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【創作大賞2024応募作オールカテゴリ部門】松山行きのバスに乗る。#3懐かしい青葉台の部屋を訪ねる。


6月になった。
 
梅雨入り前のよく晴れた土曜日。
 
私は朝からそわそわしていた。
何故なら今日は、15年前に出ていったまま一度も戻る事のなかった珠美と選んで買った青葉台のマンションを訪れる日だからだ。
 
4月の半ば、私は会う事のなかった娘愛美と偶然遭遇した。
そして、一緒に私の故郷である松山へ行き、図らずも一泊二日の親子の旅を実現させた。
 
その後、愛美とはSNSで一日一回はやり取りをし、週末にはテレビ電話で話した。
その電話やメールで、愛美は何度も「家に来ない?」と、誘って来た。
しかし私は躊躇した。
 
あの懐かしい部屋。
私と珠美がまだ幼い夫婦だった頃に、頑張って作り上げた二人と愛美のための城。
そこに足を踏み入れるのには、思い切りが必要だったし、中々思い切れるものではなかった。
 
また、4月のミャンマー案件の際、大きな損失を出した後、私は佐藤常務から新しいミッションを託されていた。損失に対し、その問題の性質を正しく理解し、私にペナルティを課す事のなかった佐藤常務に、私は心から感謝した。そして、新しいミッションに対して、全身全霊で取り組もうと思った。
しかし、それは罠だった。
新しいミッションは、ミャンマーの件より根の深い、難しい案件だった。
普通なら、誰もやりたがらない案件、それを佐藤常務は私に押し付けたのだ。
この案件に取り組み始めて、そろそろ1か月が経つ。先週辺りからは、毎朝晩、佐藤常務から私に直接電話があり、進捗の報告を求められる。一日がかりで事態が動くような容易い案件ではない。毎日、同じ報告をする事になる。その報告を聞いた後で、佐藤常務は、私にヒステリックに叱責する。私は、それを歯を食いしばって、ただひたすら聞くしかない。
 
そんな状況の中で、私は愛美にどんな顔で会えるというのだろう?
 
笑って会える自信がなかった。
 
多分、愛美は全部察しているのだと思う。
 
これまでは無理強いはしなかった。
 
しかし、今回は頑なに私を誘って来た。
そして、私は勇気を出して部屋を訪ねる事にした。
 
それが、今日だ。
 
 
朝5時には目が覚めた。
昨夜は、仕事で夜中にタクシーで帰宅したにもかかわらずだ。
風呂に入って、ベッドに入っても中々寝付けなかった。きっと、仕事の性でアドレナリンが出過ぎていたのと、今日、青葉台を訪ねる事への興奮、そして、少しの怖れや申し訳ない気持ちが複雑に絡まり合ったからだろう。
 
いつ、寝付いたのかは分からない。
しかし、目覚めたら窓に差し込む夜明けの太陽の光が見えたので、寝ていたのであろう。
それぐらい、寝た実感がなかった。
 
起きてしまったら仕方がない。
私はさっさと着替えて、コーヒーを沸かした。
そして、テレビをつけ、ニュースの音を鳴らしながら、ベランダへ出て、朝日を見ながらコーヒーを飲んだ。
 
コロナ禍のニュース以外は、取り立てて気になるものはない。
高齢者が車を逆走させたとか、特殊詐欺の受け子と呼ばれる若い男性が捕まったとか、そんな事だ。
 
しかし、コロナも含めてどうして悲しいニュースばかりを積極的に流すのだろう?
 
朝から悲しい気持ちにさせられたくはない。だから私はチャンネルを変えて、BSのチャンネルでゴルフのアメリカツアーの中継番組を見つけたので、それをかけっ放しにする事にした。しかも見入ってしまうと最後まで見たくなるので、音だけを聞くようにした。
 
簡単に朝食を作り、ゴルフ中継を聞きながら食べた。
 
それから、新聞を入念に読んだ。
 
昨夜は寝れなかった割には、休日の朝のルーティーンを淡々とこなしていた。15年間、ずっと築いてきた自分一人の生活が、染みついているのだ。
 
新聞を読み終えた。
 
朝8時になった。ウチの近くの馴染みの理髪店は、8時半から開く。
娘に2か月ぶりに会う。
身綺麗にしようと思い、散髪屋へ向かった。
 
 
散髪屋へ出かける時、私はランドリーバッグを持って出た。
散髪屋の後、一週間分のワイシャツをクリーニングに出すためだ。
一週間分のシャツを出し、前の週末に出した一週間分のシャツを受け取る。
これも、長年一人で暮らしてきた悲しいルーティーンだ。
 
