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濫読時代

なにかの間違いで文学部の博士後期課程まで来てしまったが、そもそもの始まりは『ブレイブ・ストーリー』だった。小学5年生のときに見た映画版があまりにおもしろかったので、宮部みゆきの原作も読み始めたのである。

それがきっかけで、中学に入ってからは宮部みゆきの他の小説もいくつか読み始めた。『龍は眠る』『レベル7』『模倣犯』『火車』……。『模倣犯』など中学生が読んでおもしろいわけがないと思うのだが、なにを考えて読んでいたのだろう。今だったら、逆に読みきれないだろう。『模倣犯』は1冊がそこそこ分厚い上に、5巻ある。

「作者」で攻めたつぎは、「ジャンル」だった。家にあるミステリを次々読み始めた。うちにはいわゆる「新本格」系の作家の小説がそこそこあって、それで綾辻行人や京極夏彦を読んだ。

いまでも覚えているが、中学3年生のときの読書感想文を京極の『絡新婦の理』で書いた。センスが悪い。よりによって京極夏彦で、しかもシリーズ5作目かなにかだから、どう考えても先生受けのいい題材選びではない。国語が好きで内申点も気にしていたくせに、そのあたりの戦略性が皆無だった。

そのころは文学作品に全く興味がなかった。同級生が村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいて、変なタイトルの本を読むものだな、と思っていた。彼は生徒会長で成績オール5で、五反田くんみたいなやつだった。

中学から高校にかけて一番読んだのは伊坂幸太郎と西尾維新。特に、西尾には完全にイカれていたと言ってよい。アニメをみてはまった『化物語』は、買ってきたその日に一周して、その日の夜にもう一周して、次の日にさらにもう一周した。おそらく、今後あんなに熱心に本を読むことはないだろう。最適なタイミングで西尾維新と出会ったものだと思う。ある年齢でしか読めない本というのは、たしかに存在する。もちろん戯言シリーズは全巻買ったし、ジャンプで連載されていた『めだかボックス』も読んでいた。あのぐだぐださは、なんとも西尾らしい。

高校に入ると読書の幅はミステリから広がっていった。私の母校にはすばらしい図書室があって、人気作家の新刊が並んでいた。1年生のとき熱心に読んだ記憶があるのは、有川浩と森博嗣。有川は『図書館戦争』にイマイチ乗れなかったが、自衛隊3部作には熱中した。これも当時特有のエネルギーだと思うが、朝早いのに2時3時まで本を読んでいた。読むのが楽しくて、次の日まで続きを我慢できなかった。

森博嗣で良かったのは、『すべてがFになる』と『スカイ・クロラ』だ。これには同意してくれる人も多いと思う。今から見ても、森博嗣の最良の作品だ。押井守のことを知らなかったから、映画版『スカイ・クロラ』は原作のエモーショナルな感じがなくてがっかりした。いま改めて見たら、また感想も変わるだろう。

『このミステリがすごい』を毎年買うようになった。古本屋に通って、『このミス』で名前を見たことがある作家が100円の棚にあったら買うことにしていた。当時新品で買っていたのは西尾維新だけだった。米澤穂信や法月倫太郎と出会ったのは、古本市場のうすよごれた棚のなかだった。その古本市場もいまは潰れて、セカンドストリートになっている。

当時からサブカルは好きだった。でもそれにしては、ライトノベルをあまり読まなかった気がする。西尾維新を除けば、『キノの旅』と『空の境界』ぐらいしかまともに読んでいない。米澤穂信の『氷菓』とか有川浩の『塩の街』ももともとはラノベじゃないかと言われたら、たしかにそうなのだけれど。別に食わず嫌いしていたわけではなくて、学校の図書館に置いていなかったのが理由である。

とはいえ『空の境界』にはまったくやられてしまった。ここからTYPE-MOONに入ったのだから、純正統派である。このあとにFateシリーズを知った。『空の境界』は映画も見た。『矛盾螺旋』が一番好きだった。音楽については『忘却録音』のメインテーマが本当によくて、これはいまでも聞いている。もちろん主題歌を歌っていたKalafinaもずいぶん聴き込んだ。

高校2年生になって文学部に行くことを意識し始めてから、太宰治や芥川龍之介を読んでみることもあった。全然おもしろくなかった。伊坂幸太郎の方が100倍おもしろかった。どうやったら『人間失格』の方が『ラッシュライフ』よりいい小説ということになるのかわからなかった。

大学に入ってはじめて岩波文庫の存在を知った。いわゆる「純文学」をおもしろいなんて言ってる連中はとんでもない嘘つきだと思っていた。今から見ると、太宰と伊坂では文章のうまさが比較にならないほどかけ離れている。でも高校生にとっては、ストーリーのおもしろさが全てだったのだ。

代わりと言っちゃなんだが、司馬遼太郎はよく読んだ。『竜馬がゆく』が好きだった。8巻ある長い小説なのだけれど、好きで4周くらいした。竜馬がかっこよかった。『燃えよ剣』も最高だった。『坂の上の雲』はそうでもなかった。

森見登美彦を読んで京都大学に憧れた。綾辻などを排出したミス研への憧憬もあった。森見との出会いはまったくの偶然である。なにかのアンソロジーに、『夜は短し歩けよ乙女』の一篇が入っていた。アンソロジーの他の小説は全然覚えていないけれど、森見の小説は輝いていた。関西に住んでいるのに、京都を夢の土地のように思った。大学の入学式の日、電車の中で『ペンギン・ハイウェイ』を読んでいたことをとてもよく覚えている。

中学3年生のころから読書記録をつけていた。まじめな意図はない。今も続いている、一種のコレクション癖である。当時の記録を読むと、ずいぶん同じ作者のものを続けて読んだものだと思う。綾辻行人の館シリーズ、『時計館の殺人』『人形館の殺人』『暗黒館の殺人』などを連続で読んでいた形跡がある。よくそんなに同じタイプの小説ばかり読めたものだ。

かと思えば、突然『日本妖怪大鑑』などを読んでいる。体系性はまったくないが、当時は純然たる趣味だったから、当たり前だ。なんとなく「妖怪」にはまっていた時期があって、それは京極の影響だった。

日々の予習やら部活やらでずいぶん忙しかったのに、よくこれだけ読んだものだと思う。読む本読む本おもしろく、ミステリを中心にどんなジャンルでも読んだ。ときどき徹夜した。まったくもって、すばらしき濫読時代だった。



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