禍話リライト 竹藪の女

昭和の頃。
提供者のAさんが小学生時代に体験した話。

Aさんが高学年になった頃、お父さんが仕事の都合でいわゆる転勤族になった。
それによりAさんも、その時期、短期間での転校を繰り返していたそうだ。
そういうこともあって、当時の記憶が少し曖昧らしい。


その当時、彼が体験したという以下に紹介する話も、
「例えば、地方や県名は覚えているけど。具体的な市町村名などは思い出せない」
そう前置きしてから話してくれた。


当時Aさんが住んでいたのは、結構な田舎町だったそうだ。時代が時代だけに子供が遊べる場所もほとんどなく、当時は友達と野山を駆け回ってばかりいた、そうAさんは言う。


そのような当時お気に入りだった遊び場の一つに、

『竹藪』

があったそうだ。


当時Aさんが住んでいた住宅街。
そのほど近くにある、それでいて周りに民家が一つもなかったというその竹藪は、誰かがちゃんと管理しているのだろうか、中の一角が綺麗に整備されて広場のようになっており、Aさんたち子供が遊ぶにはうってつけの場所だった。

その広場でAさんたちが遊んでいると、竹藪の近くの道を大人が通っていく姿が見える。
そして時折、そうして通りかかった大人から声をかけられたそうだ。

「あんまりそこで遊んじゃダメだよ」

そこを通る大人全員が、というわけではなかったが、Aさんの記憶によれば、だいたい五人中三人くらいの割合で声をかけられたはずだ、という。
時には「帰れ!」と頭ごなしに怒鳴られたこともあった。
子供時代のAさんたちは、その地方では夕方五時になると帰宅を促すサイレンが鳴るということもあり、
(サイレンの鳴る時間になったらちゃんと帰るのに、なんでそんなこと言うんだろう?)
と、不思議に思っていたそうだ。


ある土曜日のこと。
いわゆる半ドンで早く帰ってきたAさんは、その日も友達と一緒に、昼の一時頃から竹藪で遊んでいた。
すると、例によって道を歩いていた老人が彼らの姿を見つけ、声をかけてきた。

「おーい、きみたち。そこは危ないから、別の場所で遊びなさい。ほら、ちょっと行ったところに新しく児童公園ができたでしょ?」
「えぇ〜。でもあそこ、あんまり面白くないし……」

確かに、最近できたその公園には遊具もたくさんあるのだが、その分、この竹藪と比べると広場的な部分は狭い。
その頃、野球だとかドッジボールだとか、そうした球技で遊ぶことも多かったAさんたちとしては、その公園よりも竹藪の広場の方が好都合だった。
それに、その公園は住宅地に近いこともあり、自分たちより小さな子供を連れてくる大人も多かった。そういう人たちに気を使わなくて済む分、やはりこの竹藪の方が好都合だったわけだ。
そんな風にモゴモゴと言い訳をしていると、困ったような顔をして老人が言う。


「……とにかく。そこは『女』が出るから、やめなさい」


(……女?)
何のことか、全くわからなかった。
よく考えてみると、今までに大人から注意されたことは何度もあったが、何故この竹藪で遊んではいけないのかは誰も教えてくれなかった。それらしいことを言ったのは、この老人が初めてだった。
「……え? 女って、何?」
Aさんは思わず訊き返したが、老人はその言葉が聞こえていないかのように語り始めた。


「……いや。俺も、最初は、泥棒とかね? 不審者とか、頭のおかしいやつだと思ったんだ。
……違うんだなぁ。『女』が出るんだよ」


もし、Aさんたちがもう少し歳を重ねていたら。老人の言葉に『含み』があることに気づき、恐怖が湧いたかもしれない。
ただ、まだ子供だった彼らは、
(……女が出るくらい、それが何だよ)
としか思わなかった。
それに、老人の言葉から、もっと現実的な脅威である不審者などではないと判断してしまったため、怖いという感情が全く浮かばなかった。
ピンと来ない様子のAさんたちに対し、老人はさっきより一層困ったような顔になって言う。
「いやぁ、でも暗くなると『女』が出るから……。あ、でも、君たち、サイレンが鳴ったら帰るんだろ?」
「うん、サイレンが鳴ったら家に帰る」
「ああ、じゃあ大丈夫だと思う。六時とか過ぎると頻繁に見かけるんだけど……。サイレンが鳴ったら帰るんなら、まあいいか」
そう言って、老人は一人で納得して去っていった。

