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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】 レナ②

真夜中の幹線道路。

 

道を行くのはトラックとタクシーだけ。

 

レナは、今晩の泊まる場所を見つけられず、仕方なくずっと、車を走らせていた。

 

ロードサイドにコインランドリーのサインが見えた。

洗濯物が溜まってる。

 

レナは、コインランドリーの駐車場に車を止めた。

洗濯物を持って、車を降り、中に入ると、誰もおらず、ただ、洗濯機だけが一生懸命、回っていた。

 

空いてる洗濯機を1台見つけた。

レナは自分の洗濯物を入れ、洗剤を入れて、硬貨を入れて、洗濯機を始動させた。

暫く、動いているのを確認し、大丈夫だと思ってから、レナは車に戻った。

 

車でテレビをつけると、アメリカの哲学者のドキュメンタリーの再放送をやっていた。

つい見入ってしまい、洗濯の事を忘れてしまった。

 

番組が終わった。洗濯物の事を思い出した。

 

レナは洗濯物を入れる大きなトートバッグを持ち、車を降り、中に入った。

 

中では、洗濯物を待ちながら、カップラーメンを食べるおじさんが一人いた。

 

美味しそうだな…レナは、そう思った。夜中のカップラーメン…

 

おじさんに軽く会釈して、レナは自分の洗濯物を取りに行った。

洗濯機の丸いドアを開けると、モウワっと、熱気。

洗濯物を取り出す。全部、乾いている。

 

部屋の真ん中にあるテーブルの上に洗濯物を持っていき、軽く畳んでいく。

 

すると、バイブ音。

レナのポケットにあるスマホからだった。

ニューヨークに行った同期で、勝手にプロポーズしたヤツ。

うざい! ほったらかしにしようと思った。

 

そこに…思いついた。

 

レナは電話をつないだ。

 

ニューヨークは午前中。空は晴れているようだ。

「やっと、つながった。ねえ、今までどうしてたの?」ヤツが言った。

「うるさいわねえ、私が何をしようが、アンタには関係ないじゃない。」

「えっ?」

「あっ、そうそう、アンタに言っておかないといけない事があるわ。」そう言って、レナはおじさんの元に駆け寄った。おじさんは、カップラーメンを食べながら、何事だ?という表情になった。

「私ねえ、今度、この人と結婚する事になったの。」レナはおじさんの顔を一瞬、画面に写した。

「ええ?」

「ええ?」おじさんも慌てた。口に入れた麺を吹き出すほどに。これはヤツには見せずに済んだ。

「そういう事だから、もう二度と電話してこないでね。よろしくね。」そう言って、レナは電話を切った。

 

「何だあ?」おじさんは、レナに向かって言った。

レナは、イヤなヤツに電話で言い寄られてて困っており、それで、おじさんには悪いけど、咄嗟におじさんに役立ってもらう事にしたんだと、説明した。

「じゃあ、役に立ったのけ?」

「多分。」

「まあ、良かったな、それじゃあ。最初、ビックリしたよお、俺と結婚するなんて言うからさ。アンタ、美人だから、俺、ラーメン食いながら、見とれてたんだよ。それがさあ、いきなり、結婚だなんていうもんで、俺、かあちゃんと4人の子どもを捨てなくてはなんねえか?って、思っちゃったよお。」

「それなら、安心して。家族は捨てなくて、大丈夫よ。」

「いやあ、そりゃ、どうかなあ…アンタだったら、捨ててもいいよ。」おじさんは笑いながら言った。

「またあ!おじさん、ラーメン、吹いちゃったね。お詫びに私、もう一杯、ご馳走するわ。」

「いや、ラーメンはもういいわ。だったら、甘いカフェオレをご馳走してくれるか?」

「もちろん。」レナは、自販機で、甘いカフェオレの缶コーヒーを2つ買い、一つをおじさんに渡した。

「ありがとう。」と言い、おじさんは受け取った。

「こちらこそ、ありがとう、おじさん。またね。」そう言って、レナは外へ出た。

 

レナは普段、缶コーヒーを飲む事は無い。

でも、今日はおじさんが好きな味を私も飲んでみようと思っただけだ。

 

車を出した。

 

缶コーヒーを開けた。

 

恐ろしく甘かった。

 

でも、その甘さが、今夜は少し嬉しかった。

 

 

9月になった。

 

レナは、そろそろ北上しようと思った。

 

10月の2週目までには奥入瀬に行ってたい。そこで、最初の秋を満喫したいのだ。

そこから、紅葉前線に沿って、徐々に南下していく。

東北の燃える秋をずっと、身体にしみこませるために。

ゴールは、日光のいろは坂と決めているが、ひょっとしたら、まだまだ続けるかもしれない。

どうせ、宛てのない旅だ。あまり、細かくは決め事はしない。

 

今は、山陰にいる。

さっき島根の海に滑り落ちるような感覚になる、有名な橋を渡ってきたところだ。

まだ、午前中。今日は、国道を東へ、出来れば、今日中に天橋立まで行きたいと、思ってる。

 

昼時。

兵庫県の城崎温泉に通りかかった。

すごく趣のある温泉街だが、先を急ぐために通り過ぎた。

 

