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【10回連載小説】タケルとスミカ最終話(10)

【電車で多摩川を越える】
「こんな午後早い時間に、帰る方の電車に乗るの、あんまないから、ビックリだね、空いてて。」
「でも、これ、各停だぜ。空いててもいいんじゃねえか?」
「別に、急いで帰る必要ないじゃん。」
「まあ、そうだけど。」
「もう、多摩川越えるよ。」
「意外に早えよな。多摩川まで。」
「だよねえ。多摩川越えたら、もううちらの駅だもんね。」
「座って、ゆっくり多摩川越えんの、スゲエ、久し振りな感じがする。」
「そうだねえ。いつもなら、川越える時、大体つり革もって、スマホ見てるもんね。」
「夏が来てるなあって感じがするなあ。川原の草の緑見てると。」
「だねえ。」
「夏って言えば、俺、今度の夏休み、留学する事にした。ショートステイだけど。」
「えっ?聞いてない!どこ、行くの?」
「ジュネーブ。」
「ジュネーブ?スイス?」
「そう。」
「何?そこで何すんの?」
「イヤ、俺さあ、肘、ダメにして、大学で野球出来ないって分かって、目標を失ってた時に、スミカが医学部、奨めてくれたじゃん。スポーツ医学って道をさ。あん時さ、俺の中で光が見えた気になった。だから、受験勉強も頑張れたと思ってる。そん時はね本当に、スポーツ医学を学んで、整形外科の医者になろうと思ってたんだけど、方向を変える事にしたんだ。」
「方向を変える?どっちに?」
「公衆衛生の方。世界中で、きれいな水を飲めない子供や、悪い蚊に刺されただけで死んでいく子供が、何十万人もいるだろう。あれを少しでも解決するために、俺の医者の免許を使おうと思って。だから、ジュネーブに行くんだ。WHOのそばでね、公開講座があるのを見つけたんだよ。それに2週間出ようと思ってて。」
「へえ、タケル、そんな事考えるようになったんだあ。よかった、医者の道、奨めて。いいよ、私もそれに行くから。」
「えっ?スミカも来るの?」
「ダメなの?まだ、申し込み、出来るでしょう?」
「それはたぶん、大丈夫だと思うけど…」
「だって、タケル一人で行って、大変じゃない。英語もしゃべれないし、大体、アンタ、野球ばっかりやってたから、海外旅行なんて行ってないでしょう?」
「ああ、初めてパスポート、取ったよ。」
「だから、私が一緒に行ってあげる。私、英会話得意なの、知ってるでしょう?」
「ああ、高校時代、夏はハワイに行ってたもんな。」
「じゃあ、OKね?私が行くの。」
「まあ、一緒に来てくれるのは嬉しいけど…でも、公衆衛生だぜ、スミカの家の内科の話なんて、全く関係ないぜ。それでも、大丈夫なの?」
「そりゃあ、私、前にタケルに言ったけど。お父さんから私が病院を継ぐようになったら、家の病院を取り壊して、もっと大きな病院を建てて、私の内科と、タケルのスポーツ整形外科を一つにしたクリニックにしたいとか。でも、タケルが整形外科、やんないなら、それはそれでいいわよ。私も、公衆衛生やるから。」
「公衆衛生やるからって?じゃあ、スミカの家の病院は、どうすんだよ?」
「うちのパパ、まだ50歳だから、後20年は病院、やれるでしょう。20年経てば、私も40歳ぐらいだから、そっから継げばいいわ。それまでは、公衆衛生。ね、いいアイディアでしょう?」
「まあね。でも、俺は貧困国とか行くつもりだよ。そこまで、スミカ、ついて来るつもり?」
「まあ、それはその時考えるわ。ジュネーブは一緒に行くから。いいでしょう?」
「じゃあ… いいよ。」
「私が一緒だと、助かるでしょう?」
「まあ、助かる。」
「よかった!」
「言わされてる感、満載だなあ…」
「でも。助かるでしょう?」
「まあね。俺、ホント、言葉、ダメだし。何なら、飯も作れないし…」
「ほらね。私が一緒の方がいいのよ、絶対!だから、行ってあげるから!」
「… 分かったよ。」
 
 
 
 

 

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