禍話リライト 禍紀行② シャッターは閉まる
『看板を読め』
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で語られた、後にコインランドリーとなった交差点近くの空き地。
そこへ通じる道を進んでいくと、車一台通るのがやっとという細い路地になる。そこをさらに行ったところに小さな建物がある。
元はうどん屋だか定食屋だか、夫婦によって営まれていた飲食店だったそうだ。
恐らく調理を担当していたのだろう、夫が病に倒れたことが原因で閉店したと言われている。それ以来、不動産屋に管理はされているものの荒れ放題の空き物件となっている。
その内、夫が病気を苦にして自殺したとか、そういう噂が流れ始めた。妻の方も噂によれば夫の死後どこかへ引っ越してしまったらしく、真相については不明である。
その空き物件の中に、たまに人影が見えることがあるという。
ある時、その人影を見つけた近所の住民がタチの悪い輩が勝手に入り込んだのだと思い、注意しに行ったことがあった。
詳細は不明だが、その住民は『何か』を見てしまったらしい。
その後、その住民もまた、どこかへ引っ越してしまったそうだ。
そんな噂が広まったことでその空き物件はヤバい場所だという話が知られるようになったのだが、ある時、そこに肝試しに行った三人組がいた。
(彼らを仮にA、B、Cとする)
夜、日付が変わった頃にその建物に入ったそうだ。
荒れ放題で窓も割られているとは聞いていたが、不動産屋がちゃんと管理はしているのか、ガラスなどはちゃんと貼り替えられている。
しかし、屋内へ入ると妙に息が詰まる。ホコリやチリのせいか、あるいは壁に使われている建材のせいか。なんか気持ち悪いなぁ、互いにそう言葉を交わしながら中を調べて回る。
ひとりが厨房跡を見つけたというので、残りのふたりもそちらへ向かった。そこは飲食店だった頃に使われていた厨房の設備がほぼそのまま残されており、もし誰かがこの物件を買うなり借りるなりすればそのまますぐにでも使えそうな状態だったという。
「でも、どうだろうねぇ。例の旦那さんが本当に自殺してたんだとしたら、いくら設備が整ってても、気持ち悪がって誰も借りたりしないんじゃない?」
「そうだよねぇ……」
厨房設備を見ながら、そんな会話をしていた時だった。
ガアアァーッ……
急にシャッターが閉まる音がし始めた。
店舗が閉まる時に電動のシャッターが降りてくる、正にその音だった。
気がつかなかっただけでこの建物にはちゃんと電気が通っており、何かの拍子にシャッターが誤作動を起こしたのではないか。
そう考えて慌て外に飛び出し、気がついた。
この建物には、そもそも電動のシャッターなど設置されていないのだ。
自分たちが出入りした場所にないだけで他の場所にはあるのかもしれない、そう思って周囲をぐるっと見て回ってみたが、やはり建物のどこにもシャッターなどない。
しかし、間違いなくどこからかシャッターの降りる音は鳴り続けている。
当然、音源は何か、どこにあるのか、それを探す流れになった。
不思議なことに、狭い建物の中なのにどれだけ追っても音源に辿り着くことができない。
もっと正確に言うと、音の出所らしい場所に向かってみると、音が別の場所に移動してしまうのだ。
裏口の方から聞こえると思って行ってみると、到着した頃にはそこからは音が聞こえなくなっていて、音源は入り口の方に移動している。そこで入り口へ向かってみると今度はまた別の場所に、という具合である。
全くわけがわからなかった。
そうして音源を追って建物内をぐるぐる回る内、あることに気がついた。
仲間のひとり、Cの姿が見えないのだ。
確かにさっきまで他のふたり、AとBの後ろについて回っていたはずだった。
どうしたんだろう。そう思い、未だ鳴り続けているシャッターの音についてはひとまず置いておいて、ふたりはCを探し始めた。
Cは建物のちょうど中央に当たる場所に座り込んでいた。
「どうした?」
近づいて声をかけた瞬間。
「うわああぁぁッ! うわああぁぁ
ッ!」
突然、Cが天井を見上げて叫び始めた。
