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トマトのベトナム語の原点

「この授業は単位が簡単に取れるよ」

私をベトナム語の授業に最初に導いてくれたのは先輩の何気ないアドバイスからでした。

私は埼玉から沖縄の琉球大学に入り、新入生対象のオリエンテーションで第二外国語の選択に迷っていたところ、手伝いに来ていた同じ学科の女性の先輩が冒頭のアドバイスをくれました。

今となってはその先輩の名前も顔も全く覚えていませんが、冒頭のセリフと巨乳だったことはなぜかはっきりと覚えています。いずれにせよこの先輩の一言がなければスペイン語や中国語など、よくある他の第二外国語を適当に選んでいたことでしょう。

もちろん当時はベトナム語はおろか、ベトナムに関しては何も知らず、特に興味関心もないただの一学生だったので、「単位が簡単に取れる」という大学生によくある打算的な動機に基づいてベトナム語を選びました。

月曜日の3限、琉球大学共通教育棟3号館の205教室でベトナム語の授業が始まりました。これから始まる長い大学生活で一番最初に受けた授業が実はこのベトナム語の授業でした。この時点で何かベトナムとは運命的なものがあったのかもしれません。

そのベトナム語の授業はすでに一般教養では人気の科目となっており、狭い教室にたくさんの人が入っていました。特に最初の授業は履修調整期間で、授業を登録していない人もお試しで授業に来るため、座る場所がなく立ち見状態の人もいました。沖縄は4月でもすでに蒸し暑く、ムンムンとした空気が教室内に漂っていました。

その様子を見ていたベトナム語講師の那須泉(トゥエン)先生が「うわぁ~、なんかAKBのコンサートみたいですねぇ~」と言っていたのを聞いて「変わった人だな」となんとなくワクワクしたのを覚えています。

授業が始まり、最初の数十分聞いただけで面白い授業だというのがすぐにわかりました。なぜなら私は大学受験の時に代々木ゼミナールで浪人しており、様々な人気講師の面白くて上手い授業をたくさん受けてきて、講師の教え方、やる気、質に関してはそれなりに判断する目を持っていたからです。

那須トゥエン先生の授業はかつての代ゼミの有名講師と同じ空気を感じました。大学で一番最初に受けた授業だったこともあり、非常に印象に残りました。

ベトナム語の授業だけどベトナム語はほとんど教えない

ここまで聞くと、トゥエン先生の授業はベトナム語を教えるのが上手で、だからトマトはベトナム語ができるようになったのか、と思うかもしれません。

しかし実際の授業ではベトナム語という言語自体を直接教えることはほとんどありませんでした。授業の大半はベトナムの生活、文化、歴史、人、沖縄との関係などベトナム語に関連する様々な知識や問いを、様々な媒体を使って五感をフル活用して面白おかしく展開されることに費やされていました。

当時の授業のシラバス
扱う内容から授業内容を想像してみてください。

前期の3ヶ月間の授業で覚えたのは発音や簡単なあいさつなど、ベトナム語の知識量としては少ないですが、それに関連した様々な体験は強烈に頭に残り、自然と多くの人をベトナムや東南アジアに意識を向けさせる授業でした。

大学の一般教養(リベラル・アーツ)とは単なる知識の詰め込みではなく、学んだ本人の視座を広げ、自由にさせるものです。トゥエン先生の授業はまさに学生の興味関心を引き上げ、世界を広げるようなまさにリベラルアーツを体現した授業でした。

琉球大学の授業の中でトゥエン先生のように熱心で面白い授業は後にも先にも現れませんでした。ただこの授業に出会えただけでも私が大学に行く価値はあったと思います。

こうしてトゥエン先生の授業がきっかけで自然とベトナムに興味関心を持った私は大学2年生の時にベトナムに短期インターンシップに行き、ベトナム語で伝える喜びに感動し、その後すぐにホーチミン市に留学し、あれよあれよとベトナムにはまっていき、現在までいたるというわけです。

※ベトナム留学時のベトナム語の勉強法についてまとめた記事はこちら↓
・vol.457 トマトはどのようにベトナム語を勉強してきたのか?

恩師と3年ぶりの再開 ~あの授業の真意~

先日私は沖縄を訪れ、トゥエン先生と3年ぶりに再会しました。トゥエン先生はすでに琉球大学での講義を引退し、コロナ禍で長らく体調を崩していましたが、最近はヨガと瞑想に励む日々を送っているらしく、写真のようにいつもの面白くて元気な先生に会うことができてよかったです。

ここでは書けないような「トゥエンフルエンザ患者(=トゥエン先生の授業がきっかけで人生を東南アジア方面に開かされた人々)」の様々な面白話が聞けて非常に楽しかったです。

そこでトゥエン先生の座右の銘である井上靖氏の言葉を教えてもらいました。

それは「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く、面白いことを真面目に、真面目なことを愉快に、そして愉快なことはあくまで愉快に」という言葉です。

文を分けると

①難しいことを易しく
②易しいことを深く
③深いことを面白く
④面白いことを真面目に
⑤真面目なことを愉快に
⑥愉快なことは愉快に

となります。私も教える際に①、②までは意識していましたが、③以降の面白さや愉快さというのはあまり意識できていませんでした。

面白さ、愉快さは学習には欠かせないものです。大学教授のように真面目な専門家ほど難しいことをただ難しく語るだけで、そこには面白さというものが一切伝わってきません。結果として教えられた側も心に残らず、忘れさられてしまいます。

また、どんなに正しいこと、わかりやすいことを言っていてもそれが面白くないと結局多くの人には伝わりません。人に伝わらなければその人にとっては無いことと同じです。

面白さや愉快さは一見無駄のように見えますが、本来学習することは面白く、愉快なものです。わかりやすさ、深さだけでなく面白さも大切なものである、と教える側も常に意識していなければなりません。

そして少しでもその面白さが伝わりさえすれば、その先のことは学習者が勝手に進めていきます。ちょうど私がベトナムに留学してベトナム語を自ら深めていったように、継承者はまた別の形で知を展開していきます。

こうしてトゥエン先生の周りには自然とぶっ飛んだ?面白い人が残っていくのでしょう。なぜトゥエン先生が面白おかしく授業をすることに情熱を注いでいたのか、その真意がこの言葉を通してようやく理解できました。

「金を残すは三流、仕事を残すは二流、人を残すは一流」という言葉があるように、トゥエン先生は私のように様々な教え子の人生をアジアに向けて開かせ、人生を変えさせました。まさに教育者、人として一流といえるでしょう。

トゥエン先生は引退しても、トゥエンフルエンザはまだまだ終わりません。

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