お昼ごはんは、出石で蕎麦を食べた。

小さな皿に載っている沢山の蕎麦。つい、食べ過ぎてしまった。

腹ごなししないと…そう考えたら、戻って、城之崎で温泉に浸かりたくなった。

城之崎で車を止めて、少し長い距離の散歩をし、その後、温泉に浸かる。

そしたら、もう夕方になるので、城之崎の海岸沿いで夕日を見て、そのまま泊まる。

 

考えはまとまった。

もう、天橋立に行く気はない。

 

戻って、思った通りの行動をした。

 

城之崎の夕日の色は、残念ながらレナの思う茜色ではなかった。

 

 

よく晴れた朝。

 

9月だというのに、朝から日差しはきつく、夏を思わせる日。

 

レナは、午前中、洗濯をし、買い物をした。

お昼ごはんは、クロワッサンにプロシュートとクリームチーズをはさんで、食べた。

 

午後になり、ようやく走り始める。

 

本当は、能登半島をぐるっと回るつもりだった。でも、お正月の震災の爪痕は深く、レナのような気ままなドライブのために、大切なライフラインである道路を走るのは申し訳ないと思い、前の日の午後に金沢に着き、金沢駅前で輪島塗のお椀などを買って、ささやかな貢献をさせてもらった。

 

千里丘なぎさハイウェイ。

 

日本で唯一の砂浜の国道。

 

良く晴れた日には、持ってこいの爽快感。

 

片道だけだとすぐに終わってしまうので、レナは、3往復した。

 

3回目の復路の後、レナは砂浜の駐車スペースに車を止めた。

 

もうすぐ日暮れの時間だからだ。

夏の日差しを感じさせた昼間の太陽も、この時間には、すっかり秋の顔になる。

夏よりも赤みが強いオレンジ色が辺りを包む。

レナは、コーヒーメイカーからコーヒーをステンレスのマグに入れ、外に出た。

 

潮風が吹き抜ける。

 

少し、身体に感じる冷気が心地よい。

 

海に沈む夕日を見ながら、レナはコーヒーを飲んだ。

 

太陽は、海に沈んでしまった。

レナはコーヒーを飲み終わった。

 

私の求めている茜色とはちょっと違ったな、そう思って、レナは運転席に戻り、エンジンをかけた。

 

 

お昼ごはんは、氷見でブリの海鮮丼を食べた。

 

氷見の寒ブリ。

 

ブランドとして、名前が知れ渡っている通り、氷見のブリは旨かった。

 

これまで、ちょっと、寄り道が過ぎてるな。レナは、そう思っていた。

 

目指す青森・奥入瀬渓谷までは、まだ遠い。

 

今日中に、新潟には入っておかないと…

 

レナは午後から、国道をひたすら走る事に決めた。

 

夕方遅めの時間に、新潟県村上市に着いた。

 

道の駅の駐車場で夕日を見たが、今日は曇っていて、そんなに良くなかった。

 

村上は鮭の町と聞いた事がある。

 

日本海沿いの旅館に泊まる事にして、車を止めて、チェックインした。

まずは、温泉に浸かる。

そして、町中の酒が堪能できる居酒屋を目指して、外出した。

 

旅館で教えられた有名な居酒屋は見つかった。

古民家で、中に入ると、天井の梁から、沢山の鮭が吊られている。

 

面白い…そう思った。

 

鮭ずくしの料理と、地元の旨い地酒。

 

レナは、いつものように盛大に酔っぱらい、楽しい気分のままで、旅館に帰って寝た。

当然、布団の上に、服も脱がず、化粧も落とさずにだ。

 

どうせ、明日の朝、また、やってしまったと、反省するだけなのに…

 

懲りない性分だ。

 

翌朝。

レナは、電話の音で起きた。

あまり聞きなれないベルの音。何事かと思った。

館内電話。

時計を見た。11時10分。

 

うわあ、やってしまった。

 

慌てて、受話器を取る。

「フロントですが。」

「すいません、寝過ごしてしまいました。すぐに準備をして、チェックアウトしますので。」レナはそう言って、受話器を置いた。

 

トイレを済ませ、洗面所に行く。酷い顔だ。化粧を落としていないばかりか、涎の後が頬についている。

これは… ヤバい…  

化粧を直している暇はない。

レナは、キレイに化粧を落とした。

 

そして、部屋に戻り,身支度を整えようと思った。

そこで、強烈な頭痛を吐き気を感じた。

二日酔いだ。

いったん感じてしまった頭痛はすぐには取れない。

吐き気は、どうしようもないので、トイレに行った。

 

これは、無理だ。レナはそう思い、そのままの格好で、フロントへ行った。

 

