「入学・卒業式に不参加の理由選手権」で理不尽部門があったら上位狙える

今年度、卒業式が急遽取りやめになった学校は多い。今年高校を卒業する姪も、卒業生だけが各教室に集まり校内放送から流れる校長の送辞を聞いたと言っていた。もちろん謝恩会等も中止。部活も頑張り成績優秀者としても表彰されるという、絵にかいたようなステキ学生生活だったので、さぞや残念だっただろう。

遥か昔、夫も受験の関係で高校の卒業式に出られなかったそうだ。そのことをネタにしつつも、紅白饅頭や記念品をもらえなかった事を意外と根に持っているように見える。本心は知らないが。

で、次は私の話だ。高校三年生の秋頃から眼の具合が最高潮に悪くて卒業式は欠席、式後のホームルームのみ参加した。担任が全員に向けて話した内容の「健康は前提であって目的ではない」の部分は、明らかに私に向けられたものだと今でも思っている。心配と見舞いの言葉をありがたいと思う。でも何言ってんd…ゲフンゲフン、失礼。こっちはその前提とやらをずいぶん前に無くしてるんだよ。

大学の入学式に至っては、結局、症状が治まらない眼の手術日になった。忘れもしない4月10日だ。しかもこの手術は色んな意味で凄かった。手術開始30秒前にいきなり執刀医が「ノー麻酔でいいんじゃね?」と宣言したのだ。準備万端の麻酔科のスタッフは「はあ?(何言ってんだコイツ)」とざわついたが、宣言通り、麻酔無しで眼球の中まで針を刺しこまれた。私は死んだ。スイーツ(笑)入学おめでとう私。

結局、大学に初めて行ったのは、5月の連休明けからだった。当時の大学では、入学前から休校する学生の前例がなかったので、事務局と親を翻弄させた。そんな中、みんなは大学システムに慣れてきて、仲間を作り始めた所に、体調万端でもない状態で私の新生活&一人暮らしがスタートしたのだった。

ここで終わればいいのだが、なぜか数か月も経たない内にストーカーに付け狙われてイタズラ電話が毎日かかってきたり、帯状疱疹になって毎朝、首の喉ぼとけ辺りにブロック注射するという(また針かよ)拷問系の治療を受けて、病院から大学までタクシーで通ったりした。

我が事ながら、しばらく大学に来なかった上に、来たと思ったらしばらく金属の眼帯(保護のため)をしてたり、毎朝タクシー通学してくる人間は相当ヤバいと思う。のちに友人から「いきなり大学来ないとか、すごい不良かもしれないと思った」とも言われた。すごい体調不良なので、見立ては正しかった。

そんなこんなで、まあ氷河期とか色々ありつつ、今も何とか生きている人間がここにいると記すことで、ひと時でも誰かの気が紛れるといいのですが。こうやってネタにできるのは、通常と異なる状態だったからです。卒業式がなくなるなんてすごい体験ができた世代のみなさん、ご卒業おめでとうございます。幸多からんことを。

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