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コロナの時代の音楽家—ジャン・チャクムルTVインタビューから(1)

新型コロナウイルス感染症の世界的大流行の影響により、コンサートホールで聴衆を前に演奏することで自らの音楽を伝えることを主要な仕事とする音楽家たちが、経済的な問題からだけではなく、演奏を理想的な形で披露できる環境と、自身の音楽を生で聴いてもらい聴衆の反応を直に感じることのできる機会が奪われた厳しい冬の時代を過ごしてきたことは想像に難くない。感染拡大が落ち着きを見せ始めたヨーロッパ各国が正常化プロセスに入り、音楽祭やコンサートが再開されるようになった雪解けの喜びも束の間、再びロックダウンや外出禁止令、コンサートホールや劇場の閉鎖、コンサートを含むイベントの禁止等の措置がとられ出したことで、音楽家たちには今また自分自身と孤独に向き合う長い時間が残されようとしている。

今回トルコ語から日本語に抄訳したのは、ジャン・チャクムル君が今年5月にトルコのARTI TVに出演した際の正味30分強のインタビュー動画である。(8:10~)


本インタビューでは、CDレコーディングについて、音楽家にとって「成功」「達成」とは何を意味するか、音楽界の競争的環境について、あるいはコロナ下の隔離生活とそれが音楽家にもたらした影響について、いつものように礼儀正しく真摯、聡明かつ明快に答えてくれている。

(※なお翻訳に当たっては、できるだけ全ての会話を漏らさず聞き取った上で、チャクムル君の肉声が伝わるような文体や言葉遣いに配慮したつもりです。それでも聞き取れなかった箇所については点線で表した他、単なる繰り返しや冗長な質問は省いたり要約してあることをご承知ください)

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Q: あなたに初めて出会ったのは、ギュヘル&スヘル・ペキネル姉妹のプロジェクト「世界の舞台に立つ若き音楽家たち」で、たぶん6~7年前ですが、そこで初めてあなたの演奏を聴きました。その後あなたはキャリアを伸ばしていきましたが、この過程で、あなたの人生を形作っていったのはどんなことでしょう?どんな人や出来事について語りたいですか?

A: この過程では、もちろん、世界の舞台に立つ若き音楽家たちもですが、ギュヘル&スヘル・ペキネル姉妹の力添えと指導を第一番に挙げなければなりません。二人は、もともと私がこの道に進むにあたり、…知識とインスピレーションと影響力を授けてくださった人たちだからです。そして、もちろんこの過程で、これに関連し自分にとって一番大きく区別できることは、ドイツに移住し大学に入学したことでした。ずっと以前からですが、現在もまだ継続してレッスンを受けているベルギー人ピアニストで教育者ディアネ・アンデルセンと、1~2か月に1度ベルギーに通いレッスンを続けていました。ですがドイツに来て、ここで今、私が指導を受けている先生グリゴリー・グルツマンと知り合ったこと、そして何よりも重要なのは、この音楽的・文化的空気を吸ったこと、これらが自分にとって人生における最大の変化でした。「視野が開ける」と言いますが、本当にそんな経験でした。それからもちろん、先生であるぺキネル姉妹と一緒に、自分の希望とプランに合わせて、少しずつ大学での教育と同時に、職業として自分の音楽を伸ばすために何ができるかを考え始めました。コンクールに参加するアイデアはこうして生まれたのです。

Q: 2つのコンクール(スコットランド国際ピアノコンクールと浜松国際ピアノコンクール)での業績は自分の人生にどんな変化をもたらしましたか?

A: まず先に、特に強調しておきたいのですが、自分は信じられないほど幸運です。というのも、クラシック音楽界の現在の状況というのは、時の流れとともにますます、何らかの形で注目を集めること、あちこちのメディアに登場することで成り立つようになってきているからで、そのため、これらのコンクールの恩恵を受けることができ、自分は途方もなく幸運です。特にそのことをまず先に強調しておきたいのです。その他には、音楽コンクールというのは過去には存在していなかった種類のオーガニゼーションですが、ともかくも、ここ50~60年で現在の位置に落ち着きました。これだけ重要な、ひとの人生を変えうる地位に音楽コンクールは登りつめたのです。よって私たちにとっては、こういう言い方がふさわしければ、私たちに人生を、音楽人生を始めさせる手段であり、私が今現在どこで演奏ができようと、CDレコーディングができようと、現実としてこのコンクールのおかげでできたことです。したがって、個人的成長という観点からも、それに関連して人が自分の中で大切にしている人生哲学というべきものを明確にする観点からも、そして完全に具体的なこととしてステージに上がること、ステージで音楽をやるということの一端として、これらのコンクールはすべての物事の基礎となりました。

Q: コンクールには色々と重要な褒賞がありましたね。まず日本の大きな都市でコンサート・ツアーを行い、初めてレコーディングも行いました。初のレコーディングはあなたにとってどんな経験でしたか?

A: 本当にとっても嬉しかったです。自分にとっては、このレコーディングがコンクールの褒賞として一番大きなものだったからです。コンクールの褒賞の中には、音楽エージェントとの契約にサインをするチャンスも、約30回のコンサート・ツアーもありましたが、自分が考えるには、これらの中で一番重要なものがCDのレコーディングでした。なぜなら、CDレコーディングというのは、単にスタジオに入り収録をするだけではなく、同時に、音楽家がある意味、その時点までに行ったすべてのことを乗り越える努力であり、その幸運を手に入れるということは大変に貴重な経験だからです。CDがもたらす全てのもの以外に、CDの収録を行い、そこで、そのスタジオにいた5 ~6日間で、それ以前には到達したことのないレベルに到達することも大いなる経験です。さらに言えば、CDの収録作業は大いに気に入りました。そこでは素晴らしいチームと一緒に仕事をしました。ピアノ技術者の大久保英質と、トーンマイスターのインゴ・ペトリと。ある意味CDは、人が単独で払う努力の産物ではなく、チームワークであり、そこで私たち3人の音楽的見解の統合、私たちの音楽に対するアプローチが、私たち全員の想像を遥かに超える成果をもたらしたことを願っています。このような理由からも、 CDのレコーディングを行う幸運を掴むということはものすごいことで、信じられない経験でした。前回のチームとよく似たチームで、違うピアノ技術者と今回はイギリスでもう一つ別のレコーディングを行いました。それも近々発売されます。シューベルト=リストの〈Schwanengesang〉白鳥の歌*、これも最初のものと同様の経験でした。ステージ上の孤独を完全に乗り越えたところで、音楽的アイデアをともに形作っていく機会、これもまた非常に特別な経験でした。

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※ジャン・チャクムル君の2枚目のCD、リスト編曲によるシューベルト「白鳥の歌」とリスト「4つの忘れられたワルツ」は、BISレーベルから2020年10月2日に世界一斉リリース。日本ではキング・インターナショナルから好評発売中。

スクリーンショット (119)

https://www.kinginternational.co.jp/genre/bis-sa-2530/



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