珠美と一緒にいる時、私はワイシャツをクリーニングに出した事はなかった。
彼女は、天才的にアイロン掛けが上手かったからだ。
 
散髪屋で、調髪してもらい、髪を洗って、髭をあたってもらった。
シャンプーは、白髪が目立たなくなるヤツを使ってもらった。
 
クリーニング屋に寄った後、私は家に戻った。
 
調布の駅前から10分ほど歩いた住宅街の中の6階建てのマンション。
私の部屋は、6階にある2LDKだ。
中年男の一人暮らしにしては、少々広すぎるのだが、仕事の関係で知り合ったマンション開発会社の部長に「どうしても」と懇願され、購入した。
その後、その部長から私の仕事に役立つ貴重な情報が入ってきた。つまりは、ウィンウィンの関係だ。
 
家に戻ると、私はシャワーを浴びた。
 
理髪店は馴染みなのだが、最後の整髪がいつも気に入らない。気に入らないのに、ご丁寧に仕上げにスプレーをこれでもかと吹きかける。気に入らないヘアースタイルが固められていく。
それを流し去り、身体についた髪の毛を落とすために、シャワーを浴びる。
 
そして、再度、自分のスタイルで整髪し直す。
鏡を見て、納得できたら、私は洗面所を出て、着替えをする。
 
何を着ようか?
松山で買った、愛美とお揃いのコーディネートをもう一度着る?
それは、いくら何でもやり過ぎだろう。
 
普段なら、ゴルフシャツにゴルフスラックスを履くところだ。
しかし、愛美からはゴルフウェアを禁止されている。
 
どうする?
 
悩んだ挙句、私は、少しカジュアルにも見えるサックスブルーのボタンダウンのシャツに、こないだ松山で買ったブルーグレーのチノクロスを合わせた。そして、ミッドナイトブルーのジャケットを羽織る事にした。
 
11時前になった。
 
愛美からは、「2時ぐらいまでに来て」と言われている。
夕食を一緒に取るには、午後2時は早いのだが、色々と準備があったりするのだろう。
 
私はだいぶ早いが、家を出た。
 
新宿で手土産を買うつもりだ。
 
急行に乗り、新宿に着いた。すぐに駅ナカのデパートへ向かい、食料品売場を目指す。
迷わずに鮮魚コーナーへ。
 
愛美は、小さい頃からとにかく、魚が好きだった。
 
お目当ての品を見つけたので、全部買った。
銀だらの西京焼きと、マグロのサクとカツオのたたきだ。
 
銀だらは、赤ん坊の頃から愛美は好きだった。
いつも「ちゃいきょーやき」と、珠美にせがんでいたほどだ。
マグロもカツオもそうだ。小さい頃からよく食べていた。
マグロは「赤いおさちみ」で、カツオは「カチュオもおさちみ」だった。
 
こないだ、松山でも愛美は刺身をよく食べた。
だから、これらのチョイスは間違いないだろうと、確信している。
 
その後、私は高野へ行き、食後のデザート用に夕張メロンを買った。
これも「うーばいめりょん」と言って、いつも愛美が食べたがったものだ。
 
本当によく覚えている。些細な事なのに、絶対に忘れたりしていない。
「つまんない事なのに…」私は、心の中で呟いた。
つまんない事? 決してそうは思っていないのに…
 
買いたい物は、全部買った。
 
私はJRで渋谷へ行き、東急田園都市線を目指した。
 
 
東急に乗った。
土曜日のお昼前の下り電車は、急行とはいえ、空いていた。
私は、一番端の席に座った。
 
田園都市線は、久しぶりだ。離婚して、家を出てからは乗っていないと思う。
だから、これに乗るのも15年ぶりの事になる。
 
感傷に浸る間もなく、電車は多摩川を越えた。
すると途端に、車窓の風景にも徐々にではあるが、緑が増え始める。
小さいながらも畑も見えたりする。
 
青葉台に着いた。
 
私は駅舎を見る。私たちが結婚した頃に、青葉台の駅の改装工事が終わったばかりだった。
しかし、今見る駅舎は、更に進化していた。
 
改札を出て、北口のバスターミナルへと向かう。
駅舎が変わっており、多少戸惑いはあったが、バス乗り場には、難なく辿り着いた。
私が乗るべきバスは、行き先も番号も変わっていなかった。しかし、乗り場は変わったように見えた。
バスに乗る人の列に並ぼうと思った。そこで、不意に時計を見た。まだ、13時前だ。
少し早いので、私は、愛美の家まで歩く事にした。


