J2第41節 V・ファーレン長崎vsヴァンフォーレ甲府

前節甲信ダービーに敗れ、5位との勝ち点差が2に縮まってしまった甲府。
今シーズン目指せる最高順位である4位死守のため負けられない一戦となる。

一方の長崎は現在3位につけ、昇格の可能性を残している。
最終節が首位徳島と2位福岡の一戦となるだけに連勝して昇格を掴み取りたいところ。

前回対戦は甲府ホームで2-0の勝利を収めた。
山本英臣Jリーグ通算500試合出場のメモリアルゲームでの完勝となった。
通算の対戦成績は2勝2敗。
お互いにホームで勝ち星を収めている。
前回の長崎ホームでの一戦は昨年の天皇杯準々決勝。
クラブ初のベスト4を目指したが、涙を飲んだ一戦となった。
昨年の悔しさを長崎の昇格が掛かった一戦で晴らしたい。

1.新たな形

スタメンはこちら。

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甲府は前節から8人、前回対戦からは7人変更となった。
注目は野澤英之。
ボランチが本職の選手だが、今節は最前線での出場となる。
ボール保持時には最前線の位置から下がり、パスを引き出す役割を果たすと思われる。
ドゥドゥや太田を活かすためにボールを収められるか注目となる。

長崎は前節から3人、前回対戦からは5人変更となった。
注目はエジガルジュニオ。
シーズン途中に横浜F・マリノスより加入した選手。
ここまで10試合に出場し、5得点を挙げている。
昨年J1で優勝した横浜で11ゴールを挙げ、優勝に貢献した。
J1で二桁得点を挙げる得点力を誇るJ2においては規格外の選手である。

立ち上がり早々、長崎はシンプルに甲府のサイドの裏のスペースにロングパスを送り込みCKを獲得する。

ゾーンで守る甲府に対し、キッカーの秋野はニアに低いボールを入れる。
岡西の前にポジションを取っていたエジガルジュニオがニアサイドに飛び込み、合わせる。
ゾーンで守る時にはゾーンの外側はウィークポイントとなる。
そのため、ニアサイドに速いボールやファーサイドに高いボールを蹴ることが多くなる。

長崎の後方からのビルドアップに対し、甲府はハイプレスを仕掛けるも長崎はシンプルに前線に入れ込んでいく。

一方の攻撃では新しい形の可変を見せる。

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最前線の野澤がボールを受けに下がり、ドゥドゥと太田が2トップ気味に構える。
また、山本はいつものように中盤に上がる。
この可変の狙いは何か。

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前節のレビューでも触れた「ロック」と前々節のレビューで触れた「ホール」がここでもキーワードとなる。
山本が1列上がることで長崎の2トップを「ロック」する。
野澤が1列下がることで長崎のボランチを「ロック」する。
ドゥドゥと太田がホールに立つことでサイドバックを「ロック」する。
それにより両サイドの荒木と小林がフリーとなる。
だが、本当の狙いはサイドからの前進ではなく野澤、ドゥドゥ、太田に縦パスを通すこと。
立ち位置でフリーマンを作り、意識させることで中央の危険な位置へパスを通すことが狙いとなる。
逆に長崎が中央への意識を高めると荒木や小林が高い位置を取り長崎ディフェンスラインを横に引っ張る。
長崎のCBはマークする相手がおらず、SBはマークしなくてはいけない選手が複数いる状態となる。

試合後の伊藤監督のコメントより。

『できたのはCBのところ、後ろから前にボールを入れられたこと。ホールとボランチの間にボールが入った。これからはホールで前を向いた瞬間にもう少しやっていかないといけない。ホールでのファーストタッチのクオリティをもう少し上げないといけない。』

狙い通りの場所にボールを入れることは出来たが、狭いスペースの中でのクオリティが足りずに良い場面を作るまでには至らなかった。
特に野澤と太田は何度かボランチの間、「ホール」で受けることは出来ていたがパスの乱れやトラップの乱れからボールを失ってしまう場面が見られた。
パスを引き出すことまでは出来ているだけに後はより技術を磨くこととなる。

