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禍話リライト 貝の缶詰

Aさん(男性、既婚者)の体験談。

Aさんは、いわゆる専業主夫である。
夫のAさんが家事を行い、奥さんが会社勤めをしている。そんな御夫婦だ。
妻のBさんはかなりアクティブな女性で、気の合う女友達と共に頻繁に飲みに行ったり、アウトドアに出かけたり、そうして遊びに行くことが何よりの楽しみだった。
周囲からいろいろ言われることもあったようだ。
だが、Aさんからすれば、基本的には遊びに行く日時や帰宅予定の時刻を事前にちゃんと伝えてくれるし、仕事や家庭のこともきっちりやってくれるので、全く不満はなかった。
それに、インドア派の彼としては、Bさんのそんな活発なところに惹かれた、というのもあった。
そんなわけで、夫婦仲はとても円満だったそうだ。


ある日のこと。
その日、Bさんは例によって女友達と遊びに出かけたため、Aさんは家に一人でいた。
夕方過ぎ、迎えに来た友人と共に出かけていくBさんを見送った後、家の仕事を片付けて夕飯を食べ、そして一息ついた後で、
(……あれ。そういえば、今日は何をしに行くのか聞いてなかったな)
ふと、そう気づいた。
アウトドアらしい、とは聞いていたが、詳細を知らないので少し心配になってきた。
だが、これまでにも何度かBさんが細かな情報を伝え忘れることはあった。
何時頃に帰るという予定については聞いているし、友人共々、その手の遊びには慣れているので、
(……ま、大丈夫だろう)
そう考え、Aさんは一人、床についた。


……そして、Aさんは夢を見た。
最初は、それが夢だと気づかなかったそうだ。


というのも。
夢に出てきた場所も状況も、現実と地続き。
早朝、自宅の寝室で、一人で寝ていた自分が目覚める。そんな状況から夢が始まったからである。


夢の中。
目覚めたAさんが傍の目覚まし時計を見ると、アラームの設定よりかなり早い時刻だった。
特に予定のない日だ。Bさんが帰宅する予定まで、まだ間がある。二度寝しても問題ない時刻だ。
しかし、Aさんは『ある思い』に駆られて飛び起き、急いで玄関へと向かった。

玄関のチャイムを鳴らされたわけではない。
理屈で説明できる話でもない。
だが……。


『訪問者』を迎えなくてはいけない。
そんな考えが、急に彼の頭に浮かんだのである。


急いで玄関へ向かうと、そこに『訪問者』が立っていた。
玄関周りが薄暗いせいで、相手の年齢や性別はよくわからない。もちろん、親族や知人ではない。
だが、Aさんは相手をもてなさなくてはいけないと、そう感じた。
「ああ、すいません! 今、何か出しますから!」
いつも来客時にそうするように、買い溜めしてある食材を使い、何か簡単な一品を作って出そうとした。
キッチンへ向かい、何かないか探そうと冷蔵庫を開ける。


すると、その中に奇妙なものがあった。

『透明の缶詰』である。


もちろん、そんなものは現実に存在しない。夢の中ではありがちな、意味不明な品だ。
そしてこれまた夢の中ではありがちなことだが、Aさんもその缶詰が透明であることには何の疑問も抱かなかった。
Aさんは、その缶詰に見覚えがなかった。
(何だろう。前に買い置きしておいて、そのまま忘れちゃったやつかな?)
そう思い、手に取って缶詰の中を透かし見る。


缶詰の中には、貝の身が詰まっていた。

今までに見たことのない。
異様な見た目の、グロテスクな貝だった。

「……うわっ! 気持ち悪い!」
思わず声を上げる。


その瞬間、Aさんは夢から覚めた。
傍の時計を見ると、時刻はまだ六時前。
その日はAさんは予定がなかったし、Bさんの予定を詳しく聞いていないのでわからないが、彼女の帰宅までまだ時間があるはずだ。
(……変な、嫌な夢を見たなぁ)
そう思い、Aさんは二度寝する事にした。


……すると、全く同じ夢を見た。


寝室で目覚め、玄関に向かう。
そこにいた『訪問者』をもてなそうと考え、キッチンへ行く。
そして冷蔵庫を開け、あのグロテスクな貝の詰まった『透明の缶詰』を見て、驚く。


