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日本女子バレーの変化~「速い」バックアタックと「遅い」クイック~

こんにちは。ぱんだ(@vball_panda)です。
この度、垣花さんのアドベントカレンダー企画に参加させていただくにあたり、本記事を執筆しています。

もう12月!気が付けばVリーグも年内の試合が終了し、天皇杯・皇后杯の季節になっていました。バレオタにとっての秋は短い…

さてさて、久しぶりのnote更新です。今回は満を持して(というほどではない)戦術的な話を取り上げます。

私のnoteは選手紹介(たまにデータ)が中心で、今までこういうトピックについて書いたことはありませんでした。
理由は単純で、自分の知識量に自信が持てなかったからです。

ですが、世界バレー前後から、ご縁があって頻繁にスペースに参加させていただいたり、Vリーグファンレビューでもお話しする機会を得て、自分には勿体ないくらいの「英才教育」を受けてきました。
そこで、まだまだバレーについて知らないことの方が多いですが、ここらで一つ学んだことをアウトプットして皆さんにも共有できればいいなと思って書いています。

恐らく、ここに書いている中には正しくない情報もあるかと思います。見る人が見たら「こいつ何書いてるねん」と思うかもしれません。
もしそういったことがあれば、どうか鼻で笑うのではなく、優しく教えていただけますと嬉しいです。

はじめに―「テンポ」と「スロット」

いきなり記事のタイトルから華麗にそれていますが、バレーの戦術を語る上でこのワードを外すことはできません。
なので、ここはがっつり説明していきますね。

「シンクロ」攻撃とは何か

ある程度バレーを見たことがある方なら、シンクロ攻撃という言葉を一度は聞いたことがあると思います。
複数のアタッカーがまるで水泳のシンクロ(今はアーティスティックスイミングと言いますが)みたいに揃って助走に入って来る……そういうイメージですかね。

ですが、あまりに気軽に使われる言葉であるがゆえに、その詳しい意味については気にしたことがない方が多いのではないでしょうか。
そこで、シンクロ攻撃の定義を見てみましょう。『e-Volleypedia』にはこうあります。

相手のブロッカー人数よりも多い人数のアタッカーが、それぞれ別のスロットから狭義のファースト・テンポで助走動作を行い、セット・アップ前のアタッカーの助走動作がシンクロするアタック戦術

『e-Volleypedia』固定項目:シンクロ攻撃 より(太字筆者)

思いのほか定義が長いですね……
細かい用語は置いといてざっくり読むと、
①相手のブロッカーより多い人数(攻撃枚数
②別のスロット(位置
③狭義のファースト・テンポ(時間
この3つの要件を満たす必要があります。
…要は、ただ同時に助走するだけではダメで、「複数のアタッカー」が、「別の位置」から「同時」に攻撃して初めて、シンクロ攻撃と呼ばれるものになるのです。これは頭の片隅に入れておくといいと思います。
(シンクロ攻撃誕生の歴史には、ブロックと攻撃のいたちごっこがあるそうです。ここまで触れると本題に入れないので、一旦スルー)

そして、上の説明で知らない言葉が2つ出てきましたね……「スロット」と「テンポ」。
以下でこれらの用語について説明していきます。

「時間」を表す―「テンポ」

「速い攻撃」「ゆったりとした攻撃」と言う時、私たちは何をもってそう言っているのでしょうか?
人によって速い/遅いの解釈は違いますし、そもそも何のはやさを見ているのか。「トスの速さ」「レシーブからアタックまでのトータルの時間」……これでは話が嚙み合いません。

そこで、レシーブからアタックまでの時間軸を表現する概念として「テンポ」が登場します。
テンポとは何か。一言で表現するなら「助走を始めるタイミング」。
もう少し正確に言うと、「セットアップを基準として、アタッカーがどのタイミングで助走を始めたか」を表現する概念です。