「えっ、なになに⁉︎」
「ふざけてんの⁉︎」
驚いたふたりがかける言葉が聞こえないかのように、Cは頭を抱えて叫び続ける。
「うわぁっ、うわぁっ! 閉まる、閉まるって! うわっ、うわっ、うわああぁぁッ!」
ふざけてこんなことをしているようには見えなかった。もしこれが演技だとしたら、今すぐ演劇部にでも入部した方がいいと思うくらいである。
今もどこからか聞こえ続けるシャッターの音。
急に錯乱してしまったC。
何が何だか、ふたりにはわからなかった。
そして……。
ガタンッ ガタンッ
シャッターが、完全に閉まりきった音がした。
驚いて辺りを見渡すが、やはりどこにもシャッターなど降りてはいない。
気持ちが悪い。とりあえず、ここを出た方がいいのではないか。
無言のまま目配せをして頷き合い、ふたりは頭を掻きむしりながら叫び続けるCに近づいた。
「おい、おい!」
声をかけながらその肩を揺すったりさすったりしてやる。
すると、
「……なぁ〜んちゃって!」
そう言って、突然Cが立ち上がった。
……だが、明らかに様子がおかしい。
上手く表現できないのだが、何というか、今までのことを取り繕おうとしているがうまく取り繕えていないような、そんな感じなのだ。
とりあえず、Cの異変については本人が冗談だと言うならそう考えよう。一旦その場はそういうことにして、全員で改めてシャッターの音の出所を探しだしたのだが、やはり音源らしきものは中にも外にもどこにもない。一応、建物の周りも見てみたが結果は同様である。
音も止んでしまったし、これ以上探しても何もなさそうだ。そういうわけでその晩の探索はそこで終わり、ということになった。
……しかし、帰る途中も、やはりCはどこか様子がおかしかった。
話しかけても反応がなかったり、気づくと変な方向を見ていたり、表情が急に固まったりする。
(……大丈夫かなぁ?)
そう思いながらも、その晩はふたりはCと別れてそのままそれぞれ帰宅した。
数日後。
人伝に聞いた話によれば、Cの様子がおかしいという。
Cは実家暮らしなのだが、自室に引きこもって出て来なくなってしまったそうだ。
どうしたのだろうか。ひょっとしてあの晩のアレが……。
そう思い、AとBは彼の自宅を訪ねてみることにした。
家に着くとCの両親に出迎えられた。
両親曰く、理由が全くわからないが急に閉じこもるようになってしまったという。食事の際は部屋から出てくるのでそこはまだいいのだが、
「外に出た方がいいんじゃないのか?」
と両親に勧められ、付き添われて外に出ると途端に嘔吐してしまうそうだ。
医者に診せても、ストレスか何かの可能性はあるが原因がよくわからないと言われてしまった。
「……ホント、よかったよ。友達が来てくれて。ちょっと話してもらってもいいかな?」
元々そういう目的だったとはいえ、ご両親にそう言われては断るわけにはいかないだろう。承諾し、Cの部屋へと案内してもらった。
こういう場合、なかなか相手と会えなかったりするものだが、案外すんなりとCと対面することができた。閉じこもっている、と言っても本当に文字通りの意味で、ドアに鍵もかけたりしていないらしい。
「よぉ〜……」
部屋から出てきたCは、あの晩最後に見た時と比べて確かに痩せてはいたが、さほど深刻そうな様子には見えなかった。
部屋に入れてもらい、3人であれこれ会話をする。しかし、AもBも何となくだが、あの晩の話はしない方がいいような気がしていたため、それについては避けることにした。
「……で、どうしたの、おまえ。なんか具合悪いとか聞いたけど」
「いやぁ、まあ、ちょっとね。大したことないんだけど……」
それとなく閉じこもっている理由を聞き出そうとしたり、テレビやマンガといった当たり障りのない話をする。
その内、
「……おい、そろそろ帰ろうか」
やけにBが帰りたがり始めた。
「いや、まだいいだろ」
そう言ってAが再びCとの会話に戻ると、
「……そろそろ帰ろうか」
また声をかけてくる。
妙に帰りたがるので、もしかしてこの後バイトでもあるのかと訊くと、