一方の長崎もボール保持時に可変をする。

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秋野がディフェンスラインに下がり、両サイドが中に入りSBが高い位置を取る。
だが、長崎は後方でゆっくりボールを回すことよりも前線の選手に早めに入れ、ドリブルで仕掛けていく形を多く作る。

シュートがお互い打てない展開の中、飲水タイム直前に試合が動く。

カイオセザールのスーパーゴール。
岡西はノーチャンスである。
コース、スピード共にワールドクラスのゴールである。

試合後の手倉森監督のコメントより。

『追う立場のチームらしく、勢いを持って仕掛けて先制できたところまでは良かったです。』

試合後の秋野選手のコメントより。

『1点取って、そこで自分たちが守備に回ってしまったので、守りに入ってしまって2点目を取りにいく姿勢が足りなかった。』

手倉森監督と秋野のコメントにあるように得点後は昇格へのプレッシャーが長崎に重くのしかかる。

飲水タイム明け、甲府は太田とドゥドゥのポジションを変更する。
この時間から甲府が長崎のプレッシャーを回避しながら前進していく回数が増える。
シュートが打てない時間が続くも31分に初めてシュートを放つ。

ドゥドゥのFKは枠の外に外れてしまう。

33分には横パスを奪われ、秋野にシュートまで持っていかれる。

横パスは奪われると前向きにゴールに向かわれるため危険となる。

新たな形を試し、収穫も課題も見つかった。
どのような立ち位置を取る形でも一貫しているのはクオリティの部分。
トラップやパス、クロスの質、シュートの精度。
チームとして積み上げてきている戦術の部分の成長は見せただけに後は個人のクオリティを高めていくことが必要となる。

2.変幻自在

試合後の野澤選手のコメントより。

『前半はゼロトップみたいな形でなかなかうまく収めることができなかった。もう少しできたかなと思うので悔しいです。監督に申し訳ないです。あそこで使ってもらったのに。』

35分に山田がカイオセザールを倒し、ファールとなった場面で野澤とドゥドゥのポジションを変更する。
結果的には成功したとは言い難いが、挑戦することに意味がある。

立ち位置はこのようになった。

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山本も中盤に上がる回数は減り、後方は3人で長崎の2トップに対し、ビルドアップしていく。
前線は長崎の4バックに対し、3人でロック。
序盤からボランチ間、ホールを突いていたことから長崎はより中盤の間を締める。
甲府は後方で数的優位を持ってビルドアップしていることから両サイドの選手が高い位置を取るようになり、サイドを起点に押し込んでいく。

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37分には後方でのパス回しからゴール前に迫る形を作る。
岡西に下げることで長崎のプレッシャーを意図的に引き出す。
相手が食いついた背後で武田が受け、山本がすぐにポジションを取り直すことでエジガルジュニオを置き去りにする。
中盤でスペースができた山本はドリブルで持ち運び、右サイドの野澤へ。
そこに後方から駆け上がってきた小林を使いクロスまで持っていく。
長崎の選手に当たり、決定的な場面とはならなかったが、バックパスで相手のプレッシャーを誘発し逆手に取ることで大きく前進することができた。
これを「擬似カウンター」とも呼ぶが効果的な攻め方の一つである。
バックパスにはこのように「擬似カウンター」のための撒き餌に使う場合もある。

後半から武田に代えて中村を投入する。
武田は次節レンタル元の岡山との一戦のため、これで今シーズン終了となった。
レンタルでの加入のため、来シーズンの去就は不透明だが終盤まで昇格の可能性を残せたのは武田の活躍が大きかった。
甲府に来てくれてありがとう。
来シーズンも共に戦えることを願っています。