全く同じ夢を見て、全く同じタイミングで目覚めた。
いわゆる明晰夢ではなかった。
自分自身の意思ではどうにもならない。それが夢だと、見ている最中は自分でもわからない。そんな内容の夢。
目覚めたAさんは、あのグロテスクな缶詰の中身の様子が脳にこびりついて離れず、二度寝しようという気持ちになど到底なれなかった。
そのため、気持ちが落ち着いて眠気が来るまで、録画しておいたバラエティ番組を片っ端から見て時間を潰す事にしたそうだ。


……そうしてようやくAさんが眠りに落ち、それからしばらくした頃、Bさんが帰宅した。
時刻は昼前、十一時過ぎ。帰宅したBさんが、朝食兼昼食としてキッチンでトーストを焼いている。その物音でAさんは目覚めた。
ベッドから出てキッチンへ向かうと、そこには何やら消耗した様子のBさんがいた。
(……どうしたんだろう)
そう思いつつ、昨夜はどうだったと訊ねると、しょんぼりした顔でBさんが言う。

「いやぁ……。
『旦那が理解があるからって、そんな遊び歩いてていいの?』
って、今までよく言われて。
『うっせぇわ!』
って思ってたんだけどさ。
やっぱり、遊びすぎでバチが当たったのかな。もう夜に出かけるのは控えようかなぁ……」
そう呟く彼女の様子がいつもと違う事に気づき、何があったのか訊ねるAさん。
そして、Bさんは昨夜の出来事を語り始めた。


「いや、昨夜は夜釣りをしに出かけてたんだけどさ」
「あ、釣りに行ってたんだ」
「そうそう。それでさぁ……」


昨夜、Bさんは友達と一緒に夜釣りに出かけ、そこで水死体を発見してしまったのだという。


当然、警察に通報した。
間違いなく事故死であり、Bさんたちが無関係であることは明白だったが、第一発見者であるため、事情聴取を受ける事になった。
それ故、今までずっと警察署にいて、何時間も経ってから解放され、やっと帰ってきた、というわけだ。
「うわぁ、それは大変だったねぇ……」
聞けば、水死体を発見した友人が嘔吐してしまい、さらにそれにつられてBさんも貰いゲロをしてしまい、それは酷い状況だったそうだ。
そんなこともあったからか、Bさんは疲れ切った様子である。そんな彼女へ、Aさんは訊ねた。
「……やっぱりさ、その亡くなってた人って、飛び込んだ人だったのかな?」
「ん? ……いや。実はさ……」
Aさんの言葉に、Bさんがポツポツと呟くように答える。


「ほら、aik○の登るやつ、あるじゃん」
「え? ……ああ、テトラポットね」
「そうそう、それ。それがさぁ……」


防波堤に、いくつも積み重ねられたテトラポット。
その内部は、形状もあって非常に入り組んだものになっている。

その遺体は、随分前に亡くなった方だったらしい。
潮の流れによって防波堤へ漂着した遺体は、テトラポットの奥深くに入り込んでしまった。
そして長い間、誰にも気づかれないまま、そこに引っかかっていたらしい。
どうやら、何かの拍子に外へ流れ出し、そしてBさんたちに発見された。
……ということのようだ。


長い間、海水に浸かっていたその遺体は。
無数の、海の生き物たちに。
それこそ、表面にビッシリと集った、
『貝』
によって、あちこち食い荒らされていたそうだ。


Bさんたちが遺体を発見した時刻は、Aさんがあの『缶詰の夢』を見た時刻と、ほぼ一致していたそうである。


Aさんの見た夢が、その遺体と関係しているのかはわからない。
だが、夢に出てきた缶詰。その中身のグロテスクさをどうしても忘れることができず、Aさんはそれからしばらくして冷蔵庫を買い替えたそうである。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『震!禍話 十四夜』(2018年5月4日)

禍話の手先

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:04:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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※見出しの画像はこちらをお借りしました。

10月10日はかぁなっきさん、余寒さんのお誕生日。
そして缶詰の日です。

禍話リライト 貝の缶詰

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