禍話リライト Pちゃんの病棟

都市伝説にまつわる話。

Aさんの彼氏がバイクで事故を起こし、しばらく入院生活を送ることになった。

彼氏の入院した病院は、ちょっとした山の上にある。それなりに歴史が古く、施設の老朽化に伴って何度も増改築を行なっていて、その結果、搬入に来た業者でさえ迷うほどの複雑な構造になっていた。

彼氏は足を骨折した以外は至って元気で食事制限もなく、Aさんはフルーツや売店で売られているものなど、いろいろな食べ物を見舞いの度に彼氏に差し入れていた。

そんなある日のこと、見舞いの品を食べながら彼氏が突然こんな話を始めた。

「ここさぁ、奥が怖いんだよ。ほら、中庭を挟んだ向こう側」

彼氏が指し示す方を見てみると、窓の外、中庭を挟んだ向こう側に、三階建てのボロボロの建物がある。新しい病棟を建てたことに伴って使われなくなった古い病棟だという。壁に大きく『3』と書かれている。かつては第三病棟として使用されていたのだろう。

「ちょっと気持ち悪いことがあるんだよね」

窓から外を見ていた彼氏は、その古い病棟に毎日、朝昼晩、食事を乗せた御膳を年長の看護婦が運んでいくことに気づいたのだという。

ちょうど窓から見える位置に建物の入り口があるのだが、そこを開けて中に運び込むのだそうだ。

その建物には、今は電気も水道も来ていないらしい。実際、彼氏もその建物に明かりがついているのを見たことがなかった。

だが、食事を運ぶということは、あの中には誰かがいるのだろうか?


 本当に誰かいるのならヤバいね、とその日は話をそこで終えたのだが、一週間ほど経って再び見舞いに訪れると、また妙なことがあったと彼氏が打ち明けてきた。

 

一度、屋外で一服していたところを看護婦に見つかって注意されて以来、彼氏は隠れて喫煙していた。その喫煙場所がナースステーションの近くだったのだが、看護婦たちが変な会話をしているのがたまたま聞こえてきたのだという。

「今日は私がPちゃんのところに持って行くから」

(……Pちゃん? ハァ?)

その時は何の話かわからなかったが、看護婦があの病棟に食事を運んでいく姿を見て、そこでやっと意味がわかった。

しばらく入院していたおかげで、大半の看護婦は顔と声が一致する。

その日の昼食を運んでいたのは、今日は私が、と言っていたあの看護婦だった。

つまり、あの病棟にいるPちゃんと呼ばれる何者かのために看護婦たちは食事を運んでいる、ということになる。

お◯ぎとピ◯コじゃあるまいし、Pちゃんというのはどう考えても本名ではない。例えば頭がパーのP、みたいなことから来たあだ名だろうと思われる。

何かの理由で隔離された患者がいるのかと思ったが、精神病や感染症の患者のための隔離病棟は他にちゃんと存在している。

「いったい何だろうね?」

「もしかしたらさぁ、何かの陰謀なんじゃねえの?」

何かの理由で表に出せない人物、例えば隠し子や奇形児を閉じ込めているのかもしれない、というわけだ。それはさすがにないだろうとはなったが、だが実際に看護婦が食事を運んでいる以上、あの病棟には何者かがいると考えるのが自然である。

 

結局、謎は解けないまま、彼氏は退院の日を迎えてしまった。二人は以前と変わらない日常に戻ったが、彼氏はどうしてもPちゃんのことが気になって仕方がないようで、後日友人たちに退院祝いのパーティーを開いてもらった時も、事あるごとにその話をしようとする。

友人たちも見舞いに行った時に彼氏から話を聞かされていたため、例のアレな、何なんだろうなと話題に乗ってきた。

「いや、何のPか何となくわかったんだ」

入院中に例の場所で隠れて一服している時、彼氏は看護婦たちの会話をまた聞いてしまったのだそうだ。

「ピアスであんなことになってねぇ……」

(……ピアス? ……あ! ピアスのPか!)

