Little Dark Ageの時代 (YouTubeの謎ミーム #2)
「YouTubeの謎ミーム」シリーズの第2弾。まずこのシリーズの趣旨を説明すると、「Youtubeを見ていて発見した気になった謎のミームについて適当に語りながら紹介する」シリーズです。
今回の謎ミームは「Little Dark Age」。
去年あたりからYouTube上で、「Little Dark Age」という楽曲に合わせて、何かしらの映像を流すというスタイルのミーム動画が散見されるようになりました。動画の内容はさまざまで、関連動画に次々と同じようなLittle Dark Age動画が出てくるので見てみるも、なぜこのような動画が作られ続けているのかはすぐには分からない。そもそもなぜこの曲なのか?という謎もあり、今回わかる範囲で探ってみました。
そして今回のミームは、ネットミームとしての闇の側面も若干含んでいて、まさに名前の通り暗黒時代を抱えているわけですが、そこについても触れていきます。
あと今回の記事では沢山の動画を貼り付けていますが、そのうち削除されたり見れなくなったりしそうな動画ばっかりなので、たぶん1年後とかにこれを読んだ人はなんじゃこりゃ?ってなるかもしれません。お早めにお読みください。
まずLittle Dark Ageという曲について解説すると、アメリカのサイケデリックロックバンドMGMTの2018年のアルバム「Little Dark Age」に収録されているアルバムタイトル曲で、2017年10月18日にこの曲のMVがYouTubeで公開され、Depeche Modeのような曲調に、The Cureのような出で立ちでメンバーが演じるMVとなっていて、80年代のそういう音楽が好きな層にはかなりの確率で突き刺さる一曲になっています。
まずイントロは何ともDepecheMode的な印象を受けるシンセの音色によるコードが鳴り響き、最初のコード進行のループが一巡したところで硬く金属的な質感のシンセベースが入ります。このイントロは、(そこまで似ているわけではないけども)音の質感として近いものが感じられるのはDepeche ModeのNever Let Me Down Againのイントロ部分っぽいと最初に聴いた時に思いました。ベースの音については、最初FMシンセによるものかと思いましたが、この曲のシンセの音色の完全再現を試みる動画があり、それによるとこの音はアナログシンセでも再現可能のようです。いずれにせよこのベースはSynthwave以降の80年代指向なベース音です。
その後、歌が入り、演奏するメンバーと意味深な映像が続きます。
1分28秒辺りから入る、最初のシンセベースとは別のベース音によるベースライン。これもDepeche Modeの曲によくありそうなベースラインですが、どことなくEBM的なダークさも持ち合わせています。そしてこのベースラインを4回繰り返した後に冒頭のコード進行に戻る展開。この展開は個人的にはかなり好きな部分です。
1分53秒辺りから出てくる黒人のマジシャン。あとでも何度か出てきますが、この人のドヤ顔は良い表情をしていますね。
3分44秒辺りから、最後のサビの前の1小節、ドラムのフィルとともにシンセベースの無機質なシーケンスが入り、ライティングされた人の顔のアップが目まぐるしく切り替わる。その後「Policemen swear to god」とサビの部分に続いていくこの箇所、ここが今回のミームで割と重要になってくる部分です。(ちなみにYouTubeでこの辺の位置にマウスを重ねると「リプレイ回数の最も多い箇所」とおせっかいにも表示される)
この曲が収録されたアルバムについて、発売直後のインタビューによると、80年代の旧ソ連のシンセポップに影響を受けていると述べています。まあおそらくソビエトシンセポップの超名曲「Na Zare」とかも聴いたんじゃないでしょうか。
アルバムを通して聴くと、このLittle Dark Ageという曲は、この曲だけ異色と言う印象を受けます。他の曲はもっとポップで明るい感じなのに、この曲だけがダークな雰囲気です。個人的にはあんまりMGMTは聴いたことが無かったんですが、過去の作品を改めて聴いてみてもやっぱりこの曲はこのバンドにとって異色なんだろうと思われます。
と言うわけで前提知識としてのLittle Dark Ageという曲の説明はここまでにして、ミームの説明に入っていきます。時期を区切って、第0世代~第2世代と分けて解説します。
第0世代 TikTok
Know Your Memeの解説によると、まず最初にこの曲がミーム化したのはTikTok上で、2020年頃になんか流行ったという事らしいです。私はTikTokとか一回も見たことないんでよく分からないんですが、Know Your Memeの記事もあんまり詳しく書いては無いので、当記事では第0世代として適当に流します。
