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禍話リライト おまいりえにっき


関東某県のとある廃墟。そこへ肝試しに行ったグループの体験談。
(なお、現在その廃墟は存在しないそうだ)

廃墟、といっても深い山中や人里離れた土地にあるわけではない。それは何の変哲もない住宅街の中、他の家々に紛れるように存在していた。
この話の提供者を始めとする数人のグループ、彼らは『その廃墟が怖い』という噂を聞き、探検に出かけた。

問題の廃墟へと到着した。
実際、廃墟と呼ぶにはずいぶん語弊があった。壁や屋根に穴が空いていたり窓が破られていたりということもなく、見たところ周囲の住居とほとんど変わらない。少し掃除をすればすぐに住めそうな様子だ。
敷地に入っていろいろ確認すると、庭に面した縁側の窓だけが施錠されていないことがわかった。そして、彼らはそこから屋内へ侵入したのだった。

屋内をざっと見てみたが、特に変わったものは見当たらない。それでも何かないだろうかと探し回る内、彼らはある部屋に足を踏み入れた。
恐らくかつては子供部屋だったのだろう。その部屋には小学生の使うような勉強机が残されていた。当然、他でもそうしたように室内を物色し、学習机の引き出しの中も確認しようとしたのだが、何故か一つだけ上手く開かない。よく見ると、どうやら奥で何かが引っかかっているらしい。

引っかかっているものを苦労して取り出してみると、それはくしゃくしゃになったノート、正確には絵日記帳だった。この部屋を使っていた子供のものなのだろう。
どうやら、夏休みの宿題として書いていたものらしい。最初のページは、
『きょうからなつやすみだ!』
という文章から始まり、その後も、
『今日はこんなことがあった』
『今日はどこへ行った』
という内容が続く。
そしてそこに、恐らく先生によるものと思われる『よかったですね』というような短いコメントと花丸が書いてある。
どのページにもほぼ同じ形の花丸があった。この日記を確認した先生が、ページをめくりながら機械的に書いていったものなのだろう。

そうやって日記の中を確認する内に、
「……あれ?」
何の気なしにページを最後からめくってみて、そこで妙なことに気づいた。

絵日記は、一日分が見開き二ページを使って描かれている。
日記帳はさほど厚いものではない。ざっと見たところ、夏休み初日から見開きで一日分というペースで描いていくと最終日でちょうど使い切る、それくらいのページ数だ。

なのに、日記帳の後半は、不自然に白紙のページばかりが続いていた。

どういうことだろう。なぜ最後まで使われていないのだろうか。途中で何か不測の事態が起き、それで日記を書くのを中断した、ということだろうか。
では、どの辺から白紙になるのか。それを確認しようと、日記帳を最初からもう一度めくっていく。すると、八月のある日のページに目が止まった。

そこにはまず、日付と共にこんな文が書かれていた。
『きょうは◯◯さんにおまいり』
『◯◯さん』の部分は字が汚くて判別できない。
そしてその横には絵が描いてある。
三人が並んで立っている。左右に背の高い二人、その間に小さな一人。この日記を書いた子供とその両親だろうか。三人とも笑顔である。
三人の隣には自動車らしきものが描いてある。きっと今からそれに乗り込んで『おまいり』に行くところなのだろう。

『おまいり』とは何だろう。時期的にはお盆にあたるので、家族でお墓参りに出かけた、ということだろうか。
そう思い、ページをめくる。


「……えっ?」
異様なものが表れた。
これまでの内容を考えれば、見開きいっぱいに一日分の日記を書いているのだから、次のページには翌日の日記が書かれているはずだ。
しかし、そこには前日の続きが書かれていたのだ。

