禍話リライト 『苦手なもの』二話

落語『まんじゅうこわい』のように、誰にでも苦手なもの、怖いものの一つくらいはあるものだ。

ただ、時には。
何故それが苦手なのか、他人からするとちょっと理解できないようなものを心底嫌っている人たちもいる。
とはいえ、実際に訊いてみれば『なるほど』という理由を語る人がほとんどだろう。


……だが、もしかしたら。
中には『奇怪な体験』が原因でそうなってしまった人もいるのかもしれない。


以下に紹介するのは、そうした話である。


①ジョン・ウー

Aさん(女性、福岡在住)が苦手なものは、映画監督のジョン・ウーである。
正確には、彼の監督した、とある映画。
そしてその主演を務めた俳優、チョウ・ユンファが苦手、という話なのだが。
関連する作品を見ると、どうしてもその時のことを連想して思い出してしまうため、その内にジョン•ウー監督自身についても苦手になってしまったそうだ。


ある夏の日の夜、Aさんが仕事で帰りが遅くなってしまった時のことだ。
福岡市内には地下道が多いのだが、普段はあまり通らないそれを、Aさんはその日は近道として利用しようとしたそうだ。
階段を下り、地下道へと降りていく。地下道の中には電灯はついているのだがどうにも薄暗く、何だか不安な気分になってくる。
(なんだか、怖いなぁ……)
そんな気持ちを振り払うかのように、足早に駆け抜け、反対側の階段へと向かったそうだ。


すると、そこに人がいた。


地下道内に据え付けられた手摺、そこへ背中を預け、寄りかかるような体勢で佇んでいる。
背の高い、ヒョロリとした男性だった。髪を長く伸ばしているのだが、どうもしばらく洗っていないような感じに見える。
その風貌といい、全身黒尽くめの服装といい、状況と合わせて十分に不気味なのだが、それよりもその服装が季節に合っていないのがさらに不気味さを引き立てていた。
つまりその男は、夏なのに冬物の服を着込んでいたわけだ。
(ちょっとおかしい人かもしれない……)
今から引き返すのも変な話だし、どうしようか。
Aさんがそう考えていた時である。


背中を手摺に預けた体勢のまま。
男がスーッとAさんの方へと滑って来た。


「……ウワアッ!」
Aさんは驚き、そのまま元来た方向へと逃げ、這々の体で何とか家へと帰り着いたそうだ。


それからしばらく後のこと。
その晩のことなどすっかり忘れていたAさんは、テレビで放送していたアクション映画を何となく見ていた。
ジョン・ウー監督、チョウ・ユンファ主演『ハードボイルド』である。
その映画の冒頭で、刑事役のチョウ・ユンファが銃撃戦の最中、階段の手摺りに背中を預けたまま滑り降り、その体制のまま銃を撃って敵を倒すという場面がある。
「……ウワッ!」
それを見た瞬間に、Aさんの頭の中にあの晩の出来事が、手摺を滑ってくる男のことが蘇ってしまった。


そして、あることに気がついてしまった。


映画の中でチョウ・ユンファは、手摺を滑り降りる際に足を使ってバランスを取っていた。
しかし、あの時のあの男は、足が全く動いていなかったのだ。


(あれは、人じゃなかったのかもしれない……)
改めて、Aさんはゾッとしてしまった。


そんな体験をしたのが原因で、Aさんはジョン・ウー監督のことが苦手になってしまった、ということである。

※参考動画(3:00〜、をご覧ください)
HARD BOILED (Chow Yun Fat) - TEA HOUSE SHOOTOUT




②下り棒

Bさん(男性)は、映画『ゴーストバスターズ』が苦手だという。
八十年代当時のコメディ調のノリが苦手なのだろうか。そう思い、なら例えば『クロコダイル・ダンディ』も苦手なのかと訊くと、そうではないという。
だったら、『ゴーストバスターズ』には例えばマシュマロマンを倒した後など、飛び散った体液で全員グチャグチャドロドロになるシーンがいくつかある。そういうのが苦手、ということなのかと訊くと、それも違うという。

詳しく聞いてみると、Bさんは『下り棒』が苦手なのだそうだ。
消防署などにある、隊員たちが緊急出動時に使用する。上階から滑り降りてくるための、あの金属の棒である。
『ゴーストバスターズ』では、登場人物たちが拠点として利用している建物が元消防署であるため、出動時に下り棒を使用するシーンが多く登場する。

Bさんは、その棒を使って滑り降りてくる様子が苦手なのだそうだ。

当然、消防署での密着ドキュメンタリーで出動シーンが流れるのもダメだし、何なら学校や公園にある登り棒も嫌なのだという。
もっとも、登っていく様子を見ている分にはいいのだが、それを『スルスルと降りてくる』様子。それがダメらしい。

全く意味がわからないので詳しく聞いてみると、Bさんは小学校時代の体験について話してくれた。


Bさんが住んでいた町では、かつて悲惨な事故が起きている。
居眠り運転をしていたトラックが道路脇の電柱に正面から突っ込んだという事故なのだが、その際に電柱の下でしゃがみ込んでいたヤンキーの少女を巻き込んでしまったのだ。
彼氏とのデート中だったらしい。コンビニに買い物に行った彼氏を一人待っていた、その間の出来事だった。
運の悪いことに。その日、彼女は黒いジャージ上下を着ていたため、トラックの運転手も全く気がつかなかったそうだ。
遺体はほとんど原型をとどめておらず、悲惨な状態だったという。

