ツインレイ?の記録2
私は今、とある国のとある小さな町に住んでいる。
この国の言語勉強のために、ほぼ毎日日記を書いて、この国で発信している。
しかし、言語学習日記の目的以外に、これは私から誰かへの緊急のSOSでもある。
なにせ、異国の一人暮らしなので、わからないことも多いし、現地の人の助けがなければ生きていけない。
SNSを利用して質問することもあるし、緊急事には助けを求めることもある。
普段は直接私が勤める大学の学生に助けを求めることが多いが、この時は冬休みでそれができなかった。大学で寮生活の学生は、全員帰省してた。
そんな中、私は発熱。
訴えても仕方がないが、熱が出て動けないこと、水がないことなどを訴えた。
水は住居の外に汲みにいかねばならない。
普段ならなんてことない距離だが、発熱していて動けない。
もしたまたま偶然地元の知り合いなどがそばを通りかかったとかで、立ち寄り、水を汲んできてはくれないかと、メッセージボトルを大海に流すようなつもりで投稿。
が、そのメッセージは意外な人の目にとまることになる。
それが彼だ。
「発熱されたということですが、体調は大丈夫ですか? 風邪薬ありますか?」
もう本当に弱っていたのと、そもそも思ったことは率直に言うし、遠慮もない性格なので、私は即答で「死にかけてます」と返事した。
すると優しい彼は
「何か必要なものがあればぜひ言ってください。解熱剤や一般の風邪薬は持っているのでお渡しできます。食事なども大丈夫ですか?」
とメッセージをくれた。
昔、彼を紹介してくれた駐在員さんにもよく薬をもらったものだ。
水問題に関しては、学生が二人、宅配で水を送ってくれたので大丈夫だったが、そうなると問題となるのが「布団がない」ということだった。
私はコロナ期間ずっと日本にいて、12月に戻ってきたばかりな上に、以前いた住居とはちがう場所に引っ越しているので、まだまだ足りないものも多く、布団も足りていなかった。
なぜかそんな事情も察してくれた彼は
「毛布なら持っていけます。会社は退社済みなのでお持ちします。困ったときは助け合いです」
と言ってくれた。
コロナではないと思いながらも、もしうつしてしまったらと思うと申し訳なく思ったが、毛布は非常にありがたい。
なにせ寒気がひどかった。
さらに図々しいことに私は「体温計も持ってます?」と聞いてみた。
タクシーで15分ぐらいなら行けるということで、解熱剤、体温計、毛布、簡単な食事を持って彼は来てくれるという。
そしてタクシーで向かっているという連絡がきたが、15分経ってもなぜか来ない。
すると電話がきた。
初めて聞いたその声は、硬い文面とは打って変わって親しみやすいものだった。口調は丁寧だが、打ち解けやすいものがある。
どうやら到着したということだったが、同じ名前の別な建物に行ってしまっていたようだった。
何とか彼を助けたくて、住居の保安室のおじさんのところに行ったが、なにせ私もこの国の言葉がそれほど流暢ではないし、ましてや地元の人の方言はほとんど何を言っているかわからない。
しかし彼は自力で何とかしてくれて、今から移動するから部屋で待っているようにと言う。
何とか位置情報を送ろうとするが、やり方もよくわからないし、あろうことか携帯の充電が切れてしまった。
彼は私に部屋で待つようにと言うが、到着するまで心配なので、門のそばの保安室で充電をさせてもらいながら、私は彼を待っていた。
そもそも私が同じ建物の名前が他にもあることを知らず、説明不足だったことが原因で、彼が間違えてしまった。
それでも彼は場所を間違えたのは自分だと言って私を一言も責めなかった。
そして到着して、初めて会った彼は、夢の中の彼とは印象がちがい、優しそうで噂通りのイケメンだった。身長は170センチの私と同じぐらいで、高くも低くもないなと感じたのが最初の印象。
そして彼は保安室に届いていた私の5リットルの水を持ってくれた。
病人である私へのいたわりなんだろうが、元旦那はそんなことをする人ではなかったので、「日本人の男で私にこんなに優しくしてくれる人がいるのか!」と思ったぐらい感動した。
部屋に入ってもらって、改めて見た彼は本当に優しそうなイケメンで、私は何度も「イケメンですね」と連呼した。
正確に言えば、「好きな顔」だったのだ。マスクをしていたが、目が優しい。イケメンにも色んな種類があるが、とにかく目が印象的で、誰かに似てるとも思うのだが、誰とも似てないとも思う。
最初から親しみやすさとよくわからない懐かしさのようなものがあった。