このあたり、バレー界の超名作『ハイキュー!!』で非常にわかりやすく解説されています。

『ハイキュー!!』10巻第83話「テンポ」より

上の絵にもある通り、
・アタッカーがセットアップよりも後に助走を開始するのが「サード・テンポ」
・アタッカーがセットアップとほぼ同時に助走を開始するのが「セカンド・テンポ」
・アタッカーがセットアップよりも先に助走を開始するのが「ファースト・テンポ」
となります。

といっても文字だけだと分かりにくいと思うので、いくつか貼っておきます。
まずは、世界を震撼させたMayu Ishikawaのインナースパイク。こちらは(たぶん)「サード・テンポ」ですね。

そしてこちら。
5分近くの動画ですが、最初の1分くらいで繰り出される攻撃は基本的に「ファースト・テンポ」です。


「位置」を表す―「スロット」

上で紹介した「テンポ」ではアタッカーが「どのタイミングで」攻撃するかを表現しました。
というわけで、次は「どこから」攻撃するのか表現する概念である「スロット」について説明します。

スロットとは、コートの横幅9mを1m刻みで9分割した、いわば「コート上の住所」です。

Vリーグ公式サイトより

まず、スロット「0」の位置に注目してください。中心ではなく、少し右(ライト側)に寄っているのがお分かりでしょうか。これは「セッターの定位置」なんですね。
セッターの定位置(スロット0)を起点に、レフト側は「1~5」、ライト側は「A~C」で表します。なんでライト側がマイナスではなく英語なのかは知りません。。。

そしてここから重要!
コート上で繰り出されるあらゆる攻撃は、今まで紹介した「スロット」と「テンポ」という概念を組み合わせて、「スロット+テンポ」という形で表現されます。
例えば「11」はスロット1からのファースト・テンポ、いわゆるAクイック。レフトからのオープン攻撃なら「53」(スロット5からのサード・テンポ)という具合です。


まとめ―「シンクロ」攻撃とは、「同時多発位置差」攻撃である

改めて最初の問いに戻りましょう。「シンクロ」攻撃とは何だったのか?

相手のブロッカー人数よりも多い人数のアタッカーが、それぞれ別のスロットから狭義のファースト・テンポで助走動作を行い、セット・アップ前のアタッカーの助走動作がシンクロするアタック戦術

【再掲】「e-Volleypedia」より

ここまでの説明を読まれた皆さんなら、この定義も理解できるのではないでしょうか。
シンクロ攻撃を構成する3つの要件は
①相手のブロッカーよりも多い人数のアタッカーが→3枚ないし4枚のアタッカーが
②別のスロットから→縦に重ならない別々の位置から
③狭義のファースト・テンポで→セットアップよりも先に助走を開始
であり、これらが満たされた結果としてアタッカーがシンクロして見えるというのが真の姿です。

ですので、「シンクロ」攻撃を誤解がないよう正確に表現するには「同時多発位置差」攻撃という言葉が相応しいように思います。(ハイキュー!!でもこの語が使われています)

『ハイキュー!!』32巻第282話「メシ」より


1.「速い」バックアタック

さてさて、既にこの時点で3000字近く書いていますが、ここからが本題です。前置き長すぎぃ~~~

今年の火の鳥NIPPONを見て最も印象に残っているのは、やはり主将の古賀選手を中心とした「速い」バックアタックではないでしょうか?
本章ではこのバックアタックの戦術的意味について掘り下げます。

バックアタック before→after

この数年でバックアタックはどれほど速くなったのか?
まずは文字で説明するより、実際に見ていただこうと思います。

①迫田さおり選手(2013/11/16 グラチャン vsドミニカ)
私たちの世代でバックアタックといえば、やっぱり迫田選手ですね~~

②石川真佑選手(2019/9/15 ワールドカップ vsロシア)
全世界に衝撃を与えた、石川選手のA代表デビュー戦です。

③古賀紗理那選手(2022/9/25 世界バレー vsコロンビア)
速いバックアタックといえばやっぱり古賀選手!