恐らく、それがPちゃんというあだ名の由来なのだろう。しかし、ピアスであんなことになって、とはどういうことだろうか。

女友達のひとりが言う。

「アレじゃない? ピアスを空けたら空け所が悪くて失明したって。なんか本で読んだことある」

「それ、都市伝説だろ。耳たぶに視神経なんかねぇぞ」

「え、そうなの?」

「でも確かに『ピアスのせいであんなことになってかわいそう』とは言ってたんだよな。……これ、もしかしたら極秘情報でそういうことがあるんじゃねぇの?」

ツボだったらありえるかもしれない。頭の良い者が仲間内にいなかったので、その場はそういうよくわからない結論に落ち着いてしまった。

 

それから数年、入院当時は学生だったAさんや彼氏たちは皆いい歳の大人になっていた。

そんなある日、あの病院がついに別の場所に移転し、それに伴って山の上にある旧病棟を全て撤去するらしい、という話を耳にした。

聞くところによれば、彼氏が退院してから現在に至るまで、病院は規模の縮小を続けていたが、それでもあの廃病棟への食事の運搬は休み無く行われていたという。

あの日以来、心のどこかであの古い病棟のことが気になっていた彼氏は、真相を確かめるには移転に伴い警備も手薄な今しかないと考え、仲間を集めて夜更けに探索に向かうことにした。

 

Aさんは探索に同行しなかったため、ここからの話は彼氏とその友人たち、総勢五名が体験した話になる。

 

彼氏たちが探索に向かった時点で、新しい病院へ患者の大半が移動しており、古い病院にはほぼ人がいない状態だった。

しかし、依然として例の病棟への食事の運搬は続いているそうだ。

「ここだここだ。ほら、人が使ってる感じがあるじゃん」

「ホントだ……」

「なんなんスかねぇ?」

病棟内に侵入した彼らは、探索する内に異様なものを発見した。

恐らくは手垢なのだろう、壁に無数の手形がついている。それはまるで、目の見えない人が壁伝いに這い回った跡のようだった。

「えっ、これ、やっぱり失明、ピアスで……」

「え、マジで?」

「やっぱりツボなんだ! 北◯の拳みたいな!」

「いや、待て待て。それで本当に失明したとしよう。じゃあ何でここに軟禁する必要があるんだよ? おかしいだろ」

「あ、そっか……」

「でもこの手垢、古いやつだよね?」

確かにその色合いは、昨日今日ついたような新しいものには思えない。どういうことだと手形を前に皆が考え込んでいると、不意に仲間のひとりが声を上げた。

「あっ、コレ……」

何だ何だとその仲間の元に駆けつけると、ある部屋の前に新しい御膳が置かれている。どうやら今夜運ばれてきたものらしい。好奇心に駆られ、食器に被せられた蓋を取って中を見てみると、料理には一切手をつけられた形跡がなかった。

よく考えてみれば、運ぶ時は当然として、御膳を下げる時にも食器には蓋がされていた。なので実際に料理に手がつけられているかどうか、それを一度も見ていなかったことに彼氏は気づいてしまった。

彼氏から話を聞かされていた仲間たちも、どういうことだと首を捻っている。

御膳の置いてあった部屋に入り、中でああだこうだと議論する内に、これは陰謀とかそういう話ではない、別の何か恐ろしいことなのではないかと皆が考え始めた。

「……怖くなってきたし、もう夜も遅いし、帰ろっか?」

誰ともなく出た提案に皆が賛成し、病棟の出口に向かって移動しようとした、その時だった。

 

ベタッ、ベタッ、と音が聞こえる。

 

御膳の件で皆が静まり返っていたため、余計にその音ははっきり聞こえた。

それは裸足で廊下を歩き回る足音にしか思えなかった。

この部屋の外に、同じ階に誰かがいる。

恐る恐る音のする方向を覗いてみると、廊下の壁に張り付くようにして立っている人影があった。暗い上に遠くてよく見えないが、シルエットから恐らくは女性だろうと思われる。

そんな人影が、壁伝いに這うようにしてこちらに向かってくる。

「こっち来るよ!」

「ヤバいヤバい!」

「なんかブツブツ言ってる!」

距離がある内はまだ相手が何を言っているのかわからなかったが、こちらに近づいてくるにつれ、何を言っているのかその内容が聞き取れるようになってきた。

 

『ただピアスをするだけなら、そんなやつはいくらでもいる。そんなことでは個性は確立できない。◯◯◯子の個性が確立できてない!』

(名前もはっきり聞き取れたらしいが、その点については伏せられている)

 

そんなことを言いながら、相手はどんどんこちらに向かってくる。

全員、恐怖のあまりすぐにでも逃げ出したかったが、悪いことに建物の入り口は一つしかない。裏口もあることはあるが鍵がかかっている。そして、その入り口までの道に立ち塞がる形で相手がいるわけだ。

もうこうなったら相手をとっちめるしかない、そう判断し、各自近くに転がっていた角材などを拾ってその瞬間に備えて身構える。

その間にも相手はどんどん近づいて来ており、ブツブツ呟く声が次第に大きくなっていく。


『……最初はボディピアスとかもしてみた。でもそんなの、海外に行ったらたくさんいる。ダメだ、そんなことじゃ個性が確立できない。個性が確立できないんだ! ◯◯◯子というものを唯一無二だと知らしめなきゃいけないんだッ!』

