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ツインレイ?の記録33

6月11日のレッスンの後も私は彼と連絡を取り続けていた。

私は彼がくると差し入れと称して日本料理を容器に入れて渡している。
この異国の地の料理は彼の口に合わないし、彼は基本的に食べ物も薬も日本のものしか受け入れない。

彼は私の差し入れに感謝してくれている。

「差し入れは感謝の形でお供え?みたいなものだから気にしないでまたもらってください」と私が伝えると、

「お供え……故人に使う言葉ですね。ついに(あなたの)脳内で故人になってしまったようです」とユーモラスに返してくる。

彼はメッセージだと業務連絡かってぐらいすごく硬い文章だけど、実際会うと印象はまたちがって、話しやすいところがある。

だけど、このあと、彼らしいと思ったのが、

「ご存知かと思いますが、調味料は日本のものを買ったほうが良いですよ。現地の調味料や商品を使うと味が現地の味になるので私は気をつけています」

という内容だ。

その前に私が差し入れの肉じゃがは適当に作ったわりにおいしくできたと伝えたから、「適当」という部分に反応してのことだろう。
警戒心が強くて心配性な彼らしい。

私は調味料は日本から輸入しているものを買っているので安心してくださいと伝えた。「適当」というのは分量を量らないで作ったわりには大成功という意味だと。いつもは黄金比率で作っているのだが、この時は適当に味を見ながら作ったのだ。

彼にとって、基本相手を心配するというのが相手への関心や愛情に変わるものだと私はもう知っている。

だからこの時も気温の分布図の画像を送ってきて

「今日は42度を観測されたそうです。熱中症にお気をつけください。本当に危ない気温です」

というメッセージを付け足してくれた時も、私は彼なりの関心だと思って少しうれしかった。

その後も、私からメッセージを送ることは多い。
国の試験期間に学校に設置されたカンニング探知機の写真とか、本当にどうでもいい内容。

さらにこの頃、ちょうど彼の家庭教師をしている学生が、悩みごとがあって、彼に相談してみたいと言っていたことなど。

彼は「いつでも相談に乗ると伝えてください」と返信してくれた。

それを本人に伝えると、恐縮しまくりで、自分から相談したいと言っているわりに、どう伝えていいかわからないと言うので、私が代わりに学生の言いたいことを要約して彼に送った。

「要するに社会人として自分の本心を上手く隠し、上司から好まれ、周りに有能だと認められるのはどうしたらいいかって悩みです」

結局そういうことなのだ。

この学生は優等生で、上からの評価をとにかく気にする。
この時も、ある先生に気になる一言を言われたとかで、うまくやっているはずの自分がどこで評価が下がったのか、なぜそんなこと言われるのかと、私にとってはどうでもいいことで悩んでいた。

そもそも人に気に入られるとか、周りに有能と思われるとか、私にとってはどうでもいいしくだらない。

その学生はうまくやろうとしているけれど、それは私から見れば小賢しい態度で、簡単に見透かすことができる。

「まあ、僕もこの先生から欲しいカードはすべて手に入れたから、今さら別にいいんですけどね」

とつっぱって見せるので

「そういう態度が見透かされてるから、評価されないのでは?」

と私が言うと、さっと顔色を変えた。

私はこの男子のこういうわかりやすいところが非常に可愛いと思っているのだが、本人は簡単に思っていることを見透かされるのは大人じゃないというのがあるらしい。

「まあ、私はけっこうそういうのわかるから」と私が言うと、
「先生でも読み取れない人がいますか?」と学生が言うので、
私は少し考えて、彼の名前を口にした。

「確かにあの人は大人だし、何考えてるかわかりづらいですね」

と学生は感心するようにそう言った。

そこで彼に弟子入りしたいと言い出しのだが、彼の返事はこうだった。

「誰しも承認欲求はありますよね。ただし上手くやりたいということにとらわれ過ぎて、目的や本質の部分見失われないように気を付けて欲しいです」

「それにしても日本人は他者に本心を悟られないようにしているという偏見が気になります。そんなことはないのですが、なぜそんな風に思うのでしょうね」

その部分にハッとした。
これはきっと私が植え付けてしまった偏見だ。
主に彼のことを言ってしまったのだが、見透かされたようでぎくりとしてしまった。

そして彼は彼なりに学生の力になってあげようと、まずはこの国の社会の背景にあるものを調べてくれた。

ところが、まったく予想外の方向に事態が動く。

この学生と私も親密すぎるせいか、私の中のインナーチャイルドがまた暴れ狂うような事態が発生してしまい、あれだけ大人になりたいと言っている子に対して「大人じゃない」と言ってしまった上に、彼がもっとも気にしている「頭が悪い」という言葉まで使ってしまった。