描かれている絵も異様だった。
四角。三角。
右側に大きく『おまいり』と書かれたそのページいっぱいに、無数の図形がびっしり描き込まれていた。定規などの道具を使わずにフリーハンドで、全て黒一色で描かれている。
『おまいり』と言うからには、行き先は寺社か墓地だろう。ならばそこには鳥居や墓石などが描かれていそうなものだ。しかし、そこに描かれたものはどう見てもその手のものとは思えない。
そしてよく見ると、その無数の図形の奥に、同じくらいの背丈の人影が二つ描かれているのがわかる。前ページにも描かれていた両親だろうか。
見たところ、二つの人影を描いた上から無数の図形を描き加えたのだと考えられるのだが、この絵日記の主はいったい何を表現したくて、何の意図があってこんな絵を描いたのだろうか。それが全く理解できなかった。
「何だよこれ……」
「『おまいり』って何だよ……」
そう口々に言いながら、
「え、これ、まだ続きがあるのかね?」
次のページをめくった。


「……うわっ!」
それを見た瞬間に、その場の全員が声を上げていた。
見開きいっぱいに、顔が二つ描かれていた。
異常なほど縦に長く引き伸ばされた顔。
同じく縦長に大きく開かれた口は、絶叫しているようにしか見えない。
子供なりにデフォルメして描いたものだとしても、人間の顔面はそんな風にはならないだろうという異様な顔だった。
そして二人の顔の隣には矢印が引かれ、それぞれ右側には『ぱぱ』左側には『まま』と書いてある。


彼らは驚き、反射的に日記帳を放り出した。
「えっ、なになになに⁉︎」
「何だよ、手の込んだイタズラか⁉︎」
皆が口々に言う中、一人が呟く。
「いや、でも俺、チラッと見えたんだけど。あのページにも花丸が書いてあったぜ。『よかったですね』みたいなコメントも……」
つまり、絵日記を採点した先生(というか何者か)は、あの異様な顔の絵を見た上で花丸とコメントを書いた、ということだ。

全く意味のわからない不気味な状況に、メンバーのほぼ全員が早くここを出ようと考えていたのだが、一人だけ、
「……俺、もう一回だけ見てみるわ」
そう言って日記帳を再びめくり始めた。仲間が止める中、再度内容を確認した彼によると、書き込みがあるのはその顔のページが最後で、その後は全て白紙だったそうだ。

「……ま、まあまあ、怖かった、な?」
「……そうだな、そろそろ帰ろっか?」
「お、おう」
本当はもう少し探索する予定だったのだが、不気味なものを発見して完全に勢いを削がれてしまった彼らは、そんな風に強がりながら急いで廃屋を後にしたのだった。


……だが。
帰り道の途中、仲間が運転する車内で、急に一人が腹痛を訴え始めた。
それは、最後に日記帳の中を確認した彼であった。
心配する仲間の言葉に、
「この歳になって、人の車で粗相するのはちょっと……」
と、冗談っぽく答えるのだが、側から見ていてもあまり長く我慢できそうな様子ではない。悪いことに、近くにコンビニなどトイレを借りれそうな施設も見当たらない。
どうしようかと思いながらしばらく走っていると公園を見つけた。かなり大きな公園で、敷地内には公衆トイレもありそうだ。
駐車場に入ると、ちょうどそこから見える位置にトイレがあった。
「ほら、あそこ。トイレあるから。行ってこい行ってこい!」
「お、おう。ゴメンな!」
車が停まると、彼は返事もそこそこに車内から飛び出してトイレへと走っていく。その背中を見ながら、残った面々が話し始めた。
「結構全力で走ってくな」
「……でもあいつ、そんな胃腸とか弱いタイプじゃなかったよね」
「みんなで酒飲んで闇鍋した時でも一人だけピンピンしてたようなやつなのにな。急にどうしたんだろ」
「……あいつ、最後まであの日記帳見てたじゃん。それがよくなかったんじゃないの」

