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禍話リライト 忌魅恐『もうすぐ事故が起きる話』

『恐ろしい出来事』というものは。
曰く因縁の有無に関係なく、突然やってきて、去っていく。
そういうものらしい。


当時、某地方の大学院生だった男性、Kさんの体験談。


条件次第、ではあるが。大学生の夏休みは長くて暇なものだ。院生も、場合によっては、そうなることもある。
当時のKさんは、正にそういう学生だった。一年目にしっかり授業もレポートもこなしていたので、後は論文執筆のため、ちゃんとゼミに顔を出せばいい。そんな状況だった。
そんなわけで、二年目のその年の夏、Kさんは自室でのんびりと過ごしていた。

そんな夏休みのある晩。
夜のかなり遅い時間、突然インターホンが鳴った。
(こんな時間に、誰だ?)
知り合いなら携帯に電話すればいいのに、そう思いつつ、玄関を開ける。

訪ねてきたのは、ゼミのOBであるA先輩だった。

確か、先輩の住む家は結構遠くにあったはずだ。
それが、こんな遅い時間に、いったいどうしたのだろう。

「え、どうしたんすか? 急に」
「悪いな、急に。ちょっと上がらせてもらうけど、いい?」
「あ、どうぞどうぞ」

そうしてA先輩は部屋に上がり込んだのだが、どうも妙にソワソワした様子である。
今までにも何度か、夜遅くに酒瓶を携えて『飲もうぜ!』とやって来たことはあったが、その時と比べると、明らかに様子がおかしい。
だいたい、その時だって、ちゃんと事前に連絡してから来ていたわけである。

(……おかしいな、どうしたんだろう?)

例えばカラオケだとか、どこか遊びに誘おうとしているのだろうか。そう考えたが、それでも事前に電話で約束したりするものだろう。
やけにソワソワして、時折チラチラと自分の方を見るA先輩の様子が気になり、Kさんは訊ねた。

「え、何すか? 今日、何かあるんすか?」
「……お前、ちょっと付き合ってくんねえか」
「……へ? 付き合う?」
「いや、悪いなあ。調べたら、お前の近所らしいからさあ。ちょっと、申し訳ないんだけど……」

A先輩の言っている意味がわからず、どういう意味かと再度訊ねると。

「……悪いんだけどさ。ちょっと外に出てきてもらっていい?」

と、詳しく説明することなく、外出を促してきた。

「はあ。まあ、いいですけど……」
よくわからないが、近くの美味いラーメン屋にでも一緒に行こう、という話なのだろうか。
「それなら、まあ」
と、Kさんは上着を羽織り、促されるままにアパートの外へ出た。


「……いや、悪いなあ。あ、こっちこっち」
そうして、A先輩の後について歩いていった。
結局、十五分ほど歩いたそうだ。
到着したのは、公営の団地が立ち並ぶ区域。その一角にある十字路だった。
知り合いが住んでいるわけでもなく、近くに買い物ができる場所もない。そのため、割合近くに住んでいるKさんも、これまで一度も来たことのない場所だった。

周囲を見ると、十字路の脇に、金網で囲まれた土地がある。
かなり狭く、何のための場所なのかわからないが、ベンチが一つだけ置かれていたため、恐らくは公園なのだろうと、Kさんはそう考えた。

その公園へ視線を向けた流れで、Kさんは周囲の団地へと目線が向いた。
建てられた当時は、もっと人が多く、活気に溢れていたのかもしれない。
だが、現在のその団地には、入居者もほとんどいないのだろう。カーテンのかかっていない、空室と思われる部屋も多く、明かりの灯っている部屋も数えるほどしかない。
『うら寂しい』という表現がピッタリの、全く人気のない場所だった。

「……え? 何すか? なんでこんな場所連れてきたんですか? ここ、どこなんですか?」
そう訊ねながら周囲を見渡すKさんの視界に、電柱に貼られた金属板が入った。
日本全国、どこの地域にもある、町名や番地を記載した看板だ。


『◯◯町』
そこまで記された、その真下で。
金属製の看板は、引きちぎられたようになっていた。


(えっ、気持ち悪……)
通常、そうした看板は破損したらすぐ新品に交換されるものだろう。それなのに、その看板は表面に浮かぶ錆の様子から、破損してから長期間、そのまま放置されているだろうことが見てとれた。

