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禍話リライト おちついた場所の手紙

令和の初め頃。当時、大学生だったAさんの体験。

Aさんは、この体験により『二つのこと』が苦手になった。

一つ目は『山に入ること』である。
旅行、帰省、出張と。誰しも、そのように遠出をすることがある。そうすると、例えば自動車で山道を走ったり、新幹線で地方の山中を通過したり、という機会も少なくないわけである。
だが、Aさんはかつての体験から、
『自分も、妙なものを見てしまうのでは』
と考えるようになり、そのため可能な限り山を避けているのだという。
どうしても山に入ったり、近くを通らなくてはならない。そんな時には、あまりあちこち視線を動かさない。窓の外を見ない。そのように気をつけているそうだ。


二つ目は『動画』だ。
後ほど詳しく説明するが。この体験と、その後の出来事により。
YouTube等にたくさんある、
『とある動画群』
が苦手になってしまったそうだ。



──さて、ここからがAさんの体験談である。


父、祖父、叔父。
そうした親族の影響により、Aさんは幼少期から無類の自動車好きであった。
そのため、取得可能な年齢になったらすぐに免許を取りに行こうと、ずっとそのように考えていた。
そして実際に、大学一年の頃にそうしたのだという。
免許を取得すると、Aさんは家族から車を借りて、あちこち乗り回すようになった。
免許取得から間もない頃である。事故とまではいかないが、軽くぶつけたり擦ったりしたことは何度もあった。
だが、念願だった免許を取得した彼からすれば、そういう出来事すら楽しくて仕方なかったそうだ。
血筋なのだろうか。知人たち曰く、免許取得から間もないにもかかわらず、彼の運転技術は大したものだったそうである。


さて、大学生が運転免許を取得したとなると、それを聞きつけた同じ学部の友人や知人から、何処かへ行く際の運転手役を頼まれるようになるわけだ。
Aさんもそうだったのだが、もっとも、彼の場合、運転すること自体が楽しくて仕方なかったわけで。
例えば友人や先輩から、
『何処そこまで送ってくれ』
『何処そこへ迎えに来てくれ』
そんな風に頼まれても、別段嫌だとか面倒だとか、そんな風には思わなかった。
(やった! 車を運転できる!)
むしろ、そのように考え、そういう頼み事を請け負っていたそうである。


……それが、良くなかったのかもしれない。


ある日のこと。
同じ学部の友人から、いつものように運転役を頼まれた。
その際の友人の様子が、いつもと違った。
普段から運転手役をよく頼んでくる相手だった。
Aさんが車好きなことについてもそうだし、前日どころか当日の朝に頼んでも、よほどの用事がない限り、快く引き受けてくれることは知っている。そんな間柄だ。
それなのに、やけに言いにくそうに、申し訳なさそうにしながら頼んできたのである。


「……実はさあ。明日、休日で申し訳ないんだけどさ。『〇〇山』の方まで行ってもらっていいかな?」


◯◯山。
彼らの生活圏から多少離れた場所であったものの。これまでにも、頼まれて遠くの温泉や遊園地まで出かけたことがあった。それと比べれば、大した距離ではない。
「ああ、いいよ」
Aさんが了承すると、安心したのだろうか。何とも言えない表情を浮かべて友人が言う。

「悪いなあ。ほら、お前とは直接交流はないけど、●●さんって先輩がいるじゃん」

名前くらいは知っていた。
ずっと昔からいて、もう何年在学しているのかわからない。そういう、どこの大学にも一人はいるタイプの先輩だ。
「あの人の都合なんだけどさ。で、あと何人か誘って行こうと思ってるんだよ」
「いや、それは全然いいんだけど……」


そうして、翌日待ち合わせる場所、時刻等について話し合ってから友人と別れたのだが。
Aさんは、友人の様子が何となく気になった。
先述したように、当日の朝になってから『今日、いいか?』と頼んでくるような相手である。
その彼がこんなに申し訳なさそうに、神妙な面持ちで頼んできたのは、今回が初めてだった。
何かあったのかと気にはなったが、考えてみればAさんと直接交流のない先輩からの依頼を仲介しているわけだ。それについて、いろいろ気を使うこともあるのだろう。
(……ま、いいか)
一人でそう納得し、翌日の準備をするべく、Aさんは家へ帰っていった。


──翌日。
予定の時刻、待ち合わせ場所にやって来たAさんは友人と合流したのだが。
一晩経っても、彼は相変わらず、申し訳なさそうにしている。
そんな彼の様子を見て、Aさんは変だと思いつつ、声をかけた。
「……よう!」
「……よう。いや、悪いなあ……」
「いや、別にいいのに……」

現地には、既に三人集まっていた。
話を持って来た友人。
もう一人、いつもよく遊んでいる同学年の友人。
(※以後、二人をそれぞれB、Cとする)