 
駅からゆっくり歩いて40分ぐらいの距離だ。
私が住んでいた頃、終電で駅まで帰ってきた時は、決まって歩いて家まで帰った。
道は覚えているはず。
 
私は、バスターミナルを後にして、昔住んでいた家へと向かう横断歩道を渡った。
 
 
駅前を離れ、上り坂のバス道を歩く。
道の両サイドには、おしゃれな店が建ち並んでいる。
 
ガラス張りのイタリア料理店の横に、古い店構えの焼鳥屋がある。
なんと、まだ、あったのか?
私は、ひどく驚いた。
しかも、昼のこの時間、店は開いていた。
店前では、焼鳥やつくねの弁当を売っている。
 
ああ、そうか…コロナの影響か。
 
そう思いながら、店の前を通り過ぎようとすると、その弁当を置いているテーブルの方へと、店員が出てきた。
 
「あれ?ムツさんじゃない?」
「あっ、大将。お久しぶりです。」
「やっぱり、ムツさんだあ!何言ってんのお、久しぶりじゃねえよお。何年来てねえんだよお、うちの店?」
 
鳥狂は、これで、トリキチと読む。
大将は、私より10歳上のはずだった。昔から、ずっと顔前面に髭をたくわえており、髭の大将というあだ名で通っている人物だ。15年ぶりに会うと、マスクからはみ出している自慢の髭は、半分以上白髪になっていた。
 
私は、この町に住んでいる時、この店によくお世話になった。
会社で嫌な事があった時、辛い時は、家に帰る前に必ずここに寄り、一人で心行くまで呑んだものだ。そして、そんな時はいつも、この大将が私の愚痴を聞いてくれた。
忘れてたが、忘れてはいけない店だ。
 
「ホントにすいません。大変、ご無沙汰をしております。」
「いやねえ、常連さんからムツさん、離婚して、家を出たって聞いてたから、もう来れねえかなあとは、思ってたんだよ。でもねえ、何かのついでにフラって、寄る事があると思ってたんだよなあ、これまた。でも、あんたは、ちっとも顔を店に来ねえ。だからさあ、俺は、心配してたんだよお。」
「いや、ホント、すいません。離婚して、この街に来ずらくなってしまって…その節は、本当にお世話になりました。」
「いいよお、そんな堅苦しい挨拶は。さあさ、吞んでいってくれよ。」
「いや、それが、これから用がありまして。」
「えーーー!、素通りかい?やるせないなあ。」
「すいません、今日は、娘に会いに来たんです。だから…今度、必ず呑みに来ます。」
「そうかい。分かったよ。じゃあ、また。」
 
私は、店の前を離れ、坂道を登り始めた。
大将は、店の中に戻っていった。
 
 
私はまた、坂を歩き始めた。
道順は間違いない。しかし、この先の道の周りの風景は大きく様変わりしていて、あまりピンと来ない。
鳥狂のような知ってる店がない。家々の風景も変わってしまったように思える。
だが、よく考えてみると、私はあの頃、この街を見ているようで、実は、何も見ていなかったのではないだろうか?
バスに乗れる時は、バスに乗る。バスではいつも、新聞か、携帯を見ていて、窓の外に関心を寄せた事はなかった。最終のバスに乗り過ごした時は、大体が酔っ払っていたので、殆ど覚えていない。
 
だからなのか?
 
