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Wizardry 異なる世界の産声

神や悪魔が創ったこの世界の真実は霊魂の根源的な支配からの自由な逸脱に他ならない。
何故なら、肉の体を持った人間は原初から自分たちと自分たち以外の存在を強く意識させられながら生きてきた為、変更できない運命の奔流に流され続ける歴史を紡いできたからだ。
権威とは人間自身が求めた象徴の一つであり願いでもある。
止む事の無い流血沙汰は人間の本質を如何様にも変質させ、否応なしに本当なら行くはずでは無かった一つの終着点へと向かわせるのだが、それこそが神や悪魔の本当の目的なのかも知れない。
『光あれ』と宣言した者は闇に棲む者を想定していたのか…

そして、その闇の果てとも謂える迷宮の奥深くとなると、彷徨う者たちの強さは浅い階層とは比較にならなくなる。
それが例え人間であっても、数多の血を浴びた者らは文字通り "人間離れ" してゆき、遂には冒険者たちの畏怖の的となるのだ。
剣を握る手、魔法の呪文を迸らせる指の先までも他とは次元の違う存在となった者は場合により英雄視されるが、それが実像に近いかどうかは話が異なるし、求める民衆の気持ち次第だとも謂える。
人の心は季節のように移ろい、一つの場所に決して留まらないのが実相なのだが、しかし欲っするが故に手にしてきた歴史が人間の過去と未来であり、 手放してしまうのが現在という《紙の檻》なのだ。










「ずあぁぁーっ !!!」
魔法使いセトの爆裂呪文と併せる形をとった戦士ルゲッティの渾身の一撃は、角を生やした名も知らない悪魔を逆袈裟に斬り上げて葬った。
呻き声を上げながら蒸発するように倒れた体は少し透けている… 魔法の効果なのか?或いは本当に消えようとしているのか?
その辺りに暗い戦士は頬から流れる血に構いもせず直截に訊ねてみる事にした。
「これは… どういう事なんだ?」
「 "こっち" に全部は来れなくて… で、能力も全て出し切れずに、お前さんにやられた。」
「 "こっち"?」
「 …そんな事も知らんで、今までコイツ等と戦ってたのか !?」
練達のセトは余りの無邪気さに笑いを堪えきれず腹を抱えた。
「いやはや… 若いってのは本当に凄いのぉ!」
「で… "こっち" てのは?」
人間とは違い神や悪魔は肉の体を持たない為、この地上世界へ直接的に具現化する事は出来ない。
もしも具現化するというのなら形代(よりしろ)となる存在たる肉の器が必要となるのだが、魂を持ったままだと拒絶反応を引き起こしてしまい、双方とも死に至るのが殆どだ。
だから余程でないと神や悪魔はこの世に具現化しようとはしない(無限とも謂える寿命を持つ神や悪魔が一番恐れるのは皮肉な事に "死" だ。)
迷宮内で見かける悪魔や魔神たちも事情は同じで、ただ地下深くなると魔素が濃くなる為に完全体ではないが半ば実体化して現れる事がある。
今は確かに悪魔を倒しはしたが完全に倒した訳では無く、本当の実体は地獄や辺獄と呼ばれる異次元界に在って、逆に謂えばそちらを倒さない限り完全に『倒した』とは言いきれない。
神や悪魔といっても低級な部類なら実体ごと此方へ来る事は可能だが、能力が劣るので人間社会への影響は少ない。
能力というのは『網目を潜る』ようなモノで、大きいほど掛かり易く、小さいモノほど簡単に摺り抜けていくのだ。
更に付け加えるなら、人間社会の時間は不連続の連続が螺旋の構造を成し過去から未来へ断片的に継続されるのだが、神や悪魔が棲む次元に時間という概念はそもそも意味を為さない。
強いて謂うなら、砂時計を裏返すように同じような循環を半永久的に継続しながら、幾つも在る多次元の中を魂ごと分割して存在しているのが神や悪魔なのだ。






