禍話リライト 写真のある机

九十年代に『学校の怪談』ブームが起きた頃、各出版社から多くの怪談本が発売された。
ブームの火付け役となったのは、常光徹氏の同名の書籍。
そこから生まれた楢喜八氏の絵が印象深い児童書。そしてポプラ社の小学生向けの本。
それらが当時、特に人気が高かった。


一方、ブームに乗っかる形で出版された本も多かった。
『売れてるからウチでもやろう』と企画が持ち上がり、収録する話の数を揃えるために普段その手の話を書かない作家さんにも依頼したり。そういう経緯で世に出た本も少なくない。


そんな『便乗した本』を始めとした書籍、それを実際に読んだことのある方はわかるだろうが。
『小学生向けの怪談本』という事実を差し引いて考えても、思わず『何だそりゃ』と言いたくなるような話も、確かにたくさんあった。
ダジャレのような名前のオバケが登場したり、オチもなく意味がわからないような話だったり……。

(※当時、小学生だった自分の記憶では、そうした怪談本には『私の体験した怖い話』『うちの学校の七不思議』等、読者から投稿された話を紹介するコーナーを設けていたものも多かった。
主な読者、投稿者が小学生、ということもあったからか。読者投稿には特にそういう話が多かったように思う)



……だが。
そういう『よくわからない話』にこそ、実は恐ろしいものが潜んでいるのかもしれない。



関東出身のAさん。彼が小学校高学年の時の体験だ。
当時Aさんが通っていた小学校には、使用されていない旧校舎があった。
Aさんはいわゆる『ベビーブーム』の世代である。
つまり、彼が小学生の頃は『子供がたくさんいるから、校舎や教室はいくらあってもいい』という時代だったのだが、そんな時代に、その校舎は使用不可となっていたわけだ。
当然、田舎の学校でよくあるような『生徒数の減少により閉鎖された』という話ではない。
歴史の古い学校だったため、単純に老朽化していて危険だから、というのが使われなくなった理由だった。



その旧校舎には、とある噂が伝えられていた。
三階の教室。
使用不可になったことに伴い、旧校舎内のまだ使える備品、例えば生徒用の机などは現在も使用している校舎へと運び出されたのだが、何故かその教室だけは全てそのままになっているという。
それこそ、少し掃除をして埃を拭えばすぐ授業ができそうなほどらしい。


その教室に残された机。
そのどれかの中に『心霊写真』があるのだそうだ。



……それだけの話である。
正直なところ、それを聞いても『だから何だ』としかならないだろう。
普通なら、例えばその心霊写真にはこんな因縁があるとか、それを見てしまうとどんな祟りがあるとか、そういう補足や説明があるものだ。
だが、この話にはそんなものはない。
『旧校舎の変な教室にヤバい心霊写真がある』
という、ただそれだけの話なのだ。



「雑だなぁ……」
その噂を最初に聞いた時、Aさんや友人たちの口から思わずそんな言葉が漏れた。
ある時、
『自分たちの学校にも七不思議がないか調べてみよう』
そう仲間内で盛り上がったことがあった。
しかし、どれだけ調べても何もなかった。学校の怪談の定番である花子さんや人体模型、音楽家の肖像画などにまつわる噂もなく、二宮金次郎像に至ってはそもそも設置されてすらいない。
それでも何かないかと探し、そしてようやく出てきたのがこの噂だった。


そもそも、その心霊写真というのがどんなものなのか、それすらも伝わっていない。
例えば、いるはずのない人が写っているとか、身体の一部が欠けているとか。心霊写真というからにはそういう異変が写っているのだと考えられるが、それについても一切わからない。本当に、ただ『心霊写真』としか伝わっていないわけだ。
(心霊写真、ってだけじゃなぁ……)
初めて話を聞いた時のAさんの率直な反応としてはそんなところで、正直それほどピンと来なかったそうだ。



しかし、奇妙な点が一つあった。
この心霊写真にまつわる話は、知っている者の中では何故かタブー扱いになっているらしいのだ。
Aさんたちは地域の子供どうしの繋がりの中でこの噂を仕入れたのだが、この話を教えてくれたやつも、これについて知っているやつも、
「行かない方がいいよ……」
みんな揃ってそう言う。
同世代なのだから、Aさんたちのように『何だそりゃ』となりそうなものなのに、だ。


先生にも訊いてみたという。
すると、信じられないほどの剣幕で怒られた。
もし自分たちが非行に走っているのを見つけたとして、それでもこんなに怒るだろうか。それくらいの勢いだったそうだ。
老朽化していて危ないから、どうのこうの。というのが先生の言い分だったが、それだけでそんなにも怒るものなのだろうか。Aさんたちはその点がどうにも腑に落ちなかった。