そして、顔見知りである友人たちの隣に、あまり馴染みのない男性が一人。
Bの話に出てきた、元の依頼主である、例の先輩だ。

「……じゃあ。とりあえず、行きましょうか」
先輩には自分の後ろ、後部座席の右側に座ってもらい。その隣にC、助手席にB。
そんな風にみんなを乗せて、Aさんは車を発進させた。

「……とりあえず。こっちの方面でいいんですよね?」
車を走らせながら呼びかけるAさんに、先輩が答える。
「うん。……いやあ、悪いなあ。今日は俺がガソリン代、出すからさ」
「いやあ、そんな。別にいいですよ?」
「いやいや、悪いからさあ。なんなら、晩飯も俺が奢るよ」
(大盤振る舞いだなあ……)

そんな風に話していて、そこでフッと思い出した。
(そういえば、今日は何をしに行くのか聞いてなかったな……)
目的地である◯◯山。その周辺までの案内をカーナビで設定しながら、Aさんは先輩に訊ねた。
「……そういえば。俺、詳しく聞いてないんですけど。今日はこれ、何をしに行くんですかね?」
「ん? ああ、近づいて来たら、おいおい話すから」
(あ、今は話してくれないんだ……)
まあ、別にいいか。
そう納得して、Aさんは車を走らせる。


しばらく走ると、道の脇にコンビニが見えた。
「あ。ちょっと止めてもらえる?」
「あっ、はい」
先輩の要求に従い、駐車場に入り、車を止める。
すると、先輩はすぐに車から降り、コンビニへ入っていった。
(トイレにでも行きたかったのかな?)
特に用がなかったため、Aさんたちは車内で待っていたのだが。
間も無くして、先輩が商品がパンパンに詰まった大きなレジ袋を両手に下げて戻って来たので、全員、少し驚いてしまった。

Aさんが言うには。
両手にレジ袋を下げ、車へと歩いてくる先輩の姿。
それは、まるで北野武監督『菊次郎の夏』のワンシーンのようだったそうだ。

先輩の買ってきた大量の品々に驚いて、Aさんが言う。
「うわっ! どうしたんスか、それ!」
「いやあ。誰が何が好きなのか、イマイチわかんなかったからさ。スナック菓子とかチョコレートとか、いろいろ買ってきたんだよ。ほら、お茶なんかもいろいろあるからさ。炭酸とかジュースとかも……」
「ああ、すいません。ありがとうございます……」
そうして先輩からの差し入れについて感謝しつつも、
(えらく気前よく奢ってくれる、というか。妙にこっちに気を遣ってくれるな。なんなんだろう……)
Aさんはそのように、何か変だと感じていた。


そうしてコンビニを出て、さらに一時間ほど車を走らせた頃だった。
「……じゃあ。まあそろそろ、運転もしてもらってるし、Aくんにも詳しいことを話そうか。この二人にはもう、だいたいのことは言ってあるんだけどね」
突然、先輩が話し始めた。


「……俺、卒業が決まってね」
「あ、そうなんですか」
「うん。で、就職も地元の方でするんだけどさ。だから、この地方から離れるわけなんだな」
「ああ、そうなんですね。おめでとうございます」
「うん、ありがとう」


「……で。ちょっと一つ、思い残したことがあってね」


「……ん? ◯◯山で、ってことですか? もうすぐその地域に入りますけど」
「うん……」
Aさんの質問に重々しく頷いてから、先輩が静かに語り始めた。


「……大学に入って、すぐの頃だったかな。
今とは完全に立場が逆なんだけど。手伝いを頼まれて。
先輩みたいな人と一緒に、この◯◯山をね。車で走ってたんだよ。山を越えた向こう側に用事がある、とかいって。
……確か、夕暮れ時だったかな。いつだったかな。まあ、そんなに明るくなかったと思うんだけど。山ん中を、車で走ってたんだよね」

「はあ……」

「そしたらさ。山道がグネグネ曲がってるから、幾つ目のカーブを曲がったところだったか、もう覚えてないんだけど。
山道の途中にさ。何の小屋なのかわからない、製材所なのか山小屋なのかわからないんだけど。とにかく、トイレとか普通の人が使うようなやつじゃない。山で作業をする人が使うような、明らかに外見でそうわかる。そういう、コンクリート打ちっぱなしの建物があるんだよ」
「あっ、はい……」

「……でさ。その小屋が道路の左側にあったから、助手席に座ってた俺だけ見えたんだと思うんだけど。
その建物にね? 入っていく女性の姿が、フッと見えたんだよね。後ろ姿だったんだけど」

「じょ、女性が……?」

「うん。いや、でも、おかしいよね? だって、周りに車とかもなかったし。
ほら、もう見えて来たけど。◯◯山ってのは普通、歩いていくような場所でもないしね。トラックとかが通る場所だから、車で来る以外ありえないんだよ。
でも、その時。周りに車はなかったんだ。
で、その女性は季節的にも、なんかおかしいような格好しててね。山登りをするような服でもないんだ。
で、俺。アッ! って思ったんだけどさ。
その時、俺。運転手の先輩と、その少し前にちょっとモメちゃって。険悪な雰囲気になってたから。
『ちょっと、止めてください! 』
……なんて言い出せない感じでさ。距離があってねえ。
(……どうしようかな、どうしようかな)
って思ってたんだけど、結局そのままになってんだよね」

