【連載小説】夜は暗い ④
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この店のプリンは、昭和純喫茶の代表例になり得る「固いプリン」だ。
それが、足がついてる楕円形の銀の器に載ってくる。
プリンは左側に寄せられており、真ん中にはスクーパーで掬ったバニラアイスが鎮座し、右側にかけて星形に絞り出したホイップクリームと斜めにスライスし、皮が残っているバナナが二つV型に載っている。プリンの上には当然赤いチェリーだし、そのバニラアイスにはウエハースまで斜めに刺さっている。
これをプリンア・ラ・モードと呼ばずに、なんとする。正に純喫茶界の王道を走る間違いない一品だ。
しかし、残念な事に岩田にかかればそんな一品の2分で無くなってしまう。
岩田は甘いもの好きだし、早食いだし、大食いなのだ。
私がプリンの一掬いして、その上に慎重にホイップクリームを載せて食べている間に、岩田は全部食べ終えてしまった。そして、富田に「まだ、ホットケーキはできるか?」と訊いた。
「アンコは切れちゃってるが、普通のヤツならできるよ」
「サンドウィッチは?」
「タマゴは品切れだ。ハムサンドなら」
「じゃあ、両方くれ。後…」
「分かってるよ。キュウリ抜きだろう?」
「で、」
「あるならレタスを挟んでくれ、だろう?」
「分かってんじゃん」
「両方食うのか?」
「ああ、ここで俺の晩飯を済ましちまう。いいだろう、黒崎?」
「黒ちゃんの奢りか?じゃあ食うわな。それにしても人使い荒えなあ。夜中だぜ、もうちょっと楽させろよ」
「金儲けできるんだから、文句言わずにさっさと作れよ。あんたが作ってる間に、俺は黒崎と話をしなきゃならねえんだ。なあ、そうだろう?」
「まあいいよ。早速話がしたい」
「ああ聞こう」
富田がトレイを持って戻ってきた。
「ほらよ、サンドウィッチ出来たよ。黒ちゃんの分も半分だけ増やしてあるから食べな。黒ちゃんのは、マスタード入ってるから。左に寄せてある三つが黒ちゃんの分だ」
「早えな…」
「パンは切ってるからな。それにハムとレタス挟むだけだ。ああ、ホットケーキは粉を練らなきゃならんから、ちょっと時間かかるぞ」
「分かった」
岩田はサンドウィッチを食べ始めた。
私も一つ摘まんだ。ハムサンドにはキュウリが入ってあった方がいいのになと思った。
岩田がサンドウィッチとホットケーキを食ってる間に、私は君塚有紗の話をした。彼はホットケーキにメイプルシロップをドバドバかけて食べた。
横にいる私が気持ち悪いと思う程に、ケーキはシロップでベタベタしていた。
岩田はスマホでチェックして、即座に「今出てる行方不明者の中に君塚有紗という名前の子はいないし、その名前じゃなくてもその年頃の女子もいない」と答えた。
うん、話が早いのは良い事だ。
こんなんならもっと早く話を切り出せばよかった…
お陰でここのマズいコーヒーを二杯も飲んでしまった。
この店のコーヒーは温いのが許せないし、酸味が強すぎて私の好みではない。
しかも、〆に今度はバニラアイスクリームが載ったコーヒーが来てしまう…
「まあ、もう少し君塚有紗という名前で調べてやるよ。何か出たら連絡する。じゃあ、俺は終電の時間があるから、これで帰るな」
「ああ、頼みますよ」
「おいおい、クリームソーダとアイスが載ったコーヒーが出来たぜ」
「大丈夫だ。一気に飲んじまうから」
そう言って、岩田はまずソーダ水を一気飲みし、残ったアイスを長いスプーンで二口で食べ、最後にチェリーを口に入れた。
「何だ、味気ねえなあ。もっと味わってくれよ。観光客の外人さんみたいによう」
「スマホで写真撮れってか?そんな趣味ねえよ。じゃあ黒崎、またな」
岩田は出て行った。
私はコーヒーの上に載ったアイスクリームだけを食べ、支払いをして出た。
支払額は、なんと7,800円もした。
富田は外国人相手にいい商売をしてるのだな…そう思った。
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