フロントと書かれただけの、小さな番台のようなカウンターには、50代の女将さんが一人でいた。

レナが声をかける。「すいません。」

「ああ、チェックアウト?」

「いや、すぐには、部屋を出れそうにないので、もう1泊したいのですが、延泊は可能でしょうか?」

「それは、全然できるけど。。。どうしたの?」

「いや、昨夜、こっちのお酒があまりに美味しいので、ちょっと飲み過ぎまして…」

「あら、イヤだ。二日酔い?」

「ええ、酷く。」

「そんなに飲んだの?」

「覚えてないぐらいに。」

「そう。嬉しい事、言ってくれるじゃない。」

「えっ?」

「村上の地酒を飲んでくれたんでしょう?」

「そう。最初から、熱燗で。」

「それで、二日酔いになるまで飲んだんでしょう?」

「ええ。」

「ウチはねえ、この旅館は副業なのよ。本業は日本酒の蔵元なの。ウチの酒も飲んでくれたんでしょう?」

女将さんは、ブランドの名前を言った。レナが気に入って、ずっと飲んでた酒だった。

「ああ、そう。ウチの酒をそんなに気に入ってくれたあ。ありがとう。」

「いや、本当に美味しかったです。」

「じゃあ、こうしましょう。部屋は、今日もそのままでいい。でも、部屋の掃除には入らないわよ。布団もそのまま、それでいい?」

「はい。」

「で、あなた、今朝、温泉、入ってないでしょう?」

「はい。」

「じゃあね、悪いけど、これから女湯と、男湯、どちらも風呂掃除してくれない?やり方は、後でみっちゃんに教えてもらうようにするから。」

「はい。」それで、どうなるのだろう?

「で、お風呂掃除が終わったら、あなた、お風呂に浸かってもいいわ。ゆっくり浸かってもいい。でもね、1時半までには出てきてね。それがウチの従業員のお昼ごはんの最後だから。」

「はあ…」

「で、お昼食べたら、部屋でゆっくりするといいわ。で、4時になったら、手伝って。今日は食事付きのお客が4組来るから。それだけ、手伝ってくれたら、今日の分の宿泊費は要らないわ。」

「ええ?」

「いいの、いいの。ウチの酒をそんなに気に入ってくれたんなら、それぐらいはしてあげなきゃね。それでいい?」

「分かりました。」

 

レナは、それから一生懸命働いた。

 

お客様の夕食の給仕が終わり、従業員が夕食を取り出す頃、女将さんがレナに酒を持ってきてくれた。

「ウチの大吟醸。昨日は熱燗オンリーだったって、言ってたわよね。」

「ええ。」

「今夜は、こいつを冷で。」

女将と、料理長と、バイトの女の子、みっちゃんと鮭のとばをあてに、飲み始めた。

そして、すぐに分かった。この三人には到底かなわない。

三人とも本気の酒飲みだと。

 

レナは、ほどなく失礼して、風呂に入り、早く寝た。

 

 

レナは、夜、山の頂上に近い駐車場に来た。

 

周りには家はなく、背の高い建物も、塔もない。

 

眼下には、市街地と、左右に流れるバイパス道路の灯り。

 

今晩は、十五夜だ。

 

誰もいない駐車場にテーブルを出し、ススキを飾った。

そして、麓の和菓子屋で買った月見団子を皿に盛った。

 

レナの正面には、大きなまあるいお月さま。

今日の月は、黄色味が強く、可愛らしい。

 

レナは月に向かって、お祈りをした。

 

どうか、どうか、お願いだから、あの人に会わせて。

もう一度、もう一度、あの人に会わせて。

 

レナは、それだけを唱え続けた。

 

ずっと、拝んでいるレナの側で、コオロギが鳴いていた。

 

 

雨の高速道路を走っている。

 

午後2時だというのに、夜が迫っているような空模様。

 

レーンを走る車は全部、サイドランプか、フォグランプを点灯している。

 

スマホのブザーが鳴った。

 

六本木の彼からの電話。

 

珍しい。

 

普段、彼から電話が来る事は無い。

 

レナは運転しながら、通話ボタンを押した。

 

スマホは車のスピーカーに連動させており、スピーカーフォンになっている。

 

「どうしたの?」レナが訊く。

「いや、いつ、帰ってくるかと思って…」彼が答えた。何故か声に疲れが滲む。

「まだ、帰らないわ。どうして?」

「帰ってきて欲しいなあって、思ってて…」

「どうして?私、帰るって、約束した覚えはないわよ。」

「それは、そうなんだが…帰ってこれないか?」

「どうして?」

「僕が、帰ってきて欲しいからだよ!それじゃ、答えになってないか?」

「怒鳴らないで。」

「…」

「私、怒鳴る人、キライなの。」

「…」

「もう、掛けてこないで。お願いだから。」

 

レナは電話を切った。

外は雨。

暗いので、レナはヘッドライトを焚いた。

 

 

県庁所在地の大きな街に着いた。

 

レナは、デパートへ行き、どうしても買いたかったものを買いに行った。

地下の食料品売り場で、全部揃える事ができた。

そして、5階に上がり、食器売り場でも買い物をした。

レナは、満足して、車に戻った。

 

その街を出て、さらに北へ向かう。

夕方の時間。

 

レナはまた、海沿いの駐車場に車を止めた。

今日は、この駐車場の近くの民宿に泊まる事にしている。

 

オレンジの色が深くなる前に。

 

レナは車のキッチンへ行き、買ったものを出した。

 

テキーラ。

オレンジジュース。

グレナディン・シロップ。

そして、それを注ぐためのフルート・グラス。

 

フルート・グラスにテキーラを注ぎ、その中にオレンジジュースを入れる。

軽く、ステアして。

グレナディン・シロップを数滴垂らして、完成。

 

テキーラ・サンライズ。

 

鮮やかなオレンジ色に、深く沈むグレナディンの血のような赤い色。

 