そこまで一気に喋った後。
一呼吸置いて、先輩は言った。


「……あの女って、自殺しに来たんじゃないかって。そう思ったんだよね」


(うわあ、ストレートに言ったなあ……)
間を置いてからの先輩のその一言に、Aさんは少し引いてしまった。
「……ま、まあ。そう、ですねえ。そういう可能性も、ありますねえ……」
Aさんが相槌の言葉を何とか絞り出すと、さらに先輩が続ける。


「うん。で、用事を済ませた後、帰りもそこを通ったんだよね。行きと帰りで、同じ道を通ったんだ。
で、帰りにさあ。同じ建物を見たんだけど。
本当はその時に、無理してでも行けば良かったんだけどさあ。
止めてください、って言えば良かったんだけど。
結局、行く勇気がなかったんだよ。


……だって『帰り道』だったら。
もし『そういうこと』だったら。
間に合ってない、ってわけじゃない?


……でも。それでも、やっぱり行くべきだったと思うんだよね。
帰ってからも、そのことをずっと引きずっててさあ。
新聞とかも、いろいろチェックしたんだけどさあ。
ほら、ああいうのって、新聞にも全部が載るわけじゃないじゃない。警察署のそういうホームページとか見てもさ、全部が載ってるわけじゃないじゃない。
だからさあ、ずうっと、ずうっと気になってて……。
そりゃあ、古い新聞とか全部チェックしたらわかるのかもしれないけど……。
……う〜ん、なかなかはっきりしたことがわかんなくて……」


「……だから、さ。そこに、今日行こうと思うんだ」


(うわぁ、つらいなぁ……)
先輩の言葉に、さすがにAさんも今日の運転役を引き受けたことを後悔した。
しかし、今更もうどうしようもない。
既に彼らの乗る車は、問題の山の中へと入ってしまっていた。

半ばヤケクソ気味に覚悟を決めた後。
話を聞いていて一つ気になった点について、Aさんは先輩へ訊ねてみた。

「……え。でもそれって、結構前のことなんですよね? だって、ほら、その。正直、先輩って。留年とか、されてて……」
「……うん。だから、結構前だね。七、八年前、になっちゃうのかなあ。俺が大学一年生の時だったから」
「……その建物って、まだあるんですかね?」
「いや、ちょっとそれはわかんないんだけどさ。まあ、なかったらなかったで、それでいいからさ。
……でも、もう一度。この地域を去る前に確認しておきたいんだよね」


なるほど、それはガソリン代も食事代も奢ってくれるわけだ。
例え、どんな結果に転んだとしても。
何年もずっと気になっていたことを確かめるために後輩に運転を頼むのだから、採算度外視でそれくらいはするだろう。

先輩が説明している間、BとCはまるで通夜の参列者のように、静かに俯き、黙っていた。
つまり、それは先輩にどういう事情があるのかを知っていたから、なのだろう。
そう考えると、昨日Bがあんなに申し訳なさそうにしていたことにも納得がいく。
ふと、助手席に座るBへと目を向けると。
彼も、いろいろと察したのだろう。
(……ごめんな)
とでも言いたげな、そんなアイコンタクトを送ってきた。

お世辞にも『楽しいドライブ』とは言い難い、そんな状況になってしまったわけだが。
ここまで来てしまったらしょうがない。
そう決心したAさんの車は、山道をどんどん進んでいく。
弱い人ならすぐに車酔いしてしまいそうな、そんな曲がりくねった山道をしばらく走る。
そうして、幾つ目かもわからぬカーブを曲がった時のことだった。


「……あ。ここのカーブミラー、見覚えがある!
……あ! この看板にも覚えがある!
もうすぐだ、もうすぐ! もうすぐだよ!」


窓の外の景色を見ていた先輩が、急に声を上げた。
これまで何度も、運転中に誰かに道案内をしてもらったことはあったが、こんなにも嬉しくない『もうすぐだ』という言葉があっただろうか。
そんなことを考えるAさんを他所に、先輩の口調はどんどん興奮の度合いを増していく。

「あ、コレコレコレ! もうすぐ、もうすぐ! これね、もう少し行ったらね!
……アッ! そこそこそこ!」

先輩の、そんな言葉を聞いた後。


カーブを曲がった先に。
その建物が、あった。


(えっ……)
まさか、本当に存在するとは思っていなかったため、Aさんは驚き。
そして慌てて車を停めた。

山道の脇、道路から少し行ったところに。
確かに先輩の話にあったような、コンクリート打ちっぱなしの建物がある。
恐らく、あまり人が訪れることがないのだろう。周囲は草が伸び放題だが、しかし建物へと向かえないほどではない。

