ロードバイクを10年以上続けられた理由

結論から言うと、"本能的に好きすぎるから"です!

では、なぜそこまでロードバイク含め自転車が好きになったのか、そのキッカケと経緯をお話ししていこうと思いますので、よろしければ最後まで読んでいってください!

▪️8歳の時に自転車屋さんの魅力に惹かれる

元々は野球とピアノを掛け持ちしていた少年時代でしたが、野球の帰りの住宅街の中にある自転車屋さんがあり、そのお店に置いてあったロードバイクに見惚れていたり、当時のビデオカセットの映像からツール・ド・フランスの1部をガラス越しに観ていたり、整備してるメカニックを見てるとそのスピーディさに感動したりお店のおじちゃんを見てると作業は的確かつ丁寧でかつ素早く、汚れはするけど、そこがまたカッコよく少年の目に写って離れなかった。お店にはよく顔を出したり、話しに行ったり遊び場から近かったのでよく通ってました。
早くロードバイクに乗りたい気持ちもあり、お店の人からは「もう少し大きくなったら乗せてあげるよ。」と言われたので、我慢して野球とピアノの日々を過ごしてました。(ロードバイクはkoga miyata。7速のSTIでグレードは覚えてなく、根拠はないが恐らく7700のデュラエースだろう)

▪️ロードバイクをしっかり乗り出したのは18歳から

元は14歳の時に身長も体力もついてきた時に遊び半分でロードバイクに乗せてくれた知り合いのお兄さんがほとんどキッカケでしたが、会う時にだけ乗せてくれたので事実上18歳の時に初めて自分のロードバイクを買いました。
遊びでそこら辺を走るだけで、ランニング程度のスピードで走ってたので、初めの頃は「なんだこの不安定な乗り物は!」と思ってましたが、「スピードを出してみろ」と貸してた本人が言うので、お言葉に甘えたら…
ビュン!ビュン!と加速するので、思わず「うおおおおおお!」と声を上げる位怖かった(;´д`)
でも、あの初速が軽いのも驚いたけどもっと凄いと感じたのはスピードの伸びに初めは感動!
受験や高校の時期にも重なり、自分はロードバイクに関係のないヨット競技のディンギー・セーリングをやってたので、ロードバイクにはほとんど乗ってはいなかったけど、ごく偶に借りては乗ってを繰り返してました。
今思えば、大切なロードバイクを貸してくれた先輩には感謝というか、まんまと沼にハマる様な甘い罠だったかもしれない…笑

まずは乗ってみて、スピード
を出して、風を切って、感動してからが、まずは長く続ける第一歩かもしれません。

▪️初めてのロードバイクで学んだメンテナンス

初めてのロードバイクは当時8万円位の2009年モデルのGIANTのDEFY3
SORAの2200 フロント3速 リア8速
その次の年にはTIAGRA 4500 50/34
フロント2速 リア9速へ変更
(この翌年に4600になり10速が現れる)

初めてのロードバイクはハマりにハマり、18歳の時に自転車屋のアルバイトを始めたのも同じ年。この時は、「シマノって自転車も作ってるのですよね?」と言うくらい初心者でも調べたらわかる様な事を平然と答えて、お客さんに笑われたり、センスもなかったので、タイヤもチューブも交換するのに30分から酷い時は50分と日が暮れるんじゃないかと思う位酷かった。。
しかし、初めに覚えろと言われたのが"チューブ交換"で、その次に"チェーンの油さし"だと言われ、仕事の為になるべく早く出来る様に自宅でチューブ交換をひたすらに練習し、ようやく片方10分位が安定して出来る様になった頃、「じゃあ次は、チェーン交換だ」と言われ、また苦戦する…
日々がメンテナンスの練習の繰り返しで、走りよりもどちらかと言えばメンテナンスの沼に既にハマってたのかもしれません。誰よりも不器用だったからこそ、機械の事を調べ、他の人のやり方を真似していったのが最初の頃でしたね。

チューブ交換は今思えば、仕事の為だったりパンクした時の対処方法としてバイト先の先輩が「覚えろ」と言ってただけかもしれませんが、チューブ交換を覚えるだけでもパンクで焦ることも少なくなり、ストレスではあるけど、出来ないよりかは慌てず焦らない心の余裕ができる様に感じます。
一番最初にチューブ交換と油さしを覚えておくべきなのは、もしかしたら正しいのかもしれませんね(^^)

