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アイアンマウンテン報告

 工事現場の午後、先週から降り続いていた雨が急に上がり晴れ間がのぞいた。それとともに雨で中止になっていた作業が一斉にスタートした。
「ウオオオーッ」
梅雨の晴れ間の大運動会だ!
「ポンプだ!バケツだ!スポンジだ!」「ネコでガスバーナー持ってこ~い」「ドラムをひっぱれ!送風機を回せ!」「今だ!地墨を出せ!」
濡れていた服が乾く間もなく、全員で現場から水を掻き出す。「水替え」と呼ばれる作業だ。当然わたしも参加する。
「行きましょうか、森川さん。」
「……。」

森川さん(仮名)についてわたしは良く知らない。

森川さんは朝、すれちがっても挨拶をしない。会話どころか返事もしない。仕事はできない。周囲の人からは相手にされていない。仕事中ずっとビクビクオドオドしている。顔が幼いので20~30代だと思っていたが、口さがない人から伝え聞くところによるとわたしより年上(50代)らしい。

「ずっと引きこもりだったらしいぜ。」

──そんな森川さんが気になったわたしは、機会があれば彼を手元(見習いのようなもの)にして仕事をした。額に汗して働くことの素晴らしさを伝えたい!引きこもりの社会復帰を応援します!と云うのとはもちろん違う。
ただ単に、現場はそんなに恐ろしいものでもなく、仕事もそこまで難しいものでもなく、世の中も人もまあそんなに良くも悪くもない。現場の裏のラーメン屋知ってます?あそこはラーメンよりチャーハンのほうがうまいですよ。と、そのぐらいの事を伝えられればと思ったからだ。

森川さんと作業場所に向かう。
いつの間に厚い雲は去り眩しい太陽が水たまりを照らすと、遠くのプレハブが陽炎に揺れ作業員たちが異国のキャラバン隊に見える。ラクダのユンボは唸りをあげ、蜃気楼の中雨に倦んだ土をダンプカーに積み込んでいる。

そこに、晴れ間を待っていたかのようにやってきた、自販機の車が停まった。

Dydoと書いてある自販機の車から、スカートをはいたヒゲの男性が降りてきた。

?!

?!


Tシャツにヒゲの男性…が…スカート…プリーツスカート?…を、はいていて…Dydo…ジュースを車から…台車に…積み込み…ダイドー・ドリンコ…さらっとしぼった…オレンジ…その横を…通りすぎるわたしと森川さん…時間にして5秒ほどの邂逅──

「──森川さん。なんか今の自販機の人、スカートはいてませんでした?」
「……スカート。」


Dydoの人が森川さんに「スカート」と言わせた!
サリバン先生がヘレン・ケラーに「Water」と言わせたのとはワケが違うんだ。
そう、何もない、何もないんだ、

意味がわからないんだ!


おわり

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