本当に、新しい街を歩いている気になる。しかし、道順は正しく、どこに向かっているかも確かだ。
全く、変な気分だ。
 
上り坂は、まだ続く。
こんなに上ったのか?
当時の記憶では、そんなに長かった覚えはない。しかし、坂は長く、運動不足の私は、相当疲れてきている。
こうなると、土産の夕張メロンが邪魔だ。メロン自体が重いし、箱詰めにしてもらったので、持ちにくい。
 
坂が終わる頃、私は思い出した。
 
この坂は、上りきると、少しだけ下る。その下りの坂の途中にあるパティスリー。
あの店は、うちの家族のお気に入りの店だった。
家族の誕生日には、必ずあそこでホールケーキを買ったし、色んなケーキを買ってきて、食べ比べをした事もある。あそこの奥さんは、珠美と同じ産婦人科で、同じ時期に出産した事もあって、ずっと仲が良かった。
あちらも女の子が生まれ、愛美とはまるで双子のように、仲良くしてもらっていた時期もあった。
その後、私がこの街を出てからも、ずっと仲が良かったのか、どうかは分からない。しかし、間違いないのは、あそこのオリジナルであるキャラメルプリンは、多分今でも、愛美は好きだろうと思える事だ。
 
デザートに、夕張メロンは買ってある。しかし、私はどうしてもあの店のキャラメルプリンを買っていきたくなった。だから私は、店に入った。
 
 
ケーキのショーケースの後に、シルバーグレーの髪の女性がいた。
中年だが、まだ、若いのに、毛染めをしていないようだ。
 
「いらっしゃいませ。」
「すいません、久しぶりに来たのですが、まだ、キャラメルプリンは置いてありますでしょうか?」
「ありますよ。おいくつ、ご入用ですか?」
「じゃあ、3つ。」
「かしこまりました。お持ち帰りの時間は、どれぐらい?」
「歩いて、30分ぐらいかな。」
「分かりました。じゃあ、小さいドライアイスを一つだけ、お入れしておきますね。ご自宅用ですか?」
「もちろん。」
 
女性は、ショーケースの一番右端にあるキャラメルプリンを4つ取り、背を向けて箱詰め作業をした。
 
「あの?」
「何でしょう?まだ、何か、お求めですか?」
「いえ。その、立岡さんですか?」
「えっ?ええ、立岡ですが…あの、ひょっとして、六浦さんの旦那さん?」
「そうです。大変、ご無沙汰をしております。」
「ええ、ええ、多分ですが、離婚されてから、初めてですか、この街に来るの?」
「そうですね。」
「今日は、珠美さんの墓参り?」
「いや、こないだ、娘に街でバッタリ会いまして、ウチに来るように誘われた次第です。」
「そうですか、そうですか。愛美ちゃんね、あの子、親思いのいい子ですねえ。お母さんの月命日には、必ずお墓参りしていて。ウチの美咲なんて、わがまま放題なのに。あっ、そうそう、珠美さん、改めてご愁傷さまでした。」
「いや、それも、僕は全く知らなくて。ホントにこないだ娘にバッタリ会わなければ、何も知らず仕舞でした。」
「そうですか。何とも、あっけなく死んじゃって。私なんて、死んでから3か月ぐらいは、ずっと泣きどおしでしたわ。珠美さんとは、結局、娘が高校を卒業するまで、ずっと一緒でしたから。愛美ちゃんとね、うちの美咲は、高校まで一緒だったんですよ、だから、学校の行事の参加はいつも、一緒に行ってて。あの人、お酒飲むでしょう。私もお酒が好きで。たまに、彼女のお店に行って、カラオケ、一緒に歌ったりねえ。日帰りバスツアーにも一緒に参加して、桃狩りなんかしに行った事があるのよ、山梨に。大好きだったわあ、珠美さん。」そう言うと、立岡さんは、涙を流し始めた。
「そうですか、その節は大変お世話になりました。ありがとうございました。」
「ありがとうだなんて、そんな…ありがとうは、私が珠美さんへ言う言葉ですわ。あっ、そうそう、六浦さん、このキャラメルプリンは、愛美ちゃんへのお土産用?」
「お察しの通りです。」
「じゃあねえ、後、シフォンケーキをお勧めするわ、抹茶の。愛美ちゃん、大好きなの。」
「そうですか、じゃあ、それもいただきます。」
「おいくつ?」
「じゃあ、3つで。」
「3つって、多くないですか?」
「いやあ、愛美と私で今晩食べて、後の1つは、珠美にお供えしてから、愛美の明日のおやつにしてもらいます。」
「そう、じゃあシフォンケーキもご用意します。」
 