時期の違う3選手のバックアタックをご覧いただきましたが、やはり最後の古賀選手のバックアタックはタイミングが群を抜いて早いですね。迫田選手と石川選手はそれほど変わらないように見えます。

この「はやさ」を生み出しているのは何か?それは「助走開始のタイミング」の早さです。
迫田選手や石川選手はセッターがトスアップした時点でゆったりと助走を開始したところですが、古賀選手はこの時点ですでにトップスピードで突っ込んで来ています。
先ほど説明した「テンポ」の概念を使うなら、迫田選手や石川選手のバックアタックは「セカンド・テンポ」なのに対し、古賀選手のバックアタックは「ファースト・テンポ」なのです。

「パイプ(pipe)」と「ビック(bick)」の違い

バレーを昔から見ている方なら、試合の実況解説などでバックアタックのことを「パイプ」と呼んでいるのを聞いたことがあるのではないでしょうか。
日本では、主にバックセンターのことを指してパイプと呼ぶことも多いと(筆者の所感では)思います。

しかし、2022年に日本代表で急速に普及した速いバックアタックは、もはや「パイプ」とは呼ばれません。
今の代表が取り入れているのは「bick」です。この違いは何でしょうか?

まず前者の「パイプ」とは、簡単にいえば「セカンド・テンポのバックアタック」です。
一方の「bick」は「back row quick」の略。要は後衛から打つquickであり、「ファースト・テンポのバックアタック」なのです。
つまり、bickの方がパイプよりも助走に入るタイミングが速く、それゆえ今の古賀選手などが打つ速いバックアタックは「bick」と呼ぶのが正しいと思います。

…と書きましたが、実はパイプとbickには「タイミングの違い」では済まされない、もっと深い「コンセプトの違い」があります。

ここで改めて、『e-Volleypedia』で「パイプ攻撃」の説明を見てみます。

前衛アタッカーのファースト・テンポをおとりとした時間差攻撃

『e-Volleypedia』固定項目:パイプ攻撃より(太字筆者)

太字にしましたが、時間差攻撃というのがポイントです!
時間差攻撃とは、ファースト・テンポの囮でブロッカーを釣っておき、ブロッカーが二度跳びしても間に合わないタイミングでもう一枚のアタッカーが攻撃を仕掛ける戦術です。
これをバックアタックに適用すると、
「前衛MBがファースト・テンポでクイックに入り、囮にMBが釣られて飛んだ背後から少し遅れてバックセンターを打ち込む」
という形になります。

『ハイキュー!!』5巻第44話「最強の囮」より

何が言いたいかというと、パイプ攻撃に関しては「MBと同じスロットから」「セカンド・テンポ」でバックアタックを打ち込むことに意味があるのです。もしファースト・テンポで入って来てしまうと、前衛MBと丸被りしてしまうので全く意味がないんですね……バックアタックは速けりゃいいというわけでもないのです。

それでは、なぜ今の女子代表は「パイプ」ではなく「bick」を主として採用しているのでしょうか?
上でも説明した通り、パイプが通用する前提には「ブロッカーが前衛MBの囮に釣られる」というのがありました。しかし、今のブロックはトスを見てから跳ぶ「リード・ブロック」が主流であり、それゆえなかなか囮には引っかかってくれないのです。

そこで、「パイプ」とは全く異なるコンセプトのバックアタックとして現在主流になっているのが「bick」です。
bickについて、再び『e-Volleypedia』でどのような説明がされているか見てみます。

ファースト・テンポのバック・アタックを、「速攻のおとりに入る前衛のアタッカーとは別のスロットから」繰り出す

『Volleypedia』固定項目:ビックより(太字筆者)

こちらは「クイックと同じタイミング(ファースト・テンポ)」で「違う場所(スロット)」というのがポイントです!
囮に引っかかってくれない現代のリード・ブロックに対して攻撃側が編み出した回答は、「複数のアタッカーが別の場所から同時に攻撃することでブロックをかいくぐる」、言い換えれば「数の力で圧倒する」ことでした。
…こういう言い回し、どこかで聞いたことがありませんか?そう、「同時多発位置差(シンクロ)」攻撃ですね!!