そんな風に話している最中だった。
腹痛を訴えトイレに駆け込んで行った。となれば普通はある程度の時間がかかりそうなものだ。
それなのに、彼は三分と経たない内に駆け戻ってきたのである。
それだけではなく、首を左右に振りながら、
「うわああぁぁっ!」
悲鳴を上げ、車に向かって全力で走ってくる。
「えっ、なになになに?」
トイレの中がとんでもなく汚かったとか、だから変な虫が湧いていて驚いたとか、あるいは不審者でもいたのか。そういうことかと仲間たちは最初は思ったのだが、彼は車内に飛び込んで来るなり、
「早く出せ! 早く出せ!」
と叫ぶ。
仲間の一人が、
「え、お前、トイレは大丈夫なの?」
と訊いたが、それに答えず、
「いいから! いいから!」
と叫び続けるほどの慌て様だった。その様子を見た仲間たちは、虫や不審者どころではない、何かもっと良くない事態が起きたのだと悟った。
そうして運転役が急いで車を発進させたのだが、公園を出た後も、
「やばいやばいやばい! つけられてるつけられてる!」
彼はそんな風に叫び続けていたそうだ。

しばらく車を走らせたところで、彼はやっと少し落ち着きを取り戻した。
そこで仲間たちが、
「……お前、もう腹は大丈夫なのか?」
と訊くと、
「……あれ? そういえば、もうトイレとか全然行きたくねえや」
と言う。
何だそれ、気持ち悪い。怖えなぁ。そう口々に言う仲間たちに対し、
「やっぱり、ついてきてたのかもしんねぇ……」
そんな風に呟く。
そこで何があったのかと訊ねると、彼は次のような話をした。


トイレに駆け込んだ彼は、複数ある個室の内、一番手前のものに入った。
ドアを閉め、便座に腰を下ろし、息をつく。そして顔を上げた。そうすると当然、今さっき自分が閉めたドアの裏側が視界に入る。
そこには公衆トイレにはつきものの、無数の落書きがあった。


その落書きの中に、顔があった。
異様なほどに縦長の輪郭。
絶叫するように大きく開いた口。
あの日記に描かれていたものと同じ顔があった。
少なくとも、同じ人物によって描かれたものであることは違いなかった。
顔の隣には、
『ぼくたちのおま』
と、そう書かれていた。


それを見て彼は慌てて逃げ出してきたのである。
今になって思い出すと、トイレを飛び出した時にはもう嘘のように便意が消えていたらしい。

「え、『ぼくたちのおま』って……」
「……たぶん『おまいり』って続いてたんだと思う」
仲間たちの言葉に応えた後、彼がポツリと呟いた。
「……俺、パニクって『ついてきた! ついてきた!』って思っちゃったけどさ。……逆だったのかな。あの場所に『呼ばれてた』のかもな」
「……どっちでもいいわ! 怖いわ!」


後日、彼らからその話を聞いて、そのトイレを見に行った者がいたそうだ。
彼が確認すると、問題の一番手前の個室、そのドアの裏側には削り取られたような跡があるだけで、話にあったような顔どころか、それ以外の落書きも残っていなかった。
(……きっと、あの後で行政か何かが処理したんだな)
そう考えた彼は、一応他の個室も見てみることにした。


ドアの裏が削られていたのは手前の個室だけで、他の個室は落書きが全てそのまま残っていたそうだ。


廃屋の日記帳。トイレの落書き。
その正体や関係については結局何もわからないままだそうだ。

(なお、仲間たちが言うには、トイレに駆け込んだ彼の自作自演ではないはずだ、とのことだ。
そもそも手の込んだイタズラができるようなタイプではないし、何しろこの体験がトラウマになってしまったらしく、彼はあの時の日記帳を思わせるような、例えばジャ◯ニカ学習帳のような子供用のノートを見ると一瞬ビクッとするようになってしまったほどなのだから、ということである)


皆さんも、駅や公園のトイレに入る時は、そこにある落書きをあまりよく観察しない方がいいかもしれない。
(最初に述べたように、その廃墟は現存していないが)
もしかしたら、彼の見た落書きとメッセージ、その続きがそこに書いてあるのかもしれないのだから。


この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『ザ・禍話 第二十夜』(2020年8月1日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:43:15くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。

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