「……えっ、アレですか⁉︎」
「ああ! アレだ! アレだよ! 変わってない、変わってない!  いや、経年劣化っつうか、年代は経ってるけど! 変わってない、変わってない! アレだよ、アレだ!」

先輩がそうだと言うのなら、きっとそうなのだろう。
友人たちと目配せしてそのように判断し、問題の建物の近く、少し開けた場所に車を停めた。

そうして。
じゃあ、その建物に向かおうかとなった、その時だった。

「うぅう〜ん……」
突然、先輩の具合が悪くなった。
顔が青ざめ、脂汗を流し。明らかに車酔いなどではない、そんな様子だった。
しかし、それまで話を聞いていたAさんは、
(……まあ。何年も思い詰めてたのなら、そんな風にもなるよなぁ)
と、そのように納得もしていた。
到底に現場に行けそうもない、それどころか車のドアを開けられるかも怪しい。そんな先輩の様子を、そうしてしばらく見守っていたのだが。

十数分ほどした頃、さすがに見るに見かねたのだろう。
「……とりあえず。俺ら、見に行ってきますよ」
BとCが立ち上がった。
「とりあえずどんな感じなのか、俺らが見に行ってきますから、ちょっと先輩はここで待っててくださいよ。A、ちょっとお前もここにいてくれよ」
「お、おう」
Aさんの返事を聞くや否や、二人は車から出ていってしまった。
車のヘッドライトの照らす中、二人は草むらを掻き分けて問題の小屋へと向かい、そうして中へと入った。


……さて、そうなると困るのはAさんである。
そもそも、友人であるBの仲介で、さほど面識のない先輩の頼みを聞いてここまで来たわけだ。
そして今、その仲介役であるBは、Cと共に外へ出ていき、車内には自分と先輩が二人っきりになってしまっている。
面識のない、具合が悪そうにブルブル震えている相手にどうすればいいのかわからないし、雰囲気を良くするために音楽を流そう、というわけにもいかない。
道中で聞かされた話の内容が内容だけに、どう声をかけたらいいのかもわからない。


そうして、どうすればいいのかわからないまま、時間だけが過ぎて行き。
ふと、Aさんは気がついた。

(……アレ? あいつら、遅くねえ?)

二人の入っていった、例のコンクリート製の小屋。
さほど大きな建物ではない。隅々まで見たとしても、どう見積もっても十数分もかからないような、それくらいの大きさしかない。
仮に、中に何かあったとすれば、もっと早く出てくるはずである。
なのに、入っていってからゆうに十分以上は経つというのに、二人が出てくる気配は全くない。

(あいつら、遅っせえなあ……)
Aさんがそう思っていた、その時だった。


「ウーッ……」


(……えっ⁉︎)
ハンドルに突っ伏すようにして友人たちが戻るのを待っていたAさん。
彼がふと気がつくと、自分の背後。車内の後部から、何かが聞こえてくる。

「ウウーッ……」

具合が悪くて休んでいるはずの、先輩の声だった。

ミラー越しに見てみると。
不機嫌そうに。
というか、半分キレているかのように、身体を前後に揺さぶりつつ、先輩は静かに唸っている。


「……ッアァ? ……ッゥアァ⁉︎」


何に対してキレているのかわからない。
だが、最初の内はほとんど聞き取れなかったその唸り声が、次第に大きくなっていく。
そして、身体を揺さぶるその動きも、唸り声に合わせて大きくなっていくのも、ミラー越しに確認できた。
目の前の座席、つまりAさんの座る運転席であるが、それを今にも思いっきり蹴飛ばしそうな、それくらいの乱暴な動きだった。

(うわあ〜、超怖え〜……)
異常な状況のために、精神に異常を来し始めている、ということなのだろうか。
何が何だかさっぱりわからない。
だが、とにかく。この狭い空間内に先輩と二人っきりという、その状況がAさんは嫌で嫌で仕方なかった。

だから。
「……あの〜、ちょっと! 遅いっすね、二人! 俺ちょっと、見てきますわ!」
そう言って。
先輩が何か言うよりも早く、Aさんは車内から飛び出し、そして友人たちが入っていった小屋へと走った。

「……おい! おい! もういいだろ! 何もなかったんだから! もう帰ろうぜ!」
小屋の方へ走りながら、その中にいるはずの友人たちへ向け、Aさんは叫んだ。
そうして叫びながら、小屋の入り口、ドアノブに手をかけ、戸を開ける。

ドアを開いてすぐ、Aさんは室内で立ち尽くす友人たちの姿を発見した。
だが、すぐに彼らの様子がおかしいことに気がついた。

あんなに外で大声で叫んでいたのだから、Aさんの声が聞こえなかったはずがない。
だが、建物内にいる二人は、入り口へ背を向ける格好で立ったまま、微動だにしない。

そんな彼らへ、業を煮やしてAさんが怒鳴る。
「……おい! お前ら、何してんだよ! 気持ち悪いぞ! そういうの、いいから!」
そう言いつつ、二人の向こう。真っ暗な建物の奥の方へAさんは視線を向けた。