沈む夕日と、どっちが赤いだろう。

 

レナは、フルート・グラスを空に翳し、色を比べながら、ゆっくりと飲んだ。

 

太陽が海に落ちていく。

 

テキーラ・サンライズをもう1杯。

 

好きな茜色を見つける旅は、こうして充実の度合いを深めていく。

 

 

本当の事を言おう。

 

レナは、単に自分の心象風景の中にある茜色を探しているだけではない。

ある人を捜しているのだ。

 

レナは、ここに来るまでに、

 

香港人の男友達。

六本木のギター弾きの彼。

会社の同期で、ニューヨークにいる男。

 

この3人と、恋愛らしき事をやって来たのは間違いない。

 

このうち、一人は本命になると思っていた。

しかし、レナは迷った。

 

香港人で、今はロンドンにいる友達は、ロンドンに留学した時に知り合った。

ロンドンの語学学校では、何故かその年に限って、東アジアからの留学生が少なく、レナのクラスでは、レナと、その香港人、レイモンドだけだった。

同じ、東アジアの人間同士という仲間意識が働いたのかもしれない。二人で行くチャイナタウンで食べるボイルドライスが美味かったからかもしれない。とにかく、二人はロンドンにいる間、ずっと、恋人のようだった。

その後、レナは日本に帰った。

レイモンドも、国に帰る予定だった。しかし、レイモンドは帰れなくなった。

レナは、レイモンドの事を気にかけ、ずっとメールをしていた時期があった。

しかし、大学の普通の生活が戻ってくるにつれ、レイモンドへの愛情に疑問符がつくようになっていた。

あれは、愛じゃなくって、お互いの心を慰め合ってただけなの?

レナは、分からなくなっていた。

 

六本木のギター弾きと出会ったのは、偶然ではない。

彼女が推していたバンドの外部ギタリストとして、ツアーに参加していたのが、彼、三ツ沢義臣だ。

ギターを弾きながら、合間にビールを飲む姿、シニカルな演奏スタイル、高音を聴かす時の彼の恍惚の表情、それらにレナは参った。そして、出待ちを繰り返して、彼が寝ぐらにしている六本木のバーを見つけたのだ。

最初は、自分から押し掛けたので、自分は彼の事が大好きだと思っていた。

しかし、会社に慣れ、仕事が充実してくると、彼のラフ過ぎるライフスタイルが、合わないと感じ始めた。

そして、今では多少鬱陶しくもあった。好きで押し掛けた彼にそんな事は言えない。

彼は彼で、今まで一回もレナに「愛している。」とは言わない。

彼が好きだと思ってたのに、それは確信していたのに、レナの自信は崩れ去ろうとしていた。

だから、いったん距離を置いた。

 

同期でニューヨークにいる男は、小塚雅彦という。

東大出のエリートで、家は歴代官僚を何代も続けてきたという名門らしい。

実際、二人の兄は、官僚となっており、三男の雅彦だけが民間企業に就職した。

エリートの名門家。それに魅かれたという感覚はない。しかし、入社直後に、雅彦にちょっかいを出したのは、レナの方だった。でも、それは気があるモーションのつもりではなかったのだが、雅彦は釣られた。

その釣られた雅彦を見て、レナは面白がっていただけなのかもしれない。

とにかく、雅彦はプロポーズまでしたのだから…

 

この三人のいずれかと、レナは真剣に付き合おうと思っていた。しかし、決められなかった。

 

それは、この三人以上に、レナの心にいつもいる大事な存在があるからだ。

その人を捜す。

そのために、レナは旅をしている。

 

 

秋分の日。

 

レナは、ネットで検索をして、自分の宗派のお寺を探し出した。

 

午前中、晴れた秋の日。

 

お寺に参る。

 

境内には、線香の煙が立ち込め、神聖な香りを放っている。

 

お賽銭を入れて、お祈りをする。

 

先祖の霊に供養するために。

 

おばあちゃん。大好きだったおばあちゃん。

お父さん。今も大好きだよ。

 

レナは長く手を合わせた後、寺を後にした。

 

寺から駐車場に向かうまでの砂利道の両サイドには、曼殊沙華が咲き誇っていた。

 

 

実は、レナはずっと、山がつくナンバープレートの赤いタンクのハーレーダビッドソンを捜している。

だから、山がつく県に入ると、レナは緊張する。

山形県に入って3日目になる。

本当なら、もう秋田を北上していなければならない。

山口の時はそうだった。

緊張で吐きそうになり、すぐに次の県に入った。

そしてそれは、レナにとって、後悔以外の何ものでもなかった。

だから、レナは山形県をつぶさに周った。

しかし、目指す赤いタンクのハーレーは見つからなかった。

そして今日、秋田へ向かう。

 

 

秋田市の市街地にいる。

 

もう10月に入った。

朝晩の冷え込みが少しキツくなってきたので、レナは布団を買おうと思った。

 

レナの車の前の持ち主は、寒くなってきたら、車のベッドの上で、寝袋を使っていたと聞いた。

だが、レナはそれはイヤだと、思ってる。

 

あの車のベッドは、レナにぴったりのサイズで、マットレスも柔らか過ぎず、硬過ぎずで、丁度いい。

そんな快適な寝心地を、寝袋であっさり不快なものに変えてしまうと思ったからだ。

 

