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禍話リライト 怪談手帖『しし地蔵』

『自然仏』(じねんぼとけ)という話をしたのをきっかけに、話者の方から採集できた。
『お地蔵さんみたいなもの』についての話。


※怪談手帖『自然仏』



提供者であるAさんが幼少期を過ごした集落には、鬱蒼と樹々の繁る一帯があり、鎮守の森めいた様相を呈していた。


しかし、彼の記憶する限り。
緑の奥にあったのは、社ではなく。

彼曰く『しし』とか『しし地蔵さん』と呼ばれる。
気味の悪い『何か』であったのだという。


「……お地蔵さんじゃないんですか?」
と問うと、
「……みたいなもの。って言ったでしょ?」
と返ってきた。


「……いやいや。私もことさら信心深いわけじゃないけど。普通のお地蔵さんなら、普通に拝みますよ」


薄暗い緑の間を進んでいった果てにある『それ』は。
形状こそ、路傍に数多ある地蔵尊にそっくりだったが。
心落ち着けさせる、苔むした石色などではなく。
艶々とした薄桃色で、しかも柔らかかった。


肉の塊の上に、薄皮一枚を張ったような。
それでいて。
目鼻のある禿頭に、数珠や錫杖。蓮華の花のような瘤を備えたものが。
生え放題の雑草に紛れて、岩の間に幾つか居並んでいたのだ。


Aさんは仲のいい友達と連れ立って怖いもの見たさで何度か観に行って、度胸試しに誰かがそれに触ったりもして、その度キャアキャアと騒ぎ合いながら逃げ帰ってきた。


「……怖い、というかねえ。
気持ち悪い、って感覚の方が強くてねえ。
いや、幽霊とかオバケとか、そういう感じじゃないですよ。

……そうだなあ。
あの、目黒の寄生虫館に、仲間と行ったことがあるんだけど。
そういう『怖いもの見たさ』に近い、というか……。

いや。
こんなもの、実際にあるのかなあ、って。
当時も、そう思ったと思います。何かの見間違いじゃないかって。
でも、みんなで見てたからなあ……」


「……ああ。『しし』ってのも、見たままの意味で。
ほら。昔の言い方で『肉』を、そういう風に言うでしょ?」


『しし地蔵』には定期的に御供えをする慣例となっており、Aさんたちよりも更に上、彼のお爺さんお婆さんの世代がそれを行なっていたが、彼らも由来や背景についてはよく知らないと言っていた。

御供えについても。
花やお菓子、お酒などではなく。
鳥にやるような雑穀や家庭で出た残飯などを持ち回りで持っていくような形で、Aさんから見てもひどくおざなりな様子であったそうだ。

「……結局。爺さん婆さんの世代で、そういう世話もやめちゃったんです」


宅地造成の工事で森も大幅に切り拓かれることとなり、鬱蒼とした緑はすっかり取り払われた。
『しし地蔵』がどうなったかは語られなかったが、さして気にする者もいなかった。

「工事の最中にね? 事故で作業員に人死が出たんですけど。その時に祟りの話も出なかったくらいでねえ。まあ、そういうものとして、最初から誰も考えてなかったんだろうねえ」

工事自体はやがて予定通りに終わり、新しい家々においてはその後、何事もない。
ただ……。


森の跡地の内。
空き地と幾らかの緑を確保して公園にされた一角で、工事の直後に不可解な悪戯が頻発したのだという。


それは、公園にある樹々の一つに縄が括られ、大きな腐った『何か』が下がっている、というものだった。


最初、
「裸の子供が首を吊っている!」
と大騒ぎになって通報されたが、駆けつけた警官が調べてみると……。


「……それ、ねえ。皮を剥いだ、イノシシの肉だったんですよ」


そんなことが、短い期間に複数回繰り返された。
「いや、いくら何でも悪質過ぎるって、結構本腰を入れてあれこれ調べてたようですが……」
結局、誰がどうやってこのようなことをしでかしたか突き止めることは出来ず、犯人は捕まらなかった。

全てが終わった後で、かつて森へ御供えをしていた年寄りたちが、
「ぶら下がった肉の数は、ちょうど『しし地蔵さん』の数と同じだった」
と主張したそうだが、何かしら関係があるのかどうかもわからないままだという。


──冒頭に述べた通り。
『自然仏』からの連想で引き出すことの出来た話であり、実際、出現のシチュエーションや姿形の構成は似通っているが、今回の怪異は前回紹介したものとは少なからず方向性を異にするものである。
異なる箇所が多いからこそ、両者の特異性が際立つもののように思われるので、比較の妙も期待できる例として収録しておく。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『年越し禍話!怖い動画の話+怪談手帖新作三連発』(2023年12月31日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:38:00くらいから)
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