「要するに "もぐら叩き" か…」
「ま、そう単純な話でもないが、並行して存在する全てを… お、お前まさか !?」
嫌な予感だけは嫌になるほど当たると謂うが、これほど飛び切りな悪い予感は流石に経験がない。
予感というよりは《予定》か…
「まぁ聞いてくれよ。大将のナダルは怪我の治りが悪くて未だ戻れない。おまけに手柄は余所に持ってかれた… なら、なんで俺たちはこんな辛気臭い迷宮にまだ居るんだ?」
若いなりに筋の通った意見を言える自信は、やはり悪魔を倒した手応えの成せる術か… しかし、数々の修羅場を潜ってきたセトからすれば、自信を持ち始めた若者ほど危険な存在は居ない。
(どう諫めたモノか?)
「 …では、先ず儂を倒してからじゃな。」
「え !?」
ルゲッティより、寧ろ後に控えていた他のメンバーの驚きの方が大きかった。
「さっきのは儂の魔法の威力も有ったでな… 純粋にお前さんだけの力じゃなかろうて。」
既に老人の指先は微かに魔力が蓄積されており練られ始めている。後は呪文を唱えれば…

イ・フモータル・マカ・ロシャナ・フーム・タット・カンマン!

突如として足元が眩く光り、五芒の魔法陣が敷かれ、そこから手品のように醜い悪魔が牙と舌を剥き出しながら現れた!
不必要に肥大した筋肉、炎を吹き出した剣を手にし、身長は3mを越えそうな勢いで迷宮の天井に己が角を穿つ姿。

「へっ… さっきのよかは強そうだな!」
ルゲッティは笑みを浮かべ、剣を頭上へ振り被ると、ゆっくりと剣先を目の高さまで下げていった。
そして加勢しようとした他のメンバーをセトは制止する。
「最後まで観てみたいと思わんかな?」
ウィンクし微笑するセトに違和感は有るが、確かに "これから先" を考えるならば見届けて措かなかければならないのかも知れない。
異世界に在る本体ごと断ち斬るような剣でなければ "この先" は望めないし、位の高い存在ともなると自己修復能力や防御結界をも有しており、通常の武器で普通に戦ってもダメージすら与えられない。
だからこそ、強く念じる事で例え一瞬といえど神や悪魔の本体が在る次元へと自己の魂をリンクさせ… その辺りの機微を掴むか否かは才能もあるが、本人の念に拠る処が大きい。

剣先を更に膝まで下げたルゲッティは左足を極端に前へ突き出すと右手の握りを替えて、槍投げのような姿勢をとった。
何故その構えとなったかは自分でもよく解ってはいないが、体中の血や筋肉、神経がルゲッティに『その構えをとれ』と伝達したのは確かだ。
しかし… 何故なのか?
そして召喚された悪魔が堪え切れん、とばかりに跳び掛かってきた。
その体躯からは微塵も想像できない速さで、常人なら首の一つも刎ねられるとこだろうが、ルゲッティは普通に歩いて避けた。
少なくとも、仲間たちにはそうとしか見えなかった。
「あれ?」
仲間や悪魔よりも自分が一番驚いている。
しかも、ルゲッティは単に悪魔が動たから反応しただけなのに、誰も気付かぬ間にその背中へ一撃を加えていた。
避けた事は意識していたが、攻撃に関しては全く何の想いも無かったのだ。
背中を傷付けられた事で猛る悪魔や心配そうな仲間を余所に、ルゲッティは自分に対して驚いているし、何かが変わった事に漸く気付いた。
今、その自信が本当に心の底から漲ってくるのが判る。


「どうやら "来た" ようじゃな。」
「どういう事です?」
チームの良心たる僧侶マリーズは未だ理解しきっていない。
「剣気じゃよ… 魔法の呪文を放つのも同じようなモノじゃがな。」
「呼吸…ですか」
「躊躇いや恐怖は全ての間を外してしまうからのぉ。」
今までのルゲッティは無闇に全方位へ闘気を放射していたが、真の強敵を独りで相対する事によって一点集中して意識をより研ぎ澄ます事を学習したと謂える。

通常の生物とは違い、神や悪魔といった霊質が強い存在と対峙した時に何よりも求められるのは小手先の技や陳腐な魔法などではなく、自身に対する信仰にも似た感情… 強い念に込められた "気" が必要不可欠となるのだ。
「一つ克服したな。」
笑うセトの横から盗賊のマニが顔を覗かせる… 彼は昔の仲間らが高位の魔神に魂ごと消された過去を持っている為に、こういう事象には人一倍敏感だ。
「本当に大丈夫か !? あんなデカイ化け物… 」
脳に刷り込まれた恐怖の体験は簡単に拭えるものではない。
マニは命からがら逃げ出す事に成功したが、今だに仲間だった人間たちの断末魔が耳から離れないし、玩具みたいに分断された体が見当違いな方向へバラバラに散っていった光景は儚い妖精のように眼(まなこ)から出て行ってはくれなかった。
何よりも、千切れた体から煙のような精神体を美味そうに吸い出す魔神の姿はマニの心を見事なまでに粉と砕いたのだったが… ひょっとすると、今日それが祓われるのかも知れない。