それからしばらく経った、夏休みのある日のこと。
当時、六年生だったこともあり。Aさんがつるんでいた仲間内で、卒業前の思い出作りとして旧校舎に忍び込んで噂の真相を確かめよう、という話になった。
昭和の頃の話だ。今と比べれば校舎の警備はザルである。入り口を封鎖している鍵も、荒っぽく扱えばすぐ外れるようなものだった。


そうして予定していた当日、Aさんたち総勢五名は懐中電灯を片手に旧校舎へと侵入した。
旧校舎は確かに老朽化してはいるが、噂ほどではなかった。目や喉が痛くなるくらい埃や蜘蛛の巣がすごいが、廊下を踏み抜いたりして危ない思いをするようなことは全くなく、何事もなく三階までたどり着いた。


そして、すぐに問題の教室は見つかった。


よくある話ならば、その手の教室は隅っこの方に一つだけポツンとあるものだが、そんなことはなく、他の教室と同じように紛れるようにして存在していた。


ただ、やはり噂通り。
他と違い、その教室内だけ机等の備品が一通り全て揃っていた。そのため、中を覗いた瞬間に一眼でそれだとわかったそうである。
「あ、ここだ!」
「ここじゃん!」
Aさんたちは問題の教室へと踏み込んだ。
もし見回りが来てもバレないようにと、教室の戸を閉めた。
よくよく考えれば、ここまで懐中電灯をつけたまま来たのだから、正直なところ、外から見れば明かりが漏れ出していて忍び込んでいるのはバレバレなのだが、そこはそれ、小学生だ。そんなことまで気が回るはずもない。


皆で手分けして、噂の心霊写真を探す。が、机もそれなりの数があるため、なかなかそれらしいものは見つからない。
古びて建てつけが悪くなっているのか、時折どこかの窓か扉から生ぬるい隙間風が入ってくる。全く偶然なのだが、何とも気持ちが悪い。しかし、それがまた肝試しの雰囲気を盛り上げたのも確かである。


「ないなぁ……」
「全然見つからないなぁ」
「やっぱり、いい加減な噂だったんだよ。たぶん何か事情があって机もそのままにしてあるだけなんだよ。帰ろうぜ」
なかなか見つからず、諦めて帰ろうとしたのだが、そこであることに気がついた。


『机の中に写真がある』という話から、てっきり生徒用の机のことだと彼らは思い込んでいたのだが。
その教室には他の備品同様、教卓も残されたままになっていた。
それだって確かに『机』じゃないか、じゃあ一応そっちも見ておこう。ということになった。


教卓の中を覗いてみると、大量の紙が押し込まれている。恐らく、まだこの教室が使われていた頃に印刷され、ここに押し込まれたまま存在を忘れられたプリントなのだろう。長年の湿気と埃に晒され、もはや紙の束というより塊のようになっていた。


「……あれっ?」
よく見れば、その下に何かある。塊を退けてみると、そこには紙製のミニアルバムがあった。カメラ屋に写真の現像を頼んだ際、受け取り時に付いてくる。あの冊子のような、薄いアルバムだ。表紙には現像を行ったカメラ屋のロゴらしいものも見てとれた。
「……これじゃない?」
「そうだ、これだこれだ!」
それらしきものを見つけたおかげで、俄にその場が盛り上がった。
そのアルバムを教卓に置き、懐中電灯で照らしながらページをめくってみる。

「……ん?」
期待していたようなものとは違った。
アルバムには二十枚か三十枚ほど写真が綴じられている。それら全て、寸分違わず同じものだった。焼き増ししたもの、なのだろうか。
どうやらクラスの集合写真のようだ。背の低い人を前、高い人を後ろにして、身長順に三列に並んだ人々が写されている。河原のような場所を背景にしていることから、恐らく遠足や自然教室の時に撮られたものなのだろうと思われる。
何度も確認してみたが、やはり全て同じ写真である。目を閉じてしまったので撮り直したとか、並びが変わっているとか、そういう様子もない。
「なんだこれ」
そう言って、一人がアルバムから写真を抜き取り始めた。何をするつもりだろうと思いながらAさんたちが見ていると、彼は写真をまとめて束にして教卓の上にトントンと打ち付け、それからパラパラとめくり始める。


なるほど、パラパラ漫画の要領である。そうやって確認すれば、仮に写真に異変があったなら、どんな小さなものでもすぐに気づくだろう。
そう思い、写真をめくる様子をそいつの背後からみんなで覗き込んでいたのだが、やはりめくられていく写真には何の変化もない。
「やっぱり、全部同じみたいだぜ? ほら」
一通り見終えたそいつは別の仲間に写真の束を手渡す。渡された仲間も同じように確認し始めた。