(気持ち悪い場所だなあ……)
そう思うKさんの横で、A先輩は十字路をあちこち見て回っている。
先輩が何をしているのか全くわからず、先程の質問に答えてもらえていないこともあり、耐えかねてKさんは再度質問した。
「えっと、すいません。今、これって、何待ちなんですか?」
その質問に、A先輩は十字路のあちこちを見たり道路の奥の方を眺めたりしながら、Kさんの方を振り返ることさえせずに答えた。
「いや、ここね。見通しがいいだろ?」
「まあ、確かにいいですね」


「見通しいいのにな。よく人が死ぬんだよ。それも、必ず自動車絡みでな」


「……ん?」
先輩が何を言っているのか、理解できなかった。
「……え? つまり『死亡事故待ち』みたいなこと、ですか?」
Kさんが無理やり言葉を捻り出すと、
「おう」
こともなげにそれだけ言い、A先輩はまたあちこち見て回り始めた。

「しかし、ぜんぜん車来ねえな……」
(何言ってんだこの人……)

突然放り込まれた異様な状況。
先輩はよくわからないことを言い、自分を無視するかのようにあちこち見て回っている。意味不明なことが多すぎて、頭の中がグチャグチャになってきた。
その混乱を脳裏から振り払うかのように、Kさんは続けて訊ねた。

「え、なんでそんなの待たなきゃいけないんですか」
「いや、ちょっとね。インターネットで、掲示板で教えてもらったんだけどね。近所だから」
「いや、近所って! ここから先輩の家は遠いでしょ!」
「まあ、そうだけどさ。知り合いが近くにいるから、ね」
「いや、事故って言ったって! せいぜい半年に一回とか、必ず決まった日に起きるわけじゃないでしょ⁉︎」
「う〜ん。だから、今日来たって別に、何もないかもしれないしな」
「え? そのためだけに来たんですか⁉︎ 先輩の家、ここから結構遠いでしょ⁉︎」
「う〜ん」
「え、先輩。今日はどうやってここまで来たんですか⁉︎」
「いや、う〜ん……」
「いや、バスとかだったら、もうないから帰れませんよ⁉︎」
「う〜ん……」

その内に、A先輩は何を訊いても、話を聞いているのかいないのか、不機嫌に唸るように『う〜ん』としか言わなくなってしまった。
(しょうがねえな……)

結局、A先輩はうんうん唸りながら三十分近く十字路周辺を見て回っていた。
その間、Kさんはといえば、特にすることもなく、あちこち観察したりうろついてみたり、適当に暇を潰すしかなかった。
その内、何もすることがなくなり、どうしようもないので公園らしき区画に設置されたベンチに座り、ただボーッとAさんを眺めていた。


そうしてボンヤリしながら周囲を見て、
(変な公園だなあ……)
Kさんはそう思った。

決して広くはないが、かといって狭いわけでもない。中途半端な大きさの土地だった。
空いているスペースを考えれば、ブランコか滑り台か、一つくらいは遊具を設置できそうなのに、設置物は彼が座っているベンチしかない。
改めて見てみると、公園内での禁止事項、作られた年度や公園の名称、それらを記した看板などもなかった。

(……ここはいったい、どういう公園なんだろう?)

Kさんがそんなことを考えていると。
さすがに飽きてきたのだろうか、A先輩が傍に来て声をかけてきた。
「何にも来ないな。車も来ないし、人も通らないし」
「そうでしょ? もう帰りましょうよ」
「う〜ん、そっか……。じゃ、悪いんだけど、今晩、泊めてもらえる?」
「そりゃ構いませんけど……。だいたい、今日は急にどうしたんですか。先輩、そんなに肝試しとか好きじゃなかったでしょ」
「いや。面白いかな、って思って……」
「何言ってんですか。もういいですよ、帰りましょ」
そうして、二人揃って公園を出た。


「……あ。車があるなあ」


「……へ?」
急に立ち止まったA先輩がそんなことを言うので、つられてKさんも先輩が見ている方へ目を向けた。

先輩の言葉で初めて気がついたが。
公園の横には、砂利を敷き詰めた広い敷地があった。
よく見ると、地面に古い虎ロープが等間隔に埋められている。どうやら私設の駐車場らしい。
そして、そこには黒い普通車が一台停まっていた。