▪️初めてのロードバイクからレース用ロードバイクに乗りかえた話

ロードバイクを毎日乗るようになって2年目の時にまず事件がおきました。
当時は部屋の中に入れる考えはなく、ただ外に鍵閉めて置いてました。
しかし、今朝あるはずのロードバイクが見当たらなく、これはいつもの所ではなく家の裏に置いたのだと思って確認すると、やっぱりその場所にはなく、(そうだ、家族の誰かが知ってるかもしれない)と聞き回った所誰もわからないとのこと…
じゃあ、うっかり近所やコンビニに置いてきたんだ!そうに違いない!
そう思い、いつも利用してるお店や近所を回った所、どこにも自分の自転車が見当たらず…
心あたりがある所を探し回った後にようやく
「盗まれた…」と確信し、警察に届け出を出したけど、その後も自分の自転車が見つかったという連絡はない(;´д`)

その盗難事件をキッカケに親に盗まれた事を告げると、「お前が悪い、けどどうしてもというなら良い方法があるぞ」
と悪魔の囁きを言われ、レース機材を前借りで買うことになる。(親には凄く感謝である)

盗まれない、壊されない、壊さない、怪我しない。マイナス面は気にしたくないけど、最低限気にしないといけない部分。初めの頃はそのかけらもなかったけど、今になっては丁寧に自転車を扱う事を最低限に、手入れをし、防犯対策を甘くしない事が長く自転車ライフを続ける1部だと思ってます。

▪️初めのレース機材はチタンフレーム

親がほとんど選んだのですが、まだ身体も出来上がっていないとの事でカーボンではなくあえてスチール系が良いと言われたので、好きなものを選んだのですが、スチールよりも軽さが欲しかったのでチタンを選んでしまいました笑。(親よすまぬ)
次のバイクはGIOSのTITANIOで5700の105組みでホイールはシマノのwh-rs81 。
好きな色が青という事もあり、細くてホリゾンタルのフレームがカッコ良いと思い、ジオスを選びました。ただそれだけの理由。
「高いフレームなら流石に大切にするだろう」という事で、今度こそ盗まれまいと部屋の中にしまう事にし、整備や清掃も200㎞に一度行うようにしていた。
レースにも参加し、E2までこの機材でいくことが出来たし、当時ブルベの存在は知らなかったけど、四国や九州を走ったり、岡山から青森まで走った。
自分の地元はかなり良い環境で、15分走った所に河川敷と山と両方ある地域だった為、毎日の様に楽しく走ってました。
ストラバとかなかったし、GPSも特に買えるお金もなかったけどそれでもサイコンが記録してる数字を毎日ノートに記載するだけでも楽しかった(^o^)

しかし、またもや悲劇が起こる…
丁度いい感じに身体も出来てきて、いざレースに出たのですが、下りの所でリアのタイヤが急にバーストし、80㎞の速度域で落車し、6箇所の骨折、皮膚の剥離。全治2ヶ月の怪我から2ヶ月のリハビリも兼ねて計4ヶ月は安静にしないといけなくなる。
しかもたった1年余りで愛車のGIOSをお釈迦にしてしまい、メンタルは当分良くならなかった…
流石に今回は心がめげたと、そう思ってたけど、バイト先の自転車屋さんが安めの自転車を貸してくれて「気分転換にサイクリング行こうよ!」
と言ってくれた事もあり、なんとか気持ちを立て直す事ができた。

怪我も痛いが、走れない事、自転車を弄れない事が自分にとってはストレスであり、自分の生きがいであり人生の最大の楽しみであるロードバイクを手放す方が何よりも痛い事だと実感したのもこの時だったと思います。
あの「サイクリング行こうよ!」という些細な言葉がなければもしかしたら自転車が嫌いになってたかもしれないし、本当の意味で愛する事はなかったと思ってます。