その事故以来、夜になるとその電柱脇に黒いジャージを着た人物が現れるようになったそうだ。
通りがかった人がふと気づくと、電柱脇にこちらに背を向けて立つ、小柄な黒い人影が見える。
そして、

『……あいつが遅いからこんなことになるんだ。買い物が遅いから悪いんだ。だからアタシはこんな所で待つハメになってるんだ』

そんな内容のことを、いかにもヤンキーらしい口調でブツブツ呟いているそうだ。

事情を知らない人の場合、少しおかしい人だと思って避けて通るのだが、そうしてその場を離れようとすると、その黒服の人物は後をついてくるそうだ。

まるで目撃した人を電柱に見立てる様な形で、だ。

そして、自宅まで着いてくるらしい。
大抵の場合。家の玄関、マンションのエントランス。その辺まで来るといつの間にかいなくなっているのだが、それから数日の間は庭やベランダ、外廊下でその黒衣の人物がブツブツ言っている姿を目撃することになるらしい。


そんなことが何度もあったので、事情を知る近隣住民たちは、夜間はその道を使わない様にしていたという。
何しろ、その道にあったゴミ集積場も使用されなくなり、昼間に散歩をしている犬でさえその電柱を見ると狂った様に吠えるというのだから、相当な事態である。


しかし、その頃のBさんは毎週一度は夜にその道を通っていたそうだ。
あの頃の自分は生意気な子供だったと、Bさんは過去を振り返ってそう言う。さらに加えて、その手の話を全く信じていなかった。だから、その道を通ることにあまり躊躇はなかったようだ。

当時、塾に通う曜日は決まっていたが、その内のある曜日だけは、授業の関係でどうしても帰るのが遅くなってしまう。
そういう時、その道を通ると自宅への最短ルートになるわけだ。
もっとも、噂を信じていないとはいえ、人気のない暗い夜道である。もっと現実的な恐怖や脅威のことを考えれば、そこをできる限り早く通り抜けたいと思うのは当然だ。
だから、毎回Bさんはその道を小走りで駆け抜けていたそうだ。

「たぶん。あの頃の自分は『何も起こってない』と、そう思ってただけ、なんでしょうねえ……」
Bさんは当時のことを思い返し、そう言った。


ある日のこと。その塾から帰るのがどうしても遅くなる曜日のことだった。
Bさん自身はそれには全く関わりがないのだが、帰り際に同じく塾に通う生徒たちの間でちょっとした揉め事が起きた。そこにBさんは仲裁役として割って入ったそうだ。
揉め事といっても、所詮は小学生の話だ。それ自体はすぐに解決したのだが、当然それに巻き込まれた分、帰りが遅くなってしまった。
それに、仲裁役を務めたBさんも、表面上は落ち着いていても内心ではかなり興奮していたようだ。
そんな気持ちを落ち着かせるため。普段ならそんなことはしないのだが、帰り道にある自販機でジュースを買い、それを飲みながらゆっくり歩いていたそうだ。


だから、普段なら小走りで駆け抜ける、あの電柱の脇を、その日はゆっくり歩いて通ったのだ。


小学生の頃の話である。Bさんのカバン、その中には文房具やら何やらが大量に詰め込まれているし、キーホルダーとかもたくさんついていたのだろう。


つまり、普段その道を小走りで駆け抜けていた時には、そうした小物が立てるガチャガチャという音にかき消されていただけだったのだ。


……声が聞こえた。


ボソボソ、ボソボソと。
それこそ、噂に聞いていたような内容を呟く声が、間違いなく聞こえる。


『……あいつがもっと早く買い物を終わらせてりゃ、こんなことにならなかったんだ。この服だって、あいつがお揃いで買おうって言って、それで着せたやつだ。この服さえ着てなきゃ、こんなことにならなかったんだ』


だが、確かに声はするのに姿はどこにも見えない。
(……どういうこと⁉︎)
思わず辺りをキョロキョロと見回すBさん。
そうする内に、ついに彼は気づいてしまった。


……上だ。

見上げた視線の先。
噂の電柱の、一番上。
その先端部を左手で握るような形で、黒い服を着た人影が宙に浮かんでいた。


(……ずっといたんだ。今まで気づいてなかっただけで、ずっとああやって、あそこでブツブツ言ってたんだ!)


Bさんがそう理解してしまった瞬間。



スルスルスルスルッ



電柱を左手で掴んだ、そのままの体勢で、黒い人影が滑り降りてきた。



「……ウワアアァァッ!」
Bさんは悲鳴をあげて逃げ出した。

その際、カバンの蓋をしっかり閉めていなかったので中身を落としながら逃げてしまったらしい。
そのため、まるでヘンゼルとグレーテルがパンくずを落としながら歩いたように、現場から家まで落とし物を辿って来れてしまうほどだったそうだ。
それほどに無我夢中で、慌てて逃げて来たわけである。


幸い、噂のように人影が家にも現れるようなことはなかったらしい。


Bさんはそれ以来、下り棒を使って消防隊員が出動する様子や、『ゴーストバスターズ』で登場人物たちが下り棒を使う場面、それを見るとあの時のことを思い出してしまうようになり、すっかり下り棒が苦手になってしまった、ということである。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』

『ジョン・ウー』
『震!禍話 第一夜』(2018年1月7日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/432060426
(0:03:00くらいから)

『下り棒』
『真・禍話 年末スペシャル』(2017年12月29日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/429775633
(0:27:00くらいから)

から、それぞれ一部を抜粋、再構成、文章化したものです。
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト 『苦手なもの』二話

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