飢餓海峡(Famine sector)3
こと「ラーメン」に関しては、隣の人のトッピングが気になりますよね。自分が普通のラーメンを食べている時、隣の人に着丼したのがチャーシューや煮玉子や背脂や揚げ玉が山盛りのラーメンだと、敗北感を感じませんか?ラーメン屋は関ヶ原、いかに目の前に数寄心に溢れた粋なラーメンを着丼させるかは、戦国武将の兜よろしく大見栄を切った自己表現なのです。
心臓の病気になるまではこの↑ようなラーメンを食べていました。さながら黒漆塗執金剛杵形兜(くろうるしぬりしょこんごうしょなりかぶと)のような豪壮な佇まい。麺もスープも見えない。かたや今
足軽にもなれません。もうラーメンを好き放題食べられない身体になってしまった今、本当に麺もスープも見えなくなってしまいました。心臓病になってから3ヶ月、体重は84kg→63kgまで減り、BMI値で見ると標準体重になりました。いい事なんですけど、
守りに入った 命(タマ)じゃなし
狂ったように 脂マシ
(ラップ)
攻めたラーメンが食べたい!そして記さないと、いつ永遠に失われてしまうか分からない話があるので、攻めたラーメンばかり食べていた頃のおもいでをここに記しておきます。おれは情報を食いたいんじゃない!ラーメンが食いたいんだ。
2016年 立川駅南口
立川「変なラーメンは任せとけ!」
そこはラーメン魔境──個性的なラーメンが食べたいと思ったら立川に行くがいい。南口すぐの「立川ラーメンスクエア」には選りすぐりのラーメン屋さんが7店舗、ちょっと歩いて「らーめん たま館(やかた)」には「立川マシマシ」をはじめ個性派ぞろいの4店舗が軒を連ねている。その他にも「鏡花」「チキント」などなど選択肢が多すぎて困ること請け合い!立川では駅に降り立った瞬間ラーメン選択肢が20を超える。駅の改札内にもワンタンメンがあります。やきそば専門店もあるよ。
2016年立川でとある宗教施設の現場をやっていたわたしは、今はもうなくなってしまったが(くそっコロナのせいだ)、九州とんこつラーメンと大分ふう鶏の唐揚げが大変美味しいお店に昼も夜も食べに通い、体重が90キロにまで増えていた。そこまで太ると尻をティッシュ・ペーパーで拭くときに手が届かない日があるよね!そして無理やり体をねじって脇腹がつる──トイレで悶絶している男がいたのならそれは俺だった。
「おっ ラーメン屋じゃん」
ある日の帰り道、近日オープンの貼り紙がある内装工事中のテナントを確認した。
「選択肢がまた1つ増える」
黄色いテントに黒い文字、たぶん二郎系だろうなと思いながらオープン当日、通りかかったらたまたま座れそうだったので入ることにした。オープン記念豚1枚サービスと書いてあった。ところでスマホで「たまたま」って打ち易いですよね。
「いらっしゃいませ~大豚ラーメン麺の量は?」
わたし「普通で」
カウンターのみの明るく清潔な店内は新築の香りがした。
「はいラーメンいってみましょう!」
「野菜アブラマシニンニクチョモランマカラメ。」
英訳する時大変そうなやりとりをオープン初日にも関わらずみんなしている。この店はインターネット・ラーメン文章の読者向けなんだなと思った。
客層は若者が中心で大学生かフリーターといったカジュアルな面持ち。眼鏡をかけている方が多い。ドレッドの作業員の人物はわたしだけだったがもともと絶対数が少ない。
「はい大豚ラーメンの方いってみましょう!」
「野菜抜き脂マシで。」
ほどなく着丼した巨大ラーメンを見て、わたしは麺の量普通にしといて良かったと思った。いただきます。
「いらっしゃいませ~」
オープン記念豚1枚サービスにつられたのではなさそうな、上品なご婦人が入店してきた。痩せた体型で、授業参観帰りのような上等な洋服を着ている。わたしの隣に座った。
「ラーメン麺の量は?」
ご婦人「えっ…あっ… 大盛りをお願いすることってできるんでしょうか?(上品な声)」
その場にいる全員がピクリと反応したのを見た。ギル……ティーにはまだ早い。ひょっとして大食い女王 魔女・菅原ばりのフードファイターなのかもしれないと皆思っていたのだろう。大盛りは麺666gくらいはある。
ご婦人「あっあとすみません、このお店はお野菜を──マシ?っていうのはできるんでしょうか?」
その場にいる全員がピクリと反応した。これは軽くギル…ティーだ。
「あとでお伺いしますんでそのままお待ち下さい。」
店員さんは機械的に定型文を返した。
わたしは、おかしな世界に迷いこんできてしまったご婦人に同情した。多分、夕方のテレビの情報番組かなんかを見て、二郎系ラーメンのことを知ったのだろう。そしたらたまたま通り道にオープンした店を見かけて足を踏み入れたのだろう。ご婦人の勇気は称えられこそすれ貶められるようなものではない。おれだってネイルサロンとかに入るのは勇気がいる。
「はい大盛ラーメンの方いってみましょう!」
婦人「お野菜マシ特盛りでお願いします。(上品)」
その場にいる全員がピクリと反応した。松屋とごっちゃになったか。
店員「……野菜マシマシ、ということでよろしいでしょうか。」
婦人「はい、大丈夫です。よろしくお願いいたします。」
大丈夫だろうか?マシマシはニュージーランドのラグビーせんしゅでも苦戦しそうな量だ。その場にいる全員が婦人の着丼を固唾ととんこつしょうゆスープを飲んで見守った。
そして──
「お待たせしましたラーメン麺大盛野菜マシマシです。」
婦人の前に、もやしとキャベツの山がそびえたつ丼がドン!ブリと置かれた。
婦人「ええっ!? これがわたしのラーメンなんですか!?…やだこれどうしましょ…こんなに多いんですか!?」
婦人は眉をひそめて店員に訴えた。店員はごゆっくりどうぞと言った。マニュアル通りなんだろうが皮肉にしか聞こえなかった。
わたしはご婦人に同情した──そうですよね、多すぎますよね。店側はちゃんと分かるようにしつこいぐらいに貼り紙をするべきなのかもしれません。「当店のラーメンは普通盛りでもおなかいっぱいになれますよ!なんなら麺半分で十分」とか「普通盛りのカロリーは約2000kcalで塩分相当量は15gです!成人男性に推奨される1日(1食ではない)の摂取量は1800kcalの塩分6gです!それを念頭においてお楽しみ下さいませ!」とか。
ご婦人「やだどうしましょ。こんなすごいんですねっねっ」婦人は見ず知らずのわたしに話しかけてきた。わたしは「はは…」と煮え切らない相槌を返すほかなかった。
ご婦人「少しお食べになる?」
……それは……ちょっと……困っているご婦人の助けになってあげたいのはやまやまだが、二郎系ラーメン店のマナーとしては前代未聞のギルティーだ。まあ私語の時点でマナー違反なのだが。
ていうかもうおなかいっぱいだった。
わたし「いえ、結構です。」
そしてわたしは、ちょっとギルティーだが食べている途中でトイレに行きたくなったのでトイレに行った。
トイレから帰ってくるとわたしの座っていた席にそびえたつ野菜の山が見え、ご婦人の姿は無くなっていた。
おわり 完
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NHK
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