ファースト・テンポのバックセンターであるbickの狙いは、「前衛レフト」+「前衛ミドル」+「前衛ライト(orバックライト)」と合わせて4枚攻撃を構成することで、「アタッカー4枚」vs「ブロッカー3枚」という数的優位を作り出すことにあるのです。

まとめーbickは無敵の必殺技ではない

ここまで、今年の日本代表が取り入れていた「速い」バックアタック、通称「bick」について見てきました。
今年の代表戦を見る限り、このバックアタックは世界中に警戒される武器となり、実際に高い効果率を残しているように感じます。

ですが上でも説明した通り、bickは他の攻撃と組み合わせてシンクロ攻撃の中で繰り出すことに意味がある戦術であり、決して「無敵の必殺技」ではないのです。
今年の試合でbickが大きな成果を挙げた要因としてその「速さ」に各国が対応できなかった面があるとは思いますが、来るとわかっていれば、そして速さに慣れてしまえばいつかは止められるものだと思います。
実際、世界バレーの終盤にはbickにブロックが2枚きっちりつき、今まで決まっていたものが決まらないという現象も起きていました。

とはいえ、これは決して悲観すべきことではありません。
2022年以前は古賀選手のみの個人技となっていたbickが、今年は井上選手・石川選手も同様に繰り出せる技術となり、良い状況が作れた時には「bickで決める」という意識がチームに浸透した。バックアタックの少なさが課題と言われていた日本の女子においては、「バックアタック」という選択肢を普通に使えるようになっただけでも大きな進歩です。
だからこそ次の段階としては、ブロッカーを上回る「攻撃枚数」を確保したうえで、シンクロ攻撃の選択肢の1つとしてbickを使う、という考え方が必要なのだと思います。

2.「遅い」クイック

ここまで長々と書いてきましたが、気持ち的にはやっと折り返しです。どうかもう少しお付き合いください…

さて、今年の火の鳥NIPPONで「速い」バックアタックとともにインパクトがあったのは、宮部藍梨選手のMB起用、そして世界バレーで繰り出した「遅い」クイックではないでしょうか?
ここではその戦術的意味についても触れていきたいと思います。

「遅い」クイックの衝撃

こちらについても、まずは文字で説明するより見て頂こうと思います。
・宮部藍梨選手(2022/10/4 世界バレー vsベルギー)

いや~~めちゃくちゃ気持ちいい。これだけでご飯3杯はいけますね(笑)何がすごいって、目の前に190cm超えのブロックがいるんですけど、それを意にも介さず高いところから思いっきり振り抜いてるんですよね。

それはそうとしてやはり気になるのは、MBのクイックとは思えないアタックヒットのタイミングの「遅さ」ですよね。私たちが普段よく見るクイックとは明らかにリズムが違います。

試しに他のMBと比べてみましょう。
・山田二千華選手(2022/9/28 世界バレー vs中国)

今年度一気に頭角を現した山田選手のクイックです。
私も含め皆さんが見慣れているのはこの「速さ」だと思います。

対照的なこの2人をアタックを見て、「宮部選手はMBに転向したばかりでクイックが打てないから「遅い」んだ」と考えるのは早計でしょう。
宮部選手のクイックには、国際大会でMBが主役になるための可能性が秘められているのです。

「高さで敵わない分スピードで勝負」は本当か?

バレーという競技において身長差による不利は存在します。日本代表は世界の強豪と呼ばれるどのチームよりも平均身長が低く、「高さにどう立ち向かうか」というのは永遠の課題でもあります。

特にMBはチーム内でも身長が高い選手が務めることの多いポジションであり、他のポジションに比べてとりわけ差が大きいことは否めません。それゆえ、特にMBのクイックは「ブロックより速く打つ」スピードを追い求めてきました。

…しかし、そのような「速さ」の追求は本当にアタッカーのためになっていたのでしょうか?
「速さ」によってアタッカーの持ち味が殺され、逆に相手ブロッカーを助ける結果になっていないでしょうか?