普通のシングルの布団だと、横幅が少し大きすぎるので、少し、縦に細い布団があるといい。

 

商店街に布団屋を見つけた。

レナは探している布団を、店主に告げた。

すると、店主が奥から、レナの注文通りの細めの布団を持ってきた。

本当に、いい感じに細い布団。

羽毛と、綿の混紡らしい。

 

レナはすぐに気に入り、値段を訊いた。

安くもなかったのだが、サイズが気に入ったのと、暖かそうだったので、レナは買う事に決めた。

店主は、布団を上手く紐でまとめ、布団屋のロゴが入った紙を括り付けた。

そして、紐に手提げをつけて完成。

レナは、支払いをした。

そして、その手提げをもって、新しい布団を持って出た。

持ちやすいのだが、自分の人生で、布団を持って、商店街のアーケードの中を歩いたのは、初めてだ。

レナは、そう思い、一人で微笑んだ。

 

 

お昼に乳頭温泉郷へ行き、湯に浸かってきた。

日帰り入浴ができる宿でだ。

 

宿のフロントで、里芋を売っていた。大きな袋一杯の里芋。

レナは里芋が好きだ。しかし、その袋一杯の里芋は、到底一人では食べきれない。

里芋の前で、レナが逡巡していると、宿のおじさんが、レナの元に来た。

 

「里芋、買いたいの?」

「ええ、でも、私、一人だから、この量が少し多すぎて…」

「ああ、そう。」

おじさんは、いきなり、里芋を入れたビニール袋の封を解くと、里芋を半分にした。

「これぐらい?」

「ええ、いいんですか?」

「構わねえよ。じゃあ、100円。」

「えっ?100円?」

「ああ、100円。ハンパにするとめんどくせえからな。」

レナは、おじさんに100円を渡し、里芋の入った袋をもらった。

 

今日は、田沢湖の畔のキャンプ場に泊まる。

折角、乳頭温泉に行ったのだから、宿に泊まる手もあった。

しかし、今は秋の始まりの季節。

乳頭温泉には、やはり雪深い時に泊まる方が良いと判断した。

 

オートキャンプ場に着くと、レナは火おこしの準備をした。

今日は、焚火で料理をするつもりだ。

 

薪を事務所で買い、火をおこす。だいぶ慣れてきたようで、8回目には火おこしに成功した。

BBQスタンドでは、いつものように炭を焚き、やかんを載せた。

キャンプ地に着いたら、そこの空気とともに紅茶を味わう、いつもの儀式だ。

 

田沢湖の湖面に夕焼けの光がキラキラと輝きだす頃、レナは夕食の準備を始めた。

今日は、比内地鶏と、さっき買った里芋をダッチオーブンで蒸し焼きにする。

 

ダッチオーブンの内側に、まんべんなくオリーブオイルを塗り、比内地鶏を寝かせる。そして、その周りに皮をむいた里芋を敷き詰める。鶏の上にハーブを置き、全体に軽く塩を振る。

そして、蓋をしてから火にかける。

 

BBQスタンドには、ナベを置き、レッドワインを注ぐ。ホットワインを作るのだ。

ダッチオーブンは、30分ぐらいかかる。

その間に、レナはワインをしこたま飲んでしまう。

いい加減に酔っぱらってきた頃に、料理が出来上がる。

 

比内地鶏は、肉に弾力があり、皮がパリパリしていて旨かった。

里芋。蒸し焼きにすると栗のような味になる。

これは、何個でも食えるわ。

 

レナは、ガッツリ食って、ガッツリ飲んだ。

 

湖には、冷たくなってきている風が、柔らかに吹いた。

その風は、酔って熱くなっているレナの頬を撫でていった。

 

 

奥入瀬のオートキャンプ場に着いた時は、もう夜だった。

 

レナは、すぐにキャンプ場のシャワーを使い、それから車のキッチンで簡単に夕食を作り、食べた。

 

今日は疲れた。

レナはそう思った。

 

ただ、ここまで運転してきただけなのに。

 

運転中、レナは「いよいよ、心を決めないと」と、思い始めた。

何で、思い始めたのかは分からない。

でも、いつかは決めないといけない事なんだ。

ずっと、先延ばししていただけ。

 

それは、分かってる事だった。

 

 

赤いタンクのハーレー。

 

絶対に見つけないといけない。

見つけないと、全てが始められない。

そして、全てが終われない。

 

分かっている。

 

こんな事をずっと、運転しながら考えていた。

だから疲れた。

 

レナは、ベッドサイドのLEDのスタンドを消した。

そして、渓流の音を聞きながら寝た。

 

 

本当は、奥入瀬から始めて、ずっと紅葉を追って南下し、燃える秋を満喫するはずだった。

 

でも、レナは決めた。

 

山梨へ向かう。

 

あの時、ちょっとだけ見えたナンバープレートには、山の文字があった。

 

しかも、多分あれは何とか山ではなく、山何とかのはず。

 

見た場所から考えても、山梨と考えるのが順当だ。

 

山梨へ向かう。

 

あの赤いタンクのハーレイを見つけるために。

 

そして、彼に会うために。

 

 

山梨に向かう。それは間違いない。

それもできるだけ早く。それも間違いない決意だ。

 

