何気なく幸せに
頑張って幸せになるという言葉を目にする事や、実際に使った事があるという人もいるでしょう。
ですが、果たして幸せは頑張った先にあるものなのかという疑問を私は持ちます。
”幸せの定義は人それぞれ”なんて言い回しも使い古された感じですが、もちろん人それぞれなのは間違いないです。
でも、頑張ってお金を稼ごうとする人、頑張って良い男を捕まえようとしている女性、頑張って結婚生活が上手くいくように我慢する夫、しんどくても良い妻を演じる妻。
一般的な幸せの定義のために、型にはめようとするのは幸せと呼べるでしょうか。
私が本当に幸せだと感じるのは、何気なく意識せず自然体に、そばに愛する人がいて、肩の力を抜いて、当たり前の事に感謝できる日々が幸せなんじゃないかと。
それはそんなに難しくなさそうで、でも難しいのかもしれません。
なぜなら、現代人は忙しなく時間を消費し、身体をすり減らしながら生活の糧を得なければなりません。
そんな生活を続けると心に余裕がなくなり、自然体ではいられなくなります。
でも、考えてみると本末転倒なのかも。
私たちは仕事に時間を奪われるために生きている訳ではないのですから。
忙しい現代人は自らの生き方を見つめ直す過程の中で、自分なりの幸せの定義をもう一度深く考える必要があるかもしれませんね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?