「……気持ち悪いなぁ」
「だなぁ……」
泥棒や変質者ならともかく。こんな竹藪に女の人がいたら、ここで遊んでいる自分たちにはすぐわかるはずだ。
もし本当にいるとしたら、その女の人はどこからどのようにして来るのだろうか。
怖いという気持ちこそ湧かなかったが、老人の話を聞いてAさんたちは皆そう感じた。


それから一週間後のこと。
その日もAさんは友達三人と一緒に、竹藪で鬼ごっこをして遊んでいた。
Aさんとしては、鬼ごっこ自体は嫌いではないのだが、得意というわけでもなかった。当時、彼は肥満児だったからである。走るのが得意でないので、どうしても鬼になる頻度が高くなる。
「おまえら、もうちょっと手加減しろよぅ!」
冗談めかした感じで愚痴りながら、Aさんは必死に仲間たちを追う。
その内に、さすがに鬼ごっこも飽きてきた。Aさんばかり鬼になるのも不公平だという話になり、Aさんだけが不利にならない、あまり逃げ回らなくてもいい遊び、『だるまさんがころんだ』をやろう、ということになった。
見上げると、空はすっかり日暮れの色に染まっている。時計を持っていないのでわからないが、恐らくもうすぐサイレンの鳴る時間になるだろう。今日はサイレンが鳴るまでこれで遊んで、それで終わりにしよう。そうしてAさんたちはだるまさんがころんだを始めた。

鬼ごっこで最後に鬼をやっていたAさんが、そのまま最初に鬼をやることになった。
「だーるーまーさーんーがー……」
定番の流れが二度三度繰り返される。
その度に、仲間たちがジワジワとAさんの方へ近づいて来る。

やがて、一番先頭にいる友達が次の回でタッチして逃げて行きそうだな、そんな距離まで近づいてきた時だった。
(そろそろだな、そろそろかな……)
ソワソワしながら、Aさんは掛け声を唱える。
「だるまさんが……、ころんだッ!」


唱え終えたAさんが振り返ると、仲間たちが全員走り出していた。


「……え?」
おかしい。
本来、この遊びは鬼にタッチしてから走り出すものである。
しかし、Aさんにはタッチされた覚えはない。
それに、こういう時に子供というものは大声で叫んだり笑いながら走るものだ。それはAさんも同じだからよくわかる。
なのに、みんな無言のまま走っていく。
「おーい!」
思わずAさんは叫んだのだが、仲間たちはその声に応えることなく、やはり無言のまま、それぞれバラバラの方向へ走っていく。

(……え、何?)
全くわけがわからなかった。
一瞬、そういうジョークなのかとも思ったが、だとしても無言で笑い声も出さないというのはやはりおかしい。周囲を見渡してみたが、特に何かそれらしいものがあるわけでもない。
いろいろ考えている内に、自分だけ残してみんなが走っていった理由はわからないにしても、何だかムカムカしてきた。
既にみんな竹藪の外へ出てしまっているだろうことや、Aさんが走るのが苦手だったこととも合わせ、絶対に追いかけていってやるもんかという気持ちになってきた。
どういうつもりか知らないが、向こうから戻って来るまで絶対ここを動かないぞ。
そう決めたAさんはその場に座り、仲間たちが戻るのを待つことにした。

……が。
いつまで待っても仲間たちは戻ってこない。
気づけば、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
(もうこんなに……、あれ? そういえばまだサイレン鳴ってないよね?)
特に理由がない限り、土日でもサイレンが必ず鳴る地域である。今日だけ鳴らさない、ということはないはずだ。
(……結構暗くなってきたけど。まだサイレン、鳴らないんだなぁ)
時計がないので時間がわからないし、一人でいて寂しいからそう思うのかもしれないが、結構長い時間ここで待っているような気もする。
(変だなぁ、誰も帰ってこないなぁ……)
Aさんがそう思った時だった。


『……だれも帰ってこないねェ〜』


突然、背後から声が聞こえた。
「……えっ⁉︎」
驚いて振り返るAさん。
声のした方向には、真っ暗な竹藪があった。
広場周辺とは違って整備されていないので、危ないから入らないようにしようと仲間内で決めていた場所である。ミッシリと竹がひしめいており、薄暗いこともあって、中の様子はここからではよくわからない。
(……なんだろう?)
不思議に思い、Aさんはその竹藪へと踏み入り、声のした辺りを目を凝らして見てみた。
今まで一度も足を踏み入れたことがなかったからわからなかったが、何かが落ちている。