しかし、それにしてもレナには譲れない二つの事があった。

 

その一つ。

宮城県に寄って、ハラコ飯を食べる事と、ずんだ餅を食べる事。

 

そのため、東北道を下りた。

 

ハラコ飯。高校生の時、震災から5年目の時に校外学習で訪ねた。その時に、レナたち学生は、地元の方々のやさしさに一杯触れた。ハラコ飯は、その時、食べさせてもらった懐かしい味だ。

 

食べる度、何故だか涙が出た。そして、涙は止まらなくなった。

 

ようやく食べ終えた。

 

このままではいけない、レナはそう思った。感傷に浸ってる時ではないと、そう思った。

 

そのため、ずんだ餅を諦め、高速に乗る事にした。

 

高速に乗ってすぐに、トイレに行きたくなった。

 

すぐにPAに入った。

 

トイレを済ませた後、水を買おうとショップへ立ち寄る。

 

すると、ずんだ餅の出店があった。

 

レナは迷わず1パック買った。

 

そして、水と濃いめのお茶のペットボトルを買った。

 

外に置いてあるアルミ製のテーブルセットに腰かけ、ずんだ餅を食べた。

 

独特の豆豆しい食感。

青臭い甘み。

すごく美味しい。

 

濃いめのお茶の蓋を開けた。

お茶は苦め。

 

ずんだ餅の甘みと絶妙に調和する。

 

秋の遅めの午後。

 

乾いた空気の中で、レナはずんだ餅を1パック、ペロッと食べてしまった。

 

パックを捨て、お茶と水のペットボトルを持ち、レナは車へと歩き出した。

 

今日は食べ過ぎた。

晩ごはんは抜きね、そう思いながら。

 

 

レナは、山梨に向かうまでのもう一つの目的を叶えるために、中禅寺湖へ来た。

 

湖畔のクラシックホテルで、100年ライスカレーを食べる事と、ティーラウンジで午後の紅茶を飲むためだ。

 

今日は朝から快晴。夏とは違う、透き通るようなスカイブルー。

こんな明るい空の下で高速道路を飛ばすのは、とても楽しい。

 

お昼前、予定通り中禅寺湖の畔に建つホテルに着いた。

 

ランチを取るために、すぐにレストランへ向かうと、すぐに窓際席に通された。

 

100年ライスカレーは、辛さが抑えめでとても上品なカレーだった。

窓の外の中禅寺湖は、明るいブルーの空の色を反射して、キラキラと輝いていた。

この風景もスパイスの一つだわ、レナは、そう思った。

 

カレーを美味しくいただいたので、レナは湖の岸辺を少し散歩する事にした。

 

水のすぐ近くには、林が迫り、岸辺は狭くなっているところがあった。

木が近いところには、木々から少し秋の匂いを感じ取る事ができたが、湖の輝きは、眩しく、まだ、夏のそれだった。緑は、まだ褪せず、紅葉はまだ始まりを告げてもいない。ここにはまだ、秋は来ていない。

 

レナは、スニーカーと、靴下を脱ぎ、水に足をつけてみた。

冷たいっと、驚くわけでもなく、温い訳でもない。

適温。拍子抜けした。

 

地面に座り、足の砂と水をタオルハンカチで拭き取り、靴下とスニーカーを履き直した。

 

そして、紅茶を飲むために、ティーラウンジへと向かった。

 

 

東京は、素通りするつもりだった。

 

しかし、六本木の彼は、あるバンドのサポートメンバーとして、全国ツアー中で、出くわす事は無い。

そこで、レナは、ちょっと東京に立ち寄る事にした。

 

目的は一つ。

浅草のとある洋食屋で、チキンライスを食べるためだ。

 

その店の歴史は古く、創業から50年以上が経っている。

レナは、会社にいた時、営業中に、たまたま通りがかりでその店に入った。降る予定のなかったゲリラ豪雨のような大雨が降ってきたからだ。

雨は、レナの夏服のスーツをビショビショにした。降るとは思っていなかったので、レナは傘を持っていなかったからだ。しかも、雨は、多分傘を役立たずにするほどの雨量だった。

 

レナは、髪も濡れて、顔に張り付いている。

兎に角、雨宿りをしようと、レナはその店に入った。

 

店に入ると、70代と思しきおばあちゃんが、キャッシャーの前にいた。

ビッチョリと濡れたレナを見て、おばあちゃんが言った。「まあ、大変。あんた、大丈夫?」

「大丈夫です。お昼ごはん、食べさせていただけますか?」

「それはいいけど、まずは服と身体を乾かさなきゃね。あんた、こっちいらっしゃい。」

おばあちゃんは、厨房へ続く細い通路を進んでいった。

レナは、後に続いた。

奥にあるドアを抜けると、そこはどうやら、おばあちゃんの自宅のようだった。左にある細く急な階段をおばあちゃんは昇っていく。レナは、続いて階段を昇った。

2階は、細い廊下の両サイドにドアが4つあった。おばあちゃんは右の奥のドアを開けて、中に入った。

そこはおばあちゃんの寝室だった。

 