▪️ロードバイクを再開、更に追い求めるが結局程々になる

怪我も治り、仕事で貯めてた資金で初めてカーボンロードを購入する。
2021年にもなって未だに右肩は慢性的に痛むけど、身体も痛い事を理由にフルカーボンのロードバイクへ乗る事になる。
2009年に遡るが、当時衝撃的だったのが世界選手権のファビアンカンチェラーラのタイムトライアルで、2014年にはチームスカイのクリスフルームが僕にとってはブームでファンになっていた事もあり、カンチェラーラもフルームも乗っていたPINARELLO を選択し、どうせなら一番特別なものにしようという事で、DOGMA 65.1 9000デュラエース組み WH-9000 にしました。(身体労わるには硬すぎるフレームでした>_<)

あと、TTにも憧れてたので同年にこれもカンチェラーラの影響でcerveloのP3を選択し、タイムトライアルにも参加する様になってました。
今はcerveloの乗り味が気に入り、cerveloのS3で楽しく公道を走ってますが、次もカンチェラーラの影響ならspecializedのS-WORKS shivTTとかS-WORKSのTARMAC辺りを選び、TREKのDOMANEも選ぶでしょうね!
チームの憧れもありますが、どちらかといえばファンの選手の影響と自分の好みの形と色が合致して初めてロードバイクを選択する。という流れが僕のパターンになってます笑。

結果的にはそこまでガチガチには走らず、今はのんびりと走り仲間と楽しく走り、美味しいものを食べる為に走る楽しみ方をしています^ ^
スピードを出す乗り物でもあるので、時にははぁはぁ言いながら追い込みもしますが、メリハリをつける事で結果的に長く楽しく幸せに走ってる自分に酔ってる。そんな感じで長い間、ロードバイクと共に生活しています。

▪️仲間が出来た事が何より一番大きい!

レースの仲間は以前もいたが、2014年から東京に移り、2017年辺りで「自転車乗りの友達を更につくりたい」と思うようになり、「スポーツしようよ」というサイトからとあるサークルに入ります。元々はガチで走るのが嫌で、気楽に走れそうなサークルやクラブはないかな〜という感覚でした。立場上自転車屋さんだと初めは職業を話す気はなく、一サイクリストとして参加しようと決めてましたが、走る時に自己紹介があるもので、自転車屋さんのメカニックとは隠しても仕方ないので、職業聞かれた時は「自転車屋さんです」と答え、そこから質問等を毎度LINEグループで答えるようになりました。初めの頃は(この答えで良いのかな?責任持てるのかな?)と不安でしたが、後々に管理人さんから感謝の言葉をいただいたり、仲良くしてる人からも「お世辞ではなくいつも為になってます」と声をかけていただいていて、結果的に良かったかなと今も思います。
ただ、僕の悪い所は人の本音を疑ってから回答する所で、本当はどう考えてるのだろうと考えてしまう所で、実はガチガチに考えてしまってる事もあります。(それは置いといて)
あくまで自転車に乗って仲間と走るのが楽しいのですが、コミュニティに入ってコミュニケーションをとる事が何よりも支えになっており、楽しむ事が大切な事だと思います。
今もサークルの人達には感謝しかありませんし、その1人1人の中から更に人を紹介され、他のグループでも仲間ができます。人と人の関係はデリケートですが、勇気を持ってサークルに入ってみてはどうでしょうか?
知識も経験も増えるし、横のつながりは確実に広くなります!
トラブルなく、良い仲間が増えると楽しみが広がりますよ( ^ω^ )
good luck!

▪️まとめ
長く乗りつづけるためにはまず一番は楽しんで走ること。トラブルやストレスは頭の隅に置いておき、三大トラブルである盗難、破損、怪我の対策をまずは一番最初に覚えて身につける事。事が起こっても焦らず、諦めない事。
何よりも、仲間を大切にし、人を大切にし、愛がある事で人を好きになる事。愛がある事で自転車が好きになる事を忘れないで欲しいです。
挑戦も続け、次の年、また次の年と自分を向上させ進歩させるのも良い。
ただ、ブランド品のロードバイクを買って満足するだけだと浪費してる事と変わらないので、兎に角冒険心を持って走る事。様々なレースやイベントの世界を知る事。
ロードバイクに限らず、好きな事を全力で楽しむと自分の人生は広がると思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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