どうやら、この建物は、奥にもう一部屋あるらしい。
薄暗い部屋の奥。汚れた壁に、曇りガラスの嵌め込まれたドアが設置されているのが見えた。
二人はその前に立ち、ドアの方を凝視しているのである。

「……何だよ、そのドア。鍵かかってんのか? 先に行けないのか? もういいよ、行けないなら行けないでさあ、もう帰ろうよ!」

「……いやあ〜」
「う〜ん、どうすっかなあ……」
Aさんの声が聞こえていないわけではないらしい。
だが、二人は振り向くことなく、ドアの方を見たまま、何かについて思案するかのようにウンウンと唸り続けている。

「……何なんだよ!」
さすがに我慢の限界に達し、Aさんは近づいて二人の肩へ手をかけた。
「いや、お前ら、待たせ過ぎだって! 先輩、キレ出してるぞ!」

肩に手をかけられたことで、正気に戻ったのだろうか。
Aさんの言葉によって初めて周囲の状況を理解したかのように、二人が言う。
「……えっ、そうなの⁉︎」
「……え。じゃあ、どうしよう。これ、教えるかなあ……」
「いやあ、う〜ん……」
そう言って、二人はドアの下の方、自分たちの足元へと視線を向ける。

「……だから、何をだよ⁉︎」
自分を除け者にするかのように、わけのわからないことばかり言う友人たち。
そんな彼らに苛立ち、Aさんは二人を押し除け、ドアの方へ歩み寄っていった。

ドアの下、ゴミとガレキの散らばる床の上に、何か落ちていた。

黄色と黒のビニールテープ。
素人目にもわかる。立ち入り禁止区域に張り巡らせるような、そんなテープの切れ端。
それが丸まったものが、床に落ちている。

「えっ……」
先輩の話通りだとすれば、ここにそんなものが落ちているということは、つまり……。
そんな考えが脳裏をよぎり、絶句するAさん。

だが、すぐにもう一つの考えが浮かんだ。
「……あ、お前ら! これ見ちゃったから! だから、それで固まってたのか⁉︎」
なるほど、二人も自分と同じく、このテープを見て嫌な想像をしてしまったのか。
だから、あれだけ声をかけても振り返らなかったのだ。そう考えると筋が通る。
そう納得しかけたAさんだったが……。

「いや、そっちじゃなくてな……」
「うん。それが目立つから、そっちに視線に行きがちだけど……。こっちだよ……」
Aさんの予想を裏切り、全く違う答えが返ってきた。
心底嫌そうな表情、口調と共に。二人が別の方を指し示す。
「……え?」
どういうことか意味がわからず、そのままAさんは二人の指差す方へと視線を向けた。


床に、テープとは別の何かが落ちている。
室内が暗い上に、打ちっぱなしのコンクリートと似たような色をしているため、半ば同化したようになっていて、二人に言われるまで全く気が付かなかった。


封筒だった。


「……え? 何これ?」
「うん。いや、俺らはさっき、それの中身、読んじゃって。で、元の位置に戻したんだけど……」
「……え? これを読んで、お前らヘコんでた、ってこと?」
「うん……」
「いや、Aも読んでみてよ。申し訳ないんだけど……」
(え〜、怖えなあ……)
嫌だと思いつつ。友人たちの言葉に従い、仕方なくAさんは封筒を取り上げ、中身を見てみることにした。


封筒の中には、便箋が入っていた。
ビッシリと、隙間なく文章が書き込まれている。
よく見ると、右上に『二の一』とある。
つまり、便箋は二枚あり、これがその一枚目、ということになるのだろうか。
とはいえ、封筒の中にはその一枚しか入っていなかったのだが。


(なにこれ……)
何か不気味なものを感じつつ、Aさんはその中身に読んでみることにした。


名前など個人情報を特定できそうなことは記されていないが、文体や筆跡から、恐らく書いたのは女性なのだろうと、そう思われた。
要約すると、その女性はこの建物に自殺するためにやって来たらしい。そこに至るまでの流れ、理由などが記されていた。
しかし、何とも読みにくい文だった。
最初の内はしっかりしていたが、途中から文章が支離滅裂になってきて、さらに急に登場人物が増えたりするため、なかなか内容を掴み辛い。
とにかく、誰かに騙された結果、自殺することにした、ということは理解できた。そうした経緯が、便箋の半分を使って書いてあった。

しかし、そこから先の内容が、よくわからない。
この建物に来てからのことが書いてあるのだが、
『いかにこの建物が素晴らしい場所であるか』
という内容を、滔々と書き連ねているのだ。

『……そうして、死のうと思ってフラフラとここに来て、今ここで手紙を書いてるんですけど、ここはすごく良いところですね。すごくおちつきますね。どういう意図で作られた建物かわからないけど、すごくおちつく』