試合後の伊藤監督のコメントより。

『前半はボランチの手前でボールを動かし過ぎていた。武田将平は少しコンディション不良というかケガもあった。後半はパワーを掛けたかった。ボランチの背中を取れる選手、武田もできるが少しコンディション不良だったと思う。』

次節出場できないことから1分でも多く武田のプレーが見たかったが、コンディションが整っていなかったようだ。
この過密日程でフル稼働していただけに致し方ない。

投入された中村が試合の流れを大きく変える。

試合後の中村選手のコメントより。

『前半は前のほうでボールを受けてチャンスメークができていなかったので、僕がハーフスペースのところに顔を出してチャンスを作ろうと思って試合に入りました。』
『僕が入ってというか、最初に感じたのが相手のディフェンスラインとボランチの間が、ウチのウイングバックに入ったときにすごく空いていたということ。そういうときにスペースに入れば、ボールを受けられるかなと思っていたらうまくボールが来た。そこが良かったかなと思います。』

中村のコメントにあるハーフスペースとは何か。

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ピッチを5分割したうちの2番目と4番目のエリアのことを言う。
なぜ5分割なのかというと5レーン理論といって5分割することで選手の立ち位置を明確にするためである。
どこに立ち位置を取り、そのエリアでの役割を明確にする。

中村のコメントにあるハーフスペースは伊藤監督の言う「ホール」だと思う。
前半は太田は「ホール」で受けられていたが、効果的ではなくドゥドゥと野澤は受けることができなかった。
中村が「ホール」とボランチの背後でパスを引き出すことで甲府が押し込む展開となる。

後半に入り、ボール保持時の形をまたも変化させる。

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中村が1列上がり攻撃に厚みをもたらす。
左サイドは荒木と宮崎がポジションを変えながら突破を図る。

53分には太田に代えて宮崎を投入する。

試合後の伊藤監督のコメントより。

『太田選手もコンディション不要というかケガを抱えていていたところがあった。特徴である裏へのキレは前半からよくなかった。宮崎を入れて縦の突破やスピードアップを狙った。』

太田も武田同様にコンディションがベストでは無かったようである。
DFラインと中盤で受けることは出来ていたが、背後へ抜け出す場面はあまり見られなかった。
太田も飛躍のシーズンとなったが主力として過ごす最初のシーズンがこの過密日程。
シーズン終盤に失速してしまったこともコンディションによるところも大きい。

交代で入った中村が絡み決定機を掴む。

自陣で奪ったボールを岡西まで下げる。
これで長崎の前線の選手を誘き出し、山田に縦パスを入れる。
そこに対し、奪いにきたカイオセザールを交わし、「擬似カウンター」発動。
長崎が帰陣するもサイドを変え、左サイド荒木からのクロスにファーサイドの中村が折り返し、中央のドゥドゥのシュート。
徳重に防がれるも決定機を作った。
クロスに対し、ファーサイドで折り返すことでボールだけを見てしまいマークを外してしまった。
長崎はクロスに対してマンツーマンで守っていた。
荒木の対応に毎熊が出る。
空けたスペースに宮崎が走りこむことでフレイレを吊り出し、クロスの瞬間に山田と中村がフリーとなる。
荒木からのクロスの時にはドゥドゥに二見が付いていたが、大外の中村がフリーだったことでマークがズレた。
カイオセザールが山田に吊られたことで一番危険な位置にいたドゥドゥが空いた。
ピッチの縦幅、横幅をいっぱいに使った攻撃となった。

64分には追加点を狙う長崎が大竹と玉田に代え、名倉とルアンを投入する。
だが、次の得点は甲府に生まれる。

後半に入り、甲府が押し気味に試合を進めるも決定的な場面は作れていなかったが、セットプレーから同点に追いつく。
荒木のCKから中村が合わせる。
今シーズン3ゴール目はまたもヘディングで決めた。
荒木はこのアシストでチームトップの5アシストとなった。
終盤に入り荒木の存在感が高まってきているが、結果でも示すことになった。

