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「電車orトレイン?」

上野駅から、コロナコールセンターのアルバイトに向かう途中だった。季節は1月。寒かった。

「スミマセン」
 中東系の男性から声をかけられる。

「のりたま…に行きたいのですか?」

 私は、地理に全く疎い。一生懸命話してくださっている。語尾が質問系であることにも、少々混乱する。時刻は朝の6時。


 こういうことは初めてではない。たくさんの人の中から、むしろ私をチョイスしてくれてありがとう。でも、ごめん、ワカラナインダ。

「〇〇総合病院は、どこですか?」と、かけ離れた駅で聞かれたり、「この電車は、青山一丁目を通りますか?」や、全く縁もゆかりもない土地でとにかく質問に合うのだ。

 スマホを駆使し、誠心誠意答えようと努力はするが、時間もかかり本当に申し訳ないなぁと思ってしまう。

 この出来事の1時間前の話である。始発の駅のホーム。暗がりの中、コンクリートの床に転がっている男がいた。

 むくり。
 男はこちらを見た。半袖だった。
 怖い。
 男は言った。「ここはどこでしょう」と。

 私は言った。「茨城県です」

「ぶぶ、違います、ここは東京都、赤羽です」
私は、不正解のレッテルを貼られた。



 話を戻そう。

 雨が降りそうな、どんよりとした雲が空一面を覆っている。彼は一生懸命話している。 私は、アルバイトの遅刻を覚悟した。

 聞き取れない。

 こういう時は、読唇術だ。
人の唇は、縦に線が入っているということを知った。

 私は言った。「ワンモア」と。

「のりたま♯◎※…」

 わからない。朝の6時。
 まばらではあるが、人通りはある。

 私一人ではダメだと早々に悟った。

 私は右手をあげ、通りかかる青年を捕まえる。

 あの人が、困っていますと。
 なんとなく地理について聞いていることだけは、彼もわかったようだ。

「えっ、僕出身青森で、旅行者なんですけど…」私も、茨城だから、言い訳しないで。小声で静止した。無茶苦茶な野郎である。

 二人で、読唇術が始まる。

「のりたまーのりたまー」

 一度それに聞こえるとそれにしか聞こえない。
 私は、英検2級を持っている。
 こんなにも役に立たない資格を呪った。

 発音が良すぎて聞き取れないのかも。青年は言った。

 Siriを使おう。

「のりたまとは、丸美屋の商品で」
 Siriにも丸美屋とキャッチされている。
 お手上げだ。
 青年は尋ねた。「電車orトレイン?」

 ナイス!
 電車二重奏!
 でも確信に近づいた気がする。


 中東の彼は、ややハッとした顔をした。「train and plane」

 きたー。謎の合流である。


「のりたま」


 だから、それ何なんだー。


 私の背後を、誰かが通った。
私は感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれない。キリッとした黒縁メガネのおじさんを右目で捉える。あの、英語できますか。私は、右手を上げながら、授業中の質問です!のポーズで走り寄った。


 私はサラリーマンを捕まえた。戦闘力は高そうだ。

 脳内でポケモンがバトル開始する光景が浮かんだ。


 ゆけ サラリーマン


 ペラペラっと英語で話しかけるサラリーマン。
 私と青森の青年は、行く末を見守った。

 のりたまーと時折聞こえるが、二人で、駅の構内へ向かっていった。




 ぽつーん



 そんな音がはっきりと聞こえた。

 私と青森青年はその場に置いてけぼりを食った。

 彼は一体どこにいきたかったんだろう?

 私と青森青年は顔を見合わすことなく、お互いに背中を向けて、歩き出した。


「のりたま」の謎を残して。


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