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サン・ミシェル・アン・ティエラッシュ古楽音楽祭その1 セバスティアン・ドゥロンの宗教音楽

サン・ミシェル・アン・ティエラッシュ古楽音楽祭は、知る人ぞ知る古楽の古参音楽祭。今年は、第2週目の6月19日に開催された3つのコンサートを聴いた。

第36回サン・ミシェル・アン・ティエラッシュ古楽音楽祭は、6月12日から7月10日までの毎日曜に、主にサン・ミシェル・アン・ティエラッシュの旧修道院の教会で行われている。一昨年までは土日の週末に1日2〜3のコンサートが行われていたが、昨年からは日曜日のみとなった(サン・ミシェル修道院の由来と昨年のレポートはこちら)。
この日は「ローマとスペインのヴィジョン ドメニコ・スカルラッティの世界 Visions romaines et espagnoles : L’univers de Domenico Scarlatti」の総タイトルのもと、プログラムの上でも、完成度の上でも。大いに興味をそそられるハイクオリティの3つのコンサートを聴くことができた。

セバスティアン・ドゥロンのスペイン宗教音楽

まず、スカルラッティが後に王立礼拝堂のオルガニストとして、またマリア・バルバラ王女の音楽教師として、ポルトガルとスペインに定住した頃、彼が宮廷でどのような音楽を聴いていたのかを物語る演奏会を聴く。2005年に創設されたスペインのアンサンブル、ラ・グランデ・チャページェ(ラ・グランド・シャペル La Grande Chapelle)が、セバスティアン・ドゥロンの宗教作品その他を集めて披露した。

セバスティアン・ドゥロン

フランスではセバスティアン・ドゥロン Sebastián Durón(1660〜1716)は、ヴァンサン・デュメストル Vincent Dumestre 指揮ル・ポエム・アルモニーク Le Poème Harmonique がサルスエラ《 コロニス Coronis 》をここ数年間に何度か上演して知られるようになった作曲家だ。彼はまずパレンシアという小都市の大聖堂のオルガニストの職にあり、その後マドリッドの王室礼拝堂の音楽マイスターとなった。当時としても異例の「昇進」だ。しかし彼の音楽の全貌はまだまだまだ明らかになっていない。
なのでこのコンサートには大きな期待を持って臨んだが、期待通り素晴らしい演奏だった。驚かされるのは、歌詞に敬虔な宗教心を想起させる色合いの強い曲でも、民衆で歌い継がれてきたであろう旋律やリズムがふんだんに取り入れられ、その内容とは別に陽気な雰囲気が漂っているものが多いことだ。10年以上前に、南仏モンペリエのラジオ・フランス音楽祭で聴いた、中南米のグアダルーペの聖母を讃える音楽(器楽とヴォーカルアンサンブル)を思い出した。あまりの祝祭的な雰囲気に踊り出す聴衆もいて、会場のオペラ・コメディ劇場が沸きに沸いたことを覚えている。ラテン気質というのであろうか。

民衆音楽と切り離せない宗教音楽

私たちは、西洋の宗教音楽というと、ドイツの重厚さやフランスの荘厳かつ絢爛さを思い浮かべがちだが、スペイン・ポルトガルと、かつてこれらの植民地だった国々に根付く、民衆音楽と切っても切れない様式は、当地では一般的なものとしてもっと考慮されても良いのではなかろうか。
それは、これらの曲が、民衆を対象にした宗教儀式で演奏されていたという事実と強く関連している。それは彼らにとっては、お祭りの音楽だったのだろう。ラテン語ではなく現地で話されていた言葉(方言なども含む)で書かれたテクストに作曲されていることもそれを物語っている。日本での神社などのお祭りに似たものだったのかもしれない。

Albert Recasens

アルベール・レカセンスの入念な研究を、レパートリーを知り尽くしたミュージシャンが再現

現在 La Grande Chapelle を主催・指揮するアルベール・レカセンス Albert Recasens はこの「聖餐式の音楽 Música al Santísimo Sacramento」というプログラムで、17世紀終わりのスペイン音楽の伝統を伝えるヴィジャンシーコ villancico やカンタータ、トーノ tono を選んだ。バロック音楽でのヴィジャンシーコはアリアやレチタティーヴォというイタリア的要素と、中世から引き継いだリフレインを持つスペインの伝統的有節歌が融合したジャンルで、一曲の中で非常にヴァラエティに富んだ音楽だ。オノマトペ(擬音)や、それに似た言葉が挿入されて面白い効果を生んでいるものもある。これらの言葉に歌手たちがつける表情も毎回変わっていてとてもうまい。踊りのようなリズムが多く、彼らの演奏ではこれがとくに生き生きとしていて、祭りに参加して楽しむ当時の人々の活力が伝わってくるかのようだ。全体として、アルベール・レカセンスが手稿譜を入念に読み込んで、その時代のコンテクストの中に息づいていた音楽を蘇らせようとしているのが、専門家でなくても十分に感じられる演奏だ。当日は、ある歌手が出られなくなり別の歌手が急遽代役を務めたが、それにもかかわらず、一般的には稀なこのようなプログラムで完璧な演奏をできるというのは、演奏する一人一人がレパートリーを知り尽くしているということだろう。

ドメニコ・スカルラッティの作品も、このような民衆色を色濃く残している。宮廷でも、おそらく、この演奏会で聴いたような音楽が頻繁に演奏され、スカルラッティもこれにインスパイアされたのではなかろうかと、想像が広がる楽しいひとときだった。

Programme

Sebastián Durón(1660-1716)
« Música al Santísimo Sacramento »

Todo es enigmas amor, a 4, tono al Santísimo Sacramento
Aves canoras, a 4, villancico al Santísimo Sacramento
Ay, infelice de aquel agesor, a 4, villancico al Santísimo Sacramento, 1699
Corazón, que suspiras atento, solo de Miserere con violines
Duerme, rosa, descansa, dúo
Atención a la fragua amorosa, a 4, villancico al Santísimo Sacramento
Segadorcillos que al son de las hoces, a 4, villacico al Santísimo Sacramento
Qué sonoro instrumento, dúo al Santísimo Sacramento
Ay, que me abraso de amor, cantata al Santísimo Sacramento
Ah, Señor embozado, a 4, villacico al Santísimo Sacramento
Volcanes de amor, a 4, tono al Santísimo Sacramento

La Grande Chapelle

Jone Martínez, soprano
Lina Marcela López, soprano
Gabriel Díaz, contreténor
Gerardo López-Gámez, ténor

Mira Glodeanu, Maria Alejandra Romero, violons
Sara Ruiz, viole de gambe
Belisana Ruiz, théorbe/guitare
Sara Águera, harpe espagnoles
Jorge López-Escribano, orgue positif

Albert Recasens, direction

2022年6月19日 日曜日 11時
Abbaye de Saint Michel en Thiérache


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