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夏目漱石「行人」は、SPY×FAMILY(スパイファミリー)である

(掲題の画像はテレビアニメ公式サイトのものです。)

©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会


1、夏目漱石「行人」は、SPY✖FAMILYである


「 SPY✖FAMILY 」(スパイファミリー)という漫画・アニメ作品がある(テレビ放送は令和4年(2022年)~。私がこの文を書いている時点(令和6年)でも連載中)。

冷戦時代の旧東ドイツをモデルにした架空の国。ある西ドイツ側(な国)から潜入しているスパイの男性と、主人公である幼い女の子、そしてある東ドイツ側の女性の3人が、それぞれの事情によりほぼ初対面からいきなり、夫・娘・妻の「家族」のふりをして、東ドイツで同居生活をすることになるー という設定。
主人公の父親役がスパイなので「 SPY✖FAMILY 」。

主人公である女の子・アーニャは超能力者(エスパー)であり、幼いながらに全ての事情を理解している。

ここで特徴的なのは、アーニャは本物ではない両親を「お父さん・ママ」等ではなく、それぞれ、「ちち」・「はは」と呼んでいるところである。
これだけであればフィクションとして特徴的な言葉遣いをさせただけかもしれないが、他にもある。
アーニャは母親役の女性の実の弟の、まだ若い青年を、「おじ」と呼んでいる。当該キャラクターがいわゆる「叔父」とのイメージではないため、より印象的である。
さらには小学校のクラスメートで有力政治家の二男である男の子を、「じなん」と呼んでいる。
大人同士の会話で「あの次男坊は~」と語られるならわかるが、小学生がクラスメートを「長男・二男・三男」等の家族構成で呼ぶのは、私はスパイファミリーしか知らない。
ついでに主人公家族(フォージャー家・もちろん偽名)で飼っている犬がおり、「ボンド」との名前なのだが、この犬の名も公式サイトやグッズでは「ボンド・フォージャー」である。犬もあくまでもフォージャー家という(架空の)家族の一員、という設定である。

この、「家族関係性を示す呼び名が妙に多い」との点において、「行人」と「 SPY✖FAMILY 」とは共通している。

2、「行人」登場人物の呼ばれ方


・主人公の名前、「二郎
・主人公の兄の名前、「一郎

ダイレクトに長男二男関係を示すものである。
さらに物語の後半になってから、主人公は妹の「お重(しげ)」から昔は、(次兄なので)「ちい兄さん」と呼ばれていたが、「ちい」を取らせて自分を「兄さん」、長兄を「大(おお)兄さん」と呼ばせるようにした、とのエピソードが出てくる(なおこの説明がされるタイミングもえらく不自然)。

夏目漱石作品では「坊っちゃん」・「それから」も、主人公は「兄のいる二男」との設定である。しかし「行人」のように「一郎・二郎」と露骨に兄弟関係の名にはされていない、坊っちゃんと兄は姓名不明、「それから」の主人公は長井代助で兄は長井誠吾である。

さらに小説中の地の文(語り手は主人公・二郎)には、「(あによめ)」との単語が多数出てくる。
しかし作中で二郎が当の嫂に話しかける際の呼び名は「姉さん」だ。そのため地の文における表記も「姉さん」もしくは「義姉さん」や、名前の「お直(なお)さん」でもいいと思われる。実際、他の女性登場人物で名前のある人は、地の文でも「お兼(かね)さん」・「お貞さん」・「お重」との表記である。
しかし嫂についての地の文だけは、「」―あによめ― で、ほとんど統一されている。
(ちなみに二郎の友人・三沢は「お直さん」と呼んでいる(「帰ってから」二十三))

他にも、二郎と一郎は、兄弟間の会話で父親のことを毎回「お父さん」と称している。
これも互いに大人同士で、その場に父がいない時や、さらには兄弟で激しい口論になって父を批判的に語る際ですら、「お父さん」と呼んでいるのである。

「この馬鹿野郎」と兄は突然大きな声を出した。その声は恐らく下まで聞えたろうが、すぐ傍に坐っている自分には、殆ど予想外の驚きを心臓に打ち込んだ。
「お前はお父さんの子だけあって、世渡りは己より旨いかも知れないが、士人の交わりは出来ない男だ。なんで今になって直の事をお前の口などから聞こうとするものか。軽薄児め」
 自分の腰は思わず坐っている椅子からふらりと離れた。自分はそのまま扉の方へ歩いて行った。
「お父さんのような虚偽な自白を聞いた後、何で貴様の報告なんか宛にするものか」
 自分はこういう烈しい言葉を背中に受けつつ扉を閉めて、暗い階段の上に出た。

(「帰ってから」二十二)
(※ 著作権切れにより引用自由です。)

主人公の家族以外でも、主人公の友人「三沢」について同様の不自然さがある。かつて三沢の両親が結婚を仲介したある女性が、すぐに離婚し、何故か実家ではなく仲人である三沢の家にしばらく滞在することになった。このいわゆる出戻った離婚経験のある女性を三沢は、「娘さん」と呼んでいる。地の文の二郎の語りでも

 ――三沢は一旦嫁いで出て来た女を娘さん娘さんと云った。

とわざわざ注意書きのように、「娘さん」との呼び方が不自然ではないかと示されている(「友達」三十二)。

これらのように、明に暗に「行人」には多数の不自然な描写が仕込まれている。
これについて、順次語っていきたい。

しかし、もし本当に行人がスパイファミリーだとしたら、みんな血はつながってはいないと? 一郎二郎、芳江、両親、お重、、、



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