禍話リライト 怪談手帖『ギガ母さん』

妹さんとの幼い頃の思い出だという。

「……妹は何と言うか、フワフワした子でした」

歳の離れた姉妹のことを、Aさんはそう例えた。

物心のついた時から、どこか地に足がついていなかった。話していても急にフッと黙ってしまい、何か別のものに気を取られている。ご両親も心配して、いろいろ病院に連れていったりしていたそうだ。

それでもやがて姉であるAさんと同じ小学校に通い始め、二年生になった頃……。

 

Aさんはお母さんから頼み事をされた。

何でも、妹が帰り道で最近よくどこかの家に上がり込んで世話になっているらしい。

帰りが妙に遅いので、ある時お母さんが訊いてみたところ、

「◯◯ちゃんのおうちで……」

そう言われて気が付いたのだという。

でも、その後はいくら訊いても答えてくれない。

「だから、一度Aからも確かめてみてくれない?」

Aさんは母親に言われた通り妹に訊いてみたが、相変わらず物言いがフワフワしていて要領を得ない。

それでも何とか『◯◯ちゃん』という名前を聞き出せた。

根気強く聞いていくと、

「◯◯ちゃん。お母さん。お母さんのお母さん」

と、その家に住んでいる人たちのことを教えてくれた。

「……お父さんは?」

そう訊ねると首を振る。

Aさんは割と早熟な方だったため、片親の家というものも一応理解していた。

(……お婆ちゃんのいる母子家庭かぁ)

 

しかし、Aさんのお母さんが調べてみたところ、どうやら学校や保育園の知り合いにそういう名前の女の子はいなかったらしい。

いったい何処のお宅に世話になっているのか。そう気を揉むお母さんに対し、Aさんはどこか冷めた気持ちでいた。

というのも、◯◯ちゃんというのは当時人気だった女の子向けアニメ番組、その主人公の名前と同じだったからだ。

(……妹は、昔の自分がそうだったように、どこか行ってはいけないといわれている場所に通っているのだろう。例えば、通学路にある駄菓子屋さんやゲーム屋さんなんかに。だから、あれは全部ウソなんだ)

妹ばかりに構うお母さんに若干イラ立ちながら、そのようにAさんは考えていた。

 

それでも気にはなったから、ある時Aさんは妹の帰りをこっそりついていったのだという。

Aさんの予想に反し、妹はお店のある通りを早々に外れ、建物の間を抜け、物寂しい何処かの路地へと入っていった。

そして現れたのは、一件の廃屋だった。

住人がいなくなり、手入れがされずに半分崩れたようになっている民家。

そのドアの外れた玄関の中へ、妹は躊躇いもなく入っていった。

(こんなところでいったい何を……)

Aさんはビックリしたが、放っておくこともできなかった。

足を早めて入り口をくぐり、埃臭い上がり框を過ぎ、廊下にいる妹を呼び止めた。

振り返った妹を捕まえ、

「何してるの! 帰るよ!」

そう告げる。

 

すると妹は、それに答えることなく、ゆるりと、その先のリビングのような部屋の中を指でさした。

 

……そこに人がいた。

 

女の子と、女の人。

真っ白に埃の積もったテーブルに、並んで座っている。

笑っているのだとわかったが、何か奇妙に細部が曖昧な、距離の近さの割に顔がよく見えない、おかしな人たちだったという。

「◯◯ちゃん。◯◯ちゃんのお母さん」

妹が指さしながら言うのが聞こえる。

「……逃げるよ!」

Aさんが手を引っ張ると、妹はボンヤリした顔のまま、

「お母さんのお母さん」

と、指をさした。

(そうだ。もう一人、家族がいるって……)

思わずそちらを見たAさんの視線の先。

傾いた引き戸の先からヌッと出て来たのは……。

 

 

お婆さんではなかった。

テーブルに座る女の人を、服装も顔もそのままにニ回りも拡大したような、巨大な女の人だった。

それが背を屈めて家の奥から出てこようとしている。

 

 

「……ウワアアァァッ!」

叫び声を上げて、Aさんは妹を引き摺るようにして逃げ出した。

めちゃくちゃに走って、転びかけて、どこをどう走ったのかもわからないまま、グシャグシャの顔になって何とか家へとたどり着いた。

 

「……それだけの話です」

Aさんは静かに言った。

それからお母さんが妹さんの送り迎えをするようになったので、二度とその廃屋のある区画には近寄ることがなかったそうだ。

 

……ただ、その日からさして経っていない、ある日のこと。

Aさんは子供部屋で妹が描いていた一枚の絵を見つけた。

 

見た瞬間に、あの家の人たちだとわかった。

クレパスを使って年相応の拙いタッチで描かれたそれは、左から右へ、小さい人、中くらいの人、大きい人と描き分けられた、全く同じ顔の三人の人間だった。

そして、その右側にグジャグジャとした真っ黒な線で潰された、さらに大きな何かの姿を妹は描きかけていた……。

 

「……本当は。あの廃屋にもう一人、何かいたんでしょうか? それとも……。

変な言い方になっちゃうんですけど……。妹が、あそこで、

『何かを喚んでいたのかもしれない』

って……」

 


妹さんは、二年生を終える前に不幸な事故で帰らぬ人となったそうである。

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『シン・禍話 第二十九夜』(2021年10月2日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/703826749

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:48:25くらいから)

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禍話リライト 怪談手帖『ギガ母さん』 - 仮置き場 
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