見る事にしよう。家の全てを、だ。

そして、ひらめきに従った。

結納道具にビールジョッキ

隙を見ては取りつかれたように場所を選んで全部出し、カビていれば漂白剤で壁を拭いて乾燥させ、物をひとつひとつ手に取って、この目で見た。ベランダのすみも排水口の奥も。面白かったのは、押入れの上から出てきた(母か姉の)結納道具の入っていた箱に、ビールジョッキも入ってた。この組み合わせはなかなか思いつかない妙味。一体何があったんだ。

家のものを半分くらい触った頃だろうか、気づくと私は片づけの向こう側とやらにいた。掃除とか断捨離とか親が捨ててくれないから片付かないとかそんな事、気にもならなくなっていた。

でも、私の家は上記サイトのafterのようなゼロでフラットな感じではない。それがいい。「片付けの向こう側」は家の状態の話ではないからだ。

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