見出し画像

「光の世界」というfantaisie chromatique - 宮本浩次における半音階的/色彩的幻想曲

素晴らしい曲「光の世界」が3rdアルバム『縦横無尽』の第一曲目に用意された。

この曲について「音楽と人」2021年11月号のインタビューで宮本浩次は印象的に語っている。

「表面は普通の笑顔でいる人たちの裏に、ものすごく暗い何かがべっとりとくっついているじゃないですか」

心の内奥にある最も暗い闇の部分を光の世界に引きずり出すという作業は、やりようによっては非常に乱暴で残酷なものになるが、宮本浩次は自分の声を素材にその作業を丁寧に行うことによって、これまでにない新しい歌、美しい世界を描き出したのではないかと思う。

「悲しい日々にbyebye」から「俺は車を走らせてた」までと、「美しい夕暮れの時」から「俺はしばし見つめていた」の夏の夕暮れの情景を描いた四行詩の部分は、心の中で独りでつぶやいているような深い声で歌っていて、俺は賑やかな街の中にいるのに、街と距離がある。

宮本浩次の音楽の特徴である半音階移動の魅力を生かしてメジャーコードとマイナーコードが短いスパンで頻繁に入れ替わり、白昼夢のような幻想的な雰囲気を醸し出す。

しかし「消せども消えぬ想いと」に入ると、ある種決然と声がのびやかに飛翔していき、俺の声は街の中へ、光の世界へとひらかれていく。

まるで声そのものが、「ここが俺の生きる場所」と宣言しているかのようだ。

初めはモノクロかセピア色のような悲しい印象だった歌が、途中から美しい色を帯びた歌になって世界へ羽ばたいていく。

光に照らされるから美しい色が生かされる。

ここで注目したいのは三度繰り返される「光の世界」だ。

毎回異なったピアノがついており、宮本浩次が自然とそのたびに違う歌い方をしているところが見事だ。

「世界」の「せ」と「か」の置き方をコードに応じて少しずつ変えることによって、薄明りの世界から完全な光の世界へと、歌うたびに世界が広がっていくような歌い方になっている。

そして最後にはメジャーコードで和音が解決され、世界が優しく、果てしなく広がっていく。

用意周到に積み重ねられたコードが宮本浩次の歌の良さを余すところなく引き出したと言っても良い。


6月12日のバースデーコンサートで初披露されたときも素晴らしい歌だったが、これはフルコーラスではなかったから、三度繰り返される「光の世界」の表現はまだステージ上で聴けていない。

全国ツアーではきっと毎回この曲を歌ってくれるものと思う。

回を重ねるごとにどのように表現が深化していくか、肉体化されていくか、とても期待している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?