立岡さんは、全部を箱詰めし、紙袋に入れてくれた。私は、代金を払った。
「ありがとうございました。」
「こちらこそ」
「愛美ちゃんによろしく。」
「分かりました、伝えます。」
 
私は店を出た。
立岡さんも店の外に出て、私を見送ってくれた。
 
歩き出して暫く経つと、明らかに買い過ぎだと気がついた。
私は、両手に紙袋を3つもぶら下げていた。重いし、歩きにくかった。
 
 
パティスリー立岡から少し下ると、横断歩道があり、そこでバス道を渡ると、右に入る小さな遊歩道の入口がある。その遊歩道はかつて私の家だったマンションへの近道だ。遊歩道には、金木犀や銀杏の木が均等に植えられており、その木の背後には一般のお宅の庭に面した塀がある。
暫く歩くと、左側にまるでローズガーデンのような庭があるはず。
記憶に間違いがなければ…
 
あった…
 
その庭は、未だに薔薇で溢れていた。金属のアーチゲートには白とピンクの薔薇が巻き付いており、塀の上からも薔薇の花が咲き誇っている庭がよく見えた。
庭の隅には芝生に小さな腰掛を置き、座っているおばあさんがいた。おばあさんの前には三つの土の山があり、その土を一つの山ずつスコップで掬い、バケツに入れて、重さを量り、三つの土を混ぜている。
何だか興味深くなり、私はその場から離れられなくなった。
おばあさんは、混ぜた土に肥料や白い粉を混ぜる。肥料も白い粉も全部量りに乗せてから慎重に混ぜていく。作業をするおばあさんの目は真剣そのものだ。
やがて、三つの土と肥料と白い粉が混ざった土が4つ出来た。
おばあさんは、出来栄えを良しとしたように頷きながら、立ち上がった。
 
その際、私と目が合った。
不意の出来事だったので、私は対処できなかった。
 
おばあさんが「どちら様でしょう?我が家に、何か御用?」と、私に訊いてきた。
仕方なく私は答えた。「いや、単なる通りすがりです。すいません、あなたが、あんまり真剣な目つきで土を混ぜてらっしゃるもので、ついつい見入ってしまいました。決して怪しいものではありません。本当にすいませんでした。」
「あら、そういう事ですか。恥ずかしいわ、人にお見せするものではないのに。薔薇にとって、土はとても大切なファクターの一つなの。秋に向けて咲く薔薇のための土を配合していたのよ。」
「そうですか、そうですか。」
「あなた、薔薇はお好き?」
「いえ、特別好きなわけではないのですが、この家の庭に咲く薔薇が好きでした。久しぶりに通ったら、まだきちんと薔薇が咲いていたので、それで、ちょっと嬉しくなったのです。」
「そう、久しぶりってどれぐらい?」
「15年ぶりです。」
「15年!じゃあ、私がここで薔薇を育て始めて間もなくの頃だわ。随分、昔ね。」
「ええ、遠い過去です。」
「それで、今日、15年ぶりにここを通ってくださったわけね。」
「ええ、15年前に住んでいた家を訪ねるものですから。」
「15年ぶりに?」
「そうです。」
「それは、それは。お帰りなさい。」
 
お帰りなさいと、言われて、何と答えればよいのか、分からなかった。
 
「じゃあねえ、ちょっとだけ待っててくださる?」と言い、おばあさんは家の中に入っていった。
2、3分ほど待っていると、おばあさんが薔薇の花束を持って、家の中から出てきた。
「じゃあこれ。」と言い、その花束を私に差し出す。
「いただけるのですか?」
「ええ、ええ。差し上げます。丁度15本あるわよ。15年ぶりの記念。」
「何故、私に?」
「言ったでしょう?お帰りなさいのプレゼントよ。」
 