正直、来てくれるとなった時には、熱が下がっているのを感じたし、来てもらうこともないと思った。
でもなぜか私は最初から彼に会いたいと思っていたのだ。
会ったこともないのに、会いたいと強く思った。
考えてみたら、若くないとはいえ、一人暮らしの女の部屋に会ったこともない男の人を呼びつけるのもどうかしている。
信頼できる人の紹介ではあっても、とんでもない男だったということはこれまでにも多々ある。
病気だったり弱っているとつけこんでくる男もいたし、優しさに下心がある場合も多かった。
でも、彼はちがう。
それは最初から感じたし、この人は本当に人を助けようとしていると思った。
何より、彼に対して、絶対的な信頼感と安心感があった。
そしてとにかく会いたかった。
来てくれた彼はまず私に重そうな毛布を渡してくれた。
こんな大きなもの運んでくれたのかとまず感動。
さらに体温計、薬、おにぎりと鮭と味噌汁……。
弱っている時ほど自分は日本人と感じる。
実は水と共に学生たちがお粥や食べ物も送ってくれたが、何しろ口に合わなかった。
かつての同僚、ポーランド人の先生は、病気の時私にフランスパンを買って来てと言ったけど、弱っている時、日本人ならやはり米。しかも彼はこちらでは入手するにも高すぎる日本の国産の米で作ったおにぎり作ってきてくれた。
彼は必要なものを届けるとすぐにも帰ろうとしていたようだが、私は彼を引き留めた。
なにせ、孤独に病んでいた。
学生もいないし、話し相手もいない。
ましてや発熱するなんて、本当にめずらしいことで、風邪すら滅多に引かない私の久々の体調不良なのだ。
心が弱っていてもしかたない。
その時は私もそう思っていたし、そう言った。
「日本語で話せる相手は貴重。話し相手になってください」
彼は話し相手になってくれた。一言で言うと、楽しかった。
彼の生まれ故郷は私も言ったことがあり、その土地の話をしたりした。
さらに彼は今回の赴任は二度目とかで、以前この地に来たときの話もした。
とにかく会話が途切れることはない。
そして何より彼と一緒にいると落ち着くのだ。
初対面ではあったけれども、居心地の良さを感じていた。
40代とも思えなかった。
確かに良く見れば白髪もあるし、年相応と思えなくもないが、圧倒的に「おじさん」ではない。生活感もなかったし、独身に見えないこともない。
確かにモテそうな人だと思った。
見た目の良さに加えて話し方の丁寧さ、打ち解けやすい雰囲気等、絶対にモテるだろうと思った。
ただそれでドキドキするというのでもなく、なぜか近しいものを感じさせられ、楽というか居心地がいい。もっともっと話していたい、一緒にいたいと思った。
だから彼が帰る時、私はものすごく寂しかった。
何でも思ったことを口にする私は、
「帰らないでくださいよ、寂しいんですよ!!!!!」
と力いっぱい叫んだ。
以前男子学生に
「先生はすぐ寂しいと言うけど、男の人に言わない方がいいよ」
と言われたことがある。
そんなの自分でも知っている。
だから、自分に対して下心がある男や、恋愛対象になったら困るような相手には絶対に言わない。
でも、私はこの時、心から本当に帰ってほしくなくて、まるで「やっと会えたのにまた去るのか!」といったような心境で、必死に寂しさを訴えた。
彼は困った顔をしていた。
その顔はまた誰かに似ていると思った。
その目がとにかく誰かに似ていると感じた。
離婚後、好きになった超年下男子にも似ていると思った。
あれは私の行為が迷惑だという困った時の目だろうか。
そのくせ拒絶を感じない。
同じ目をしていると思った。
むしろあの男の子が彼に似ていたのだと感じた。
私が好きになるタイプが同じだということだろうか。
そう、確かに私はこの日もうすでに彼のことが好きだった。
自覚はないが、惹かれていたのは確かだったと思う。
それが恋愛感情なのかはわからない。
なにせ普通の恋愛とはちがうのだ。
まず彼は既婚者だ。
紹介してくれた人には「好きになるな」と言われている。
でも、これに関して私は思うことがある。
例えばものすごくムカつく人がいて、「くそ、こいつ殴りたい」って思うことは誰しもあることだと思う。
それで実際に殴るかどうかは本人次第で、結果どのような行動に出るかが問題とされる部分だと思う。
殺意をもつのと、実際に殺害するのは全然ちがう。
殺害につながるから殺意はもたないでくださいと言われても、その時湧きおこる感情はどうしようもないのではないか?