『ハイキュー!!』を読まれた方なら、「助走こそ人工の翼」という名言をご存じかと思います。

『ハイキュー!!』19巻第169話「義翼」より


たとえ初めて聞くとしても、アタックとブロックの最高到達点の差を見ればピンと来るのではないでしょうか。助走の有り無しでだいたい10cm程度は変わってきますね。
これだけ書けば、「ラリー中に助走を確保する」ことの重要性がお分かりいただけると思います。

ですが、従来のMBのクイックは「速さ」にこだわるあまり、アタッカーに十分な助走をとらせる時間を奪っていたのではないでしょうか?
試しに見比べてみましょう。
・横田真未選手(2022/9/25 世界バレー vsコロンビア)

・宮部藍梨選手(2022/10/4 世界バレー vsベルギー)【再掲】

同じチャンスボールからのクイックをご覧いただきましたが、横田選手がアタックライン付近で小回りしながら踏み切っているのに対して、宮部選手はアタックラインより後ろまでしっかり下がってから助走して踏み切っており、こちらの方が余裕をもったジャンプができていることがお分かりいただけると思います。

ただでさえ身長のハンデを抱える日本のMBが、不十分な助走によって本来の高さまで到達できなかったら?
…相手のMBは、飛ばなくてもネットから手が出てしまうくらい背が高いのです。中途半端な高さのクイックであれば「ヤクルトジャンプ」で届いてしまうことでしょう。
たとえ「速さ」でブロックを振り切ったように見えたとしても、相手はチョン跳びで追いついてしまう。こうなってしまえば「速さ」の意味は全くありません。

加えて、その「速さ」が犠牲にしたものは「高さ」だけではないかもしれません。
スピードにこだわるあまり、トスが低く・ネットに近くなっていたとしたら……アタッカーにはどうすることもできず、相手のブロックに上から被せられる最悪の結末になることでしょう。MBが1枚ブロックに止められる定番のパターンです。

若干暗い内容になってしまいましたが、ここで言いたかったのは「日本のMBは今まで真っ向勝負の土俵にすら立てていなかったのではないか」ということです。
では本当に真っ向勝負ができたときどうなるのか?
その一つの答えが今大会で見せた宮部選手の高さであり、空中でのコースの打ち分けなのだと思います。(それも100%決まるわけではありませんが…)

シンクロ攻撃を成立させるために

宮部選手の「遅い」クイックには、ブロックと真っ向勝負できるという個人的な利点だけでなく、チームとしても大きなメリットがあると考えます。
その最たる点が、MBのクイックを「速攻」ではなく「同時多発位置差」攻撃の1ピースとして捉えることができるということです。
ハイキューを読まれた方なら、「はやいの」と「紛れる」の違いといえばピンと来るのではないでしょうか?

ここで、日本代表の2人のMBの動画を改めて、今度は「助走開始のタイミング」と「踏切のタイミング」に注目して見てみましょう。

・宮部藍梨選手(2022/10/2 世界バレー vsアルゼンチン)


・山田二千華選手(2022/9/28 世界バレー vs中国)【再掲】

最初の宮部選手はセッターのセットアップよりも(際どいところですが)早く動き出しており、ファースト・テンポと言えるのではないでしょうか。
一方の山田選手ですが、こちらは明らかにセッターのセットアップより早く助走に入っています。それどころか、セットアップの時点ではすでに踏切を終えているようにも見えます。

実は、本記事の最初に行ったテンポの説明では、助走開始タイミングが早い順に「ファースト」→「セカンド」→「サード」の3つを挙げていました。
しかし実は、ファースト・テンポの上にはさらに「マイナス・テンポ」なるものが存在するのです!
ファースト・テンポの定義は「セッターのセットアップより先に助走を開始する」ことでしたが、その中でも「セットアップの時点で、アタッカーの踏切が完了している」ものを特にマイナス・テンポと呼びます。(助走開始はしているが踏切には至っていないものを、狭義のファースト・テンポという)

ここで、改めて「シンクロ」攻撃の定義を確認してみましょう。

相手のブロッカー人数よりも多い人数のアタッカーが、それぞれ別のスロットから狭義のファースト・テンポで助走動作を行い、セット・アップ前のアタッカーの助走動作がシンクロするアタック戦術

