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【連載小説】夜は暗い ⑨


アラームで目が覚めた。
スマホを取り上げ、アラームを止めて時間を見ると14:01だった。
確かアラームは14時丁度にセットしていたので、1分以上もアラームを鳴らしてしまった事になる。
 
それから数分して、私はのろのろと動き始めた。身体を起こした時に、激しい頭痛が襲ってきた。

ヤバい…

私はトイレに駆け込み、戻した。
暫くトイレから動けなかった。
 
吐くものがなくなった頃、私はトイレを出て洗面所へ向かった。
鏡を見て驚いた。
私はキチンとパジャマを着ていた。
 
大体、ベッドに向かった事ですら覚えていない。
 
まずはコーヒーだ。

私はキッチンへ行き、いつも通り一杯分のコーヒーを淹れて、マグを持ってリビングへ向かった。本当は胃がムカついて、コーヒーなど飲みたくなかったのだが、ここでルーティーンを曲げる訳にはいかなかった。私はもう何十年もこんな飲み方をした事がなかったし、こんなに具合が悪くなったのも思い出せないぐらいに久し振りの事だ。
なんで、こんな事になってしまったのだろう?
確かに島野瑤子は奨め上手だったし、彼女自体が蟒蛇だった。
私は酒の強さに自信があったので、ついつい負けん気が起きた事は認めざるを得ない。しかし、大学生のコンパじゃあるまいし、意識を失くすまで飲むなんてあるだろうか?
こんなになるまで飲んだのなら、何をどれぐらい飲んだのかがとても気になった。
 
 
カーテンを開けると、9月半ばというのに、まるで真夏のような日差しが私の窓にも届いていた。
私は天気予報を見るためにTVをつけようと、ローテーブルに置いてあるリモコンを取った。
リモコンの下に、メモ用紙があった。
 
 
夕べはごちそうさまでした。
お陰で思う存分に上等のお酒を飲む事が出来ました。
シャンパンも美味しかったけど、泡盛は最高でした。
とっておきと言ってたけど、全部飲んじゃいましたね。
そんな貴重なお酒を出してもらったお返しに、黒さんをこの部屋まで連れて戻って、パジャマに着替えさせて、ちゃんとベッドに寝かしつけたので、それで許して下さいね。
でも、黒さんが先に酔っ払っちゃうなんて思ってませんでした。
弱くなったんですか?
それとも私が強いのかなあ。
まあ、いいです。
今日は中野駅に16時ですから遅れないようにして下さいね。
 
島野瑤子
 
 
と書いてあった。
 
 
うわちゃあ…
 
シャンパンの後にあの泡盛…
そらそうなるわな…
やっちまったなあ…
泡盛、いったんだろうなあ… 勿体ない…
 
私はコーヒーでアスピリンを飲み下し、慌てて下の店へ行った。
 
店のカウンターには空になったシャンパンの瓶が三本、そして私の大切な泡盛の甕、そしてスプライトの空き缶が二本に強炭酸水の2ℓペットボトルが一本あった。
 
これは…
 
私たちは大切な古酒を事もあろうに割って飲んだようだ。
 
多分、島野瑤子はスプライトで、多分、私は炭酸水で…
 
大甕に六分目までは残ってたはずの大事な古酒を炭酸で割る?
 
何たる事だ…
 
シャンパン三本も十分に痛いのだが、古酒を飲み干してしまったという事についての精神的なダメージは大きかった。
 
空いた瓶や甕が、惨殺された死体のように転がっているこの様を見て、私の頭痛はより激しくなったような気がした。
私はその痛みに耐えながら、カウンターの上を片づけた。きれいにしておかないと英郎君に悪いと思ったからである。それに売り上げのつかない空き瓶がゴロゴロしてるのを見つけられるバツの悪さもある。だから、シャンパンと甕は空き瓶が置いてあるところに目立たないように置いて出た。
 
部屋に戻ると、私は熱めの湯温にセットしたシャワーを浴び、頭痛が取れるのを待った。
10分は湯を浴び続けたが、頭痛は取れなかった。吐き気も止まらなかった。
仕方なく私は、シャンプーを使い、その泡で身体を洗って、シャワーを出た。
そして、さっさと着替えて、外へ出た。
 
 
私は馴染みの韓国家庭料理屋へ行き、薬膳スープを飲んだ。
熱いのだが、時間がないので、舌を焼きながら、とっとと飲み干し、店を出た。
スープのお陰で、すぐに胃のムカつきは取れた。残念ながら頭痛はまだだ。
しかし、それでもこのスープの効能は抜群である。
随分とオカルトチックだが、本当に胃腸の調子が良くなるので信じない訳にはいかない。
 
そして、JRで中野へ向かった。
 
 

中野駅には16時15分前に着いた。
早めだからまだ島野瑤子は着いてないだろうと思っていたのだが、彼女はもう来ていた。
私が近づくと、彼女は駅の外へと歩き出した。私は急いで彼女に追いつき、横に並んで歩いた。
 
 
「一人で起きれたようね」
「ああ、何とかね」
「でも、調子悪そうね」
「ああ、オモニの薬膳スープがなけりゃ、ここには辿り着いてないぐらいだ」
「二日酔いは酷い?」
「今はもう大丈夫だが、スープを飲む前はここで胃を吐けと言われれば、すぐに胃袋を吐き出せたぐらいさ。忘れてたよ、君が酒豪だってことをね。失敗だった。もう二度と君と差しでは飲まないようにするよ」
「そんな素気無い事言うの止めてよ。悪いと思ったから、あなたをちゃんと自分の部屋まで連れて行って、パジャマまで着替えさせてあげたでしょう」
「ああ、やっぱりそうか。僕が一人でベッドに行くのは分かる。でも、僕が一人っきりなら、絶対にパジャマなんかに着替えないよ。悪かったね」
「ホントよ。あなた服脱がすの大変だったんだから…あなたを裸にした時、私、面倒臭いからこのままにしておいて、私も全部脱いで一緒に寝ちゃおうかなと思ったんだけど…私、酔っ払うとエロくなるから…」
「ほう、何でそうしなかったんだ?」
「はあ?何も覚えてないの?」
「覚えてないな。ひょっとして今の頭痛が取れたら思い出すのかもしれないが…」
「あなたが拒否ったのよ。キスしようとしても、抱きつこうとしても、全部あなたは嫌がって…ねえ、私の事嫌い?」
「いや、嫌いじゃないが、僕には破れない信条があるんだ」
「信条って?」
「酒が強くて、気も強くて、頭のいい女とは、僕は寝ないっていう信条さ」
「何それ?取って付けたいい訳みたい」
「その通りだ。まだ着かないのか?」
「もうすぐよ。目の前にある左側のタワマン」
 
私は前を見た。
結構なマンションだった。
 
「行こう」
 
私たちはマンションのエントランスへと入っていった。

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