『5連休に浮かれていたらヒザが終了した話』
その日、私は浮かれていた。
それはもう書ききれないくらい、たくさんの理由があって、無理やり出勤しなくてはいけなかった、怒涛の7連勤をこなしたあと。
毎年イヤイヤ受ける健康診断も、お馴染みの血圧を指摘されながら、なんとか終わらせて。
翌日からは5連休だーー!!!と、久しぶりのまとまった休みと自由に、私はとにかく浮かれまくっていた。
だから、いつもなら「面倒だから嫌です」でバッサリ切るようなとある作業も、「いいですよ」とニコニコ請け負う程度には機嫌が良かった。
ウチのような店舗型の営業は、1年に何度か店頭のレイアウトを変更する。
それは取り扱っている商品が変わるから、って理由のこともあるし、売上の伸びが良くなくて、本社やマネージャーから指示が飛ぶこともある。
その日もなにかしらの理由で、店頭のレイアウトを少し変えることになった。
大きなディスプレイを運ぶこともあるし、重いものをやたら持ったり支えたりするので、基本的には上長以下、男性社員が率先してやってくれるのだが、その日は残念ながら、男性社員がほとんど出勤していなかった。
「明日でいいじゃん」と。
普段の私なら言っていた。
私は有体に言えばデ……ふくよかな体型なので、正直、肉体労働には全く向いていない。
ついでに言えばギックリ腰の爆弾持ちで、膝も首も肩も指もすぐ痛める、体型だけが立派な、そう、ただそれだけの、大変虚弱なデブである。
そんな虚弱デブが面倒な作業を「いいですよ」と安請け合いしたのは、ひとえに次の日からの5連休にただただ浮かれていたという理由のみ。
時を戻せるなら、その瞬間の自分に言ってやりたい。
「バカなのか?」と。
ウチの会社の人間はみんなバカなので(暴言)、作業にあたり、必要なものを何故か上階にまとめて置いていた。
そして運の悪いことに、たまたまその時間はエレベーターが使えなかった。
それを知ったとき、私は遅ればせながら「んだよ、余計な仕事増やしちまったな(チッ)」と後悔したのだが、時すでに遅し。
仕方なしに、数名の同僚と共に上階に荷物を取りに行ったのだが。
まーー、これが重いこと重いこと。
ふたりがかりで「よっこいせ」と持ち上げるような物もあり、7連勤の疲れがろくに癒えていない身体にはマジでしんどい。
それでもなんとか2往復であらかた運び終えて、最後は細々としたものが入っている、段ボールを運べば終わりだ、という段階までこぎつけて。
ひとりにつき、ひとつ。
段ボールを運びながら、ゆっくりと階段を降りていた。
くだらない話をしながら。
疲れを紛らわすように、最近行ったお店がどうだったとか、好きなアーティストの話とか、ちょっとした愚痴とか。
わあわあ喋りながら、階段を降りる。
「そう言えば明日から5連休なんでしょ?よかったねえ」
同僚にそう声をかけられて、一瞬だけ、気持ちがふわっと別世界にトリップした。
5連休なんて、そうそうあることではない。
明日からなにをしよう。
朝起きたらすぐに楽しみにしていた新作ゲームを買いにいって、ついでに旦那と一緒に喫茶店にモーニングを食べにいって。
その日はずっとゲームをして過ごす。
そのあとは日帰りの小旅行じゃないけれど、行きたかった観光地にみんなで遊びにいって、帰りには温泉に入って、たまった疲れを癒したい。
ああ、楽しい。想像するだけで楽しい。
天にも昇る心地、なんてよく言うけれど。
楽しいことがすぐそばで待っていてくれるときって、どうしてああも身体が軽く感じるんだろ。
「そうなの〜〜⭐︎」
と、馬鹿みたいにヘラヘラして、ウッキウキで返事をして。
ふ、と踏み出した私の一歩。
そこに床はなく、私は空を飛んだ。
ほんっと今考えても馬鹿だと思う。
段ボールで先が見えなかったとか、ヘラヘラしながら同僚のほうを向いていたから階段がもう1段あることに気づかなかったとか、そもそも疲れすぎてて常に注意力が散漫だったとか、原因はいくらでも思いつくけれど。
まあ、とにかく私が馬鹿だった。
ハッと気がついたときには、私の体はもう斜めに傾いでいた。
幸いだったのは、階段の2段目から1段目を踏み外しただけだったので、それこそてっぺんから転げ落ちるようなことはなかったことと、そのまままっすぐ倒れたので、段ボールがクッションになって、上半身は無事だったこと。
「あ」と間抜けな声を出したかどうかは覚えていないが、私はそのまま綺麗にヒザから床に着地し、ピシィッと明らかに人間から聞こえてはいけない音を、ヒザから鳴らした。
私、悶絶。
上半身を守ってくれた恩人(段ボール)を即そのへんに放り出して、あまりの痛さにリアルに床を転げ回った。
痛い。痛い。
転げ回るほど痛い。
というか、転げ回ると余計痛い。
突然の出来事に泡食った同僚たちが助け起こそうとしてくれるのだが、ありがとう、でもマジで痛いからやめてくれレベルで痛い。
私の惨状に恐れをなしたかは定かではないが、このまま事態を収拾するのは無理だと悟った同僚が、数少ない男性社員を呼びに行ってくれて。
3人がかりで抱えられながら、ゆっくりと事務所に戻るころには、流石に私もだいぶ落ち着いていたけど、ねえねえねえ、ちょっと待って。
ヒザ、ヤバイ色してね??
スカートの下に見えるヒザが、なんというか、うん。
青と黒と赤をごちゃまぜにしたような色してるんですけども。
これはただごとではない。
少なくとも、しばらくの間、自分ひとりで歩ける状態ではないだろうことは私にもわかった。
折れているかどうかは謎だけど、この時点で、私が楽しみにしていたワクワク☆遊び倒すぞ5連休(はあと)の予定は全て終了のお知らせである。
ヒザを見た私は叫んだ。
思わず。周りに人がいることも気にせず。
叫ばずにはいられなかった。
「せっかく5連休もぎとったのにーーー!!!」
結論から言うと。
まあ、ものの見事に私のヒザは折れていた。
ただし、綺麗な折れ方をしたので、手術はせずに、足をガチガチに固定して、折れた部分がくっついてくれるのを待つことになった。
ギプス&松葉杖生活の始まりである。
松葉杖での生活は、以前ヒザの靭帯をぶったぎったときに経験しているので、「大したことないだろ」とたかをくくっていたのだが、その時と違って、今回は全くヒザが動かない(動かせない)ので想像以上にめちゃくちゃ大変で。
色々と書きたいこともあるんだけど、それはまた別の機会にしようと思う。
ちなみに。
ヒザが折れようとも仕事は待ってくれないので、「ヒザ折れたししばらく仕事はお休みかな〜」とちょっとだけ期待した私の望みは、無惨にも打ち砕かれたことをここにご報告しておく。
休みをくれ。