禍話リライト 怪談手帖『白い布』

『怪談手帖』の話を採集、提供している余寒さんが年嵩の人たちに話を聞いて回っていた頃。

山歩きをしていたという何人かから『飛ぶ布』の話を聞いたことがあった。


その目撃談はだいたい共通している。

山間を歩いている時、ふと見ると緑の山肌の上を布が飛んでいる。

(干した布か何かが飛ばされたのかなぁ?)

最初はそう思うわけだが、飛ばされているのではなく、明らかに風の向きに関係なく、あるいはそれに逆らって飛んでいる。

ちょうど山肌に立てた旗が泳ぐような格好で、尾に当たる末端がユラユラとはためいている。

けれど、旗の支柱に当たるものは何もない。

明らかに自分で飛んでいるというのだ。

そしてまた、その布というのがひどく大きくて長い。山肌に影が落ちているのも見えるらしいが、それから概ね類推するに、10メートル以上はあったと皆口々に言う。

そんなやけに長い白い布が、山の上を生き物のように飛んでいる。

そういう話を何人かから聞いた。

 

ここまで来ると、この話を聞いた人はかの有名な妖怪『一反木綿』を連想するのではないだろうか。

奇しくも、この話の採集地は一反木綿の話が伝わっているのと同じ九州である。しかし主に一反木綿の話の伝わっている鹿児島ではないそうだ。

ただ、一反木綿は有名な割には実際に『出た』という伝承に乏しい。

また、これらの『白い布』は一反木綿とは異なり、人を襲ったり絞め殺したり、伝承のように侍に斬られて退治されたりもしていないらしい。

なので、これだけでは正直なところ大したことないというか、ちょっと不思議だな、というくらいで終わる話だろう。


 ……しかし、余寒さんが遠縁のYさんという人に話を聞いていた時、どうもこの『布』あるいは同種の『何か』についてなのではないかという、もう少しディテールのある話を採集できたということで、その話を紹介する。

 

Yさんがおじいさんから聞いたという話。

おじいさんは幼少期、緑深い山の麓にへばりつくようにして置かれた集落に暮らしていた。

おじいさん曰く、当時からしても時代遅れであったというその一帯は閉鎖的な空気に満ちており、由来のよくわからない風習もいくつかあったという。

その一つに、人が亡くなった時には葬儀の後に必ず、屋根に黒い長い布を旗のように立てるというものがあった。

世間一般でいう弔旗の類とは異なり、ただ黒く長い布を死者の出た家の屋根に立てるのだ。

かなりの長さのあるその布を、風になびくように屋根の上に高く立てる。

ただそれだけなのだが、集落にある他の風習同様、異様なまでの厳しさと緊張感をもって行われていたという。

今思えば『立てないとまずい』という、焦りのようなものも見られたという。

 

いずれにせよ、おじいさんは特にそのことに疑問を持たず、見慣れた風景の一つとして受け入れていた。

ある日の出来事までは……。

ある時、とある母子家庭の一人息子が季節の変わり目に病で亡くなった。

母親は半狂乱になっていたが、隣近所の住民が何とか宥めつつ、いつも通りに葬儀が出された。

その葬儀の手伝いに出されていたおじいさんは葬儀の合間に外に出た時に、ふと家の方を見て、

(……あれ?)

と違和感を覚えた。

 

いつもの黒い布ではなく、同じくらいの長さの真っ白い布が屋根の上でバタバタとはためいているのである。

 

「……白い布が上がっとる」

おじいさんが告げると途端に大騒ぎになった。

わらわらとみんなが外に出てきて屋根を見上げ、口々に叫んだり互いに罵ったりし始めた。

「黒布を上げ忘れた!」

半狂乱になった母親を宥めるのに手を取られ、いつも当たり前のように行っていたそれを、たまたまその場の皆が忘れてしまっていたのだ。

大人たちの会話からそれを知ったおじいさんは思わず屋根の上を見た。

(じゃあ、あの白い布はいったい誰が……?)

その時に気がついたのだが、その布には支柱も何もついていなかった。

ついていないのに、ひどく長い布が屋根に自らくっつくかのようにバタバタと翻っているのだ。

(……なんだこれ⁉︎)

そしてわけがわからないまま周囲を見渡してからもう一度見上げると、白い布はいつのまにか重なるように2枚に増えていて、そのどちらもがゆっくりと屋根から離れていくところだった。

その時、一際甲高い裂くような悲鳴が聞こえた。何事かと思いそちらを見ると、死んだ青年の母親が髪を振り乱し、半狂乱で叫んでいた。



 「……死んだものを連れに来るんよ。つがいを欲しがるとか言われとるけど、わからん……」

後に年嵩の住民に話を聞いてみたところ、そのように言われたそうだ。

「……やけぇ、目立つ黒布を流してな、もうここには別のが来とるけぇ言うて知らせて『白布』が来んようにするんよ……」

それが『白布(はくふ)』と呼ばれていることもその時に知った。

 

連れて行かれるとはどういうことか。

あの家の息子はどうなったのか。

死体が盗まれでもしたのかとも思ったが、そういうこともない。家の中には相変わらず布をかけられた青年の遺体が安置してある。

しかし、

「アレか、アレはもうダメやけぇ……」

皆がそう言う。

確かにまだそこに遺体の残されている青年のことを、もはや何かを諦めたかのように皆が『アレ』とか『ソレ』と呼んでいて、それがおじいさんにはひどく恐ろしく感じられた。

その後、家に安置されていた故人の遺体はひどく乱雑に扱われ、放り出すように火葬に出され、挙句その骨壺は捨てられてしまったという。

「もうここにはおらんけぇ……、山へ行ったけぇ……」

ポツリと誰かの言ったその言葉がおじいさんには忘れられないのだという。

その後、亡くなったその人のことは集落では全く話されなくなった。親族はおろか、母親ですらも、口に出すことを忌むようになってしまった。



その後もおじいさんは、遠い山肌に白い布が2つ、連れ立って飛んでいるのを何度か見たそうだ。

あの人なのだろうか、前に連れて行かれた誰かなのだろうか、それとも……。

 

結局、そのことをきっかけとして村に漂う空気や得体の知れないあれこれが色濃く残る集落自体が嫌になり、おじいさんは年若い内に故郷である村を出たそうだ。

けれど、故郷の記憶として緑の山肌に飛ぶ白い長い布のイメージがいつまでも脳裏に焼き付いているのだと、おじいさんは時々顔を歪めてはポツリポツリと話していたのだという。

 

 
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話X 第十一夜』(2021年1月2日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659636896

から一部を抜粋、再構成したものです。(0:25:50くらいから)

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FEAR飯 禍話 - 白い布(余寒の怪談手帳より)

https://youtu.be/eWZvQ6TUZuc

禍話リライト 怪談手帖『白い布』 - 仮置き場 
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/02/04/232159

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