参ったなあ、いよいよ両手は土産物で一杯だ。
しかし、断る訳にもいかない。
 
「では、遠慮なく。」そう言って、私は花束を受け取った。
胸に花束を抱くと、薔薇の香りで、肺が一杯になった。
すごく強く香る品種なのだろう。
 
ありがとう、さようなら、と言い、私は、その場を離れて、また歩き始めた。
 
この後、もう一段キツイ上り坂がある。
 
歩いたお陰で、懐かしい人たちにも会えた。薔薇もいただけた。しかし、この後の上り坂は急で長い。
まあいい運動だな、そう思い、次の坂に向けて、歩いて行った。
 
 
遊歩道が終わると、またバス道に合流する。
 
バス道は、小さな川にかかる橋を越え、上り坂になる。
これが、最後で最長の上り坂だ。
 
私は橋を渡った。そして、思い出した。
 
愛美が3歳の頃、毎朝、珠美は電動自転車で、愛美を保育園まで送り届けていた。
秋の長雨の頃、いつものように朝、自転車で送っていくため、この坂をスピードを出して下っていった。
スピードを上げると、後ろのチャイルドシートに座っている愛美が、キャッキャと喜ぶからだ。
雨の中、二人してカッパを着て、猛スピードで自転車で下りていく。
下りが終わった。
橋に差しかかると、橋の金属のジョイント部分にタイヤが滑った。
自転車は、スリップし、制御できなくなって横に滑っていった。
珠美も愛美も、自転車に乗ったまま、道路に倒れ込んだ。
 
橋のすぐ向こう側に、製材所がある。
 
愛美の泣き声を聞いて、その製材所から人が、出てきた。製材所の社長と、従業員が何人か。
 
へしゃげた自転車と倒れている二人を見て、すぐに救急車を呼んでくれた。
そして、店にあった板を持ち出し、何人かで二人を板に乗せ、雨に濡れないよう、製材所の中に連れてきてくれた。やがて、救急車が来て、二人は病院へ運ばれた。
 
病院に着いて、二人の怪我の状況を見て、処置が済んだ頃、珠美から伝えられた電話番号を元に、私に連絡があった。私は、会社で仕事を始めていたが、早退し、すぐに病院へ駆けつけた。
 
珠美は、足を骨折していた。愛美は、顎を切り、3針ほど縫った。
二人は、同じ病室だった。ベッドで寝ている二人が、案外元気そうだったので、安心した。
病室には、見慣れない男の人が、付き添ってくれていた。それが、製材所の高林社長だった。
高林は、救急車に同乗し、検査を終え、病室に運ばれるまで、ずっと立ち会ってくれていたのだ。
私は、高林に頭を下げ、「命の恩人です。」と、何度も言った。
高林は、「よせやい。当たり前の事をしただけだぜ。」と言った。
 
その製材所が、今、目の前にある。
 
 
橋を越えてすぐに空き地があり、そこには丸太が積まれている。
空き地の横に、高林製材所がある。
建物の前には、長い板材が立てかけられており、その奥に、ガラスの引き戸がある。
引き戸の中は、暗い。
そうだ、今日は土曜日だ。きっと、休みなのだろう、そう思い、私は建物の前を通り過ぎようとした。
すると、建物の横にある鉄の外階段を降りてくる、カンカンという靴音が聞こえた。
階段を見上げると、固太りの背の小さな中年男性が降りてくるのが見えた。
私は、咄嗟に高林さんだと、思った。
 
