禍話リライト 禍紀行③ 指をさすやつ
『看板を読め』
https://note.com/venal666/n/n7edd56c2b8f4
で語られた、後にコインランドリーとなった区画の話。
そのコインランドリーの駐車場は、コインパーキングを兼ねていることもあってそれなりの広さがあるのだが、そこを利用する者はほとんどいない。
というのは、そのコインランドリーとパーキングができて以来、その近くで酔っ払いがたびたびケンカをするようになったからである。
一般的に『修羅の街』と揶揄される北九州だ。禍話の語り手であるかぁなっきさんに言わせれば、それくらいの酔っ払いくらいなら珍しくもないとのことだ。
しかし、そのケンカというのが少し妙なのである。
見えない相手とケンカをしているのだそうだ。
近くに住む人によれば、そんな変なケンカをする酔っ払いが定期的に現れては警察沙汰になるのだという。
確かに問題の地域の近くには飲み屋街があるので、くどいようだが酔っ払いがいること自体は珍しくない。
しかし、これまた妙なことに、飲み屋街から見て家や帰路が全く逆方向の酔っ払いまでが、わざわざそのランドリーの周辺までやってくるのだそうだ。
そして、
「……なァにをジロジロ見てんだァッ!」
と怒声を上げて暴れ始め、最終的には通報で駆けつけた警察に連れて行かれたり、電柱に頭突きやパンチを放って流血沙汰になって病院に搬送されたりするのだという。
「……ってことが最近多いんだ。わけわかんないよな」
「へぇ、本当? 気持ち悪いなぁ」
「あの女の子が亡くなってからそんなことばっかりだなぁ」
ある日のこと、そのコインランドリー近くに住む大学生の部屋に友人たちが集まり、そんな会話をしていた。
その内に仲間のひとり、後輩に当たる男がその駐車場はどこにあるのか妙に気にし始めた。どうしたのかと思いつつ場所を教えてやると、一気にその顔が青ざめていく。
そいつは実家暮らしで遠くから車で通学しているのだが、よりによって今日はそこに駐車してきてしまったのだという。
「おまえ、バカだなぁ……」
「いや、俺、いっつも授業が終わったらすぐ帰っちゃうから、そういう話知らなくて……」
「おお、そうか……。いや、言ってくれたら止めたのに……」
「いや。でもあそこ、他よりちょっと安いんですよ」
「あ、そうなの?」
近所に住む者は知らなかったが、やはりそういうことがあったからか、後に調べたところ確かに他と比べて料金が安かったそうだ。なので他所から来た者は事情を知らずに駐車してしまうのだ。
「えぇ……、俺そこ停めちゃったよ……。怖えよ……、やだなぁ……」
あまりに怖がるものだから、彼が帰る時はみんなで車までついていってやるから、という話になった。
大学生の集まりなので当然酒を飲むことになる。遠くから通う彼は車なのでウーロン茶を飲んでいるのだが、怖くて仕方ないらしく、ウーロン茶の味がしないとしきりに溢していた。
さて、その彼がそろそろ帰らねばという時間になった。約束通り、全員で例の駐車場までゾロゾロとついていく。
駐車場に近づくにつれ、何やら声が聞こえてくる。どうやら、酔っ払いが何か叫んでいるようだ。
まさかと思い、急いで現場へ向かう。
予想通り、酔っ払いが暴れていた。見たところ四十から五十代、クシャクシャの服を着た男性だ。
そして、その酔っ払いが怒声を上げながら蹴りつけているのは、正に後輩の車なのだ。
「テメェ! オラァ! コラァッ!」
一瞬驚いたが、よく考えれば相手はヨレヨレの中年が、たったひとりだけである。対してこちらは若くて元気な大学生が五人もいる。行ったら充分勝てる。そう判断し、急いで止めに入った。
「ちょっとアンタ! 何やってんの! 他人の車でしょうが!」
「バカにしやがって! バカにして! そうやって人のこと指さしてバカにすんな!」
会話にならない。当然だが車内には誰もいないのに、まるで中に誰かいるかのような調子で怒鳴り続けている。
「いや、車の中に誰もいないでしょ!」
「オッサンね、いい加減にしないとこっちも怒るよ?」
「おまえ、そんな人のこと指さしてそんなゲラゲラ笑って、バカにしてんのかっ!」
頭に来始めた彼らも多少語気を強めて繰り返し注意するが、それでも酔っ払いは誰もいない車内に向けて怒鳴り続ける。
揉み合いのような形になりながらチラリと車内を覗くが、やはりそこには誰もいない。それを確認すると、一人で怒鳴り続ける酔っ払いへのイラ立ちがますます強まるような気がした。
「オッサン、本当にな? 本当にな、もう家帰れや。おまえどこだ? 家」
そうやって詰め寄ると、そこで初めて彼らの存在に気が付いたかのように酔っ払いが振り向いて叫んだ。
「あ? 俺の家は◯◯だよ!」
飲み屋街から見て、こことは全く真逆に位置する地区である。これはもう完全にダメなタイプの酔っ払いだ。これ以上言っても無駄だと匙を投げた。