そうなるには敬意があるし、決して優秀じゃないという意味での「頭が悪い」ではなく、まるで姉弟喧嘩のようにお互いメッセージでヒートアップしてしまい、「とにかく喧嘩をふっかけたかった」と後に学生が言うようにいつまでもわからずやな態度の学生に「物わかりが悪い」という意味で「頭が悪い」と打ってしまったのだ。

学生の怒りはおさまらない。

ところが、このタイミングで、彼から学生に前回相談のアドバイスのメッセージが送信されていたらしい。
ちょうど日本から社長が来ていて忙殺されていた時期なのに彼は男子を気にかけて、私が頼んだことをしてくれた。

そのおかげで、男子学生はすぐに反省し、確かに自分は子どもすぎたと態度が悪かったことを謝ってきた。

だけど繊細な男子学生なので、私に対してどういう態度をとっていいかわからなくなってしまったらしい。

私も私で彼を傷つけてしまったことは間違いない。

この時期、私も私でメンタルの調子があまりいいとは言えなかった。
一切やる気が起きず、寝てばかりいたのだ。

それは、彼にも面接のアドバイスをもらっていたコスタリカの大学が関係している。
不合格になったことよりも、その大学がそれでもまだ募集していることで困惑した。これはJICAの面接なので、直接大学に落とされたわけではない。
私よりふさわしい人材が選ばれていたが辞退したのか、そもそも私では派遣するわけにいかないと思ったのかどちらかはわからない。

問題は、再チャレンジするかどうかということ。

もしも前回面接に通っていたら、私は今学期で今の大学を辞めるつもりだった。

しかし、不合格だったので、さらに一年来学期の契約を延長したばかりだった。

次の転職先、国はもちろん、仕事さえ今と同じ仕事でいいのかと悩み始めていた。

彼の駐在期間は二年。

まだ半年は彼と同じ地で生活し、会える機会もあるのだと考えなかったわけではない。

だけどそれがモチベと関係してるわけでもなく、まだ募集しているし再度チャンスはあると思っても、何か最初の意気込みがそれほどでもなくなってしまっていた。

なぜかわからないけど強く惹かれた国。
彼との面接練習を通して、後から調べたことでなぜ惹かれたかの直感が確信に変わった国。

それはまるで彼と同じ。
私にとってコスタリカ=彼だった。

初めて会った時から、何となく彼に惹かれて、彼と関われば関わるほど、インナーチャイルドと向き合うことになった。
私の中で満たされなかったもの。

コスタリカはすべての国民に六歳の時に「愛されてもいい権利」を宣言させるのだと言う。そんなことは知らなかったが、それを知った時、五歳で親に捨てられた傷を持つ私の中のインナーチャイルドが初めて救われた気がした。

それは彼との関わりの中でも感じたことだった。
彼の親として人としての大きな愛に私の中のインナーチャイルドが強い反応を示した。

コスタリカに私は行きたかった。

不合格で行けなくて、やっぱり私には無理だと、彼にも「あなたは私のコスタリカで、無理だって最初からわかっていた」とメッセージを送って泣いたこともある。

だけど、無理だと思っていたことが再チャレンジの可能性があるとすぐ知っても動けなかった。

本当に行きたいのかどうかもわからなくなっていた。

それはまるで彼のことが本当に好きなのかどうかもわからなくなっているのと同じだった。

そしてすべてのやる気を失って、私は昏々と眠り続け、起き上がれず動けなかった。

だけど、私は再応募を決めた。

どうせやりたいことが今他にないなら、応募だけしてみればいいのにと友だちに言われたことがきっかけだ。

締め切りは七月一日。

もう残り十日しかなかった。

本当に行きたいかどうかももうわからない。
だけど今できることをやろうともしないであきらめるのは何か気持ち悪い。

私は重い腰を上げた。

そして心のどこかにあったこと。

私は彼に恥じない人間でありたい。

あの時私ががむしゃらで一生懸命だったからこそ彼は応援してくれた。

何もしないでダメだと決めつけて勝手に諦めたくはない。

今このタイミングでダメならば、それはそれで諦めがつく。

私の中でコスタリカへの想いは、彼への想いにやはりどこか似ていた。







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