試合後の中村選手のコメントより。

『得点のところは良いボールが来たので、たまたまじゃないですけど、良いところに走っていけたかなと思います。』

伊藤監督の采配が当たり試合の流れを引き寄せた。
伊藤監督は選手交代だけでなく、選手の立ち位置を変えることで試合に変化をつけることができる。
試合を決定づけるところまで至らないのはチーム全体の課題となっているが、伊藤監督の指示で変幻自在に立ち位置や役割を変え、試合を動かしていくところまでチームは成長出来てきた。

3.決着

得点直後には小林に代えて内田を投入する。
これにより内田が左サイドに入り、荒木が右サイドへ移る。
飲水タイムを挟み左サイドのボール保持時の立ち位置は内田が中に入り、宮崎がサイドに張る形に変更する。

73分に長崎にアクシデントが発生する。
得点が欲しい状況ながらエジガルジュニオが負傷で交代を余儀なくされる。
代わって入ったのはチームトップの7ゴールを挙げている富樫。

75分にはまたも「擬似カウンター」の形からチャンスを作る。
きっかけは野澤のパスが乱れたことからであったが、長崎のプレッシャーを回避しシュートチャンスを作った。
メンデスの縦パスを起点に中村が溜めを作ることで相手を引きつけ、ドゥドゥのシュートに繋げた。

他会場の経過から勝つしかない長崎はリスクを負って前に出る。

氣田のクロスから最後は毎熊が合わせるも枠の外へ。

一方の甲府も長崎が前掛かりとなることでカウンターのチャンスを狙う。

89分には宮崎に代えて小柳を投入する。
途中出場の宮崎は悔しい途中交代となった。

試合後の伊藤監督のコメントより。

『途中で入って乳酸も溜まってプレーが雑になったところもあるが、怖さも出してくれた。』

宮崎も疲れが溜まっていたのだろう。
前節の中山同様に宮崎も強度の高い長崎相手には自身の良さを示すことはできなかった。
前掛かりの長崎に対し、宮崎のスピードとドリブルは有効になったのではないかと思うが伊藤監督の見ている部分はこの試合のみではないのだろう。
この悔しさを糧に成長を期待したい。
これでメンデスが最前線に入り、小柳がメンデスのいたところに入った。

だが、その後もお互いに決め手を欠き1–1のまま試合終了となった。

この結果によりJ1昇格チームが決まり、長崎が来シーズンJ2で戦うことが決まった。
昨シーズン甲府は徳島の地で悔し涙を流した。
あれから全く違うチームに変貌し、昇格こそ逃したものの来シーズンに期待が持てるチームになった。
悔しい思いをした長崎は必ず来シーズン強くなって甲府の前に立ちはだかる。
強力なライバルになることは間違いない。

4.あとがき

今節の結果でJ1昇格チームが決定した。
徳島、福岡の皆様おめでとうございます。
長崎の皆様、昨シーズン同じような思いを私たちもしただけに悔しい気持ちは痛いほどわかり、選手の涙を見ると辛い気持ちになります。
来年お互い昇格できるよう頑張っていきましょう。

試合内容としては新たな試みに挑戦し、来シーズンに繋がる試合になったのではないか。
野澤の最前線起用は結果的に成功はしなかったが、中村を投入し後半立て直すことに成功した。
挑戦をし、上手くいかなければまた新たな形を試し勝ち点を取る。
勝ち切れればベストではあったが昇格の可能性を残していた長崎を追い詰めるまで至ったのは見事であった。
最終戦勝てば4位で終えられる可能性は高いだけに、ホームで勝って気持ちよく終わりたい。

MOM 中村亮太朗
前半の主役は長崎のカイオセザールであったが、後半から出場した中村が試合の流れを変えた。
武田の交代は残念であったが、それを感じさせない素晴らしい働きを見せた。
ルーキーイヤーながら25試合に出場して3得点。
途中怪我で離脱した時期もあったが、期待以上の働きを見せていると言えるだろう。

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