【再掲】『e-Volleypedia』固定項目:シンクロ攻撃より(太字筆者)

今まで見て見ないふりをしてきましたが、「狭義の」ファースト・テンポと書いてあるのがお分かりでしょうか。
何が言いたいかというと、「マイナス・テンポ」の速攻はシンクロ攻撃を構成する上では早すぎて浮いてしまっているということです。
前章で、シンクロ攻撃の目的は「アタッカー4枚」vs「ブロッカー3枚」の数的優位を作ることであると言いましたが、もしMBだけ飛び出してしまうとどうなるか。
相手ブロッカーからすれば「先にマイナス・テンポで飛び出して来たMBを見てから、遅れて入って来るアタッカー3枚に対処しよう」という発想になり、実質「アタッカー3枚」vs「ブロッカー3枚」となって数的優位が失われるのです。

ではそうならないためにはどうすればいいのか。
『ハイキュー!!』では、伊達工との練習試合で日向の変人速攻がまさに同じ状況に陥りました。
そんな中で編み出したのが、先に飛び出さず他のアタッカーと同じタイミングで攻撃に入ることで、最後までシンクロ攻撃の選択肢であり続ける「紛れる」でした。

『ハイキュー!!』26巻第226話「まぎれる」より


変人速攻が「マイナス・テンポ」だったのに対し「紛れる」とは「狭義のファースト・テンポ」であり、まさに日本代表で宮部選手がやっていることなのだと思います。
(狭義のファースト・テンポによる攻撃が万能だと言いたいわけではありません。ハイキューでもこのシーンの直後に日向がマイナス・テンポの速攻を決める場面があります。大事なのは、この2つのテンポを意識して使い分けることです)

まとめ―「遅い」クイックは個人技ではない

本章では、宮部選手の「遅い」クイックについて掘り下げてきました。ここまで読まれた皆さんなら、この「遅さ」が生み出す利点も理解していただけたのではないかと思います。

最後に言いたいことは、このクイックは「宮部選手だからこそできる個人技ではない!」ということです。
実は宮部選手が登場するずっと前から、無意識のうちに「遅い」クイックを実装していた例があります。

・迫田さおり選手(2013/11/15 グラチャン vsタイ)

ロンドン後の眞鍋政権で採用された「MB1」。本職MBの代わりにセンターの位置に入ったのが迫田選手であり、そこで生まれたのがアタックラインの後ろまで下がってからクイックの助走に入る、通称「スコーピオン」でした。
今見返すと、宮部選手のリズムと似ている気がしませんか?

そして、日本代表以外にもこの「遅い」クイックを効果的に採用しているチームがあります。
・青柳京古選手(2022/10/29 Vリーグ女子22/23シーズン vs NEC)

そう、埼玉上尾メディックスです!!
このチームの強みは何といっても両ミドルの得点力。アジア枠最強との呼び声高いサンティアゴ選手はもちろんですが、その対角に入る青柳選手もこの「遅い」クイックで得点を量産しています。

ここまで言えば、この「遅い」クイックは背の高い、あるいは身体能力に秀でた特別な選手のみに許された必殺技ではなく、どのMBにも等しく可能性のある戦い方であるとお分かりいただけるのではないでしょうか?

参考文献

引用はできるだけ出典を示していますが、直接的な引用以外にも参考にしたページを貼っておきます。

e-Volleypedia

固定項目:シンクロ攻撃
固定項目:時間差攻撃
固定項目:スロット
固定項目:速攻
固定項目:テンポ
固定項目:パイプ攻撃
固定項目:ビック
固定項目:ファースト・テンポは"はやい攻撃"なのか!?(詳細解説)

その他

Vリーグ公式サイト 【データコラム】スロットとテンポ
バレマガ レゼンデが目指したバレーボールの姿 第4回
note バレーボール・スクエア 【アーカイブ記事(2017/04/07公開記事)】「#眞鍋JAPAN総括 ⑧ 〜組織論の視点からの総括〜」

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