禍話リライト 怪談手帖『在りし日の詩』
『中原中也のおばけ』
確かにそう言われたので、些か面食らって僕(怪談手帖の収集者である余寒さん)は聞き返した。
「……中原中也って、あの詩人のですか?」
「そうです。ええ、あの有名な。母から聞いた昔の話なんですがね……」
Bさんの故郷の街に、それなりに長いが長いだけの、何ということのない塀の続く道がある。
そこに夕暮れ頃、変なものが出た。
あのあまりにも有名な詩人の肖像が、モノクロ写真からそのまま抜け出してきたような白黒の男が出た。
黒い山高帽を被り、黒い服を着て、電柱の下や塀の横をウロウロしている。
概ねはうろついているそれを遠目に見たとか、角に消えていくそれを見たとか、その程度の話なのだが、たまに正面から出くわしたという話もあって……。
何故そいつが『おばけ』と言われているかというと、そうして正面から出くわした時、そいつが舌を伸ばすからだという。
出会い頭に、ポカッ、とそいつの口が開くのだそうだ。
そうすると、灰色の舌がちょうど巻物を落とすかのように、
ダラダラダラダラダラダラダラダラッ……
と地面に落ちて転がる。
ポッカリ開けた口の中も穴のようになっている。
見た者は仰天して逃げることになるらしい。
「……それ以上の悪さはしないから、長いことそのままっていうか、名物みたいになってたんですって」
僕はその街の所在を聞いたが、これが本当に中原中也に何の縁もゆかりもない場所だった。生まれ故郷でも死んだ土地でもないし、恐らく生前に一度だって立ち寄ったことすらないんじゃないかというような地域である。
困惑していると、
「……ああ。全くそれらしい原因がないかといえば、一応そうじゃないみたいで」
とBさんが続ける。
何でも、その道に昔、火事で全焼した古書店があったのだが、その店が大きく引き伸ばした中也の写真を店内の壁に飾っていたのだという。
「……え、それだけですか?」
「いや、それぐらいしか考えられないそうなんですよ」
その店の在りし日を知る人によれば、その中也のおばけは、店に貼られていた解像度の酷く荒い擦り切れたその写真の感じにそっくりだったという。
「……だからまあ、詩人本人じゃなくてその古書店にまつわるものじゃないかとか、そういう風に言われてたんですけどねえ……。
なんだか、風雅な感じがしなくもないですよねえ?」
とBさんは笑った。
いつ頃まで出たのか、ハッキリしたことはわからないが、Bさんのお母さんの世代までは普通に出ていたという。
だからその地域では少し前まで、教科書に載っている中也の写真が学生たちから、
「おばけの写真」
と言われていたそうだ。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『シン・禍話 第五夜』(2021年4月10日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/676883210
から一部を抜粋、再構成したものです。(0:35:00くらいから)
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禍話リライト 怪談手帖『在りし日の詩』 - 仮置き場
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/10/23/170439
(か)「……あるんですよね。『真似するやつ』っているんですよね、ホントにね。何か『焼きつく』というか、そういうのってあるんですよね。そこにずっとあるものを真似するやつというか、そういうのあるんですよね」
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