「……うわっ! 気持ち悪ッ!」



突然、そいつが大声を上げ、写真の束を教卓の上に放り出した。
「えっ、なになになに⁉︎ どうしたの?」 



そいつが言うには、写真をパラパラとめくっていると、二列目にいる人物の頭が、急に背が伸びたかのようにピョコンと上に飛び出したのだという。



「えっ、そんなわけないだろ」
確認のため、教卓の上に全部の写真を並べてみた。懐中電灯で照らしながら全ての写真のニ列目部分を重点的に見てみたのだが、やはりどの写真も全て同じである。そいつの言う異変の起きそうなものは見当たらない。
「いや、全部一緒だよ。おまえ何言ってんの?」
「いや、なったって! ピョコンって! パラパラ漫画で一枚だけ違った時みたいになったんだって! 俺、もう気持ち悪いから見ないよ!」
「え。じゃあ、俺も見てみるわ」
そいつが本気で怯えた様子で言うので気になったのだろう。別の仲間が写真を束にして同じように確認し始める。


「……うわっ!」


彼も悲鳴を上げて写真を放り出した。束の中ほど辺りで、やはりニ列目の人の頭が飛び出したそうだ。
「え、マジで? ……じゃあ俺も」
「俺も俺も」
そうやって一人ずつ順番に、Aさんも含め全員が同じように確認したのだが、全員同じ体験をしたそうだ。不思議なことに、全員で見ていると何も起きないのだが、一人で見ているとそうなるらしい。
さらに不思議なことに、ニ列目の誰が飛び出してくるのか、何度見てもそれが全くわからない。中心近くにいる人物らしいとまではわかるのだが、何度めくってみてもそれが誰かわからない。
パラパラとめくった時に変化が起きるというなら、一枚だけ誰かの頭が飛び出した写真があるはずだ。そう考えて改めて一枚ずつ確認してみても、それらしいものはやはり全く見当たらない。


「わけわかんねぇ……」
「……やめよう。コレ、心霊写真かどうかはわかんないけどヤバい写真だ……」
「そうだね、帰ろう帰ろう」


怖くなってしまったAさんは仲間たちとそんな風に話していたのだが、一人だけその輪に加わらない者がいた。
仲間内でも最もヤンチャ、というか最も粗暴なBである。彼はまだ教卓にかぶりつくようにして唸りながら写真をパラパラとめくり続けている。
「ん〜、どれだ〜?」
何がそんなに彼の琴線に触れたのか知らないが、異様なまでに写真に固執し始め、どれが問題の部分なのか発見しようとしていた。


みんな早く帰りたくて仕方がなかったのだが、なかなかBに声をかけられずにいた。というのも、今回の肝試しはそもそもBの発案だということもあったし、気に入らないことがあるとすぐ暴力に訴えるようなタイプだったからだ。
不機嫌になったBに殴られるのも嫌だし、どうせすぐに見つからなくて諦めるだろう。そう考え、Aさんたちはもうしばらくだけ待ってやることにした。


が、十数分経ってもBは変わらずずっと写真をめくり続けていた。
妙なことに、彼も最初の内はみんなと同じように異変を見つけるたびに声を上げていたのに、いつのまにかリアクションすらしないようになっていた。
「ん〜、どれだ〜?」
唸りながら写真をパラパラめくり、異変が起きたらしい場所で止まってはその写真と睨めっこする。そんなことを延々繰り返している。
「……ねえ、もう帰ろうよ」
さすがに我慢できなくなり、仲間内でも多少Bに意見できる仲の友人が声をかけたのだが、
「やだよ。こうなったら、どんな奴が飛び出してきてるのか。そいつの顔を覚えるまでやってやらぁ」
聞く耳を持たない。
Aさんの口から思わず言葉が飛び出す。
「なんで⁉︎ そんなことして何の意味があんの⁉︎」
「だってよぉ、バカにされてるみたいでムカつくじゃねぇか!」
どういう理屈かわからない、理由になっていないようなことをBは言う。
「いやいやいや、でも怖いから……」
「アァ⁉︎」
不機嫌になり始めたらしい。Bが足をドンと踏み鳴らし、そのように凄む。
「ウルセェ! 黙って待ってろ!」
(え〜、怖ぇなぁ……)
持ってきた中でも一番上等な懐中電灯をいつのまにか独り占めにして、Bは仲間達を無視して写真をめくり続ける。しかし、何回確認してもやはり見つからないのだろう。言葉使いの悪さも悪態をつく回数もどんどん増していく。
「アァ⁉︎ どれだよッ!」
こうなると、もうどうしようもないのは皆わかっていた。下手に声をかけたら八つ当たりで殴られかねない。