そのように、自殺のために訪れたこの建物を、
『すごくおちつく場所だ』
と、女性は絶賛していた。
その後には、壁の色が良いとか、床がどうだとか、室内のあちこちを褒める文章が続く。
壁も床もコンクリートが打ちっぱなしで、ゴミやガレキの散乱する、廃墟のような建物なのに、だ。

『……なんだかこう、樹海とかで人が死ぬ場所はいつも同じだというけど、その気持ちがわかる気がする。ここがそうなんだ。ここはすごく落ち着く。私の人生の最期の終着点はここだったんだ』

その後には、二、三行ほど。
彼女がどのようにして命を断とうとしているのか、その具体的な案が書かれていた。

(そりゃあ、そうすれば死ねるだろうな……)
それを読んだAさんが、気分が悪くなってしまうほどの内容だったそうだ。

さらに、文章が続く。

『……最後に。ここは本当に素敵な場所です。ですから、ここはこんな開けた場所にあるから、誰かが私の死体を見つけるまで一月か二月か、そんな長くはかからないと思うけど。
だから、見つけた方に言いたいんですけど、ここはすごく良いところですから』


そこで、手紙は唐突に終わっていた。

「……え? これで、終わり? 続きはないの?」
不自然な終わり方。『二の一』という表記。
どう考えても、この先があるはずだ。
お前たちは何か知らないのかというAさんの質問に対し、友人たちは首を横に振る。

「いやあ……。続きは、その扉を開けて行ったら、そこにあるのかもしれないけどさ……。嫌だよ。『二の二』は、読みたくねえよ……」
「そう、だよなあ……」
結局、これ以上進むのはやめておこう、という話になった。


しかし、それで終わり、というわけにもいかない。
まだ問題が残っていた。

つまり、車内で待っている先輩のことである。
「……どうする? この手紙、先輩に見せるか?」
「う〜ん……」
今の先輩の状態を考えると、この手紙を読ませると、あまり良い結果にならないような気がする。
しかし、そもそも『最後のチャンスに真相を確かめたい』という先輩の希望でここへ来ているわけだ。下手なごまかしは逆効果になりかねない。
どうしたものか。そうして三人で悩んでいると。

「……ん?」

ある『奇妙な点』に、Aさんは気づいた。

「……あのさあ。先輩が言ってた話って。確か七、八年前のことだろ?」
「……え? ああ、うん」
「……だったら。おかしくねえか? ほら、だって、これ……」
床の上に元通り戻しておいた、例の封筒をつまみ上げて言う。


「……新し過ぎるぞ?」


「……え、そうかな?」
「いや、そうだよ! ホコリとか積もっててわかりにくいけど。せいぜい一年とか二年くらいじゃねえの?
こんな、安いペラッペラの紙。こんな場所に何年も置いてあったら、もっとボロボロになってるはずだろ!」
「……え、どういうこと?」
「いや、知らねえよ! ……とにかく。何もなかった、これは違うっつって。そう言うしかないだろ」
「いや。違う、って何だよ?」
「だから、その……。
……そう! 別件だよ! 先輩の話とは別件、その後で来た別の人の遺した手紙なんだよ! ほら、そういう別の話を混ぜちゃいけないだろ!」

自分が気づいてしまったこととはいえ。
封筒の異様な点に気がついてから、Aさんは一刻も早くこの場を離れたくて仕方なかった。
だから、何とか友人たちを丸め込もうとして、別件という解釈を捻り出したわけである。

「……だから、さ。何もなかったってことにして。ほら、もう帰ろうぜ」
「……そ、そうだな」
「うん、帰ろう帰ろう」
そうして友人たちを丸め込み、Aさんは建物を出て、先輩が待つ車の方へ戻っていった。


……すると。
車で待っているはずの先輩の姿が、消えていた。


「……あれ?」
運転席の後部、先輩が座っていた側のドアが開けっぱなしになっていた。
「……どこ行ったんだろ?」
「小便しに行ったんじゃない?」
「……じゃあ、待ってるか」
そうして三人で待つことにしたのだが、しかしいくら経っても先輩は戻ってこない。
しばらくしてから時計を見ると、待ち始めてからもう十五分は経っていた。さすがに遅すぎる。

「……お前さ? 先輩の番号知ってんだろ? ショートメールとかで連絡してみてよ。今どこにいるんですかって」
「おう、わかった」
Aさんに言われ、Bが連絡を入れる。
すると、すぐに返信があった。


『外にいる』


「……いや、外ってどこよ。ザックリした返事だなあ」
どうしようもなく、もう少しだけ待とうか、ということになったのだが。
やはり、どれだけ経っても先輩は戻ってこない。
そうする内、だんだん日も暮れてきてしまった。
「もう、やだよ。こんなとこで待ってるなんてさあ。なあB、急かすようで悪いんだけどさ、もう一回連絡してみろよ」
「うん、わかった」
そうしてBが再び連絡すると、今度もすぐに返信があったのだが、
「……う〜ん?」
その文面を見て、Bが首を捻っている。
「ええ〜?」
「……なんだよ?」
「……いや。『中』って返事が来た」
「中って。いや、車の中にいねえじゃん!」
「……う〜ん。『建物の中』ってことじゃねえ?」
「……えっ」