(あれ、いつの間に……)

Kさんたちが来た時にはもう停まっていたのならば、到着した時点で目についていただろうし、その後もしばらくウロウロしていたのだから、その途中で絶対に気づくはずだ。
Kさんが公園にいた時にやって来た、というのなら、エンジン音や砂利を踏む音で絶対に気づいたはずである。
そして何より、場所的に、十字路周辺をずっとウロウロしていた先輩が気がつかないはずがない。
「気づかなかったなあ」
「ホントですねえ」
先輩と話しながら、Kさんは『ブーン……』という微かな音に気がついた。どうやら、あの車はエンジンがかけっぱなしになっているらしい。

(あれ。エンジン、かかってる……?)

そう思い、再び目を向けると、車内に人がいることに気づいた。
暗くてよくわからないが。二人、運転席と助手席に座っている。
「あ、人いるな」
「いますね。先輩、あんま指とかさしちゃダメですよ」
「おお……」

しかし、A先輩は駐車場の入り口に立ったまま、自動車の方を見つめて動こうとしない。
「いや、先輩。ダメですよ。あんまり見てたら『なんだお前!』ってなりますよ」
「おお。でもさあ、あの車の運転席と助手席のやつ。ずうっと前を見てるなあ」

確かに。
言われて見てみると、車内の二人はシートに座って前を見た体勢のままピクリともしない、ようにも思えた。
「……そう、ですねえ」


「……アレ、さ。死んでんじゃねえか?」


「えっ……」
突然A先輩がそんなことを言ったため、虚を突かれてKさんは言葉に詰まった。
そんな彼に対し、先輩は繰り返して言う。
「いや、死んでんじゃないの? アレ」
「えっ、でも……」
「いや、瞬きしてる? あの人たち」
距離があるのでハッキリとはわからないが、確かに、そう言われればそう見えないこともない。
「ちょっと、見てきてくれる?」
「えっ?」
「いや、見てきてよ」
「なんでですか、イヤですよ! 本当に死んでたらイヤじゃないですか!」
「いや、ちょっと見てきてもらっていい?」
「イヤですよ! 先輩が見てきたらいいじゃないですか!」
「いや、そっち見にいってる間にさ、道路で何か起きて人が死んでさ、それで決定的瞬間を見逃したら、イヤじゃん?」
先輩があまりに無茶苦茶なことを言うので、ついKさんも語気を強めて反発してしまった。
「いや、何言ってんですか! だから、イヤですよ、俺!」


その瞬間、いきなり左頬を殴られた。


「……ハア⁉︎」
A先輩は体格こそ大きめだが、至って温厚な性格の先輩だ。思えば、そんな彼から暴力を振るわれたのはそれが初めてであった。
突然のことに、地面にへたりこんで呆然とするKさん。そんな彼を見下ろしながら、先輩が静かに言う。
「いや。結構こっちも、真剣なんだよね」
なぜ、どういう理屈で今自分は殴られたのか。
Kさんは全く理解できなかったが、知り合って初めて、目の前にいる人物に対して恐怖を覚えていた。
「ほら。俺、道路の方、見とくからさ」
相変わらず静かな口調で、真顔で言うA先輩。とにかく今は逆らうべきではないと判断し、Kさんは立ち上がり、その命令に従うことにした。

「死んでたらちゃんと言えよー」
車に向かって歩くKさんの背中へ、A先輩がそんな風に声をかける。
「はいはい……」
そう返事はしたものの、
(先輩との今後の付き合い方を改めなくては)
と、内心ではそんなことばかり考えていた。

(少なくとも、今夜は適当に理由をつけて泊めるのを断るし、今後も距離を置いて付き合うようにして、可能なら関係を断とう。そうしよう。
そして、それはそれとして。今は逆らわないようにして、この状況を早く終わらせないと……)

車に向かって歩きつつ、Kさんはそんなことを考えていた。

近づいていくと、車内にいる二人はどちらも男性だとわかった。
普通、自分たちの方へ接近してくる者があれば、顔や視線をそちらへ向けそうなものだが、車内の二人は前方を凝視したまま微動だにしない。
(ええ……)
普通なら窓を開けて顔を出し『何ですか?』と訊ねてきそうな、それくらいの距離まで接近しても、やはり二人は全く動かない。