Aさんたちはコッソリと教卓近くのドアの方まで移動した。とばっちりを受けないように距離をとり、その上でBが飽きるまで待つしかない。そう判断したのだ。
(もう何なんだよ。いったい何待ちなんだよホント……)
Bの不機嫌な声を聞きながらAさんは思った。
嫌なことに、先述したように建て付けがあちこち悪くなっているドアや窓から時々風が吹き込んでくる。どうやらそんな隙間がちょうど自分たちの背後にあるらしく、それが吹き付けるたびにゾワッとしてしまう。
(もう、気持ち悪いなぁ。早く終わってくんねえかなぁ。もう一回みんなで言ったら多数決で何とかなんねえかなぁ……)



結局、二十分ほどそうしていたらしい。
「……おい。おい!」
突然、隣にいた仲間が肘で脇を突き、小声で呼びかけてきた。別に、すぐ隣にいるのだから普通に話せばいいだろうに。そう思いつつAさんは返事をする。
「……何だよ?」
「……おまえ、聞こえてるか?」
「何が? Bのことだったら、アイツはずっと怒り続けてるけど」
「いや、違うよ。おまえ、聞こえてるか? 聞こえてるか?」
相変わらず小声で言うものだから、つられてAさんも小声で訊き返す。
「……聞こえてる、って。何が?」



「……後ろに、誰かいる」



「えっ……。いや、いないよ、誰も。だって後ろ、窓だろ?」
「いや、だから、廊下に誰か……。たぶん、俺らより年上のお姉さんが二人くらいいるんだって」
「……おまえ何言ってんの? そんなわけないだろ」
老朽化した旧校舎だ。自分たちの来た時だって、一歩ごとに床が軋む音を立てていたのだから、もし自分たち以外に誰かが来たなら絶対その音が聞こえるはずだ。
まして、Bの機嫌を損なわないようにずっと静かにしていたのだから、何か物音がすれば気づかないわけがない。
(何言ってんだコイツ……)
そう思いつつ、Aさんは耳を澄ましてみた。



……確かに、ボソボソと声が聞こえた。



(……えぇっ⁉︎)
驚いて左右を見ると、Bを除いて、Aさん以外の全員が俯いて震えていた。どうやら全員、既に声に気づいていたらしい。その様子は、とても冗談でそんなことをしているようには見えなかった。
(えっ、俺だけ気づいてなかったの⁉︎)
そう思い、何を喋っているのか確かめようと反射的に耳を澄ましてしまった。



『……あの子、覚えようとしてるんだって』



確かに女の人の声が聞こえた。小学生の自分たちより年上のお姉さん、恐らく高校生か大学生くらいと思われた。



『あの子、覚えようとしてるんだって』
『ちゃんと覚えられるかなぁ?』



別の声が聞こえた。
もう一人より声が低かったため、明らかに違う人間がいる。二人いるのだと、そうわかった。



『ちゃんと覚えられるかなぁ?』
『でも、特徴のない顔だからねぇ』



廊下にいる二人はそんな会話をずっと、何度も何度も繰り返していた。
それだけでも十分に不気味なのだが、Aさんはあることに気づいてしまい、さらにゾッとした。



自分たちの背後、教室の窓の外。
廊下を挟んだ逆側には窓があり、そこから月明かりが差し込んでいる。それに照らされて窓枠の影がAさんたちの足元、教室の床に写っている。



それなのに、廊下に立っているはずの二人の影がないのだ。



そこにいるのなら絶対に影がなければおかしいのに、何も見えない。
それなのに、背後からはやはり女性の声が聞こえ続けている。



『あの子、特徴のない顔だから。わかるかなぁ?』



その瞬間。
バァンッ!
俯いて震えていた仲間の一人が、手にしていた懐中電灯を思いっきり床へ叩きつけた。
さすがにそれにはBも驚いた様子だった。
「なんだよ!」
「……帰るぞォッ!」
彼はついに恐怖が限界に達してしまったらしい。一周回って激怒してしまっていた。
「帰るぞォォッ‼︎」
なりふり構わず、発狂したかのように怒鳴る彼に、さすがにBも折れた。
「ああもう、わかったよ。何怒ってんだよ……」



