禍話リライト どっちかなァ?

平成の終わり頃、とある高校で英語教師を勤めるTさんの体験した話。

ある日の放課後、小テストの成績が悪かった生徒相手に職員室で指導をしていた時のことだ。

「おまえ、何回言ってもここのとこの『have』が『has』になるなぁ」

「すんません……」

「いいか、これはな……」

そうやって指導をしていると、職員室に向かって廊下を複数人がドヤドヤとやってくる、そういう足音や話し声が外から聞こえてきた。

Tさんの勤める高校は進学校である。素行不良の生徒はほとんどおらず、トラブルが起こることなど滅多にない。
本当にごく稀に、スカートの丈やら髪の長さやらで校則違反で叱られる生徒がいるかどうか。というくらいの学校だった。

そんな学校で複数人が職員室に押しかけてくるような物音が急に聞こえてきたものだから、Tさんを始めとして職員室にいた全員が何事かと思うのも当然だ。

職員室の戸が開き、何人か生徒が入ってくる。スポーツ推薦で入学した普通科の生徒たちだった。

Tさんは普段から生徒指導をかって出るような厳しい面のある教師だったのだが、その生徒たちからすれば正に渡りに船というところだったのだろう。彼らはTさんの姿を見つけるとこれ幸いとばかりにやって来て、こんな報告をした。

「先生、特進科のやつらがコックリさんやってます!」

職員室にいた全員、それこそTさんたち教師だけでなく、その時たまたま職員室にいた生徒たちも含め、皆がその言葉を聞いてポカンとする。

「え? そんなわけないだろ」

普通科と特進科のようにクラスが分かれている学校では、両者の間に軋轢や確執が生じたりすることがある。この高校でもそうした傾向があり、特進科の中には普通科の生徒に対して鼻持ちならない態度を取る者もいくらかいたそうだ。彼らの報告にはそうした背景もあったのだろう。

職員室へ来た彼らが言うには、下校しようとした際に上階の特進科の教室に明かりが灯っていることに気が付いたのだそうだ。まだ誰か残って勉強でもしてるんだろうか、そう思って何の気なしに様子を見にいってみたところ、

『コックリさんコックリさん……』

と、大人数でやっているのか大声を出しているのか、結構な声が聞こえてきたのだという。

「いやぁ、うちの学校はコックリさんが校則で禁止されてるかどうか知りませんけどねぇ! あんなオカルトじみたことやってるなんてねぇ! 俺ぁどうかと思いますよ!」

その生徒は「言ってやったぜ!」と言わんばかりのしたり顔でそう報告する。

だが、Tさんを始めとして職員室にいる全員がその普通科の生徒たちの言葉に対し、

(こいつら、何言ってるんだ?)

と困惑した。

(……誰か言ってやれよ)

(……教えてやった方がいいんじゃないのか?)

その場の全員が無言のまま互いに目配せをする。結果的に彼らにそれを伝えたのはTさんに指導されていた男子生徒だった。

 

「……おまえら、バカか? 特進科の連中、インフルエンザが流行って学級閉鎖中だろ? 今週の頭からケツまで休みって決まって誰もいないだろ。いないよ、誰も。なんでおまえらそれ忘れてんの?」

 

「……えっ?」

彼らはそこでやっと特進科が学級閉鎖中ということを思い出した。こう言っては何だが、普通科の中でもあまり成績の良くない生徒たちだったからか、それについて朝礼等で聞いてはいたがすっかり忘れていたらしい。

だが、彼らは特進科の教室からコックリさんをやっているらしい声が聞こえてきたという点については譲らなかった。聞き覚えのない、少なくとも自分たちのクラスメイトではない声だったために特進科の生徒たちだと思ったのだという。

そうなると話が変わってくる。

もしかすると校内に不審者が侵入したのではないか。生徒がふざけて何かしているのならまだしも、そうだとしたら大変なことだ。

そういう話になり、Tさんを始めとする職員室にいた教員たちで問題の教室を確認しに行くことになった。

問題の教室のある校舎へ向かうため、職員室棟を出る。

その時点で、もう既に特進科の教室に煌々と明かりの灯っているのが見えた。最上階、角の部屋の窓が確かに明るい。

「本当だ、明かりがついてる……」

「ね、言ったでしょ!」

その光景を見た他の教師たちやついて来ていた生徒たちが口々に言う中、Tさんはある違和感を覚えた。

 

「……待て。明る過ぎやしないか?」

 

既に日が落ちてあたりは暗くなっているとはいえ、教室に備え付けられた電灯が放つ明かりなどたかが知れている。

そんなレベルではなかった。

ナイター試合を行なっている野球場で使われているような、あるいは夜間の撮影やアウトドアで用いるような、そういったかなり強いライトを使っているかのような異様な明るさだった。

一瞬、まさか中で火でも使っているのかとも考えたが、その明かりの感じから火ではないように思われた。

そして時折、その明かりに照らされて影が左右にサッサッと動くのが見える。その影の背丈からすると、中にいるのは高校生くらいの人物のようだ。

その異様な明かりを見ている内に、Tさんを始めとする教師たちはだんだん怖くなってきてしまった。

(……これは、自分たちが行ってどうこうなる話ではないのではないか?)