「あっ、そうそう! バイトバイト!」
と、Bはちょうどいい助け舟を出してもらったかのような返事をする。
(なんだ、そんなこと言ってなかったのに、急に言い始めたな……)
急に話を合わせてきたようにも思ったが、まあいいか、ということでそこでお暇させてもらうことにした。
「あ、その前に、トイレ借りてもいい?」
Aのその言葉に、Cが何か言うより早くBが反応する。
「あ、トイレなら俺もさっき行ったから、場所わかるから案内するよ!」
そうしてAはBによって部屋の外に連れ出された。
Cの部屋から少し離れたところにあるトイレの前まで来たところで、Aはさっきのあの言動はなんなのかとBに訊ねた。
「おまえ、どうしたんだよ、急に。帰る帰るっつってさ」
「……おまえはアレだ。観察力が足りないバカだ」
「なんだよ、なんで急にキレてんだよ?」
「……机の上に、メモ帳があったろ?」
確かに、そう言われてみればメモ帳があった気がする。もっとも、プライバシーやデリカシーというものがあるし、Cと会話をしていたのだからそれを見るタイミングがなかったのだが。
「……メモ帳に書いてあること、読んでみ。わかるから、俺が帰りたがってる理由が」
Bはもう部屋に戻りたくない、荷物をまとめて外で待っているから、という。
どういうことかわからないが、しかしそんなことを言われればそのメモ帳のことが気になってきてしまう。
だいたい、Cに何も言わずに帰ってしまうのも変な話だ。というわけで、用を済ましてからとりあえず一旦部屋に戻ることにした。
「じゃあ、Bもバイトがあるみたいだし、俺たちそろそろ帰るな?」
「おお」
会話をしながら机を見てみると、確かにBが言っていたようにメモ帳がある。ごく自然に、部屋に転がっているマンガの本を何気なく取り上げるようにしてそのメモ帳の内容を見てみた。
メモ帳には大きく、
『オン/オフ』
とだけ書かれていた。
(……え?)
意味がわからず、次のページ、さらにその次と、何枚もめくっていく。
その全てに、
『オン/オフ』
とだけ、大きく書かれている。
「……なに、これ?」
その質問に、Cは平然と答える。
「あ、それ? スイッチ」
その言葉を聞いた瞬間、Cの異変があの晩の出来事と繋がってしまったような気がして怖くなり、挨拶もそこそこにAはBと共にC宅を立ち去った。
メモに書かれていたのは、シャッターのスイッチなのか、それとも他の何かのスイッチなのか。それが彼の中でどうなっているのかはわからないが、その日以来、ふたりはCと会おうという気になれずにいる。
……その後、AとBは相変わらず同じ地区で生活しているといることもあり、共通の知人や外出時にたまたま会ったCの両親から、Cについての近況を聞かされたそうだ。
それによれば、Cは少しずつ回復してはいるらしい。
家を訪ねていったあの日以後、聴いた話によるとCがちょくちょく家を出てはどこかへ向かっている、その姿が目撃されているようだ。
だが、それらの証言を聞いたふたりは、Cの目撃された場所や向かっていた方角など、複数の情報を総合した際、ある事実に気づいてしまいゾッとした。
情報をまとめると、どうやらCは例の飲食店の廃墟へ定期的に訪れているらしい。
その後、Cがどうなったのかは伝わっていない。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『忌魅恐NEO 第一夜』(2020年6月30日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/625554757
から一部を抜粋、再構成したものです。(1:37:45くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト シャッターは閉まる - 仮置き場
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/07/16/210147
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