第1世代 Little Dark Ageの政治利用
YouTube上でのLittle Dark Ageのミーム動画の始まりは、正確な時期は不明です。多分2021年くらい打と思いますが、初期の動画はもう削除されてるかもしれないし、実際私が以前見た動画のいくつかは削除されているか日本からは見れない状態になっています。
最初にこの曲をミーム動画に使い始めたのは、どうも海外のインセルの人々のようです。その内容は、現在をまさに「小暗黒時代」と見立てて、過去の時代と対比し、過去の時代を理想的な時代として美化するというような感じの主張を短い動画にまとめたもので、BGMとしてLittle Dark Ageを使っています。
構成としては、現在の映像をまず見せて、途中で場面の切り替えとして上で述べた最後のサビ前の部分でDoomerが嘆いている顔の絵などを挿入し、その後サビの始まりともに過去の時代の美化された絵や映像を見せるという内容です。現代から過去の場面転換に、この曲の最後のサビ前の展開を上手く当てはめているのが特徴です。
つまり前半が現代で、後半には美化された過去の映像や歴史的絵画などが雑多に映し出されるという内容の動画です。この前半の現代の部分には、まあ要するにインセルの嫌いなものが現代の象徴として映し出され、それが現代の暗黒時代だという風に彼らは主張したいのでしょう。
もう一つの特徴は、国ごとに分けて動画が作られていたことです。現代のパートについては、ある意味どこの国でもそれほど変わりが無いのですが、過去のパートは国によって色んな歴史があるからか、各国の歴史に特化して作られています。まあこの後半のパートだけ見ると、ただの歴史マニア向けコンテンツのようにも思えるわけです。
とりあえず今現在見れる動画をいくつか見てみましょう。
イギリス編
ドイツ編
アメリカ編
ギリシャ編
今戦争をしてるあの国編
今戦争をしてるあの国編その2
ハンガリー編
タイ編
低身長編
なんか日本でも身長170センチ以下はどうたらという炎上案件がありましたね。
little dark age - men
Little Dark Age - Masculinity
これらの動画がインセルの仕業によるものと判断した理由の一つは、YouTube上でこれらの関連動画として出てきた動画のタイトルにあります。それは「Reject modernity embrace tradition」というスローガンのようなタイトルで、このスローガンについてはKnow your memeに解説があります。ようするにやっぱりインセルな主張なわけですが、単に「昔の方が良かった」という事を大げさに言っているだけのようにも思えます。あんまりにも単純なスローガンで、何というか「2本足は悪い、4本足は良い」の令和最新版アップデートかのごときですね。結局世の中の大半の人は、政治に首を突っ込んだところで動物農場で言う所の羊の立場にしかなれないのだろうか、と考えさせられました。
もう一つこのスローガンのバリエーションとして、「Reject modernity embrace masculinity」と言ったような物も散見されます。「現代性を拒絶し、男らしさを称賛せよ」と、それはもうまさにインセル的な物言いですが、しかしその男らしさの表現が大げさで、とんでもないマッチョばかりが出てくる動画が多く、マジなのかネタなのか判断しかねる代物です。何というか、とんでもないマッチョを見ると我々日本人の感覚ではどうしても笑ってしまうんですが、それはそれでポリコレ的にどうなんだろうという気もします。
ここまで見ていただいて大体わかってもらえたかもしれませんが、これらの動画は昔の2ちゃんねるで言う所の「コピペ」で人をからかったり、独特な主張を人に押し付けたりしていたのと同じような行為です。昔は文字コンテンツで行われていたことが、動画で行われるようになったわけですね。
第2世代 そしてフォーマットだけが残った
当初は政治的(と言っていいのかよく分からないがなんか説教めいた)主張の込められたコンテンツだったLittle Dark Age動画ですが、いつしか特に偏向のないLittle Dark Age動画が発生し始めました。それはLittle Dark AgeをBGMに何らかの映像を見せるというフォーマットだけを継承した内容で、現代と過去を前半後半で対比するという構成もそこまで重視されず、ただ単にLittle Dark Ageを流しながら適当に自分の好きなものの動画を流しているだけ、と言うようなものも見られます。
私が最初に見た「非政治的」なLittle Dark Age動画は、ローマ帝国の歴史をダイジェストで見せると言う内容で、コメント欄で非政治的とわざわざ書いてありましたが、その動画はもう見れなくなってしまいました。ちなみにローマ帝国についてのLittle Dark Age動画は他にもいくつかあります。そもそも「暗黒時代」という言葉はもともとローマ帝国が衰退した辺りからの時代を指す用語だったようです。
