禍話リライト 忌魅恐『女と目が合った話』

この話が、例のオカルトサークルにより収集された、九十年代当時。
そこから見て、三年前。

体験者である、Aさんの勤め先の会社で起きた話。

※禍話リライト 忌魅恐 序章



そのビルは、駅の裏手にある寂れた商店街にあった。
八階建てで、Aさんの記憶によればその地域で最も高い建物だったという。Aさんが勤めていたのはその七階にある法律関係の事務所だった。


梅雨が明け、夏が始まったばかりのある日のこと。
真下の六階にある不動産会社。そこに勤務していた女性が、エレベーター横の窓から表の大通りに向かって飛び降りるという事件が起きた。
コンクリートに叩きつけられ、即死だったという。
治安の良い地域だったこともあり、大変な騒ぎになったそうだ。


その日の夕方、騒ぎが一段落した頃。
同僚たちと、
「今日は大変だったね〜」
と話していると、飛び降り騒ぎがあった頃から落ち込んだような暗い表情をしていた先輩のTさんがゆっくりと口を開いた。

「……いや、あの時さぁ。俺、窓際でタバコ吸ってたんだよ。このオフィス禁煙だからさぁ。
で、まぁ、空気がこもっちゃ悪いから換気しようと思って。窓、ちょっと開けてたからさぁ……。
ちょうどあの女が落ちた時に、一番最初に気がついたのって、俺なんだよね……」

「えぇ……、そうなんですか……」
「俺、女と目が合っちゃってさぁ……。ありゃあ強烈だねぇ。忘れようと思ってもさぁ、忘れられるもんじゃないよ……」

同僚たちはTさんに同情し、いろいろと優しく気遣う言葉をかけていたのだが、Aさんだけは、
(……あれ? おかしいことを言うな?)
と思っていた。


というのも。女性の遺体はうつ伏せの状態で発見されたからである。


女性が飛び降りたのは、彼女の勤め先のある六階からだ。
そして先述したように、Aさんたちの職場はその上の七階にある。

発見された状況から考えると、女性は七階にいるTさんに『背を向けた状態で』落ちていった、ということになる。
実際、白昼の大通りでの事件である。目撃者も多く、彼女がそのようにして転落したという証言は多くなされている。


つまり、その時に落下地点にいたというのならまだしも、上階でタバコを吸っていたTさんが自分に背を向ける形で下階から飛び降りた女性と目が合うはずがないわけだ。


(……まあ、でも、たぶんTさんもショックで混乱してるんだろうなぁ)
Aさんはそう考えて納得することにし、そしてその話は一旦それで終わりとなった。



……数日後。
Aさんは残業のため、Tさんと二人で遅くまで作業をしていた。
ふと気づくと、Tさんの姿がいつのまにかオフィスから消えている。
一服しにでも行ったのだろう。そう考えて作業を続けるが、五分経っても十分経っても一向に戻ってこない。さすがに休憩が長すぎる。
(どこに行ったんだろう? 声もかけてもらってないし……)
探しに行くことにした。オフィスを出、真っ暗な廊下の電気をつける。


すぐそこにTさんがいた。
エレベーター横の窓の側に佇んでいる。タバコを吸うでもなく、どうやら下の方を見つめているらしい。
近づいていき、
「どうしたんですか?」
と声をかけると、Tさんはそのままの姿勢で、Aさんに視線を向けるさえことなく、ポツリポツリと話し始めた。

「……あの日なぁ、ここでタバコ吸っててなぁ。
俺、フッと視線を感じたんだ。窓の外からな。
ここ、七階だろ? ああ、誰かの姿が窓に写ってるのかなって。そう思って、よ〜く見てみたらな?
この窓の、ほら。ここだよ。下の方にな……」
Tさんは指先でコツコツと窓の下の方を叩きながら言う。



「ここにな、女の顔があったんだよ」



「……え?」
「まあ、正確には鼻から上だけなんだけどさ。
まあ、人間って見てないようで見てるもんだなぁ。エレベーターで会ったりエントランスで会ったりしてたから、名前は知らないけど下の階に勤めてる女だなって、すぐにわかったよ」
「……あの、何言ってんですか?」
「そしたらさぁ。女の額の部分がさ、キュッとシワが寄ってさ、目が細くなって、俺の方見るんだよ。
あれって、笑ってたんだろうなぁ。たぶんなぁ」
「いや、あのぅ……」
「次の瞬間、その鼻から上だけの女が、スッと下に下がっていって。その後、大通りに何か大きなものが叩きつけられる音がしたんだよ」
「あのぅ……」
「でもさぁ……」
Tさんはそこで初めてAさんの方へ振り向いた。そしてジッと目を見ながら話を続ける。



「……でもさぁ。この窓って、外側に何にも掴むものがないだろ?
普通の女にそんなこと、出来るものなのかねぇ?」



そう言って、Tさんはオフィスに戻っていった。何事もなかったかのように残業の続きをするTさんに対し、彼と同じ空間にいることが怖くて仕方なくなってしまったAさんはさっさと仕事を切り上げ、急いで帰宅したそうだ。



……Tさんが亡くなったのは、それからすぐのことだった。

溜まった業務を片付けるだとか、何か仕事関係の用事があるわけでもないのに、休日にそのビルを訪れ、恐らくだが、あの女性が亡くなった時間に合わせ、エレベーター横の窓から飛び降りたのである。


Aさんはその後すぐに仕事を辞めたため、当時の同僚たちがその後どうしているかは知らない。
そのビルは、取材当時も存在していたという。



……この話を取材した後、例のオカルトサークルのメンバーは噂や口コミを頼りにそのビルについて調べてみたそうだ。
その結果、問題のビルは発見できたのだが、その時点でテナントの大半が撤退して廃墟のような状態になっていたという。
ホームレスが寝ぐらにしていたり、実際に飛び降りが二回も起きているということもあって若者が肝試しに来るようになったりしていたそうだ。



……ただ。調査によると、そうしたホームレスや若者たちが不審死を遂げているらしい。
例えば別の寝ぐらに移動したり、肝試しを終えて帰宅したり。そうして別の建物へと移動した後、そこから飛び降りて亡くなる。そんな事件が何件も起きていたそうだ。
サークルメンバーがニュースや新聞等で調べてみたところ、まず間違いない、という事件が少なくとも三件は確認できた、とのことである。



また、二人の飛び降り以前にはビルには一切その手の怪しい噂はなかったらしいこともわかった。
しかし、Tさんの飛び降り以後、先述したホームレスや若者の不審死以外にも、例えば窓から飛び降りる人影を目撃したとか、無人のはずのオフィス内で男女らしき影を見たとか、急にそうした噂が囁かれるようになったらしい。



そのビルは治安の良い地域にあるのだが、何故かそこだけはそのような怪事件が多発するため、地域住民からは忌み嫌われているそうだ。
この話は、そのような編集後記で締め括られている。




この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 特別編『忌魅恐 第一夜』(2020年4月1日)


を再構成、文章化したものです。

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