音楽理論を逆手にとって自由になりたい 二重調性メソッドという"失敗"

以前、

バークリー式を逆手に取り、脱本質化する演奏を行うことで、音楽理論=バークリー式という鉄の檻を外から眺め、他の音楽理論、理論化されていない音楽を輸入する余地を生み出していきたい。

と、述べました。

その方法論として、あるコード進行(※1)に対してバークリー式では全く不適切なスケールを使用する「二重調性メソッド」、というのを実験的にやってみました。

しかし、タイトルにある通りその試みの大部分は失敗に終わっております。

今回はその大部分の失敗とごく一部の成功をまとめてみます。


ともあれ、「二重調性メソッド」の具体例

とまぁこんな感じで、超有名なハードバップ、Donna Lee(キーはAbメジャー)に対してAbロクリアンを使ってソロをとると、本来は安定的なコード(メジャーセブンスとか)が極端に不安定になり、本来は不安定なコード(セブンスコードとか)がそのぶん相対的に安定的に聞こえるのではないか、という実験でした。

というのも例えば、5~8小節目、Bbm7、Eb7、Abとありますが、ここは明らかにAbメジャースケールを使う「べき」ですね(細かいことを言い出すと、他の選択肢はたくさんありますが)。
ここにAbロクリアンスケール(メジャースケールから外れる音が最も多いチャーチモード)を使っているわけですから、ここは非常に不安定になるはずです。

一方で21~22小節目、C7が続くところはキーがAbメジャーであるDonna Leeの中で、ダイアトニックコードではないという意味で非常に異質で不安定な箇所になります。
もとが異質で不安定な以上、曲全体としては不安定なスケール(Abロクリアン)を使用してもそれほど、不安定度があがることはないはずだ。
こう考えたわけですね。

踏み込んだ表現が許されるとすれば、二重調性メソッドによってコード進行の意味(安定・不安定や、不安定から安定へという解決)を解体するような演奏となり、ソロ>コードの関係性での演奏が可能となるのではないか、ということになります。

ちなみに、演奏していた当事者である私は、この演奏当時は上記のように感じながら演奏をしていました。


大部分の失敗

しかし、Twitterでいただいた感想、そして日が経って改めて聞いた時の自分の印象をふまえると、不安定なコード(21~22小節目のC7)が安定的に聞こえる、ということはありませんでした。

このように当初の目論見はあっさりと失敗に終わっているわけです。


少しだけみえた光明

どちらかというと、いただいた感想の中にあった、次のような印象がむしろ強く感じられます。

コードとソロの関係が地と図ではなく対等関係にあって、どちらもどちらか一方に従属せずに時間軸を共有しながら演奏が進んでいる感じを受けました。

これですね。

実際、ジャズプレイヤーは基本的にコードに"合わせて"ソロをとっています。

ジャズ+アドリブ+方法、とかでググっていただけるとすぐに理解していただけるかと思いますが、
「ここはドミナントモーションだから使えるスケールは……」
「半音進行だから……」
「ディミニッシュコードに使えるスケールは……」
などの言説が非常に多く表れてきます。
これらの言説がバークリー式にもとづくものであることはいうまでもありません。

つまり、このような言説ではソロ(メロディ)とコード(伴奏)は、コード(伴奏)が"主"でありソロ(メロディ)は"従"であることが分かります。

しかし、この「二重調性メソッド」はバークリー式を裏切っています。
なにせ、「ドミナントモーション」などのアナライズにもとづくことなく、コード進行を"あえて"無視して演奏を行っています(※2)。

このようにして演奏することで、いただいたコメントにあるように、ソロ(メロディ)とコード(伴奏)を対等なものとして扱っている、ということは聞いている人に伝わったわけです。

コードの支配から逃れるという意味では、成功した部分があるわけです。
象徴的な記述が許されるとするなら、
バークリー式におけるコード進行による支配から逃れ、相対化することが出来た、
といえるでしょう。


なぜ、光明は少ししか見えなかったのか

一方で考えるべきことがあります。

それは、上記のようなコード進行から逃れる、という演奏がどれほどの人に伝わったのか、伝わりうるのか、という点です。

というのも、

コードとソロの関係が地と図ではなく対等関係にあって、どちらもどちらか一方に従属せずに時間軸を共有しながら演奏が進んでいる感じを受けました。

この感想をいただいた方は、Sound Questを熟読し、自分なりの新しい理論を構築しようとされている方であり、すでにバークリー式を相対化していらっしゃるわけです。

つまり、演奏を行った私と感想をくださった方は
「バークリー式は音楽にある絶対の本質ではなく、数あるメソッドのひとつでしかない」
という文脈をすでに共有している
のです。

もし、このように文脈を共有していないと伝わらない、音楽理論(バークリー式)を逆手にとって自由な演奏を行っている、ということが伝わらないのであれば、まだまだ改善の余地はあるはずです。


今後の方針、考えるべきこと

さて、まとめると二重調性メソッドの成功は、

コード>ソロではなく、コード=ソロの関係

として演奏することは可能になりました。

しかし、

①まだ多くの人にこの演奏が伝わる段階に至っておらず、
②コード<ソロという関係性には至っていない、

という意味では失敗に終わっています。

ということで当面は、ジャズ的なアドリブ演奏において、コード=ソロという関係性であることがより広く伝わる演奏を目指していこうと思います。

方向性として、今回は楽曲全体、32小節を一単位として考えたので、次はより細かな単位(Ⅱ-Ⅴ-Ⅰなどでしょうか)での実践を考えてみたいと思います。


(※1)この「コード進行」という発想も、バークリー式の一部、というよりも土台です。

(※2)ただし、コード進行を無視することを可能にするのは、コード進行のアナライズを行っているからです。つまり、コード進行にもとづいた「正しい」スケール、音を理解しているからこそ、「不適切な」スケール、音を用いることができるわけです。"あえて"と表記したのはこの意味です。

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