「お前さんが遭遇したのと較べてどうじゃ?」
セトが引き揚げた間柄だけに、逆にマニに対して遠慮は皆無だ。
「今日のが段違いだな… 」
彼は魔法に対して明るくはないが、それだからこそ異世界の存在に対しては単純に強いか弱いかの判定を下せる。
だからマリーズへの質問は確認に過ぎなかった。
「どうだ? ディスペル(除霊)できるかい?」
「無理ね… そういった相手じゃないわ。」
素っ気ない返事はマニへの嫌味ではなく、僧侶としての正直な感想だった。
霊的永久機関により多次元に亘って複数存在し得る高位の悪魔や魔神に通常の魔法攻撃や、祈祷による除霊は何の意味も持たない。
「私たちはとにかく守るしか… 後は剣の一撃で仕留めてもらうしかないわね。」
マリーズが謂う、仕留める場所は永久機関=魂の核となる部分だ。
こちらの解除呪文が効かぬのなら戦士に力づくにでもやってもらわねばならないのだが、ルゲッティは先程ダメージを与えている…
「そんなに時間は掛からないのでしょう?」
少し試すような眼差しをセトへと送るマリーズに
「 "片側" はヒビ割れた。さて… もう "片側" は?」
悪戯を見つかった子供のように微笑するセトと未だ少し不安が拭えないマニ。

その対比に答えが出るのはもう直ぐだ。


背中に一撃を加えられた事で悪魔は慎重になった。
少し距離をとり右へと廻るが、ルゲッティは意に介さず不動で瞑目、剣をだらりと下げて突っ立っている。

それは悪魔を挑発しているようでもあるし、敗けを覚悟したかのようでもあるが…
その時、ルゲッティは自身の左側に廻った悪魔へ微笑みかけた。その抱擁せんばかりの笑顔は明らかに弾けていて屈託がない。

そしてルゲッティは "すらすら" と悪魔に向かい歩いていった。
何の気負いも滾りもなく、旧知の友に逢うが如く然り気ない。悪魔の両手が炎に包まれたが、やはり変わらず歩を進め近付いた。
恐らくは悪魔が放つ一閃の炎が反撃の合図となる筈だったが、ルゲッティは顎だけクイッと引いて躱した。
そして残した左足を軸にして旋回したかと思うと既に悪魔の胴を薙いでいた。
ギエッ!
嗚咽を吐く相手に何かを手に入れた若者は限りなく優しかった。
「さようなら。」
左掌に小さな魔法玉を創り、悪魔の顔面で炸裂させると右手の剣で首を刎ねた。

「ほお… 」
セトは純粋に感心した。
教えた覚えはないから見よう見真似なのだが、ちゃんと威力の範囲を絞っており、修得レベルが低くない事を垣間見せている。
わざとらしいぐらい慇懃(いんぎん)に、阿(おも)ねった態度で近付くと…
「もう私めがお教えする事はなさそうでございますな。」
マリーズとマニはセトの "冗談" に付き合うつもりで調子を合わせようとしたが、ルゲッティの返事は2人の人生で一番の驚きを齎した。
「いや、お前の導きあっての事だ。未熟な私をよく見限らず、ここまで辛抱強く付いてきてくれた… 亡き父と母に顔向けできるというものだ。」
狐につままれっ放しの2人にルゲッティは向き直ると
「今まで黙っていて済まなかった。場合によっては危険に晒す可能性があったからの判断だったのだが… 私はルグラン・エルド・アラビク。」
名前を聞いた途端マリーズとマニは大きく仰け反り、次いで膝間づき平伏した。
何故なら、その名はリルガミンを含めたエルセナート大陸全てを治める正統王家の王位継承者… 王子のものだったからだ。


《ニルダの杖》を取り戻した英雄アラビクの諡(おくりな)を継いで幾世代、王家は【ブラザーフット教団】の表舞台への進出を許すだけではなく、政治や経済までも教団に主導権を掌握されるほど没落していて、もはや英雄の血脈を見る翳もない。
戴冠式の最中に貧血で倒れたルゲッティ改めルグランの父王を真横で眺めざるを得なかった宮廷首席魔導師セトは危機感を強烈に揺さぶられただけではなく、数年内に於ける王家の滅亡すら確信させた。
王が王たりえる為には!
「今や教団は権力を貪り酔いしれる事にしか興味が無い集団と化した。しかし、それを齎したのは王家が堕したからに他ならない。」
魔導師は跡継ぎの王子に剣の素養を見い出すと迷宮に連れ出した。
「父王の不甲斐なさにルグラン王子は憂いておられた。乱れる人心と今や王家を凌がんとする教団に… 」
そんな折りに "女魔導師の反乱" が起こった。