そんな考えが浮かんで及び腰になり、なかなか現場に向かうことができない。

最終的に、居合わせた教師の中でも最も指導の厳しいことで生徒から畏れられるA先生が名乗りをあげ、彼がまず単独で様子を確認しに行くことになった。

このA先生、結構な愛煙家であり、例えば校内での分煙化が進む中でそれに最後まで抵抗したり、朝礼や集会をサボって一服していたりと、そうした様々な逸話で知られるアナーキーかつ無頼派な人物だった。それでいてどんな生徒に対しても分け隔てない態度で接するために皆から慕われている、そんな教師である。

「じゃ、俺行ってきますよ」

そう言ってA先生が校舎に入っていく。その後ろ姿をTさんたち残った面々が心配そうに見送る。

そろそろ着く頃だろう、そう思い教室を見上げていると、急に室内の明かりが消えた。

「あっ、消えた……」

A先生はいつもスリッパで大きな足音を立てて歩く癖がある。なので教室にいた何者かがその足音を聞いて慌てて逃げ出した、そういうことなのだろうかと皆が考えた。

やはり、何者かが教室に大きな照明か何かを持ち込んでイタズラをしていたのか。しかし、そもそもそんなことをしていったい何になるというのだろう。

しばらくして、だいたいこれくらいの時間で戻ってくるだろうという時間が経った頃、A先生が昇降口に姿を現した。

「いやぁ、俺が行ったらもう誰もいなかったなぁ。非常口の方から逃げたのかなぁ」

その非常口というのは、現在全員が集まっている場所からちょうど死角になる位置にある。そっちから逃げたのなら、確かに誰もわからないかもしれない。

「でもちょっと気をつけた方がいいなぁ。何だろうなぁ、どういうイタズラなんだろうなぁ。まあ、下らないイタズラだけどねぇ」

そう呟きながらA先生はTさんたちの方に歩いてくる。

 

「うわっ! なんだコレ! ちょっと、ひどいなぁ!」

 

突然頭上から、正確にはあの明かりの灯っていた教室から声が響いた。

それは、間違いなくA先生の声だった。

(……え?)

全員が驚き、わけがわからないまま例の教室の方を見上げると、ガラガラッと窓が開き、室内から顔を出した何者かがA先生の声で叫ぶ。

「いやちょっと、みんな! ひどいよここ! 獣か何かが荒らしたみたいになってるよ! 動物の毛みたいなのが散らばってるし! ちょっと、みんな来てくれ!」

間違いなく、窓から身を乗り出してこちらに向けて叫んでいる人物の声はA先生のものだった。

しかし、Tさんたちの眼前にも、昇降口から自分たちの方に向かって歩いてくるA先生がいる。

頭上の教室ほどではないが昇降口の周辺も明かりが落とされているために薄暗く、頭上にいる方も眼前にいる方も、どちらもA先生のようでもあるし、そうでないようにも思えた。

「いや〜、本当に下らないイタズラだな〜」

「いや、ちょっと先生たち、来てくださいよ! これはね、清掃業者とか呼ばなきゃダメですよ!」

ふたりのA先生らしい何者かの声が聞こえる中、Tさん始め全員がわけがわからずに固まっている。

 

すると、昇降口にいる方のA先生が不意に腕組みをし、Tさんたちに向けてこう言った。

 

『さ〜ァ、どっちかなァ?』

 

その仕草、口調。

それはA先生が授業中、居眠りをしている生徒にわざと難しい問題を当てて解かせ、相手が悩んでいる時によくやる動作そのものだった。

それがさらに恐怖を煽った。

次の瞬間、全員が逃げ出していた。

 

結論から言うと、教室の窓から顔を出した方が本物のA先生だったそうだ。

Tさんたちは急いで職員室棟に逃げ込み、目につく限りのドアや窓の鍵をかけてしばらく立て篭もっていたが、本物のA先生はといえばその間ずっとわけのわからないままに放置プレイ状態にされていたわけである。

後で本物のA先生が語ったところによれば、教室に駆けつけたところ、そこには獣臭が充満し、教卓の周りには何のものかわからない毛のようなものが大量にばら撒かれていたそうだ。それどころか排泄物のようなものまであったという。

その異変を知らせようと窓から顔を出したところ、昇降口近くにいたTさんたちが慌てて逃げていったわけだ。A先生からすれば全くわけがわからない。

そんな状況でひとり取り残されるわ、後になってそんなことがあったと聞かされるわで、無頼派として知られるA先生もさすがに背筋がゾッとしたそうだ。

 

後日、ふたつの事実が判明した。

第一に、その高校は小高い山の上にあるのだが、その近くに年始になると地元住民が訪れるような神社があった。詳細は不明だが、その神社がイタズラなどの被害を受けたとか、そういう話があったのだという。

第二に、特進科の生徒が実際にコックリさん、あるいはその亜種らしい降霊遊びをやっていたのだそうだ。

そうしたことが重なって、神社に祀られている何か、例えばお稲荷さんだとかそうした存在の怒りに触れたのではないか。

最終的にそういう解釈に落ち着いたのだが、A先生だけは、

「いや、だからって、なんで俺なの⁉︎ 子供の頃に昔話で聞いたけど、オバケってタバコとかが苦手なんじゃないの⁉︎」

と納得のいかない様子であった。

普段から無頼派で知られる厳ついイメージのA先生が、そんな風に子供の頃に聞いた昔話の知識を持ち出して抗議するものだから、その様子を見た同僚も生徒も全員、そのギャップに思わず和んでしまったということである。

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『ザ・禍話 第四夜』(2020年4月4日)

https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/603838372

から一部を抜粋、再構成したものです。(0:23:25くらいから)

題はドントさんが考えられたものを使用しております。

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禍話リライト どっちかなァ? - 仮置き場 
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