「あんた、ここで今着てるもの、全部脱ぎなさい。それでね、タオルで、身体を拭いて、これに着替えて。」

おばあちゃんは、身体を拭くタオルと、藍染めがキレイな浴衣と帯を出してきた。

「多分、丈は合うと思うけどね。短かったら、ごめんなさいよ。それでね、着替えたら、服を隣の部屋に持ってきて。私が、アイロンかけてあげるから。でね、浴衣に着替えたら、下に降りてきて、いい?」

「分かりました。」

 

レナは浴衣に着替えて、下に降りた。階段の前におばあちゃんがいた。

「丈は大丈夫そうね。じゃあ、これ。」

おばあちゃんは、新しいタオルを2枚、レナに渡した。

「この家の奥の勝手口からね、裏の銭湯に直接行けるの。ひとっ風呂、浴びておいで。」

「えっ?」

「じゃないと、あんた、風邪引くよ。」

レナは言われた通り、銭湯へ行き、風呂に入った。髪も顔も洗い、さっぱりとして、出てきて、脱衣所で、念入りにドライヤーで髪を乾かした。そして、もう一度、浴衣を着て、おばあちゃんの店に戻った。

店では、おばあちゃんが待っていた。

「丁度良かった。2軒隣のね、クリーニング屋の奥さんに相談したら、あそこの大型の乾燥機で、あんたの服を乾かしてもらって、アイロンもかけてもらっちゃったわよ。服は、さっきの2階の部屋にかけてあるから、着替えておいで。」

レナは、部屋に上がって、自分の服に着替えた。スーツも、シャツブラウスも、完璧に乾いており、アイロンがけをする時に使ったと思われる糊の匂いがほんのりしていた。下着も全部乾いていたが、これは恐らくおばあちゃんがアイロンをかけてくれたのだろう。

 

脱いだ浴衣の畳み方が分からない。何となく、キレイに見えるような畳み方で部屋の椅子の上に置いた。帯も纏めて結び、浴衣の上に置いた。

 

下に降りた。

店に行く。レナはおばあちゃんにお礼を言った。

 

そして、その時、注文したのがチキンライスだった。

 

そのチキンライスを食べに行く。

 

レナは決めた。

 

レナは、日光にもう一泊する事にし、車はホテルに置いたまま、東武スペーシアで、浅草に行く事にした。

ただ、特急電車に揺られたかったのと、都内の渋滞にはまりたくなかったのと、日光で湯葉を食べていない事に気づいたのが理由だ。

 

お昼前に浅草に着いた。地上に出ると、いい天気だった。

仲見世通りの西側に外れた通り沿いに、レストラン木陰はある。

 

レナが行くと、店のドアには、営業中の札が出ていた。

アルミのドアを押すと、懐かしい店内が見えた。レナは会社を辞める直前にこの店に来て以来になる。

もう1年近く経つのだ。

白い蛍光灯が明るく輝き、昔ながらの鉄のパイプの足のテーブルと椅子。椅子の座面と、背もたれは、赤いビニールのような布。まだ、昼時には少し早いのか、店内に客はいなかった。

 

「いらっしゃいませ。」厨房から、白いコック服を着た40代ぐらいの男性が出てきた。

「お一人ですか?」

「ええ。」

「じゃあ、お好きなところにお座りください。今、水とおしぼりをお持ちしますから。」

「あの。」

「なんでしょう?」

「女将さんは今日は、いらっしゃらないんですか?」

「あっ、ああん、あなた、ひょっとして、レナさん?」

「そうです。」

「よかった。やっと、来てくれた。助かったよ、レナさん。」

「どうされました?」

「いやあ、お袋はね、実は、2か月前に死んじゃったんです。病気でね。」

「えっ、ええ?そんな…」

「料理を注文する前に、ちょっと待っててもらってもいいですか?それとも時間、ない?」

「時間は大丈夫です。何ですか?」

「ちょっと、待ってて。すぐに戻るから。」

そう言うと、男性は、店の奥に引っ込んだ。

 

レナは、近くの椅子に座りこみ、茫然としていた。

 

男性が、風呂敷包みを持って、戻ってきて、その包みをレナの前のテーブルの上に置いた。

 

「何でしょう?」レナが訊いた。

「お袋の遺言です。これをあなたに渡してくれって。」

 

包みを開けると、浴衣と帯と、下駄が出てきた。

浴衣と帯は、あの雨に濡れた日に借りたものだ。下駄は、ピンクの鼻緒が可愛らしい。

 

「どうして、これを、私に?」

「いや、何でだかは私には分かりません。多分、うちは三人兄弟なんですが、因みに俺は長男なんですけどね、全部、男なんですよ。しかも、全員、現在独身。だからじゃないですかねえ…他に理由は思い浮かばない。」

「そうですか。じゃあ、ありがたく、ちょうだいします。」

「助かります。いやあ、良かった。これで胸のつかえが下りた。スッキリした。」

 

レナは、店の奥の自宅スペースに入れてもらい、仏壇に手を合わせた。

 

そして、チキンライスを注文した。

 

店は、近所のサラリーマンとかで、満席になっていた。

レナは4人掛けの席で、ワイシャツのおじさんたちに囲まれて、チキンライスを食べた。

スプーンを口に運ぶ度、レナの目から涙が溢れてきた。

やがて、涙はどうにも止まらず、ワンワン泣きながらチキンライスを食べた。

同席しているおじさん達は、何も自分達は悪い事をしている訳ではないのだが、全員申し訳なさそうな顔で、自分たちの料理を食べていた。

 

