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吐いてみて思う

前回、「吐いてみることにした」にてお話ししたと思うが、つれない夫に思いのたけを伝えるべく、味気ない事務的な、いやそれ以下の夫からのLINE返信の後に、こう返してみた。

お願いです。

せめて、朝夕だけでいいので、目を見て挨拶してくれませんか?

気持ちよく
「おはよう」
「おやすみ」
「行ってきます」
「ただいま」
言うだけで、心は晴れやかになります。

1人でいる時の孤独感より、遥かに辛いです。

面倒かもしれないけれど、それだけでも協力してもらうことはできませんか?

それ以外は無理を言いません。

ぐっちーなの記事より


その時に、「結論から言うと、何も変わってない。まだね。」と綴ったことを覚えておられるだろうか。

あれから数日、結論から言うと「大して変わっていない。今もね。」だ。

相変わらず、見るからに関わることが面倒でできれば関わりたくないオーラ全開。

とは言え、小さな努力は垣間見られる。
それは「挨拶」。

まだまだ気持ちよくとはいかないけれど、「おはよう」「おやすみ」「行ってきます」「ただいま」を言う時は、一瞬顔をこちらに向け、聞こえる声で言ってくれるようになった。

残念ながら私が期待していたほど気持ちよくもならないし、孤独感がぬぐえているかというとそんなこともないけれど。

でも「無意味」ではないようだ。

理由①
私だけでなく、彼自身も努力しようとしてくれてはいることがわかった。

理由②
僅かではあるが相手を鑑みる余裕ができた。

目で見てわかるような変化ではないけれど、2つもの理由が見つかったということは、「意味がある行動だった」と言えるだろう。

夫婦間の問題って、結局一方の行動や感情だけが理由ではないし。
彼は彼で抱えているものがあるのかもしれないし。
そんなことも考察できるようになっていること自体「行動により生れた変化」だ。

だからと言って問題が解決したわけではない。
たとえ、今以上に彼が望んだ行動に寄り添う努力をしてくれたとしても、私は満足しないのだと思う。おそらく…。

なぜなら、問題の根本は、きっとそこにはないから。

結局、自分自身の思い描いていた「夫婦像」との乖離が、この「鬱々とした気持ち」の根源なのかもしれない。

そもそも、彼は私が望むような「夫婦像」を望んでいるのか?いやいたのか?
25年以上共に歩いてきていたのに、それさえもすり合わせていなかったことにいまさらながら気づいた。

であれば、会話が成り立たない今、まずこの自分が作り上げた「夫婦像」を手放してみることから始めなければ。

決して簡単ではないけれど。

「夫の行動の変化」を待つという夫任せの姿勢から自分自身で打開する姿勢へと。

今日は、自分で自分にエールを送り、自分を送り出してみようと思う。

頑張れ自分!
今日も笑顔で!!

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