(やっぱり、この人たちもおかしいよな……)
異様さに眉を顰めるKさん。
その背に向けて、道路に立っているA先輩が声をかけてくる。
「どうだ〜?」
「いや! いや、ちょっと待ってください!」

返事をしつつ、さらに接近し、助手席側の窓の側まで来た。
周囲に明かりが乏しいため、暗くてよくわからない点もあるが。今や窓ガラス越しに車内の二人の様子はかなり視認できるようになっていた。

やはり、二人は前方を凝視したまま硬直したようになっていて、車両のすぐ傍まで来たKさんへ微塵も反応を見せない。
全く動きがないため、まるで人形のようにも思える。
しかし、窓越しに見ていると、そうではないと、何となく感覚でわかる。
(やっぱり、この人たちもおかしいよな……)
そう思いながら、後部座席へと目を向ける。

(えっ……)
後部座席に、うつ伏せになって横たわっている人物がいた。


後部座席二つ分を使ってうつ伏せになっている人物。その着ている服に、Kさんは見覚えがあった。
アメコミのキャラをプリントした、特徴的なデザインのシャツ。
それは、先輩が着ているものと、同じだった。


(えっ、ん? アレ?)
困惑しつつ見ていると。
後部座席に横たわる人物。その髪型も、体格も、先輩そっくりに見えてくる。
というか、先輩本人にしか見えなくなってきた。


「え⁉︎ ちょっと、Aさん! これ! この車、おかしいですよ!」
大声を上げたKさんだったが、しかし彼のその声に、何も反応がなかった。
だが、パニックに陥っていた彼は、A先輩の反応がないことになど全く気づかなかった。
目の前の車内。運転席と助手席に座る二人は、相変わらず何の動きも見せず、そのことがさらにKさんの混乱を深めた。
「いや、先輩! この車! おかしいですよ!」
Kさんが叫んだ、その時だった。


『なんだぁ? 死んでるかぁ?』


背後から。十字路の方から。
老人の声が聞こえた。
その声色、口調は、A先輩のそれによく似ていた、という。
まるで、先輩の真似をしているかのように。


(……えっ⁉︎)
驚いて、振り返るKさん。
目線の先。
十字路には、誰もいなかった。
先輩も、いなくなっていた。


「えっ、えっ⁉︎」
慌てて十字路の真ん中まで走り出て、周囲を見回した。
「え、ちょっと⁉︎」
さっきまで、確かにそこにいたはずの先輩の姿が、どこにも見えなくなっていた。
そして、さっき背後から確かに聞こえた声、その主らしき姿も、どこにもなかった。
「ちょっと⁉︎ ちょっと、Aさん⁉︎」
先輩の姿を探し、あちこち視線を巡らせるKさん。
その視界に、十字路の周りを囲むように立ち並ぶ団地が映る。


団地の窓辺に、人影が立っていた。


明かりが乏しいのでよく見えないが。
カーテンのかかっていない、つまり無人のはずの部屋の窓辺に立っている、人影が見えた。


それも、一人だけではない。
一部屋だけではない。
空き部屋ごとに、窓辺に立つ影があった。


それだけではない。
団地の階段の踊り場。そこにも、各建物の、各踊り場ごとに、人影があった。
そして、どの人影も、こちらをジッと見ているような、そんな視線を感じた。


それまで、全く人の気配がなかったはずなのに。
何十体もの人影が、団地からKさんの方を見ていた。


(えっ、なに⁉︎ 何なの、この人たち⁉︎ 何見てんの⁉︎ 何待ってんの⁉︎)


恐怖と困惑で硬直するKさん。
そんな彼の耳に、遠くから響く何かの音が聞こえてきた。

ブウウゥゥーン……

音の方へ目をやると、十字路のむこうに小さな明かりが見えた。そしてその明かりは、音と共に次第に大きくなっていく。
Kさんは理解した。自動車のヘッドライトと、エンジンの音だ。
そしてその自動車は、彼の見ている前で急に速度を上げ、猛スピードでこちらへ突っ込んできた。
「ウワッ⁉︎」
間一髪、横に飛んで避けたおかげで、何とか撥ねられることだけは免れた。
だが、その瞬間に、彼は見てしまった。