レナは、代金を払い、風呂敷を持って、店を出た。

 

途中、仲見世に寄り、この浴衣に合いそうな、髪留めを買った。

髪留めを買う時も、涙は出たままだった。

しかし、どうしても買いたかったので、涙に構わず、店に寄り、買った。

そして、駅へ行き、帰りの特急に乗った。

車で来なくてよかったと、思った。

涙で前が見えなくなるからだ。

 

レナは、窓の外を見ているふりをして、風呂敷を抱き締めたまま、ずっと泣いていた。

風呂敷からは、あの時と同じ糊の匂いがほんのりと香っていた。

 

 

朝早くに東北道に乗った。

 

通勤ラッシュの手前ぐらいには、圏央道へ乗り替える事ができた。

順調だ。この後、八王子で中央道に乗り継げば、山梨までは一本道だ。

 

圏央道を西に向かって走ってる時、レナに迷いが生じた。

このまま、山梨へ向かって、見つけられなかったら、どうしよう。

 

赤いタンクのハーレーダヴィッドソン。

 

見つからなければ、そもそもレナは何のために、旅を始めたのかが、分からなくなる、そう思った。

 

始めは気楽な旅のつもりだった。

しかし、日本中を走って行くうちに、どんどん、何だか分からない焦燥感が、レナを襲い始めている。

 

ハーレーを見つけなきゃ。

 

その思いが、レナを圧迫してるのだ。

 

このままじゃ、いけない。ハーレーを見つけるまでに自分が潰れちゃう。

 

潰れたくない。

 

リラックスして、リラックスして、リラックスが必要よ。

 

レナは、八王子ジャンクションをやり過ごした。

 

そのまま、圏央道を走り続け、東名に乗り入れた。

 

そして、そのまま小田原厚木道路に進み、西湘バイパスへ。

 

夕方の時間が迫る頃、レナは箱根・芦ノ湖の湖岸に車を止めた。

 

今日は、箱根で湯に浸かり、明日、ゆっくり考えてから、山梨へ向かおう、そう決めた。

 

箱根では、立ち寄り湯に浸かった。

 

風呂から上がると、レナは浅草でもらった浴衣を着て、湯場から出てきた。

今日は車で、この浴衣を着て、夜を過ごすつもりだ。

 

ピンクの鼻緒に合わせた髪留めもつけている。

 

嬉しい。

 

レナは自己満足に浸り、温泉場の急な坂道を下駄の音を軽やかに鳴らして、下っていった。

 

 

甲府の駅前に着いた。車を駅前のパーキングに停め、観光案内所を目指した。

そして、そこにあった山梨県の見どころを表示した観光マップを手に入れた。

 

まず、どこに行こう?

 

悩んだ結果、甲府駅前にまず一泊して、隈なく探して歩く、という事に決めた。甲府市内で見当がつかないようなら、次を明日考えようと思っていた。

 

そして、レナは車を取り、駅から少しだけ離れたビジネスホテルに泊まる事にした。

 

チェックインして、9階の部屋に上がると、眼下に甲府の繁華街が見えた。

車も、そこそこ多い。横断歩道を渡る人も多い。

 

部屋で、夕方のニュースを見た。

地元の放送局がやってるニュース。

 

甲府の高校生が、視覚障碍者のマラソンで一緒に走るランナーの練習をしている、というニュースをやっていた。

 

レナは、シャワーを浴び、服を着替えた。

 

そして、夕食を取りに、街へ出た。

 

ホテルのフロントで教わったほうとう屋は、歩いてすぐだった。

 

かぼちゃほうとうと、日本酒、鳥のもつ煮を味わって、明日からの捜索活動の英気を養った。

 

しかし、相変わらずではあるが、多少日本酒の量は多すぎたようで、レナは夜遅くに、鼻歌を歌いながら、ホテルに戻った。そして、そのまま、着替えもせず、化粧も落とさずに寝た。

 

全く懲りない性分である。

 

 

レナは、本格的に動き出す事にした。

 

昨夜は、少々飲み過ぎたが、頑張って6時には起きた。

そして、インターネットで山梨県下のハーレーを扱っている店と、バイクショップを検索し、ロードマップにチェックしていった。

それが済むとレナは、ホテルの朝食会場へ行き、コーヒーとデニッシュで、簡単な朝食を取った。

朝食後、部屋に戻り、身支度を整え、チェックアウトした。

 

そして、車を出し、甲府市内のバイクショップを回り始めた。

 

地図にチェックした店だけでは数が少ないので、幹線道路を走る時、道の両サイドにも、目線をやり、注意を怠らないようにした。

 

車の大型量販店や、大きなタイヤショップにも訪れるようにした。

 

夕方になり、甲府で訪れるべき店は全部当たったと思った。

 

残念ながら、赤いタンクのハーレーを知っている人は、見つけられなかった。

 

そして、レナは石和温泉へと向かった。

 

今日は、石和温泉に泊る事にしたからだ。

 

宿に着いた。

 

部屋に入ると、すぐに明日の予定を確認した。

そして、温泉に浸かった。

夕食の時にビールを1杯だけ呑み、レナは部屋に戻って寝た。

 

 

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