ボロボロになった、茶色い女性ものの上着だった。


あまりにボロボロなので、一瞬落ち葉と見間違えたほどだった。
(何これ……)
手頃な枝を使って持ち上げてみると、内ポケットのようなところに何かが入っている。どうやら紙片らしい。
後になって考えてみれば、恐らくそれは便箋だったのだろう。
『◯◯さんへ』という宛名の後に、何やら文章が長々と綴られていたそうだ。
しかし、子供が読むにはあまりに達筆すぎる上、長年風雨に晒されて泥まみれになっていて、何が書いてあるのか全くわからない。
(うわ〜、気持ち悪い……)
よくわからないが、汚い上に不気味なものを触ってしまった。とりあえず近くの竹の葉で手を拭い、Aさんは元いた広場に戻ることにした。



……すると、そこに知らない女の人が立っていた。



(……えっ? 誰⁉︎)
女はAさんに背を向けたまま、首をあちこちに向けて動かしている。その動きを見て、Aさんはすぐに女が何をしているのかわかった。


女は、仲間たちがバラバラに走っていった、そのそれぞれの方向を、首をグルグルと動かして見ているのだ。


(誰、この人……!)
子供ながらにわかる。そこに人がいるわけがない。
確かに竹藪に入って、広場が視界から外れた時間はあった。
だが、それでもそれなりに広い竹藪の中にある広場のど真ん中である。誰かが来ればわかるし、足音など何かしらの音が聞こえないわけがない。


『……さっき、見られちゃったのかなァ〜』


そんな風に、女がブツブツ呟いているのが聞こえた。
(ウワッ、怖い!)
とにかくこの場から逃げないと、そう思ったAさんはどうすればいいのか、あれこれ考えた。

その結果。
いつもこの竹藪に来る道を通って逃げるのなら、あの女の横を通らなくてはならない。さすがにそれは無理だ。
ならば、竹藪の中を突っ切って逆方向へ逃げるしかない。普段行ったことがないからどこへ出るかわからないが、それでもあの女のそばへ行くよりはまだマシだ。
そう判断した。

女に気づかれないよう、目線を外さないようにしたまま、Aさんはゆっくり後ずさりを始めた。



すると。

ギュッ

何かを踏みつけた。



明らかに、落ち葉などではない感触だった。
さっき見つけた、あの服を踏んだのだろうか。
そう思い、恐る恐る視線を足元に向ける。


長い黒髪だったそうだ。
その根元には、年齢や性別はよくわからないが、人間の顔らしきものが落ち葉に隠れるようにして埋まっていた。
(……死体? それとも人形?)
そう思い、固まっているAさんの見ている前で、その顔が動いた。
「……ウワァッ!」



……そこからのAさんの記憶は曖昧である。
ただ、その地面に埋まっていた顔が、

ズザザザザ……

と、地中から盛り上がるように這い出してきたのを見た。
そんな記憶が、朧げに残っているという。



……次に気がついた時には、自宅のすぐ近くにいた。
電信柱に額をゆっくりと打ち付けながら唸り声を上げている最中、急に我に帰ったのだそうだ。
恐らく竹の枝や葉で切ったのだろう。Aさんの手足には無数の切り傷がついていた。
(何をしてるんだ……)
暫し呆然とした後、Aさんはそこが自宅近くのよく知った場所であることに気づくと、急いで家へと向かった。

家へ帰り着くと、人が大勢集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。
集まった人たちが、
「Aーッ!  Aーッ!」
と名前を呼んでいる。時折、その中にAさんの両親の声も聞こえる。
きっと、自分の帰りが遅いから近所の人総出であちこち探し回っていたのだろう。たぶん、あの竹藪にも探しに行ったに違いない。服に泥と共に竹の葉がついたままの人もいる。
やがて、集まっていた人たちはAさんの姿を見つけた。俄にその場が騒がしくなり、やがて両親が人々を掻き分けて駆け寄ってきた。
「A! どこ行ってたの! 心配したじゃないの!」
「あ、うん。ごめんなさい……」
自分を抱きしめながら、泣き笑いのような安堵の表情を浮かべつつ叱りつける両親。
記憶がないとはいえ、だいたいの事情は理解できていたAさんは両親に謝りながら、自分を抱きしめる両親の腕の間から、周囲の集まった人々の姿を見た。

