実体験 夜の見舞い
自分が小学六年生の頃、十一月の末の話。
話に関係ないので詳細は省きますが、祖父が近所の家の二階の屋根から転落し、近くの病院にしばらく入院することになった、という事件がありました。
入院。
といっても、戦時中に陸軍の軍曹だった祖父は、その後の職歴もあり、七十代後半という年齢にも拘らず、全身の筋肉がバキバキの、屈強な肉体の持ち主でした。
そのおかげか。
高所から落ちたにも拘らず、ケガは軽い捻挫と打ち身程度でした。
しかし、当時の祖父は既に高齢だったわけで。
平気に見えても何かあるといけないから、という医師の提案により、数日間、検査入院することになったわけです。
祖父の入院から二日後。夜、七時半過ぎのこと。
夕食も宿題も終えテレビを見ていると仕事から帰ってきた親父が、
「今からじいちゃんの見舞いに行こう」
と誘ってきました。
(当時、我が家の家長は祖父であり、実質的な大黒柱の親父といえども、一人で全て家のことを決められなかったようです。
故に、その日も何かしら祖父の了承の必要な喫緊の問題があったため、そのような時間に見舞いに行くことになったのだと思われます)
当時、我が家は祖父母、親父、兄と自分の五人家族。
兄はその日は塾に行っていたので不在。
祖母は昼の内に親戚とともに既に見舞いに行っていたので、この時点で見舞いに行こうというのは自分と親父しかいないことになります。
当時の自分はかなりのおじいちゃんっ子だったこともあり、親父の提案に即座に行こう行こうと答え、こうして遅い時間ですが祖父の見舞いに行くことになりました。
病院に到着したのは夜八時前。
当然、受付のある表玄関は閉まっているので、夜間の救急外来用の裏口から入ります。
警備員室で受付をして先に進み、その先の通路を左に曲がると、通路の右側、コの字形に壁が窪んだところに自販機が並んだ自販機コーナーがあり、その向こう側に隣り合う形で売店があります。夜間なので当然閉まっている売店の向かいにエレベーターがあり、それを使って祖父の入院している階へと向かいます。
ナースセンターに見舞いに来た旨を伝え、祖父の病室に向かうと、祖父は自分が来たことにとても喜んでくれました。
親父と祖父の話は結構長引き、終わったのは午後九時過ぎ。面会時間をギリギリ過ぎた頃でした。祖父の病室を後にし、ナースセンターにいた看護婦さんに親父が一言詫び、エレベーターで1階に降りていきます。
(当時、親父は別の病院に務めており、地元の医療関係者の中にも知人が多くいました。恐らくその時の看護婦さんも親父の知り合いだったのでしょう。故に多少時間をオーバーしても大目に見てもらえたのだと思われます)
エレベーターが一階に着き、行きに通った道を逆に辿り夜間通用口へと向かうわけですが、エレベーターを出て右を向いた瞬間、あるものが視界に入り、
(オッ!?)
と思いました。
売店の隣の自販機コーナー。
そこに白いシャツにサスペンダーのついた半ズボンを履いた、幼稚園の年長から小学校低学年くらいの男の子が、体育座りをしていました。
自販機コーナーは正面から見た場合、正面に三台、左右に一台ずつ、コの字形の壁に沿って自販機が設置されています。男の子は右側の壁、エレベーターから出て右に進もうとしている我々と相対する形で設置されている自販機の方を向いて座っています。つまり、エレベーターから出てきた自分たちに背を向ける形になっているため、その顔は見えません。
それくらいの歳の子供ならエレベーターが開いて人が出てきたことに何らかの反応を見せるものだと思うのですが、その子は終始微動だにしませんでした。
その子を見た瞬間、夜の病院という状況も相まって、
(あ、出た)
と、即座に思いました。
同時に、普段からその手の話によく触れていたので、
(これは、下手に騒いで注意をひかない方がいいやつかもしれない)
とも思いました。
その場は何も見なかったという風に平静を保って通り抜け、病院を出て親父の車に乗り込み、駐車場を出ました。
その後、赤信号で停車した時に親父が一言、
「……自販機のところに子供、いたよな」
と、ボソッと呟きました。
帰宅後に改めて話してみると服装や状況についても自分と親父の見たものは完全に一致しており、少なくともそれが自分だけが見た幻覚だとか見間違いなどでないことは確かだと思われます。
成人後、親父と一緒に酒を飲んでいた時にこの話が出たことがあります。
『交差点の話』の時にも言ったように、親父はその手の話を信じない人だったので、
「でもまあ、俺たちみたいに見舞いに来た子供がいただけなんじゃないの」
と、至極まっとうな意見を述べました。
仮に親父の言う通りだったとして。
自販機の灯りがあり、警備員室も近いとはいえ、真っ暗な夜の病院で子供を一人にしておくのは流石に如何なものかとは思います。
それに、あれくらいの歳の子供がエレベーターから出てきた我々に何の反応もせず、ただジッと座っているというのも妙だとは思うのですが、確かにそう考えるのが一番筋が通っているのでしょう。
夜の病院で子供を見た、まとめるとそれだけの話なのですが、そういう話を信じない親父も同時に目撃したということもあり、強く記憶に残っている出来事です。
余談ですが。
今年(この話をはてブロに投稿した二〇一九年)の夏頃。ツイッターで『#幽霊の日』というハッシュタグがトレンド入りしたことがあります。
その時、漫画家の島袋全優先生が、お兄さんがジョギング中に子供の霊に遭遇したという漫画をアップされたのですが、そこに登場する子供の霊の姿がその晩病院で見た男の子にそっくりだったため、読んだ時に少し驚いてしまいました。
もしかしたらあの時、変に反応したり声をかけたりしていたら、あの子が本当にこの世のものではなかったら、家まで着いてこられたのかもしれない、ついそう考えてしまいました。
実体験 夜の見舞い
https://venal666.hatenablog.com/entry/2019/10/10/161246
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