「……もういいわ、オッサン。おまえ、もうとっとと帰れよ!」
「じゃあ、その前にあの女をなんとかしろよ!」
「……はぁ?」
「なに言ってんだ、誰もいないだろうが!」
酔っ払いがまたわけのわからないことを言い始めたため、そこで全員の頭に再度血が昇ってしまい、酔っ払いに詰め寄って押し問答になってしまった。
そんな中、ひとりだけそこに加わらない者がいた。車の持ち主である後輩だ。酔っ払いが何度も愛車を蹴飛ばしていたので、その部分の損傷が気になってしまい、しゃがみ込んで確認していたのだ。
つまりその時、彼だけが全く別の方向を見ていた、というわけだ。
「……うわああぁぁッ!」
車の持ち主が突然絶叫したので仲間たちは全員驚いた。慌てて駆け寄り、その場にへたり込む彼に何事かと訊ねると、彼は震える声で言った。
「いや、俺、今……。俺、今ね。車の蹴られた跡見てて、まあこれくらいなら大丈夫かって思って、フッて顔上げたら、今、助手席に、い、いた……」
「……いた、って。……何がだよ?」
「……女が」
「女って、そんなのいねぇだろ!」
「……いや、今はいないです。今はいない、ですけど……。俺が叫んでみんなが来てくれた時、一瞬目を離した時にはいなくなってましたけど。俺が顔を上げた時には、いました……」
(えぇ……)
全員、予想外の展開に絶句したが、すぐに気を取り直す。いるかいないかわからない女よりも、まずは今ここにいる酔っ払いへの対処が先だ。
「……いや、おまえやめろや! ここで話をややこしくすんなよ!」
「いや、おまえ、いいからいいから! まずこの酔っ払いを家に帰そう!」
「よし、オッサン! まずおまえ、家に帰れ! ここには誰もいないから! 今一瞬いるみたいな話になったけど、いないから! いないだろ? おまえを指さして笑ってるやつなんかいないから! 帰れ、帰れ!」
「ほら、帰れ! おまえの帰る方向はこっちだからな! 帰れ!」
そうして軽く突き飛ばすと、相手は酔っ払い特有のフラフラした動きで、
「クッソ〜……、クソが〜……」
とボヤきながらどこかへ歩いていった。
「……よし。とりあえず、まず一つ目の問題はクリアだな」
「いや。いきなり石とか投げてくるかもしれないし、いなくなるまで一応見とこう」
「オラ、オッサン! さっさと帰れ!」
そうやってフラフラと遠ざかっていく酔っ払いの後ろ姿を全員で睨みつけていた。
しかし、集団だとはいえ自分より若い者に負けたことが気に食わないのだろうか。酔っ払いは歩きながら時折振り返ってはこちらを睨んで何かブツブツ言っている。
「クソが〜……、クソが〜……」
その姿を見ながら、何度も振り返って何か言ってるなぁ、そんなことを思っていた時だった。
ちょっと振り返っては何か呟いて、また前を向いて歩き出す。そんな行動を繰り返していた酔っ払いが、振り返ったままピタリと止まり、一拍置いて叫び始めた。
「……やっぱりバカにしてるやないかぁぁッ!」
「……いやいや、バカにしてないから!」
実際、なんだこの酔っ払いは、と内心バカにしてはいたが、今のこの状況では相手の神経を逆撫でするようなことをするわけがない。
つまり、誰も何もしていないのだ。
しかし、
「俺をバカにして指さしてるやろぉぉッ!」
激昂して、酔っ払いはフラフラとこちらに向かってくる。
「いや、いないから! 女とかいないから!」
「俺を、俺をバカにしてぇッ! 指さしてるやろぉぉッ!」
「いや、バカにしてないでしょ! それに誰もいないから!」
反論しつつ、ふと背後を振り返った。
自分たちの真後ろに、全く見覚えのない女が立っていた。
その酔っ払いを指さして、真っ黒い大きな口を開け、声を出さずに笑っている。
一同、女の存在を認識した瞬間、
「ウワァッ!」
となって逃げ出した。
大したもので、それぞれバラバラに逃げたのだが、そこから一番近いコンビニに全員逃げ込んだそうである。
後にその時のことを振り返って彼らのひとりが言ったことによれば、
「……仲間意識ってのは大切だなぁ」
ということだそうだ。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『忌魅恐NEO 第一夜』(2020年6月30日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/625554757
から一部を抜粋、再構成したものです。(1:45:50くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト 指をさすやつ - 仮置き場
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/07/16/210200
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