男は階段を降りると、舗道に立っている私をちらりと見た後に、そのまま、店の奥へと向かおうとした。
その背に私は、声を掛けた。
「高林さんですか?」
男は振り向いた。そして、私の方へ向かってきた。
「ええ、そうですが、どちらさまでしょう?」
「あの、16年ほど前に、この前の道で自転車で事故をした妻と娘を、あなたとあなたの従業員の皆さんに助けてもらいました。」
「あっ、ああ、あの時の…六浦さんでしたかな?」
「そうです。よく覚えていてくれました。」
「これは、大変ご無沙汰でしたねえ。娘さん、もう大きくなられたでしょう?」
「ええ、おかげさまで。もう大学生です。」
「そうですか、そうですか。奥様は、お元気ですか、あの時、結構、大きな怪我をされたはずだったですなあ。」
「あの時の怪我は、すぐに良くなったのですが、残念ながら、半年ほど前に、別の交通事故で亡くなりました。」
「それは、それは、ご愁傷さまです。で、今日は、どうされましたか?」
「いや、実は、私たちは、あの事故の1年ほど後に、離婚しまして。私は、今日、15年ぶりにこの街に来たのです。今は、元の家に、歩いて向かっている途中でして。」
「駅からですか?」
「そうです。」
「それは、それは。長く歩かれましたねえ。私も、歩かなきゃと、思ってるんですがねえ。なかなか。健康のためには歩くに限りますなあ。」
「いや、そんな事じゃないんです。ただ、駅を降りると、懐かしさがこみ上げてきまして、つい、歩き出しただけです。」
「しかし、奥さん、残念でしたな、まだ、若かったでしょうに。今日は、奥さんの法事か、何かで?」
「いえ、今日はただ単に、娘に会いに来ただけです。」
「娘さんに。そうですか、それで、そんな花束を?」
「いやいや、これは、歩いてる途中に、庭が薔薇で一杯の遊歩道の中の家があるでしょう?あそこの奥さんからいただいたんです。お帰りなさいって、言ってくれました。」
「あなたに?お帰りなさいって?」
「そうなんです。ちょっと、嬉しかったです。」
「そうですか、それは良い事ですなあ。」
話していて、急に思いついた。多分、ハッピーなサプライズになるはず。
「あの、差し出がましい申し出なんですが、この薔薇を何本か、もらってもらえませんか?」
「私が、何故?」
「嬉しさのおすそ分けです。」
「おすそ分け?なるほど。じゃあ、いただきましょう。」
「何本、差し上げましょうか?」
「じゃあ、うちは4人と1匹の5人家族ですから、5本、いただけますか?」
「4人と1匹?」
「私と妻と、娘が二人、そして、犬のミクちゃんです。私以外は、全部女。」
「なるほど、5本ですな。」
私は、花束を解き、5本を包んであった紙に包み直した。
「ありゃ、それじゃあ、あなたの分は剥き出しですなあ。」
「いや、うちはこの坂の途中ですから、大丈夫です。他の紙袋に一緒に入れて、歩きますから。」
「そうですか、では、遠慮なく、いただきましょう。」そう言って、高林は、私から花束を受け取ってくれた。
「じゃあ、私はこれで。お会いできて嬉しかったです。」
「私もです。」
「では、失礼します。」と言い、私はまた、舗道を歩き始めた。
「六浦さん。」私の背に、高林が声を掛けた。私は振り向き、「何でしょう?」と、答えた。
「六浦さん、お帰りなさい。」高林が言った。
「ありがとうございます。」私が言った。
そして、私は、坂に向き直り、懐かしいあのマンションを目指した。
 
 
私たちのマンションは、この坂を上りきる少し手前にある。
バス道に面した建物の1階には、オーナーのやっている八百屋さんが大きくなって、何でも売るようになったという感じの、スーパーがあった。
 
私は坂を上っていく。6月の快晴の午後。湿度は低いのだが、太陽の照り返しは強く、ジャケットの中のシャツは、もう汗だくだ。
 
坂の途中にはもう、懐かしい風景はなくなっている。
知らない小さな2階建ての家が均等にベタベタと並んでいたり、何屋なのか分からない店が、シャッターを下ろしていたり、見た事がない風景が連なる。
 
坂は少し大きく左に曲がる。私たちのマンションが見えてきた。
建物の形は、以前と同じままだが、前に愛美が言っていたように、壁は、鶯色からクリームイエローに変わっている。そして、ベランダの金属の柵は、前の鉄柵から、アルミの柵に変わっている。
 
1階の八百屋みたいなスーパーは、コンビニになっている。
 
もうすぐだ。私は足を速める。
 
コンビニの入口を過ぎると、マンションの玄関のドアがある。
ドアを開けると郵便受けがあり、全世帯分の郵便受けが並んでいる。
603号室を見た。「六浦」とある。しかもそれは、ここに越してきた時に、私がフェルトペンで手書きで書いた文字だった。
 
私は、奥のエレベーターに乗った。6階のボタンを押す。
 
6階に着いた。一番手前の角部屋、603号室。プレートを見ると、昔つけた金属のレタリングで、MUTSUURAとある。
金属のドアの横に付いてるインターフォンのボタンを押す。
部屋の中から、「はーい、お父さん?」と、愛美の声が聞こえた。
「そうだ。」と答える。
 
玄関のドアが開く。
奥のリビングの大きな窓から入る太陽の光が直接飛び込んできて、一瞬目の前が白くなる。
目が元に戻ると、愛美の顔が見えた。
愛美は、大きな笑顔を見せて、私に言った。
「おかえりなさい。」
私は「ただいま。」と言った。
もう、ここへ帰ってきてもいいんだ。そう思った。


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