全員、一斉に建物の方へ目を向けた。
既に日が落ち始め、周辺は暗くなり始めていた。もし建物内に誰かがいるなら、スマホか何かの明かりが見えるはずだ。しかし、見る限り建物内は真っ暗である。
「いやあ。真っ暗、だけどねえ……」
「……うん。でも『中』って返事が来たから。やっぱり『中』にいるんじゃねえの?」

全員、無言で建物の方を見つめていた。
数秒して、Cが右手を前に出し、それを振りながら言う。
「ジャーン、ケーン……」
「……おい、やめろ! ジャンケンなんかしねえよ! 全員で行くぞ! 二人で行って、一人だけここに残るとか、超怖いだろうが! 一人で行くってのもありえないし!」
「そ、そうだな。よし、みんなで行こう」
「うん、行こう行こう……」


そうして三人は再び建物へと向かった。
入り口を開け、中を覗き込む。


すると、そこに先輩がいた。


先ほどAさんが入った際、BとCが立ち尽くしていた場所。
壁に設置されたドア、そのすぐ前に、入り口に向かってしゃがみ込んでいた。

暗くてよく見えないが。
何か作業をしているかのように、両手を動かしているのがわかった。

その姿を見た途端、BとCは驚いて硬直し、入り口から先へ進めなくなってしまった。
恐らく、直接関係のある先輩がそんな風になってしまった、という驚愕のためだったのだろう。
(……となると、比較的関係の薄い自分が行くしかない)
そう考え、Aさんは一人で建物内に入り、座り込んでいる先輩の背中へ声をかけた。

「ねえ! 何してんですか、先輩! こんな真っ暗な中で。もう帰りましょうよ!」

……しかし、返事はない。
そのため、少し口調を強めにして、もう一度声をかけてみた。
「ちょっと! もう、やめましょうよ! 帰りましょう! ね! 帰りましょうよ!」

そうして呼びかけながら、
(……もしかして、先輩。あの手紙を読んじゃったのかな。それでウワーッてなって、おかしくなっちゃって……)
そんな想像が、Aさんの脳裏に浮かんできた。

しかし、今はそんなことを考えても仕方ない。
一刻も早く先輩を連れ出し、この場を後にしなくては。
頭に浮かぶ想像を振り払い、再度、先輩へ呼びかける。
「いや、もういいでしょ! ほら! 帰りましょう! ね!」



「……できたァ!」



突然、先輩が大きな声で叫んだ。
驚いて、Aさんの呼びかけが止まる。
「……えっ? ……な、何が、ですか?」
一拍置いてからAさんが訊ねると、
「ほら!」
先輩はしゃがみ込んだまま、後ろにいるAさんの方を振り向きもせず、手だけを背後に回して『何か』を差し出してきた。
反射的に、Aさんは差し出された『それ』を受け取ってしまった。

「……よし!」
『それ』をAさんに渡すと、急に先輩が立ち上がった。
そしてそのまま、目の前のドアを開け、中へと入っていってしまった。

先輩がドアを後ろ手に閉じるまでの、ほんの一瞬。
チラリとだが、向こう側が見えた。
ドアの向こうには、恐らく地下へと降りていくのだろう。下りの階段があったそうだ。

閉まったドアの前で、呆然と立ち尽くすAさん。
おかしなことに。
今いる部屋よりもなお暗い、明かりのない階段を先輩は降りて行った。スマホか懐中電灯でもなければ、何も見えないはずだ。

それなのに、ドアに嵌め込まれた曇りガラスの向こうには、明かりらしきものは全く見えない。

それに気づいた瞬間、Aさんはゾッとしてしまった。
「ちょ、ちょっとちょっと! おかしいおかしい!」
入り口で固まっている友人たちのところまで駆け戻る。
そこでやっと、友人たちも我に返ったらしい。
「えっ、なになになに⁉︎」
状況を把握できず慌てふためく二人の前に、Aさんは先輩から渡され、ずっと握っていた『それ』を差し出した。

「いや、先輩からこれを渡されて、って……。え?」

異様な状況下で混乱していたから、だろうか。
『それ』が何なのか、Aさんはそこで初めて認識した。



折り畳まれた、真新しい便箋だった。



それを見た瞬間、三人とも同じ考えが脳裏に浮かんだそうだ。

(これ、行きにコンビニに寄った時に、先輩が買ってきたんだ……)

二人が凝視する中、Aさんは折り畳まれた便箋を開いた。

右上に『二の二』とある。
先ほど見つけた、
『これを見つけた人へ。ここはいい場所ですから……』
そのように書かれていた、あの便箋の続き、ということになるのだろう。