「私が少しぐらい城を空けても、教団は気付かないだろう。」
それどころではない、というルグランの目論見は当たったが、唯一の誤算はリーダーのナダルが大怪我を負ってしまった事だ。しかし他の2人は全く意に介さない。

「あんな奴、今頃はベッドで看護婦の尻でも撫でとるよ!」
「そうよ!そんな簡単に死ぬような男じゃないわ。」
マニは兎も角、マリーズまでが必死になっているのがどうにも可笑しかったが、その思い詰めた表情から自分たちで気付いている様子はないようだ。
「ところで王子、あの槍投げのような姿勢は?」
セトは "王子" という言葉を付け加え問い掛けた。朧気ながら予想はついていたが敢えて質問してみたかったのだ。
「あぁ、あれは何というか… 誘いだよ。あの構えなら相手は上から来ざるを得ないからね。それと撓み(たわみ)を作るのに丁度いいかな… と。」
低い姿勢から立てば相手側は自然と低い体勢になっており、こちらからの攻撃が容易くなる。
「なにせデカい相手だったから… 」
巨大な相手へ無理に合わせても攻撃の範囲は限られてくるし、こちらの威力も落ちる。だからこその誘いであり、次なる準備だった訳だが、一つ間違えば自分が窮地に陥る局面でもあった。
「それが… 何故だか自分でも解らないんだが、勝手に動けたんだよ。こいつ、思ったより遅いな… って。」
"見切り" を身に付けた事で動きの無駄を削ぎ、予備動作の必要がなくなった事で神速の領域に到達できたのだが、そういう者には、全ての事象が予定された出来事かのように移ろう。
「もはや、私などのお守りは必要ないという事です。」
老いた魔導師は目の奥から溢れ出る熱い放流を抑える魔法までは修得していなかったらしい。









笑顔だったマニが突然、真顔で訊ねた。
「ところでよ、ルゲッティ… これからどーすんだ?」
明らかに変名で呼んだ辺りに、この男の心情が表れている。どうやら心に巣食っていた闇の大半は若者が放った剣の一閃で祓われたらしい。
そして生意気で向こう見ずなルゲッティは "ルグランじゃない顔" で応える。
「私は… 私は未だ未熟者だ。第一、もし怪我とかしたら誰が面倒を見てくれるんだ? もし、とんでもない罠が仕掛けてあったらどうする?」

ルグランは "ルゲッティとして" 応えたが、その懇願にも似た言葉にマニとマリーズは安堵した。
もはや、ルグランとルゲッティの間には髪一本も入る隙間はない。

セトはセトのまま
「そうですな、これは急ぎの旅では無いゆえ、このままでも暫くは支障無いでしょう。ただナダルの容態が気掛かりではありますから… 」
合法的に町へ還れる手段を提示し少しだけ本心を顕した。
やはり立場上、血生臭い戦闘へ王位継承者が必要以上のめり込まれても困るのだ。
そんな心の機微を見抜いたように王子は静かに所信表明を披露する。
「そうだな、疲れたから今は町へ還ろう。ナダルの事も気になるし… でも私はまた迷宮に戻るぞ!」
教団が新体制になったというなら暫くの間は戦闘に専念したい。
「私は肉体的に絶対の自信を手に入れたいんだ。」
セトは "仕方ないな" という顔をして肩を竦めているが…
「大丈夫。政務を疎かにする事はしないよ。でも今は自分の限界を拡げ続けたいんだ!」

ルグランの力強い言葉を聞いてセトは寧ろ安心した。
そこには父王にない《失われた栄光》を体現する、若い迸りが強い輝きを放ちながら更なる異次元への探訪を渇望している、この上なく頼もしい姿が在ったからだ。
肉体こそはこの宇宙に於ける最高の器であり、磨き上げられた魂を収める事で一つの完成を見る。
その行く末に何が在るのか誰にも判らないが、少なくとも…
「さぁ還ろう!」
自分の居場所を見つけた者、更なる新天地を目指す者、どちらにしろ覚悟を決めて邁進する姿を眺める悦びは何にも替え難い。

彼の、彼らの旅は未だ途中だ…


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