ローマ帝国に限らず、歴史ネタは多めです。私は西洋の歴史にも日本の歴史にも全然興味が無いので、正直どこが面白いのか全然分からないんですが、ただそういう動画が結構あるという事はそれなりに好きな人がいるんだろうと思います。
歴史ネタ以外もあります。映画とかアニメをテーマにしたのが多めです。何が目的なのかいまいちわからないですが、多分自分の好きなコンテンツを使って動画を作りたいだけなんじゃないかと思います。
まあ結局、ミームとしての本質は、その主張ではなくてフォーマットの部分にあるのかもしれません。いったんミームとしてのフォーマットが確立されれば、何かコンテンツを作るネタを持っていた人がミームに便乗しやすくなり、自分の作りたいコンテンツを比較的容易に拡散できるという流れが生まれるわけです。
ローマ帝国編
これもローマ
インドネシア編
ヨーロッパとか以外の国がテーマになってるやつは、本当にただの歴史コンテンツに見える
フィリピン編
メキシコ編
アニメーションの歴史
西洋のアニメーション
宇宙開発
宇宙開発は冷戦時代の方が活発だったというような話はよく聞きますね
Aesthetics
哲学
シュワルツェネッガー
ボクシング
地球
もう見れなくなっているけど、個人的に気に入っていたやつ。VPNとかを介せば見れるかもしれない。
After Darkの時代
こうしてLittle Dark Age動画は主義主張や説教めいたコンテンツから脱却して、なんか好き勝手に色んなコンテンツを作るためのミームになったわけですが、第1世代のLittle Dark Age動画を作っていたインセルの人たちはどこに行ったのでしょうか?どうもここ最近は、Little Dark Ageではなく「After Dark」という楽曲を使った動画ミームの制作に移行している模様です。ちょっともうめんどくさくなってきたので、動画は貼りません。
「After Dark」とは、アメリカはテキサス州のアーティストMr.Kittyの2014年のアルバムに収録された曲で、YouTube上ではLittle Dark Ageと同じくらいにヒットしていてMr.Kittyの代表曲と言えます。Little Dark Ageとの共通点は、タイトルにDarkと付いている事だけではなく、やはりDepeche Modeを影響を感じさせるダークなエレポップである事、FMシンセ的な硬質なベース音。Little Dark Ageと対照的なのは、割とシンプルな曲で、繰り返して聴くのに向いている事でしょう。
端的に言えば、Little Dark AgeもAfter Darkも、Doomer向けの音楽として認識されているようですが、After Darkを使ったEmbrace masculinity動画にもDoomerの画像が使われることがあります。
ただredditのr/doomerにおいては、度々「Doomerはインセルとは違う」というような議論が起こっているようです。まあ基本的には別物でしょう。
さて、そもそも論として、Little Dark Ageという曲と、After Darkという曲。これが男らしさを主張するためのBGMとして向いているか?と言われると、ぶっちゃけ向いていないとは思います。なんでこれを選んだのか理解に苦しむところですが、多分Little Dark Ageの場合はDark Ageという言葉が入っているからで、After Darkに関してはそこからDoomerつながりでそっちに行ったというだけのことだと思われます。その辺は完全に成り行き任せなのがミームと言う物なんでしょう。これは洋の東西を問わず、イデオロギーの左右を問わず、どんな主張にも言えると思うんですが、「何を支持して、何を支持しないか」という事に関して結局は成り行きで決まってしまっただけではないか?というパターンは結構あると思います。
というわけで長々と解説してきましたが、今回は記事を書こうと思い立ってから、実際に書き始めるまでに紹介しようと思っていた動画がどんどん消えてしまってかなり意気消沈しながら書いています。とはいえこうしている今もなんだかんだで新しいLittle Dark Age動画は増え続けており、全部紹介するのはきりがないので、興味のある人はYouTubeで検索するのが一番です。
後は、Little Dark AgeとAfter Darkは、Depeche Modeの系譜にあるエレポップとしてはどちらも超名曲なので、エレポップファンの皆さんは毎日聴くべきです。私もYouTubeを開いたらお勧め動画にいつもこの二つが居座っているので、毎日聞かざるを得ないのです。