その中には、自分を置いて走り去っていった友人たちもいた。

全員、
「よかった〜……」
「もうダメかと思った〜……」
そんなことを言いながらボロボロ涙を流している。
「あ、いや、うん。俺は大丈夫、なんだけど……」
Aさんからすれば、あの時に彼らが無言で走り去ったのもそうだが、なぜそんなに泣いているのかも全く理由がわからない。
そういうわけで。暫くして場が落ち着いてから。あの時、何があったのか。話を聞いて記憶を擦り合わせよう、ということになった。

玄関先で怪我の手当てをしてもらいながら、まずはAさんが竹藪の中での出来事について語る。
その話を聞いて、その場の皆が。それこそ友人たちだけではない、集まっていた大人たちまでもが、
「うわぁ……」
「えぇ……」
声を漏らす。

中には、
「やっぱり、あの竹藪は封鎖しなくちゃいけない!」
「立ち入り禁止にしなくちゃ!」
そんなことを言う人までいた。

そのまま、大人たちは家の奥に入っていってしまった。
漏れ聞こえて来る声から察するに、どうやら何かについて話し合っているらしい。後にはAさんと友人たち、子供だけが残されていた。

「……いや、ホントにゴメン!」
「ホンット、置いてってゴメン!」
「俺たち、ホントに怖くて……」
仲間たちが次々謝ってくる。
「いや、いいんだけどさ。ちゃんと探してくれてたわけだし……」
そんなことより、Aさんにはもっと気になることがあった。
「……でもさぁ。あの時、なんで逃げたの? 普通に『だるまさんがころんだ』をしてただけじゃん」
Aさんのその質問に、仲間たち三人は顔を見合わせる。そしてしばらく言いにくそうにモジモジとした後、中の一人が口を開いた。
「いやぁ、それがさぁ……」


「……あの時。
お前の方を見たらさ。お前の後ろに女が立ってたんだよ。
で、
(えっ、誰⁉︎)
って、そう思ってたらさぁ……。


……女がお前の両耳を、手で塞いだんだよ。


で、さ。
(えっ、この人何してんの⁉︎)
って思ったらさ。その女が変な感じで横に揺れ始めたんだよ。
で、その女がお前の耳を塞ぎながら、俺らの方を見たから、怖くなって逃げちゃったんだよ……」


そういう時は、やはり子供でも怖くて声が出なくなってしまうものらしい。三人とも慌てて逃げ出した。
竹藪からなんとか逃げ出した彼らだったが、すぐにAさんだけ置いてきてしまったことに気づいた。
さすがに放ってはおけないと、彼らは恐る恐る現場へ戻ったのだが、既にそこにAさんの姿はなかったのだという。
そこで、
『大変だ、大人に知らせなくちゃ!』
と判断し、結果あのように住民総出で探していた、というわけだ。


「えぇ……」
話を聞いて絶句するAさんに、仲間の一人が言う。

「……いや、でもホント、無事でよかったよなぁ。そういや、逃げてる時に時にちょうどサイレンが鳴っててさぁ……」

その言葉にAさんは違和感を覚えた。
「……え。ちょっと待って? 今日サイレン鳴ってたっけ? 俺、聞いてないよ?」
Aさんの言葉に、今度は逆に仲間たちが違和感を覚えたようだ。しばらく顔を見合わせた後、一人が言う。


「お前、それってさぁ……。
その後で女の姿を見た、って言ってたよな?
でも、その時まで見えてなかっただけで……。

『それまでずっと女に耳を塞がれてたから、何も聞こえなかった』

……っていうこと、なんじゃないの?」



友人のその言葉に、Aさんは心底ゾッとしたそうだ。



……それから少し経った頃、Aさん家族はまた引っ越した。
だから、最初に書いたようにその具体的な所在地についてはAさんはもう憶えていない。

……だが、あの晩の大人たちの会話から考えると、きっとあの竹藪はあの後で伐採されたのではないか。
Aさんは、そう考えているそうだ。




この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『THE禍話 第28夜』(2020年2月1日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:05:50くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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