理性で抑えられるのは、感情ではなく言動だと思う。
その感情を暴走させて言葉や行動に表すのか、それともそこで抑えるのか。
理性は感情を抑えるためのものではなく、感情からくる暴走を防ぐためのものではないのか?
人を好きになること自体は自分ではどうしようもないことだ。
「考えないでください」と言われれば考えるのが人間だし、
「やるな」と言われればやりたくなるのが人間と思う。
それならば、好きだと思う気持ちは素直に認めて、その上でどう行動するかを冷静に考えるべきだと私は思う。
とにかく既婚者を好きになったことも、40歳以上の男性を好きになったことも、クズ以外好きになったこともない私なのだ。
これは本当にイレギュラーなことだ。
彼が帰った後、私は彼が持ってきてくれたおにぎりと味噌汁をいただいた。
そして、そのおにぎりが本当においしくて、なんと私は泣いていた。
それだけ心が弱っていたのかとその時は思ったけれど、実はこれには深い理由があった。
私はあまり幸福ではない子ども時代を過ごしている。
五歳で両親が離婚した後、祖父母の家に引き取られた。
しかしもともと私は祖父母の家の近くの施設に入る予定だった。
祖母が引き取りたがらなかったからだ。
それでも祖母が溺愛する父の頼みということもあり、私は父ともども祖父母の家に住ませてもらえることになった。
覚えているのは、とても冷たい食卓だったということだ。
祖母は父にいつもいいものを食べさせていた。
私は仏壇に上がったカピカピになったごはんを食べさせられていた。
賢くなるからとか祖母は言っていたように思うが、父がそれを食べているのを見たことはない。
はっきりいって乾ききったごはんなんておいしくない。
私も父が食べるような普通の白いご飯が食べたい。
そんなふうに思っていた。
彼が作ったおにぎりを食べながら、過去の私が泣いていた。
こんなにおいしいごはんを食べさせてくれてありがとうと思った。
彼が私に与えてくれた優しさが心底嬉しかった。
祖母が父を特別視していたようなエゴのやさしさなんかなじゃない。
赤の他人で会ったこともない私のために彼はおにぎりを作ってくれた。
それはとても大きな愛のように思えた。
毛布も高級そうなだけに温かかった。
でも温かいのは彼の心だと思った。
これは今もそうだけど、その毛布に包まれていると彼の大きな愛に包まれているような気になって、なんだかとても安心する。
その夜、私は彼にお礼のメッセージを送り、遅くまで引き止めてしまったことを詫びた。
彼は私のせいで道を間違えたのに、自分が道を間違えたせいでおにぎりが冷めてしまったんじゃないかと心配していた。
「困ったときはいつでも頼ってください、また今度」と言ってくれた。
「お会いして食事でもしましょう」とも。
今読み返してもこの頃の彼のメッセージからは優しさしか感じられない。今見ると堅苦しい口調もそこまでではない。ただただ優しい。彼は本来こういう人なのだ。誰に対しても優しくて、思いやりのある人なのだ。
紹介してくれた人も自分が異性ならば絶対に彼を好きになると言った。
男が好きになる男なんて、女視点とはまたちがうと私は反論したが、今なら完全に同意する。
彼を好きにならない女なんて、いないのではないかとすら思う。
40を過ぎると内面が顔に出ると言うが、彼の表情は優しくて、ただ若さの美しさで作られただけのイケメンとはまたちがうのだ。
こんな完璧な人がいるのかというのが私の最初の印象だった。
それがどんどん崩壊していくことになるなんて、この時は思ってもみなかった。
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