先輩から渡された便箋には、たった一文だけ。
大きな文字で、次のように記されていた。



『ゆっくりしていってくださいね』



「……ウワァッ!」
思わず、Aさんはその便箋を投げ捨ててしまった。
「いや、おかしい! おかしいって! おかしいって!」
Bが混乱したように連呼する。
そして、Cが続けて叫ぶ。
「……おかしいと思ったんだよ! だって、さっき見たあの便箋だって、よく考えたらあれ! 先輩の字だったじゃん! どっかで見たことあると思ったんだよォ!」
そう叫んだ後にその場にへたり込んでしまったC。彼を抱き止め、支えて起こしてやった後。
少し落ち着きを取り戻してから、これからどうすればいいのか、三人で話し合った。
「え、じゃあ、どうしよう、どうしよう」
「いや、とりあえず、三人いれば……」
三人寄れば何とやら、ではないが。他にどうしようもない。
意を決し、三人は建物内へ戻り、先輩の入っていったドアを開けてみた。

ドアの向こう。明かりのない、地下へ降りていく階段。それを何段か降りたあたり。
下の方は暗くてどうなっているのかわからないが。恐らくは、その階段のちょうど中程なのだろうというところに。
こちらに背を向けて、先輩が腰掛けていた。

(うわっ……)
驚きながらもAさんたちは先輩へ呼びかけたのだが、彼は何の反応も示さなかった。
ただ、真っ暗な階段の途中に腰掛けて、
「できた、できた。できた〜」
そう呟くばかりだった。

(ああ。これはもう、どうしようもないな……)
そのように匙を投げ、車のところまで戻ってきたAさんたちだったが、かといって先輩を置き去りにして帰るわけにもいかなかった。
(どうしよう……)

結局、三人がそうして答えの出ないまま思案していると、三十分ほどしてから、先輩が建物から出てきたのだそうだ。
「いや〜。ホント、つきあわせて悪かったね! 晩飯、奢るからさあ!」
先程までの様子が嘘のような快活さ、というか。普段よりも明るい、陽キャかパリピかというような、そんなテンションだった。

正直、
(……食事なんかどうでもいいから、早く帰りたい!)
という状況だったのだが、結局断りきれず、Aさんたちはその後、ファミレスに行って先輩に奢ってもらったそうだ。
当然、これまでの話を考えると三人とも楽しく食事ができる気分ではなく、お通夜のように落ち込んでいる。何なら、注文したメニューもほとんど喉を通らなかったほどだそうだ。
一方、先輩だけは妙に元気で、そのため他の客や店員さんから、
(あの人たち、何だろう?)
というような、変な目で見られて、ずっと気まずかったそうだ。


その時は、そのまま無事に解散した。
ということなのだが。


それから、しばらくした後のことだ。
事情があって調べ物をしなくては、という状況に陥った。
そこでAさんは、(BとCとはまた別の)知人から『とある動画』について教えてもらった。
「そういうのを、いろいろと解説してくれる動画があるんだよ。機械音声で再現してるんだけどさ、結構いい感じなんだよ」
「へえ、そうなんだ」

そうしてAさんは、知人に教えてもらいながら、その分野について解説してくれる動画へとアクセスした。
画面に表示された二体のキャラクター。それを見てAさんが言う。
「あ! 俺、これ知ってる! そんなに詳しくないけど『東◯』ってシリーズのキャラだろ?」
「そうそう。まあ、見てみろよ!」
そうして、Aさんの見つめる画面の中、左右に並んだ、饅頭のような顔つきの二体のキャラクターが言う。


『ゆっくりしていってね!』


その瞬間。
Aさんの脳裏に、あの時の山中での体験が。
あの時読んだ、便箋の文面が。
一気に蘇ってきた。

「……ウワーッ! 消せ! 消せェッ!」

急にAさんが、そのように騒ぎ始めたものだから。
何も知らない知人は、全く別のこと。例えば、頭身の比率がおかしな形の、そうしたディフォルメされたキャラクターが苦手で、それが彼の何かしらのトラウマを刺激したのかと、そう思ったほどだったそうだ。
(この件については、Aさん自身がすぐに釈明した、とのことである)


……ところで。
それから何年かしてからAさんの聞いた、風の噂によれば。
あの体験の後、先輩は無事に大学を卒業し、地元に戻って就職したらしい。
……ということだそうだ。


──あの時、真っ暗な山中、建物の中で見た。便箋に大きく書かれた、あの一文。
結局、それを目の当たりにした時の衝撃が、いつまで経っても忘れることができなかった。

それ故に、今でもAさんは『山』と『とある動画群』が苦手なのだそうだ。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話インフィニティ 第十六夜 イベント話+オマケ』(2023年10月28日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(1:06:30くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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見出しの画像はこちらから使用させていただきました

禍話リライト おちついた場所の手紙

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