 
最後の方はほとんど叫ぶようになりながら、声の主が部屋の戸口に姿を現した。

 



 ……どうやら、それを見た瞬間に記憶が飛んでしまったらしい。

気づくと、病院の外に停めておいた自分たちの車のところまで戻って来ていた。

パニックに陥り、転んだり四つん這いになったりしながら逃げてきたのだろう。全員、手足が傷だらけになっていた。運転手役の仲間は痛みでハンドルを握ることも辛い有様だったが、それでも何とか全員で麓まで逃げ、そこでようやく落ち着いてからあの場で何があったのか語り合った。

「……ちょっとゴメン、俺、そいつが部屋の前に来た時から記憶ないんだわ。なんか個性の確立がどうのこうのとか言ってたよね?」

「俺も記憶がないんだよ。◯◯◯子の個性がこれで完了だ、とか言ってたよね?」

「……みんな覚えてないんだ?」

「え、おまえ、記憶あるんだ……?」

五人の内、彼氏を含む三人はその瞬間の記憶が飛んでいたが、残りの二人は何を見たか覚えていた。そこで互いの記憶をすり合わせるため、記憶が食い違っている可能性も考慮し、二人同時に何を見たか言おうということになった。

「いいか、いくぞ。その女は……」

「「せーの……」」

 

 

「「目にピアスしてた……」」

 

 

もはやそれをピアスと呼べるのかどうかわからないが、瞼にピアスが突き刺さり、どう考えても目が開かないような状態になっていたという。

残りの三人はそれを聞いて絶句する他なかった。

 

 

後に彼らはそのPちゃんのことだと思われる、あの病棟にいた女性にまつわる話を耳にした。

その女性は趣味で全身にピアスをしていたが、最初の内はそこまで酷い状態ではなかったらしい。

だが、いつの頃からかそのピアッシングは常軌を逸したものになっていった。もはやそれは自傷行為と呼ぶべきものだった。

そこで彼女は家族によって強制的に入院させられたのだが、それでも彼女の自傷行為は止まらなかった。看護婦の目を盗んでピアスを空けようとし、それを止めようとすると、

「私の個性を殺す気か!」

と叫んで暴れるため、身体拘束を行わざるを得ないほどだったという。

だが、人間というものは死に物狂いになるととんでもないことをするものだ。

食事や用便など、どうしても拘束を解かなくてはならない時がある。その隙をついて、彼女は脱走してしまった。

看護婦たちが必死に探し回った結果、彼女は第三病棟で発見された。どこで見つけてきたのかわからないが、アイスピックのような太く大きな針で自分の両眼を刺し貫いて死んでいたそうだ。

そんなことがあったため、せめてこの病院がある内は、と看護婦たちが毎日、第三病棟に食事を運ぶようになったという。

供養、というわけではない。

生前、彼女はよく食べるタイプだったらしい。だからだろうか、食事を運ぶと満足するのか、彼女は第三病棟の外には出てこないのだそうだ。

それまでは夜毎、病院の窓や扉を叩いては叫び声を上げていたという。

『見ろぉッ! 個性を確立したぁッ!』

それを聞いた者が驚いて外を確認すると誰もいない。そんなことが何度も起こった。そこで試しに病棟に食事を運んでみたところ、病院の方には来なくなったため、それからずっと配膳を続けていたのだ。



その病院は新しい場所に移転したため、今はもう存在しない。新しい病院では何か起こったりしたことはないそうだ。

現在、その土地は綺麗な夜景が見れると評判の公園になっている。

 

……近年、その公園に奇妙な噂が囁かれている。

その地方の情報が書き込まれるネット上の掲示板に、

「あの公園には頭のヤバいやつがいる」

という書き込みがあった。

書き込んだ人物曰く、その公園に自分たちしかいない状況で夜景を眺めていると、雑木林の中から、

 

『それ、まだまだ個性が足りないんじゃないのッ!?』

 

と叫び声が聞こえてきたそうだ。

何事かと思って声が聞こえた方を見ると、女がこちらに向かって走ってくる。そこで慌てて逃げてきた、ということだ。そのような書き込みが複数あった。

追いかけられた人たちは、男女問わず皆ピアスをしていたという。

 

 

Pちゃんは、まだそこにいるらしい。

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『魁!オカルト塾 復活である!第一回』(2018年7月7日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/476707415

から一部を抜粋、再構成したものです。(1:47:15くらいから)

題はドントさんが考えられたものを使用しております。

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禍話リライト Pちゃんの病棟 - 仮置き場 
https://venal666.hatenablog.com/entry/2020/02/19/002207

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