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春一番 (6)

造幣局の通り抜けにはまだ早いが、大阪城公園の桜は盛りを過ぎようとしていた。
それでも満開には違いなく、人出もそうとうなものだった。
「滋賀は今が盛りかな」
「海津大崎はそろそろ見ごろやと思うわ」
海津大崎とはびわ湖の北端の桜の名所だそうだ。

「そこの桜をバックに写真を撮ったろ」
「うん」
おれたちは、どこから見てもお似合いのカップルだった。
いとこ同士なのだから、遠慮はいらないのかもしれない。
おれは早苗を好もしく思い始めていた。
早苗の持ってきたEEカメラ(バカチョンカメラ)のファインダー越しに見る早苗はかわいかった。
「はい、チーズ」
ぱしゃ
「もう一枚」
「次お兄ちゃん」
「おれは、いいよ」
「いいやん。あの、すみません、シャッター押してもらえませんか?」
早苗は通りすがりのオジサンにくったくなく声をかける。
おれは早苗と手を組んで、桜の下に立つ。
「はい、いいですかぁ。いきますよぉ。チーズ」
パシャ
「これでいいのかな。うまくとれてなかったらごめんやで」
そう言って、オジサンは去っていった。

「お兄ちゃん、ソフト食べような」
「ああ」
露店の茶店でソフトクリームの看板が出ており、三人ほどの行列ができている。
今日は天気がいいので、こういった冷たいものも売れるのだ。
ベンチに座って、ソフトクリームをなめなめ、すっかりデートを満喫しているおれたちだった。
「さなえさぁ、カレシとかおらんの?」
「いいひんよぉ。お勉強ばっかしやったから。高校時代」
「ほうかぁ、阪大やもんな」
「言わんといてよ。あたしかって、普通の女の子なんやから」
キャンディーズが同じことを言って解散したのは、つい先だってのことだった。

「大阪城、登ろうで」
「うん。行く」
タコイシの前を通って、なんとか櫓(やぐら)を過ぎて、石段を登っていくと銀明水とかいう井戸を見て、切符を買い城の中に入る。
「博物館になってんやね」
「そうや。このお城は鉄筋コンクリート製なんやで」
「なんか、幻滅ぅ」
「ほらエレベータもあるやろ」
「太閤さんもこれに乗って?」「んなわけないやろ」
あほなことを言いながらエレベーターを待つ。
天守閣からの眺めは格別だった。
大阪にはここより高い建物がない。通天閣がどれほどの高さだったか知らないが…
「わぁ、海が見えるよ。お兄ちゃん」
「かすんでるけど、よう見えるなぁ」
その奥には六甲の峰が青く見えていた。
南の方にも目を向けると通天閣がそびえている。
そして生駒山のテレビ塔群。
「なぁ、お兄ちゃんは、彼女さんいいひんの?」
春風に髪をほつれさせながら、おれを見上げる早苗。
「いてないよ。いままでもおらんかった」
おれは正直に答えた。
「いとこ同士って、あかんのかなぁ」
「なにがあかんねん」
「恋人になったら、あかんのかなって」
「…」
おれは早苗を見つめた。どこか寂しそうだった。
おれは早苗の肩を抱いた。
周りには人はまばらだった。
「あかんことあらへん。おれもお前が好きやった」
「ほんと?」
「ああ、ほんまや。でも家では内緒にしとこな。知れたらおれらは一緒にはおられん」
「そやね」

おれたちは共通の秘密を持った。
太閤さんに見られているような気がした。
(つづく)

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