その車を運転していたのは。
A先輩だったのだ。


なぜ先輩は自分を轢こうとしたのか。
先輩はいったいどこへ行っていたのか。

わからないことばかりだったが、一つだけ、わかったことがあった。

先に述べたように、A先輩の家は遠くにある。
部屋を訪ねてきた時からずっと、(今日はどうやって来たんだろう?)と思っていたが、何のことはない。車で来ていたのだ。
そして、その車をどこかこの近くに停めていて、さっき一瞬姿が見えなくなった時、それを取りに行っていたのだ。

「イテテ……」
横っ飛びをした際の痛みに呻きつつ上半身を起こし、Kさんは十字路の奥、先輩の車が走っていった方へと目を向けた。
まっすぐな道路の奥に、赤い光点が二つ見える。
先輩の車、そのバックライトだろう。
その光点が、一瞬フッと見えなくなり、続いて白く眩しい光が現れた。フロントライトだ。
(……Uターンした!)
そう思った次の瞬間、再び先輩の車はKさんの方へ走り始めた。
(ウワッ! あの人、いったい何を考えてんだ!)
そうして、安全な場所まで逃げようと身体の向きを変えた瞬間。Kさんは見てしまった。


団地の踊り場にいた、何体もの人影。
それが、自分の方へ向かって一斉に走ってきた。


団地のあちこちから人影が飛び出してきて、先輩の車と同じくらいの勢いで向かってくる。
「……ウワアアァァッ!」
恐怖と驚愕で頭の中がグチャグチャになり、悲鳴を上げながらKさんは死に物狂いで逃げ出した。


そうして、何とかKさんは人通りの多い大通りまで辿り着いた。
肩で息をしながら背後を見ると、遠くに先輩の車のライトが見えた。
どうやら、あの公園の前あたりで停車しているらしい。さすがに大通りまでは追っては来れなかったようだ。
そして、車と共に追ってきたあの無数の人影は、もうどこにも見えなくなっていた。
「何だよこれ、何だよこれ……」
全くわけがわからない。恐怖に震えながら、Kさんは急いで家に帰った。

その晩、Kさんの携帯電話にはA先輩からの着信が何度もあったが、当然、絶対に取らないようにしたそうだ。


翌日。
大学に顔を出したものの、昨夜のことを思うと怖くて仕方ない。どこかでA先輩と遭遇したら、今度はどんなことになるかわかったものではない。
そこでKさんは、昨夜の出来事については伏せて、共通の知人にA先輩について訊ねてみた。

知人が言うには。
伝聞なので詳細はわからないが、A先輩は職場でトラブルを起こし、仕事を辞めた。
というか、辞めさせられたらしい。
それを聞いて連絡を取ろうとしているのだが、全く連絡が取れないのだという。
「お前は、何か知ってる?」
知人から逆にそう訊ねられたが、Kさんは何も言うことが出来なかった。

その後、A先輩がどうなったのかは、誰も知らない。


それからしばらく経って。
友人に付き合って、Kさんは当たると評判の占い師のところに行くことになった。

その際。
あの晩の出来事について、占い師に訊いてみたそうだ。

「……そういうことがあって。まあ、先輩は病んでたのかもしれないけど。わかんないのは、団地にいた影が一斉にこっちに走ってきたことなんですよ。あれは、いったい何だったんでしょう?」
Kさんの話を聞き、しばらく考えてから占い師は言った。
「う〜ん、こういう言い方は変かもしれないけど。たぶん、それはねえ……」


「……『かぶりつき』で見たかったんじゃないの?」


「……『かぶりつき』?」
「……たぶん、だけど。そいつらは人が事故で死ぬところを『かぶりつき』で、間近で見たかった、ってことなんじゃないかな」
占い師のその言葉に、Kさんは心底ゾッとしたそうだ。



某大学オカルトサークルのメンバーがKさんからこの話を取材したのは、その体験から十年ほど経った後だった。
(※『忌魅恐序章』を参照)

メンバーがKさんからの情報を元に現地を調査したところ。
団地や事故についての詳細はわからなかったが、その場所は、当時はまだ存在していたそうである。


そんな地区が、北九州のどこかにあるらしい。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話Xスペシャル』(2021年2月24日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:55:00くらいから)
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