やっと諦めてBが帰る気になってくれた。それはそれでよかったが、しかしまだ問題がある。
廊下にいる二人のことだ。
このまま教室から出れば、確実に鉢合わせしてしまうだろう。
(どうしよう……)
いろいろ考えたのだが、良い手が思いつかない。というか、現状ではどうにもできない。どうしようもない。
最終的に、数の上ではこちらの方が有利なんだから勢いで押すしかない。そういう結論になった。
「……行くぞ。一、二の、三!」
「……ウオオォォーッ!」
覚悟を決め、Aさんたちは教室の戸を開け、半ばヤケクソ状態になって廊下へと飛び出していった。


しかし、廊下には誰もいなかった。


(うわぁ……)
自分たちも実際にそこを通ってきたのだから、よくわかる。
長年、誰も足を踏み入れていなかったのだろう。廊下には真っ白に埃が積もっている。つまり、誰かがそこにいたならすぐわかるわけだ。


だが、廊下にはAさんたち以外の足跡はなかったそうだ。


結局、怖くて話す気にならなかったというのもあり、何が起きたかについてBには詳しく教えないまま、Aさんたちは急いで家へ帰ったという。




……以上がAさんの小学校時代の体験である。
「……怖いですねぇ」
Aさんから話を聞いた禍話の語り手、かぁなっきさん。彼が思わずそう呟く。
しかし……。


「……でね。それから何年も経ってからね?」


(……え、まだ続きがあるんだ?)
まさか、まだ話が続くとは思っていなかったため、驚くかぁなっきさん。
そこでその後どうなったのかと訊いてみると、一呼吸置いてからAさんはまた語り始めた。



「……そいつ(B)ね? 高校出てから大学には行かずに就職してね。物作りをするような会社だったらしいんだけど、そいつ歳上から可愛がられるようなタイプだったんで、いろいろ上手くいって。早々に結婚もして、お子さんも二人くらい出来て、本当に上手くいってたんだよ。だけど……」


ある時、Bは出張に行ったそうだ。その際に、取引先の相手とホテルのロビーで待ち合わせるということがあったらしい。
待ち合わせ場所へとやってきた相手がBの姿を見つけて近づくと、彼は顔面蒼白で、脂汗を流しながらブルブルと震えていたという。
三十も半ばになろうかという男性が、なかなかそんな風になるものではない。
取引相手は驚きながらも、何か悪いものでも食べたのかと冗談めかして話しかけたのだが、Bはその言葉に反応できそうもないくらいの様子である。
「……おい、大丈夫か? 病院行った方がいいんじゃないのか?」
彼がそう言った時だった。



ホテルのロビーだから、他にもたくさんの客がいる。
Bの眼前には、彼に背を向ける形でソファに腰掛けた客がいた。全く無関係、見ず知らずの相手だ。

「……コォイィツゥだァァッ!」

突然、絶叫と共に立ち上がったBは、近くのテーブルに置かれていた灰皿を手に取り、それを眼前に座っていたその客の後頭部目掛け、思いっきり叩きつけたのだという。



当然、大騒ぎになった。
勇敢な客やスタッフ、通報で駆けつけた警官によってBは取り押さえられた。それまでの間、彼はその相手を執拗に殴りつけていたそうだ。相手は命こそ助かったものの、洒落にならないくらいのかなりの大怪我を負う羽目になったという。


その事件がきっかけとなり、Bは全てを失った。
職も失い、奥さんとも離婚し、当然子供とも引き離された。その後も、他にもいろいろあったらしいが、Bはそれ以来、実家にずっと引きこもっているのだという。


とはいえ、同級生であることに変わりはない。Aさんや友人たちは今でも定期的にBの家を訪れ、彼と会っている。
すると時折、事件の時の話が彼の口から語られるそうだ。


「……あの時、『コイツだ! コイツだ!』って言ってたらしいんだけどさ。俺、全然覚えてないんだよな。その日は酒なんか飲んでなかったし、アル中の気もないし、当然クスリなんかやってないし……」


俯きながらそう零すBに対し、何も知らない同級生たちは励ましの言葉をかける。
だが、Aさんを始めとする、あの晩に旧校舎に忍び込んだ仲間たちは、間違いなく思い当たる節があるわけだ。
B自身はその話をされても、
「……そっかぁ?」
と、ポカンとするばかりなのだが、Aさんたちはきっとあの晩のことが何十年も経ってBに降りかかったのだろうと、そう考えている。とのことである。



だから、オチもフリもない、よくわからない話だからといって、頭からバカにしてかからない方がいいのだろう。
……でないと、自分自身がその話の『オチ』になってしまう。
そんなこともある、のかもしれない。




この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『ザ・禍話 第十二夜』(2020年5月30日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/618796605
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:07:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト 写真のある机
https://venal666.hatenablog.com/entry/2022/08/14/173824

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